2010年11月のブログ記事

2010年11月29日

はじめまして

本日からブログに参加することになりました、三東有紀です。

オチのない文章ばかりになってしまうと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。

 

さて、12月号の編集後記にも書かせていただきましたが、

編集部で西東三鬼と名前が似ている(?)と言われ、

個人的に三鬼が気になる存在になっていたところ、ある雑誌で愛犬と写っている写真を発見。

昔うちで飼っていたポチ子(実家では犬はポチかコロに決まっています)にそっくりで、

何だか嬉しくなってしまいました。

さらに、別のページに載っていた久保田万太郎が、おじいちゃんにこれまたそっくりで、

(特に鼻の穴の感じが絶妙)、今度はちょっとしんみり。

おじいちゃんが生きていたら、一緒に俳句を詠んだり、吟行に行けたかもしれないな、

と思い出に浸り...たいところですが、ただ今、絶賛入稿準備中!!!! 

 

仕事モードに切り替えて頑張ります!

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2010年11月24日

第6回東京自由律俳句会

東京自由律俳句会

昼頃には、前夜からの雨も上がって、青空も見えるようになった勤労感謝の日。

取材兼雑誌販売・・・という勤労に感謝しながら、江東区芭蕉記念館まで出かけたのでありました。

荻原井泉水・中塚一碧楼の作品各50句を肴に勉強会もあるというので、こういう機会はめったにないと、覗きの興味で、勉強会にも参加したのでありました。

この二人は、自由律俳句の出発を飾った偉大な先達であります。例えば、次のような句があります。

  力一ぱい泣く児と鶏との朝         井泉水

  粥すする真昼あかるき枕のくぼみ      〃

  綺麗な太陽がと云う妻よ朝をはたらく    〃

  山一つ山二つ三つ夏空          一碧楼

  草いきれ女人ゆたかなる乳房を持てり   〃

  病めば蒲団のそと冬海の青さを覚え    〃

明治生まれの俳人にして、かくも新鮮な句を作りたまうたのです・・・嗚呼。

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2010年11月19日

12月号もうすぐ発売(11月25日)

俳句界12月号

「俳句界」12月号の見本誌が印刷所から届いた。

インクの匂いも鼻を刺激する。

なんといっても本誌「俳句界」史上、最大の372ページ。厚さは18ミリ、470g,持ち重りがする。

それでも通常価格の900円(税込み)だ。

大特集は「現代俳句VS現代写真」-時代を彩った名句と著名写真家との競演ー。

写真家は藤原新也、尾仲浩二、浅井愼平、立木義浩、橋本照嵩、赤羽慎也、池本さやか、TAMA。

句は山口誓子、高屋窓秋、永田耕衣、藤田湘子、攝津幸彦、林桂、江里昭彦、藤原月彦、岸本尚毅などなど・・・・

 

さらに、最近の総合誌では初の「現代自由律俳句の特集」。さらに高柳重信時代の「『俳句研究』を陰で支えた俳句魂!澤好摩」の特別企画。

なんと言っても、今月号から、投句贈に少しでも、対応するべく、雑詠欄投句コーナーの採用句を倍増させての増ページ。

まあ、編集長は青息吐息ならぬ鼻息の荒さで乗り切っている。

ともあれ、発売日には、書店に駆けつけないと前11月号同様品切れ?になる恐れあり・・・・・

もちろん、直接、弊社に申し込んでいただければ、今なら間に合います。

定期購読になれば、さらに年間の割引もあります。

 

