2011年2月のブログ記事

2011年2月25日

成内酔雲句文集『雲』・・・春一番が・・

いきなり、春という感じです。

昼休みに外にでたのですが、どうやら春一番が訪れたようです。

風は強く、気温は20度。

それでも、空には春の雲。

本日のブログの小社句集は、その名も『雲』、題字は、河内静魚。

そして、河内静魚序文には「酔雲さんは、俳号のとおり、雲のように軽く、酒の酔いごこちのように茫洋とし、また、水のように飄々としている。あるいはそのように見せている。努めている」とある。

およそ、著者の句文に偽り無し、という印象だ。

文の方は良寛に関するもの。表紙、扉の絵は夫人の筆になる。

とりあえず、成内酔雲の句をあげてみよう。

 酔眼をおほきくひらく花はちす

 しみじみと墓参のあとの茜雲

 安曇野の時雨の先のはぐれ雲

 生酔ひの身にぽつかりと曼珠沙華

 山頭火の終のすみかや鰯雲

    板橋区徳丸北野神社田遊び

 ほろ酔ひの所作千年の田植舞

 父の墓ひたすら洗ふ鰯雲

 すつぴんの親子の笑顔鰯雲

 桜咲きあふれて天の雲となる

 両手にて白雲木の花を受く

 色を変へ姿をかへて入道雲

     香住鶴頂く

 桐の花但馬の酒の酔ひ心

 つまづいてひよいと見上げる夏の雲

 鰯雲けふ俳人のひと日なり

 泣き叫ぶ声響きをり夏の雲

俳号が象徴しているように、雲と酔いの句が多い。なかでも「桜咲きあふれて天の雲となる」は秀吟ではなかろうか。

各章の題も「春よこい」「笑い声」[実ったよ」「転ばないでね」とあくまで前向きの明るさに満ちている。

跋は、俳縁濃いと思われる籾山木綿太、評して「酔雲さんの飄々たる自画像」がこの句文集だという。

句文集だから、書の後半は「良寛俳句随想」で構成されているが、ここでも、良寛の句に

 酔臥の宿はここか蓮の花     良寛

と、酔の句を入れることを忘れていない。もって瞑すべし。

最後に、小生の好みの句を掲げて、賛としたい。

 のつそりと生きる力を冬の蝿

 肝太くなりたる妻や去年今年

 春惜しむ良寛さんの筆の後

 

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2011年2月24日

「森の襞」志鎌猛氏宅訪問

志鎌猛氏宅にて

昨夜、本誌2月号の「文字のないエッセイ」にご寄稿いただいた写真家の志鎌猛(しかま・たけし)さんのお宅に、編集部の松本と一緒にお邪魔した。大事な写真を直接お返しするためだ。

午後8時くらいになっていたので、写真を返却して、すぐに帰ろうと思っていたのだが、お茶でもということで、図々しくも上がり込んでしまった。

2月号に掲載された「森の襞」は文字通り森の奥に分け入って、テント生活も辞さずに撮られてきた写真の一部でした。志鎌氏は現在、プラチナパラジウムプリントという古典的な手法で、和紙に焼付けたり、写真の制作過程をすべて手作業で行われている。

近々、雑誌「風の旅人」にプラチナプリント版が掲載されるとのことでしたが、問題は、雑誌への印刷で、写真に宿っている表情がどこまで再現できるかどうか・・・という、難しい問題も横たわっているとのことだった。

今週末にはアメリカの展覧会に出発されるということで、忙しい中にもかかわらず、お邪魔した上に、夫人の松崎由起子さんに、何もないjけど・・と言われながら、色々ご馳走になってしまった。

あまつさえ、安くて?美味しいワインと、さらに日本酒、焼酎を振舞われ、ほとんど飲めない私に代って松本がお相手をしてくれた。因みに銘柄は日本酒「呉春」、焼酎は「島美人」でした。

部屋は、マンションの壁板、床を剥がしたりして、調度、台所もお二人で材木を買ってきて手作りされたそうで、そうは見えません(お二人の写真背景・ビックリ!)。

写真も手作りならその他のものもすべてそういうスタイルだとお見受けしました。

松本は好きなアルコールをエネルギーにして、本日は朝からいつもにも増して仕事を快調にこなしています。

ありがとうございました!

