2010年12月 8日

取次会社に団栗

どんぐり

昨日と今日は、恒例の各取次ぎ会社を回って、来年1月号の仕入れ部数を交渉し、決める日でした。

称して〈部決(ぶけつ)〉と言っています。この仕入れ部数や定期購読者や各執筆者の買い上げ予定の部数を合計して、印刷所に、来月号の刷り部数を決定します。

その取次ぎ会社回りの途中に団栗(写真)をたくさん付けた樫の木があり、思わず、土産にして、食べて下さいと、編集部の若き女性にプレンゼント。

「えー、食べられるんですか?」

「僕の小さい頃は食べたもんだけどなー」

というヤリトリで、李正子(イ・チョンジャ)の新歌集『沙果、林檎そして』を思い出した。

その中に「団栗が食べたくて」というエッセイが入っていて、

それにも、「ええー!食べられるの?先ず日本人は驚く」という一節が出て来る。

朝鮮では「団栗」を「とどり」というらしいので「どんぐり」に発音が似ている。

土佐弁の「・・・ぜよ」という語尾につく言葉も「・・・セヨ」の朝鮮語と同じではないかと李正子は述べている。

もっとも僕のは、栗も食べられるくらいだから、団栗も蒸せば食べられるという程度のものだったが、李正子の食べたのは、手がかかっていて、「ムッ」というはるかに美味しい食べ物らしい。それも大晦の祭祀のご馳走で、お供えにするという。

  因みに、新歌集より、

  『奪われた野にも春はくるか』わたくしは読みながら泣く目を開けて泣く

  朝日歌壇鑑賞会なる攻撃文私はわたしの暮らし詠むまで

  残り火を宥めてもやす林檎そして沙果にもなれぬ呼気風まかせ

                      *沙果は韓国語の林檎。

 
| コメント(1)

コメント(1)

  

団栗が食べられるとは、びっくりしました!

「俳句界」12月号、読み終わりました。
現代俳句VS現代写真、楽しみました。
特に尾仲浩二さんの写真と〈コスモスなどやさしく吹けば死ねないよ  鈴木しづ子〉のコラボレーションに惹かれました。
選者10句競詠の作品もそれぞれ共鳴しました。
「十二月」「数へ日」「年の暮」…という季語が迫ってきて、
「年末は忙しい」を言い訳に句作を怠っている自分に気づき、そして反省しました。

来月号も楽しみにしています。

コメントする