おかげで溜息をつく間もない忙しさが続いているのであります(年寄りの小生は溜息どころか息切れ・・・)。

そうそう、忘れておりましたが、佐高信の対談相手は、椎名誠ーケンカと文学ー。

その他、特別作品は高橋睦郎、高橋順子、豪華な顔ぶれ。魅惑の俳人・三橋敏雄・・・・

明日は久しぶりの休日だぜい。

読者の皆さん、発売まで、もう少し待って下さいネ。

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2010年11月15日

神戸出張 小路紫峽・智壽子夫婦対談

img101115.jpg金曜日は神戸に出張してきました。

「俳句界」恒例、俳壇夫婦対談の収録です。

今回は「ひいらぎ」主宰の小路紫峡先生と、奥様で同副主宰兼編集長の智壽子先生です。

俳句との出会い、奥様との出会い、師・阿波野青畝、虚子のことなど、いろいろと語っていただきました。

同行は、司会の坂口昌弘さんとカメラマンの赤羽真也さん。

収録後は三人で神戸ビーフか、中華街か、と思ったのですが、経費節約のため、ホテルで食事。

坂口さんはこれから友人と会う、と言って出かけてゆき、赤羽さんはお子さんが熱を出したとかで、急遽、早朝に新幹線で帰京。

私はひとり寂しく(?)、次の目的地姫路へ向かいました。

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2010年11月10日

第4回播磨芭蕉忌フェスティバル

今度の土曜日は姫路に行ってきます。

播磨芭蕉忌フェスティバルの姫路風羅堂俳句大会に参加してきます。

私の友人、中村猛虎と、その仲間のみなさんががんばって発足した俳句大会で、今年は取材方々、選者にも呼ばれています。

今回、出席する予定はなかったのですが、前日に神戸で取材が入り、ついでといってはなんですが、参加させていただくことになりました。

 

風羅とは松尾芭蕉の造語で、風に破れやすいうすもののことで、芭蕉もかつては自らを「風羅坊」と名乗っていました。

姫路の増位山随順寺には芭蕉のものと言われる蓑と笠があるそうで、風羅堂という庵がかつてはあったそうです。

俳句大会は、それの顕彰をする目的で、いつの日か、この地に風羅堂を再建したい、という地元の有志の篤い思いに支えられています。

当日句会はありませんが、表彰式と、姫路獨協大学教授・富田志津子氏の記念講演「播磨の俳壇」が行われます。

お近くにお住まいの方々は、ぜひ、遊びに来てみてください。

「ブログ見ました」「俳句界読んでます」と声をかけてくださいね。

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2010年11月 9日

慶大俳句丘の会祝賀会に行ってきました。

慶大俳句丘の会祝賀会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先週の土曜日、慶大俳句丘の会創立20周年祝賀会に行ってきました。

会場は三田の慶大キャンパス。

慶応に入ったのは二度目でしたが、何度、足を踏み入れても、気品があっていいいですね。

祝賀会場に行ってみると、橋爪鶴麿さんや行方克己さんなど、見知った方もいて、「ああ、そういえばあの人も慶応だった」と思い、結構、慶応出身の俳人って多いんだなととあらためて思いました。

たしか、私の好きな久保万太郎や草間時彦さんも慶応。

 

記念講演は大輪靖宏さん。

おもに蕪村の句を上げ、俳句に想像や空想による創作がもっとあっていいにではないか、というお話でした。

私もそう思っていたので、とても共感しました。

 

もちろん写生の効用は認めますが、

 

宿貸せと刀投げ出す吹雪かな   与謝蕪村

 

など、蕪村や江戸俳諧には空想や創造の句がたくさんありました。

一人称ばかりでなく、三人称の世界を俳句に詠んでいいのではとおもいます。

 

それにしても正岡子規は何を考えて、蕪村を写生の徒に祭り上げたのでしょう。

もちろん写生句もありますが、蕪村にはたくさんの創作や空想の句がたくさんあります。

子規も当然それは知っていたでしょうに・・・。

あまりよく知らない人は蕪村は写生俳句の名人で写生俳句ばかりを作っていたと勘違いしている人も多いのではないでしょうか。

 

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2010年11月 8日

都庁がライトアップ

都庁ライトアップ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日は、各取次会社を回って、12月号を書店に搬入する部数を決める日でした。

