2010年10月のブログ記事

2010年10月29日

坂間恒子句集「硯区」

1010_suzuri.gif

「硯区」は「すずりく」と読みます。

実在の場所というわけでもなさそうですが、坂間さんの住いの近くにそれらしい所もあるようです。

幻というほどでもなく、幻に近い何か。

手の届きそうで、手の届かないところ。

虚実皮膜の場所でしょうか。

坂間さんにとっては第三句集です。

最初は「玄火」の嶋野國夫に師事され、師の逝去によって「玄火」を退会され、「豈」(発行人・筑紫磐井)同人、さらに、最近では「遊牧」(代表・塩野谷仁)の同人にもなられている。

これまでにも、阿部完市「現代定型詩の会」や牧冬流「飛沓舎」にも所属されていたことがある。

言ってみれば、現代俳句の最前線に常に身を置いてきたことは確かです。

   黄梅や縄文人は潤せり

   かりがねは音楽的に水を飲む

   一本の歯ブラシが立つ外は雪

 以上の句は、坂間さんの友人・中西ひろ美の10句選から拾ったもの。

   水の表皮へ落花一片を彫る

 は、句集帯からの拝借。

 さて、「硯区」って、ほんとはどんな句集だろう?

 読者の感想が聞きたい。

| コメント(0)
2010年10月26日

小倉さん、三東さん歓送迎会

先日、小倉佳子デスクの送別会、三東有紀(さんとう・ゆうき)さんの歓迎会を高田馬場の「土風炉」で行いました。

小倉さんは、編集部デスクとして活躍。

徹夜・休日出勤も辞さない頑張り屋で、執筆者の信頼も篤い優秀スタッフでした。

彼女がいたので、私は安心して飛び回ることができました。

辛い時は励ましてもらったり、私よりかなり年下ですが、まさに「戦友」のような存在でした。

これからどうなることやら・・・と思いますが、がんばっていくしかありませんね。

小倉さんは今度はテレビガイドの編集の仕事。

お疲れ様でした。

これからもがんばってください。

 

三東さんは普段はおとなしいのですが、お酒を飲むとやたらと明るくなります。

彼女の物まねは絶品です。

いつかみなさんに披露できる機会があればと思います。

 

会には印刷製本担当の中央精版の方や「俳句界」のデザインをしてくれている宿南さんも来てくれました。

| コメント(0)
2010年10月22日

全国俳誌協会第一回編集賞

img101022.jpg昨日、17日(木)午後6時からアルカディア市ヶ谷で全国俳誌協会(会長・秋尾敏)第1回編集賞の授賞式、祝賀会が行われた。

選ばれたのは「遊牧」(代表・塩野谷仁)、特別賞には二誌「あすか」(主宰・野木桃花)と「蛮」(代表・鹿又英一)が選ばれた。

全国俳誌協会の歴史は意外に古く、昭和39年の設立から46年、50周年ももうすぐ・・・全国で初めて編集賞を設けて、さらなる俳誌同士の交流を深める契機にしようというもの。雑誌の編集に光を当てる唯一の賞である。

選考委員は池田澄子(俳人)、伊藤一郎(東海大教授・明治、大正期の俳誌研究者)、田中利夫「俳壇」編集長の面々。

第2回、第3回とますます発展することを祈りたい。写真は選考委員、受賞俳誌代表者と会長の秋尾敏氏。

 

本日、盛岡の俳人・山口剛氏(「祭」代表)が小社に来訪された。

山口氏には小社で昨年句集『虎符』を上梓していただいた。跋文は昨年現代俳句大賞を受賞された澁谷道氏。

先日は、九州本社の営業担当・徳永里子が東北行脚の折に、お世話になったらしい。

その句集から、自選句ではなく、小生の好みで3句上げさせていただこう。       山口剛『虎符』.gif

 

   退職の妻花束を抱えきれず          剛

   この国はすでに戦前蛇の衣          〃

    津沢マサ子宅は

   象を見し人を見にゆく晩夏なり         〃

 

 最後の象の句は「灰色の象のかたちを見にゆかん」津沢マサ子への挨拶句。

 

 

 

| コメント(0)
2010年10月20日

上野駅 啄木歌碑と北斗星号

上野駅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふるさとの訛なつかし

停車場の人ごみの中に

そを聴きにゆく           石川啄木

 

「きのえ」祝賀会参加のため、上野駅に向かうと、たまたま北斗星号がやってきました。

取材用にデジカメを持っていたので思わずパチリ!