 

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2011年2月23日

富士山の日

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本日、2月23日は富士山の日なのだそうである。

ブログにコメントを頂いたこともある、曲まめ子さんからの写真入りのメールを頂いた。写真は富士宮浅間神社からの眺めです。

ありがとうございます。

地元の人は、ひそかに「表富士」といい、自慢の霊山にはちがいありませn。

「表富士」があれば「裏富士」があるわけですが、さすがに富士山は、どこで眺めても、少しずつ容貌を変えて、美しい。

  欅落葉野末は富士の白くして      佐藤春夫

 

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2011年2月22日

3月号「新俳枕・文学の名舞台を詠む・・」

俳句界3月号

「俳句界」3月号の見本が印刷所から届きました。もうすぐ発売(25日)です。

というわけで、明日(23日)午前中には、全国の書店と版元を結んでいる取次ぎ会社(トーハン・日販・栗田・太洋社・大阪屋)に印刷所から納品され、発売日には書店に配本され、店頭に並ぶ予定です。

今月号の大特集は「新俳枕・文学の名舞台を詠む」。北は北海道から、南は九州までと、企画は立てたのですが、北海道が実現しませんでした。とは言っても、全国13地区、13の名作に13名の俳人がそれぞれにインスピレーションを得た作品3句とミニエッセイを書いていただきました。さらに、読者の便にと名作の簡単な解説と写真入です。例えば、

 宮澤賢治『銀河鉄道の夜』は岩手・イギリス海岸といわれている写真掲載。句は、

 デクノボーと呼ばるるも佳し畦を塗る      小原啄葉

 啄葉氏のミニエッセイによると、「銀河鉄道の夜」の始発駅は啄葉氏の故郷の岩手県矢巾町の南昌山の頂上だということが解ったのだ、そうである。

小特集は「春の門出に励ましの一句」。それぞれの俳人に贈られた励ましの気持の句の思い出のエッセイ。例えば、室生幸太郎氏は、日野草城から戦場の片山桃史への句、

 桃史死ぬ勿れ俳句は出来ずともよし    草城

 「魅惑の俳人・柴田白葉女」では、その聲咳に接したことのある白葉女が出していた「俳句女園」の編集を担当されていた豊田関子、森美智子両氏へのインタビュー。

面白いのは、いつもながら「佐高信・甘口でコンニチハ!」、今回のゲストは菅原文太。本人は歌人の山崎方代がお好きらしいが、対談の終りに「メデアも世論誘導されて、反骨の精神がない。まったく情けないね。日本はどうなるんだろうと、不安になるね。俳句なんか作ってる場合じゃないよ」と現在の危機感を露に・・・。

その他、写真俳句募集の作品は、今回からカラーになった。

いろいろ盛り沢山の内容です。

感想、お便り、甘口・辛口、いろいろ下さいね。

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2011年2月21日

文化勲章をお祝いする会&今泉康弘氏来社

 

有馬文化勲章を祝う

 2月19日(土)、帝国ホテルで「有馬朗人先生 文化勲章をお祝いする会」が行われた。原子物理学・学術振興の分野での功績が認められてのもの。この日のお祝いは、俳句関係者が主だった。「天為」の会員の方々は北は北海道、南は九州まで、全国津々浦々から駆けつけられていた。有馬朗人氏は傘寿を迎えられて、ますますお元気、仕事も現役で、東奔西走の日々、金子兜太氏にまさるとも劣らない活躍ぶりだ。「俳句をすることで世界は平和になるきっかけをもてる」と述べ、「120歳までは、あと40年は生きて、名句を作りたい。百歳になったら、初めて〈古稀〉という句集を出す」と元気いっぱいだった。

思えば、攝津幸彦が健在だった頃、と言っても、もう20年くらいは前のことだが、「アリマロウジン(ぼくらは有馬朗人のことをそう呼んでいた)は面白い句を作るよね」と攝津が言っていたことを思い出す。彼にとって「面白い俳句」とは「いい俳句」の別称であった。