10月号の「文人俳句特集」が売り上げ好調で、残り数冊。かつ11月号の特集「怪物・虚子」は、ついに品切れになりました。

 

写真はAPEC首脳会議が横浜で行われるのに合わせて、3日間だけライトアップされた東京都庁で

す。

 

・赤尾恵以第6句集、『譚詩曲』(Ballde)は「渦」50周年記念に間に合わせて作られた句集です。

 姜琪東の帯文の末尾には次のように記されています。

 

  月に乾杯地球傾きつつ廻る   恵以

 空に耀く月は兜子、少し傾いで自転する地球は恵以の投影図なのだ。

 

赤尾兜子急逝ののち、兜子の名が大きければ、その分だけ、「渦」の歩んだ道のりは険しかったに違いない。それでも、すでに30年間「渦」を率いて、すでに兜子時代の「渦」の年数を大きく超えている。誌のページも当時より多く、順調である。

赤尾恵以は兜子館の運営など兜子顕彰に心血を注いでおられる。兜子は幸せである。

  意志一つ冬天に鳥はばたきぬ   恵以

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2010年11月 5日

第47回現代俳句全国大会・「渦」50周年記念大会

「渦」50周年記念大会その1

先日、10月30日~31日。九州小倉で行われた第47回現代俳句全国大会と神戸での赤尾恵以主宰「渦」の50周年記念大会に行ってきました。

現代俳句全国大会の方は、なんだか故郷に帰ってきたような感じでした。

弊社の本社が福岡にある関係で、姜琪東社長・寺田敬子部長・徳永里子などの面々とも会えました。

さらに、久しぶりにお会いするあざ蓉子、秦夕美、福本弘明、夢野はる香、前川弘明、高岡修各氏、はじめての、ますだよりこ、野田游三各氏など九州の俳人にお会いでき、嬉しい時間を過ごしました。

講演の「アフガニスタンに命の水を」の中村哲氏(医師・ペシャワールの会代表)、感銘深く、会場を巡ったカンパ箱にも少ないながらカンパ金を差し出しました。

『人は愛するに足り、人は信ずるに足る』を地でゆくようなお話しでした。

翌日の神戸は寒い雨でしたが「渦」50周年、赤尾兜子急逝後、兜子時代よりも長く30年間「渦」を守ってきた赤尾恵以氏。

かつてのピアノ教師の腕で演奏,懇親会を盛り上げられました。

実は僕は、20~23歳くらいの短い期間でしたが、兜子主宰「渦」の会員でした。これまで、唯一所属した結社です。今は歌人の藤原龍一郎こと、藤原月彦、夭折した中谷寛章、さらに西川徹郎、坪内稔典、岸本尚毅など20歳代の若い俳人が「渦」にウヨウヨいた時代のことです。もう40年も昔のことです。

神戸からの帰路、新幹線からの富士山は夕闇に包まれる寸前でした。

「渦」50周年記念大会その2

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2010年11月 4日

文化勲章親授式 皇居に行ってきました。

文化勲章親授式 昨日、どういうわけか、皇居へ取材に行ってきました。

「天為」有馬朗人主宰(写真右から三人目)が文化勲章を受章され、よく新聞などで見る受章者の記念撮影の写真が欲しい、と思い、宮内庁に問い合わせたところ、

 

では、撮りに来てください。

 

と言われ、出かけてきました。

行ってみると報道関係ばかりで、出版関係は(確認したわけではないのでわかりませんが)私たちだけ。

しかも読売とか朝日とか、NHKとかフジテレビとか一流どころばかりで、「皇居馴れてます!」という雰囲気を発散し、みな、和気藹々で、私はすっかり浮いてしましました。

宮内庁の人も、私たちをいぶかしがって、いろいろと質問してきて、冷や汗たらたら。

カメラマンを連れていったですが、

 

撮影はお一人と決まってるんですが・・・

 

と言われ、

 

そうなんですか。すいません。どうしましょうか...?

