2010年11月 1日

悩んでます・・・。

先日の祝賀会でのこと。

お世話になっているS先生とK先生のところへご挨拶に行くと、

 

おっ、今、ちょうど話していたんだよ。

 

とK先生。

 

なんですか?

 

と聞いたところ、「俳句界」を含む総合誌の原稿依頼のやり方について話をしていた、と言うのだ。

 

「俳句界」では、例えば、3月号に作品を依頼する時、10月くらいに依頼をして、1月初旬を締め切りにしている。

それはいいとしても、その時季(3月)にあった作品を・・・、という依頼の仕方はおかしい、と言うのだ。

確かに、「俳句界」では「その時季にあった作品をお願いします。」という内容で依頼している。

 

先生方は、そうなると、12月や1月に、桜の咲く頃を想像して作るしかない、それで本当にいい作品が出来ると思うか、と私に言うのである。

やはり、桜や三月の景物を眺めながら、作ったほうがいいのができるに決まっている。

そういう依頼の仕方は、現代俳句の質を落とすことにつながる、そうは思わないか、というのである。

 

現代俳句の質を落とす、と言われて、私はドキッとした。

私は俳句を愛しているし、総合誌こそが俳句発表の最高の舞台であって欲しいと思っている。

その総合誌が、現代俳句の質を落としている、といわれては悲しい。

 

ただ、実際問題として、例えば、新年号に新年詠を掲載するためには、11月中旬までには作品をいただかないと発行が間に合わない。

 

では、例えば、新年詠を、1月に作ってもらって掲載したら、どんなに早くても3月号になります。

それでもいいのでしょうか?

 

とたずねると、

 

いいんじゃない。作品がいいことが優先でしょう。

 

と仰る。

「検討します」と返事をして去ったが、そのあと、ぼんやりと考えた。

どちらがいいのかな、と思う。

総合誌は結社誌や同人誌とは違う。

結社誌は修練の場であるから、3月号や4月号に1月の作品が掲載されていても問題ではない。

 

しかし、私は、総合誌編集者として、やはりその「時季」「季節感」というものを読者に味わっていただきたいと思う。

特に新年号、八月号はそうだ。

新年号には新年詠を、八月には夏休みだの、お盆だの、終戦だの、というものが必要であると思う。

先生のお気持はわかるが、正直、それに応えるのがプロではないのか、とも思う。

反面、先生の言うように、たしかに見て作る、感じて作るほうが、よりよい俳句が生まれるとも思う。

う~ん、しかし、総合誌に季節感は絶対必要だ、と考えはどうどうめぐり・・・。

 

みなさんはどうお考えだろうか?

 

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コメント(2)

  


「俳句界」11月号、読み終えました。
特集「怪物 高濱虚子」面白かったです!
虚子のこと知らなかったなあ・・・と反省しながら、
読みました。
次に良かったのは「平成の好敵手」です。
写真「雪待月の頃」もきれいでした。
写真の下か、撮影者のプロフィールの
ところに、それぞれの写真の場所や動物の名前などを
記していただけると嬉しかったです。

今回の、「悩んでます・・・。」について。


結社誌は修練の場であるから、3月号や4月号に1月の作品が掲載されていても問題ではない。

しかし、私は、総合誌編集者として、やはりその「時季」「季節感」というものを読者に味わっていただきたいと思う。

賛成です。

1月号を手にしたら新年詠を、
3、4月号では、桜など春の句が読みたいです。
季節に合った句を読んで味わって学んで、
自分の俳句に生かしていきたい・・・、
そのために、わたしはお金を払って総合誌を読んでいます。

以前、「俳句界」ではない総合誌の1月号の
新年詠競詠を読んでいたら、いきなり
秋の句が現われてびっくりしたことがあります。
みなさん新年の句を出しているのに、なんでこの方だけ・・・、
せっかく新年の気分に浸っていたのに・・・と残念でした。
季節外れの秋の句を目の前にして、
その「質」を考える気持ちの余裕などありませんでした。


色々な考えがあると思いますが、やはり私は
総合誌には季節感を求めたい・・・改めてそう思いました。


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