本日は、今泉康弘氏(写真)が来社された。編集長・林を訪ねてこられたのだ。用向きは、4月号の三鬼の名誉回復裁判の資料をお貸しするためである。今泉氏は小社・第12回俳句界評論賞の受賞者で、受賞作は「ドノゴオトンカ考ー高柳重信の出発」であった。その論について、仁平勝氏は「評論というのも創作と同じように文学作品だから、その文章に読者の興味を先へ引っ張って行く力がないといけない。そうした文章力において、今回の応募作で一頭地を抜いていた」と評されている。今泉氏は足で稼ぐというか、直接、関係者に取材をして、事実を重ねながら書ける人である。映画に関する評論もある。現在、期待される若手俳人のなかでは、散文の筆力、抜群の人である。

今泉康弘氏来社

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2011年2月18日

底冷の一番電車汽笛ふむ 長塚健&写真家・林義勝

「長塚さんが電車の運転業務に携わっていた時分の句である。人命を預かる者の決意、朝の寒気を突いて鳴る汽笛が心に響く」とは、句集『稲の花』に序文をしたためた菊地淳の言葉である。作者は昭和44年に帝都高速交通営団」(現・東京メトロ)に入団し、今年、定年退職するまで、運良く事故に会うこともなく勤めあげている。そのわずかな運命の差に、感慨を深くし、さすがに地下鉄サリン事件には筆を割いて言及している。

実は、この句集には、巻尾に2篇のエッセイが収められている。その一つが「一九九五年のことなど」である。それがサリン事件に触れているのだ。死者12人、入院999人、通院者4643人。その死者のうち2人が地下鉄職員の同僚である。その日、長塚健は上野駅の手前のトンネルで事件の第一報を聞いたという。銀座線勤務で霞ヶ関駅とは接続しておらず、難を免れたのだ。

 ぼくの知り合いにも、霞が関駅への通勤者がいたが、わずか数分の差で難を免れている。まことに人の運というものは分らない。しかし、生き残った側の長塚健は、その後、この事件をたびたび思い出し、句にもしている。

 彼岸寒サリンの記憶よみがへり

 癒されぬままに六年春の闇

 殉職して七年の日や涅槃西風

 サリン事件黙して十年朧かな

 春の星霊さまよひゐたりけり

 俳句を始めたのは、職場の労働組合活動に関係している。「私鉄文化」という私鉄総連の機関紙に投稿し、自分の作品が活字になる喜びを感じてかららしい。やがて、地元の「俳句講座」で取手市在住の大井戸辿を師として選ぶことになる。

しかも、年少時に遊びまわっていたところが軽部烏頭子(かるべ・うとうし)の生家であり、さらに、その近くには高野素十(たかの・すじゅう)の生家もあったのだという。これも因縁といえば因縁である。軽部烏頭子はといえば「ホトトギス」に投句していたが、水原秋桜子が「馬酔木」を創刊し、独立する際に秋桜子に従っている。高野素十はホトトギスに残るわけだからこれも因縁である。

 初雁のまぎれなかりし夜の雨    烏頭子

いずれにしても、長塚健にとっては、郷土に、それも近所に、これほどの俳人がいたということが、ちょっと誇らしいし、自慢であり、自分もそうした俳縁に繋がって、俳句を作り続けて行こうと思っている。

 スト前夜差し入れ届く夏みかん

差し入れがあると、意気も盛んになる。僕にも経験がある。

 靴底に筍出づる気配かな

どこか、むずむずした感じにもなる。それが靴底だから面白い。

 ひよつとこもおかめもありし瓢かな

ちょっとユーモラス?