 

と言うと、

 

じゃあ、動画撮影はアシスタントが認められていますので、林さんは、動画撮影のアシスタントということで。

 

と言われ、なんだかわからないけど、

 

よろしくお願いします。

 

とぺこぺこ、頭を下げ通し。

記念撮影になると、だ~れもデジカメで撮影している人なんかいません(当たり前ですが・・・)。

つくづくカメラマンを連れてきてよかった、と思いました。

 

もう終わったから言いますけど、それにしてもお役所仕事と言うのは相変わらずひどい。

文部科学省に電話したら、文化庁に電話をしろと言われ、文化庁に電話したら、内閣府賞勲局に電話しろと言われ、内閣府賞勲局に電話したら、宮内庁に電話しろと言われ、宮内庁に電話したら、撮りに来い、と言う。

記念撮影では宮内庁がちゃんと撮影したので、その写真を廻してくれればいいだけなのに・・・。

こんな仕事ばかりしているから、中国にGDPを抜かれるんだ、と思いました。

 

まあ、菅総理やノーベル賞受章者や蜷川幸雄さん、三宅一生さん、安藤忠雄さんなどをいっぺんに見れたのはよかったかも。

(だからどうした、と言われそうですが)俳句総合誌で直接取材したのはウチだけ。

12月号に掲載します。

 

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2010年11月 1日

悩んでます・・・。

先日の祝賀会でのこと。

お世話になっているS先生とK先生のところへご挨拶に行くと、

 

おっ、今、ちょうど話していたんだよ。

 

とK先生。

 

なんですか?

 

と聞いたところ、「俳句界」を含む総合誌の原稿依頼のやり方について話をしていた、と言うのだ。

 

「俳句界」では、例えば、3月号に作品を依頼する時、10月くらいに依頼をして、1月初旬を締め切りにしている。

それはいいとしても、その時季(3月)にあった作品を・・・、という依頼の仕方はおかしい、と言うのだ。

確かに、「俳句界」では「その時季にあった作品をお願いします。」という内容で依頼している。

 

先生方は、そうなると、12月や1月に、桜の咲く頃を想像して作るしかない、それで本当にいい作品が出来ると思うか、と私に言うのである。

やはり、桜や三月の景物を眺めながら、作ったほうがいいのができるに決まっている。

そういう依頼の仕方は、現代俳句の質を落とすことにつながる、そうは思わないか、というのである。

 

現代俳句の質を落とす、と言われて、私はドキッとした。

私は俳句を愛しているし、総合誌こそが俳句発表の最高の舞台であって欲しいと思っている。

その総合誌が、現代俳句の質を落としている、といわれては悲しい。

 

ただ、実際問題として、例えば、新年号に新年詠を掲載するためには、11月中旬までには作品をいただかないと発行が間に合わない。

 

では、例えば、新年詠を、1月に作ってもらって掲載したら、どんなに早くても3月号になります。

それでもいいのでしょうか?

 

とたずねると、

 

いいんじゃない。作品がいいことが優先でしょう。

 

と仰る。

「検討します」と返事をして去ったが、そのあと、ぼんやりと考えた。

どちらがいいのかな、と思う。

総合誌は結社誌や同人誌とは違う。

結社誌は修練の場であるから、3月号や4月号に1月の作品が掲載されていても問題ではない。

 

しかし、私は、総合誌編集者として、やはりその「時季」「季節感」というものを読者に味わっていただきたいと思う。

特に新年号、八月号はそうだ。

新年号には新年詠を、八月には夏休みだの、お盆だの、終戦だの、というものが必要であると思う。

先生のお気持はわかるが、正直、それに応えるのがプロではないのか、とも思う。

反面、先生の言うように、たしかに見て作る、感じて作るほうが、よりよい俳句が生まれるとも思う。

う~ん、しかし、総合誌に季節感は絶対必要だ、と考えはどうどうめぐり・・・。

 

みなさんはどうお考えだろうか?

 

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