背広姿だったので、ちょっと恥ずかしかったのですが、撮影して後ろを振り向いたら、私と同じように背広を着た男性たちが六、七人、熱心に撮影していました。

男ってみんな基本的に"鉄キチ"なんだな・・・と思いました。

 

上野駅には他に新幹線やスーパーひたちなどかっこいい電車がたくさんやってきます。

上記の啄木の歌碑は15番線の車止めのところにあります。

上野駅も変わりましたね。

| コメント(0)
2010年10月18日

東京新聞「大波小波」に「俳句界」10月号が紹介されました。

10月7日東京新聞「大波小波」に「俳句界」10月号を取り上げていただきました。

「大波小波」には今までにも取り上げていただいたことがあり、感謝です。

内容を紹介させていただくと、「風格なき文人俳句」と「いうタイトルで、10月号の文人俳句特集のことを取り上げていただいております。

文人俳句の系譜、流れを掴むのに有用、文人俳句を余技視する評価は差別である、という疑問を呈しながらも、文人俳句を客観展望できる好編集と評価していただきました。

その上で、執筆者である「やせ蛙」さんは、万太郎、犀星、龍之介の俳句とともに掲載した、現代の文人俳句の風趣・風格のなさを嘆いておられます。

特に詩人の句がひどいが、作家の句も同様である、と述べ、具体的な作品も上げておられました。

全体的に小誌のよい点も悪い点も指摘していただき、とてもありがたい、と感謝の気持を述べさせていただきます。

その感謝の気持を前提にして一点、異論を申し上げたいのです。

「やせ蛙」さんは作家の低調な句として、

 

今日もまた未練の色や秋の暮   森村誠一

思ひ出すことあるでしよと雪柳    眉村 卓

 

などをあげ、「いやはや児童の作文にも劣るこの気楽さ加減」と述べておられましたが、私は特に眉村さんの作品について、そうは思わないのです。

この句は「思い出すことあるでしょ」と雪柳が語っている、という句意ですが、しかし、本当にこの言葉を投げかけたのは雪柳ではありません。

作者に聞いたわけではありませんが、私は、この声の主は、先年亡くなられた眉村さんの奥様だと思うのです。

同氏の同じ作品に、

 

亡妻と来し税務署の遅桜

 

というのがあります。

奥様を亡くされ、一人、この世に残された眉村さんに、奥様が呼びかけたのだ、と思いました。

そこは二人がよく歩いた川原かもしれません、また、自宅のお庭かもしれません、いずれにしても二人にとって思い出の場所なのです。

そこで奥様が、あの世から、思い出すことあるでしょ、とやさしく呼びかけているのです。

そう思った時、私は感動しました。

 

もちろん、私の読み方は一句独立に反する、俳句は17音だけで鑑賞すべきであるから私の読みは深読みだと言うかもしれません。

また、私の鑑賞に従ったとしても、そのような感情は陳腐である、と考える人もいるでしょう。

でも、道を散策し、雪柳を見つけ、そこに屈み、この句を呟いて欲しいのです。

私はそれぞれの人がそれぞれの大切だった人を思い浮かべ、その声を聞くだろうと思うのです。

名句だとは言いません。

でも、この句は私は味わいのある句で、決して「気楽」なものではないと思うのです。

| コメント(4)
2010年10月15日

まぼろしの「杉」創刊号表紙絵

img101015.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みなさん「俳句界」10月号は読んでいただけましたか?

おかげさまで書店での売り上げも好調です!