 牛蛙夜の病棟に母逝きて

 浴衣着の母へ黄泉への紅をさし

切なさが極まる。

先生の昔ばなしや小六月

亡くなった先生ともまたお話がしたいものである。そういえば、大井戸辿先生には、

少女らは小鳥のごとし更衣    辿

という句があった。

装丁の写真は著者。

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と、ここまでブログを書いてきたところで、写真家の林義勝氏が来社された。

来月4月号「文字のないエッセイ」に登場していただくのに、わざわざ、写真を携えて来社してくださったのだ。

林編集長が取材で出かけて留守なので、担当の松本に付き添って、ご挨拶した。

ついで、と言っては恐縮だが、写真家にカメラを向けて、来社記念にパチリ。

現在、「NHK短歌」の表紙・花の写真を毎月連載されているとのこと。ご自身の興味というかテーマは、中国南北朝時代の訳経僧・鳩摩籮什(くまらじゅう)だそうである。従って、こんどの写真はそれを中心にしたものになりそうである。期待して下さい。因みに籮什の父はインド人だったそうです。母は?亀茲(ぎじ)国王の妹。

写真家/林義勝

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2011年2月16日

父思ふ夜は更けやすし温め酒  水沢葉子

 

水沢葉子、初めて名を知り、句集を読ませてもらった。名の葉子は「はこ」と読む。本名は蛯沢裕子、すでに故人である。

従って、いま、読んでいる句集『緑陰の翼』は遺句集である。

「はこ」という俳号そのものが、文学少女風の感じをもってしまいそうだが、句作品自体はそうではない。俳号は、俳句入門したその日につけられたようである。

上田五千石の門下、師の五千石逝去後は向田貴子「歴路」に拠っている。高校時代は「新宿ははるかなる墓碑鳥渡る」「レグホンの白が混み合ふ花曇」の句の俳人、夭折した福永耕二が先生であったという。

詩歌への出発としては恵まれているといえよう。まして、病魔と闘った妻の句集を世に出した夫君、これ以上の幸せは故人にとってないだろう。

句集名は、

 緑蔭に翼たたみしごとく坐す

からであるが、他にもいくつかの緑蔭の句が見られる。若かった頃の上田五千石「万緑や死は一弾を以て足る」の縁の濃さに遠く呼応しているように思えるのは、別の感慨なのかも知れない。

ともあれ、ぼくが水沢葉子にみたのは、〈父恋〉である。いくつか上げてみよう。

 父の忌の風のこゑ聴く枯野かな

 父の語の常を短し木の実独楽

 未だ遭はず父の見しとふ狐火に

 まぼろしの父はセル着る夕まぐれ

 父の見し母の見し海墓洗ふ

 麦飯や父の一言ゆらぐなし

 夜は秋の又読み返す父の文

 父の日や本を枕の宵寝して

 子は父の心容れざる桐の花

 最後に上げた父の句は絶筆6句の内の一句である。言葉少なかったであろう父の言葉を、天上では、あらためて耳を傾けているにちがいない。

 星の下けふを手放す寒さかな

 退路なきものに齢や龍の玉

日々は去り、月日は流れ、私は残るのアポリネールのように・・・

緑蔭の翼

 

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2011年2月14日

亀井雉子男と黛まどか

俳壇賞・金子みすゞ写真01

 先週、10日(金)は本阿弥書店第25回「俳壇」、第22回「歌壇」賞の授賞式が、東京市ヶ谷のアルカディアで行われた。俳壇賞は亀井雉子男氏「鯨の骨」が授賞、亀井氏は、昨年、本誌12月号の「福岡能古島吟行」でご登場願った俳人である。昭和21年高知県生まれ、17歳で波郷俳句に魅せられて「鶴」に入会したというから、句歴は古く、今回の授賞に際しても選考委員から上手過ぎる句がある、と指摘されていた。現在は「夏爐(かろ)」(松林朝蒼主宰)の同人でもある。写真は「歌壇賞」の佐藤モニカ氏と、ちなみに「モニカ」は本名だそうである。意外だと思ったのは、「歌壇賞」応募作品が10代と20代の若い人だけで、それぞれ100人以上で、30代を入れると全体のほぼ半数を占めているらしい。俳壇とは大きな違い?

