2011年1月13日

宮津昭彦氏逝く

 

宮津昭彦氏通夜.jpg

宮津昭彦(みやつ・あきひこ)、1月10日午前9時47分,肝硬変にて逝去、享年81。

1月12日(水)、セレモ京成佐倉駅ホールにて通夜、13日(木)告別式。喪主は次男・宮津秋爾氏。

俳句は、神奈川県立横浜商工実習学校商業部(現・横浜商工高校)4年生のとき、担任の大野林火(「濱」)に指導を受けたのに始まる。卒業の昭和27年、大阪住友海上保険(後の住友海上火災保険)に入社し定年まで勤めた損保マン。ほぼ同時に「濱」同人となった。

句集『遠樹』で第37回俳人協会賞を受賞。「濱」副主宰、俳人協会副会長でもあった。

ものの本によると弊社・月刊「俳句界」の「甘口でコンニチワ」佐高信が駆け出しの評論家だった頃、「当世ビジネスマン事情ー背広俳人ー」としてインタビューをし、雑誌「ビッグA」に掲載されたという。半世紀前のことだ。登場したもう一人の背広俳人は、当然ながら、句にサラリーマンの哀歓漂う草間時彦(三共製薬勤務)。

  冬薔薇や賞与劣りし一詩人       草間時彦

  西日を帰る鞄持つほうの腕伸びて   宮津昭彦

しかし、宮津昭彦は仕事上の句はほとんど詠まなかったという。

「ひかり」を思わせる句が多いのが特質かもしれない。合掌。

  空に咲く白のはじめの花辛夷      昭彦

  立つことをよろこびひかり冬欅

  今年竹年年にはるかなり

  ゆるやかに光琳模様泉より

  花筏行きとどまりて夕日溜む

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