 

文人特集も評判がいいのですが、個人的にはどこよりも早く特集が組めた「森澄雄追悼」に思い入れがあります。

先日、森潮さんのお宅に、お借りしていた澄雄先生のお写真をお返ししに、お邪魔した時、潮さんが描いた「杉」創刊号のための表紙絵を見せていただきました。

澄雄先生が、自分の顔では恥ずかしい、と思われたのか、駄目出しが出て、幻となってしまった表紙絵ですが、潮さんには思い入れのある一枚とか・・・。

 

つねに俳句のことしか考えず、気難しく、言葉と格闘していた父親である澄雄先生を、息子の目から見た作品で、言葉の世界へ行かず、絵の世界へ行った潮さんなりの父親の姿を表現したものです。

厳しく、そして詩の真実を見ようとする澄雄先生の姿が実によくあらわされているな、と私も感心しました。

 「追悼号の表紙にどうかな?」

と言っておられたので、

「ぜひ、そうしてくださいよ」

と私も賛同しました。

まあ、実際どうなるかはわかりませんが、貴重なものを拝見しました。

| コメント(2)
2010年10月13日

南風忌

img101013.jpg 10月13日は攝津幸彦が亡くなった日だ。1996(平成8)年の体育の日(10月10日)に、順天堂大学病院に入院していた攝津幸彦を、酒巻英一郎、筑紫磐井、仁平勝と4人で見舞った。そのわずか3日後には容態が急変した。

 病室では、恒例になっていた11月最終土曜日の「豈」忘年句会を病院近くの場所を予約し、もし、それまでに攝津幸彦が退院していなかったら、彼が病室を抜け出し、句会に参加できるようにと話し合われたのだった。

 それまでには、豈の同人諸氏にも見舞いに来てもらえるように伝えておくことも確認された。

 しかし、わずか三日後に急逝。僕への訃報は池田澄子が職場に電話で知らせてくれた。

 告別式の日は、よく晴れ渡って、街路樹の花水木の実が赤く滴って、輝いているように目に入った。

 思えば、僕らの見舞いは、余命を知らされていた攝津夫人・資子氏の配慮だったのだと気づく。

 その後、現代俳句協会青年部『21世紀俳句ガイダンス』に寄せられていた攝津幸彦の句稿にタイトルが無かったので、編集委員だった僕は「南国忌」と付した。生前、死んだら南国忌だと冗談にしゃべっていたことがあったからである。

    南国に死して御恩のみなみかぜ   幸彦

 の句による。その後、攝津幸彦の勤務先であった旭通信社(当時)の仲間が、攝津幸彦追悼文集『幸彦』を出し、毎年「南風忌」として修していた。

 その攝津幸彦の無二の盟友・大本義幸から、手紙で句が送られてきた。先日、このブログにアップされた露草の写真を見ての即吟である。ありがとうございました。

    惑星の露草である群れず咲く       義幸

| コメント(1)
2010年10月12日

BIG対談

img101012.jpg10月10日(日)東京駅そばのホテルメトロポリタン丸の内で、金子兜太、稲畑汀子さんの対談を収録してきました。

今さら説明するまでもありませんが、金子兜太さんは「海程」主宰、前・現代俳句協会協会会長、日本芸術院会員、文化功労者であり、現代を代表する俳人。

今、もっとも有名な俳人と言っていいでしょう。

稲畑汀子さんは高濱虚子の孫であり、「ホトトギス」主宰、日本伝統俳句協会会長です。

このお二人が現代の俳壇のBIG2と言っていいでしょう。

 

当日は新幹線がストップしてしまい、兜太さんの到着が遅れる、というハプニングがありましたが、対談は喧々諤々で、面白かったです。この対談は新年号(12月25日発売)に掲載予定。

 

このお二人、最初は互いを気遣い、穏やかだったのですが、途中から罵りあい(?)のような雰囲気になり、進行の私はハラハラし通し。

お二人とも意見を認め合わず、終わりごろには私に同意を求めてくるので、あちら立てればこちら立たず、で困りました・・・。

まあ、お二人からすれば、いつものことなのでしょう。

最後に金子さんが、

 