19日(土)は、天候も回復基調だったので、日本橋三越の「金子みすゞ展」に出かけた。僕は山口県生まれなので、郷土ナショナリズムで興味をもっているくらいだが、これだけのブームになっているのは近年のことだ。それまでは、詠むべき資料・本もなく埋もれていた童謡詩人ということである。僕が学生の頃には、同郷の種田山頭火ですら、あまり知られていなかった。せいぜい高校の文芸部あたりで、中原中也が読まれていたくらいである。今や、この三人は山口県では観光コースに入っているのかも知れない。いずれも記念館がある。僕の少年時代にはまったく何もなかった。そうそう、シベリア抑留を描いた香月泰男も同郷だ。

 あまりの人の多さに少しうんざりしたが、各界の人たちの金子みすゞを語ったコーナーで俳人の黛まどか氏も「金子みすゞのミクロとマクロ」と題されて「その二つを貫くのは、命への慈しみである」と載っていた。

俳壇賞・金子みすゞ写真02

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2011年2月 9日

朝は雪・・・鶯鳴かず

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朝の通勤は霙に・・雪。積もりはしませんでした。

それも午後には晴。

二十四節気七十二候でいくと、今日あたりは、中国では蟄虫始振(ちっちゅうはじめてうごく)といい、日本では黄鳥睍睆(こうちょうけんかん)、つまり、美しい声で鴬鳴くということらしい。

昔出た角川書店の『図説俳句大歳時記』では、現代の気候という解説の項目に、この頃、北日本はユキワリ草開花、中部日本ではツバキ開花、西日本では梅開花始めと記されています。

ともあれ、虫がはじめてうごきだすような、そんな陽気ではなく、寒い雪が降った(写真は駅のホーム、細く白いのが降る雪、わかるかなー)。

もっとも、東京に暮らして40年以上になるが、意外に東京では3月に雪がふることが多い、まさに春の雪というわけ(だから東京での雪の本番はこれから?)。

明日は、夕刻から、本阿弥書店「俳壇賞」「歌壇賞」の授賞式(於・アルカディア)です。

僕も、出席する予定にしています。

よろしく!

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2011年2月 8日

寒の戻り・・・

数日前、春らしく水も温んできました・・などと、仰る方もいらっしゃいましたが、

なかなかどうして、今日は、日差しもなく、雲に覆われ、真冬に逆戻り。

日販、栗田と仕入れ部数交渉の取次ぎ回りと、先日の続きで「俳句界」2月号を池袋の書店めぐりをして調達。しかし、ジュンク堂書店ではすでに売り切れていた。

寒い中、栗田出版のある小豆沢公園近くを歩きながら、新河岸川・小豆沢水上バス乗り場付近で撮影した花(写真)なんですが、名前はなんというのでしょうか(誰か知りませんか?)。可憐に咲いていました。

明日から、編集長は昭和事件簿・俳句弾圧事件で西東三鬼の名誉回復裁判の取材で関西出張。本誌は校了前で、校正ゲラを抱えて行きました(出張先でも赤ペンを手放さず・・エライ!)。

もちろん、残った我らも銃後?いやキチンと職場を守って校正です。

寒暖厳しき折り、皆様のご自愛を祈り上げます。

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2011年2月 7日

漱石の句碑

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本日は3月号の取次ぎ会社と仕入れ部数交渉の日で、朝は直行でした。午前中は11時半までに行くことが窓口の条件なので、トーハンと太洋社で時間切れ、午後は一時に大阪屋に入ることになった。

つまり、一時間ほど、昼の食事で時間をつぶすことに(休憩だね)・・・、かねてより一度入りたいと思っていた蕎麦屋がトーハンの向かいの橋を渡ったところにあるので、そこで昼食にした。

