2010年8月19日

特別企画・澤好摩特集

2010ooi500.jpg澤好摩・・・知る人ぞ知る伝説の俳人。かつて小林恭二が[澤好摩伝]を書いたことがある(ずいぶん昔なので題名を失念)。

12月号でその特集を企画している。題して「俳句研究を陰で支えた俳句魂!」(仮題)。

俳人としての澤好摩は、昭和19年、東京都城東区(現江東区)生まれ。東洋大学の学生時代に坪内稔典らと全国学生俳句連盟を結成。

その坪内稔典、伊丹啓子、攝津幸彦、大本義幸、立岡正幸などと「日時計」という同人誌を創刊し、文字通り1960年代末から70年にかけての新しい俳句シーンを切り開いてきた。

僕が最初に澤好摩に会ったのは、代々木上原の公民館で行われていた「俳句評論」の句会。僕が22歳の時だった。

句会が終わると近くにあった高柳重信・中村苑子宅、いわゆる「俳句評論」の発行所にお邪魔することになった。その最初の出会いに、澤好摩、そして、同年代の横山康夫がいたと思う。

その後、僕は「俳句評論」に入ることはなかったが、その句会を通して多くの先輩俳人にお会いした。三橋敏雄、そして、夫人の三橋孝子、折笠美秋、寺田澄史、松崎豊、大高弘達、高橋龍、三谷昭、福田葉子、津沢マサ子、太田紫苑、松岡貞子、川名大、大岡誉頌司、当時、まだ学生だった高柳重信の娘・高柳蕗子など、貴重な時間をいただいた。

澤好摩は、「俳句研究」高柳重信編集長時代の社員として、よく補佐し、高柳重信亡き後、富士見書房に売却されるまでは、藤田湘子・高屋窓秋・阿部完市・三橋敏雄の共同合議編集時代の実務を陰で支えていた。

    空たかく殺しわすれし春の鳥      好摩

   ものかげの永き授乳や日本海      〃

1978年、20歳代のみを参加基準にした俳誌「未定」が創刊された。発行人澤好摩、編集人夏石番矢であった。現在、澤好摩は「円錐」発行人である。

 

| コメント(0)

コメントする