やっぱり一年に一度はあなたと喧嘩しないとすっきりしねえや

 

と笑っておられたのが印象的でした。

 

| コメント(0)
2010年10月 8日

好評!妹尾健句集『洛南』

妹尾健第一句集『綴喜野』(天満書房)以来、10年振り、待望の句集です。

僕が跋文を認めたからではなく、妹尾健の地道な歩みが生み出した句集として、良い句集です。

風の便りに反響も大きいと伺っています。

宇多喜代子氏も「『洛南』にはそんな温か味が籠もる」と帯文に書かれています。

第一句集出版の折り、宇多喜代子氏宅で「草苑」(主宰・桂信子)の句集『綴喜野』特集のために、久保純夫氏と妹尾健氏、小生と座談会をした記憶があります。

その折、口の悪い僕は「妹尾健は、遅れてきた人間探究派だ」といいました。もちろん、褒め言葉でしたが、少し皮肉も入っていました。

ともあれ、俳句作品が境涯としっかり連動している句集は、当時すでに珍しいものになりつつあったのです。流行り言葉でいえばカッコ悪かったのです。それでも、このカッコ悪さは、貴重でした。

浮薄な時代を粘り強く生きる志を失わないことは、次世代へのメッセージなのです。

最近、妹尾健氏は、不定期に「そのうち便り」(自分の住居の〈園内〉をかけて)という個人ペーパーを発行して、地味ながら、自らの立ち位置の意思表示を続けています。

  風の息樹の息渡る春の川

  黙祷の涙拭はず父の夏

  草いきれ老人の目に意志ありぬ

 洛南.gif

| コメント(0)
2010年10月 6日

11月号「俳句界」表紙、目次入稿日です。

今日は「俳句界」11月号の表紙、目次入稿日です。

みんな、遅くまでがんばってなんとか入稿しました。

ここまでくればあと少し!!!

 

今日は超大物俳人のところまで、句集の打ち合わせに行ってきました。

正式決定したらブログでも発表させていただきます。

 

ひさびさに背広を着ましたが、なれないと疲れますね。

緊張もしていたので、帰りに地下鉄でネクタイをはずし、グデ~としてしまいました。

| コメント(0)
2010年10月 5日

11月号の付録は「冬の野の花木45選」

本日は早くも11月号(10月25日発売)の各取次ぎ会社(出版社と書店の間にある問屋さん)との仕入れ部数交渉です。

11月号のは好評の別冊付録の第3弾「冬の野の花木45選」です。残すは来年2月の「春の野山の花50選」です。春の野山は本年春の佐藤知継氏の撮り下ろし写真です。

取次ぎ会社への道々、いい香りが・・・と思えば、金木犀の花でした。

img101005.jpg
| コメント(0)
2010年10月 1日

10月スタート?

すっかりブログが止まってしまっている今日この頃......。

申しわけありません。

本日が11月号の第一回目の入稿日とあって、今週はずっとバタバタしておりました。

「よし入稿終わり!」とほっと一息つきたいところなのですが、まだまだ第二陣が後ろに控えており、油断はできません。

今後の予定を書き込もうと、日付を打とうとしたところで、もう10月に入ってしまったことに今更ながら気がつきました。

「え? 10月?」と思わず首を捻ってしまいます。

猛暑が長かったせいで、まだ「秋」になったという実感がありません。「うそうそ、どうせまた暑くなるんでしょ?」と疑っているので、夏物がタンスの中にしっかりと納まっております。

来週は完全に衣替えできるのでしょうか?

近年、四季のサイクルが狂ってきてしまったようで、ちょっと不安です。

 

今手元にあるのは、11月号の「文字のないエッセイ」の色校。今回は、晩秋の、冬に入る一歩手前の季節の写真です。

冬の訪れをじっと待っている静かな風景、しんしんと冷えた空気まで伝わってきます。

はてさて、11月号の発売日には、この写真に近づいて、ぐんと寒くなっているのでしょうか。

まだ疑いを捨てきれないまま、10月を駆け抜けます!

| コメント(0)