もりそばの大盛を注文。ぼくは蕎麦が大好きなので基本は、冬でももりそば(せいろ)。

あったかい蕎麦やてんぷら蕎麦は、何かの会合などで、出されないかかぎり自分からは食べない。

店の名は「小桜橋 浅野屋」。更科の美味いそばだった。狙いが当たり満足。

食事の後は大阪屋方面に散歩することにした。犬も歩けば棒に当たる。界隈は小日向というところ、偶然に夏目漱石の菩提寺で句碑があるのに行き当たった。句は・・

  梅の花不肖なれども梅の花         漱石

漱石は、明治22年2月5日、一高で「兄の死」と題して英語の演説をし、墓参の心境と本法寺の情景を語ったらしい。名作「坊ちゃん」の清の墓のモデルもこの寺の墓らしい。

梅の花も少しばかり咲いていた。

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2011年2月 4日

2月号「俳句界」品切れ・・・

2月号の売り行きが当初の予定よりはるかに好調で、2~3日前から、九州本社在庫分からも調達していたのだが、品切れ状態になり、注文は、書店からの返品待ち(2~3週間後)での予約の状態になってしまっていたが(嬉しい悲鳴・・・)、ある執筆者の先生からどうしても○○冊欲しい、何とかならないかと相談があり、最後の手段で、都内、九州本社の近くの書店店頭在庫を買い上げることにした。それで、小生は、早速、新宿紀伊国屋書店、ジュンク堂書店、芳林堂書店と回ったのだが、店頭でも売れ行きが良く、紀伊国屋新宿本店でも一冊しか残っていなかった。ともかく、それぞれの店で買占めたものの、先生の要求部数には届かなかった。

昨年11月号特集「怪物 虚子」も売り切れたが、今回は特集「やっぱり季語が好き」と別冊付録「春の野山の花50選」、さらに「投句欄の充実」で好調ということらしい。

来週はこうした売れ行きの背景を材料に、3月号(2月25日発売)の仕入れ部数の交渉を各取次会社と行う。あっと言う間に、一ヶ月が経ったということだ。

本日はその3月号の印刷所への入稿日なので、編集部も忙しい。嗚呼・・・。

ともあれ、体をいたわりながら行くしかない・・。

写真は朝の通勤電車・中央線(西荻窪付近)からの富士山(ピントが合ってないけど・・)。

中央線富士山

 

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2011年2月 3日

谷いくこ句集『ウルトラマリン』

ウルトラマリン.jpg

 句集名は、

  群青色(ウルトラマリン)の絵具柩に日雷

の一句による。日雷は晴天の神鳴りである。雨を降らせはしない。それだけに限りない悲しみに透明感がもたらされているようにも感じられる。「最愛の夫を失った時の句群は、いくこさんの絶唱である」と辻桃子は序文に記しているが、まさにその通りだと思う。さらに、この句集には、表紙絵ばかりでなく、夫・谷昇の挿画が各章を飾っている。

句作品のみならず、句集一本が夫に捧げられていると言ってもいい。その絵のことごとくは青を基調としていて、絵には門外漢の私だが、〈谷昇の青〉と名付けても納得できる色だと思われる。「ウルトラマリン」の書名もそれを見事に象徴している。

  なきがらと川の字に寝て明易し

  一抜けたとばかり逝きし沙羅の花

  大残暑佛の水の沸いてけり

  なづな粥佛の椀に溢れけり

  新盆や遺影の笑みに悪たれて

  猫のほか誰も居なくて春の暮

  早や駆けて来よふんばれる瓜の馬

集中には、文房具も扱われる老舗書店主としての仕事上の句もある。

  初商ひ六拾壱円萬札で

 私も現在の仕事に着くまで、書店員も文具店員もしていたので、よく分る。たぶん、著者の接客態度はにこやかに、かつ、澱みなく、「ありがとうございました」と笑顔で応対されたに違いない。私などは、定年近い年齢になってからは、なんとか挨拶できるようになったが、若い時分には、なんで萬札?と、思わずムッとして応対するような店員失格のダメ社員だった・・。

もっとも、百円以下の買い物でもクレジットカードでというお客さんもいた。

いきなりで恐縮だが、個人的な思い出としては、「ウルトラマリン」という書名に、私の若かりし頃、逸見猶吉詩集に「報告(ウルトラマリン第一)」と題する詩があり、その詩に衝撃を受けたことを思い出し、この句集にも興味が湧いたのだった。その詩の冒頭部分は、

 ソノ時オレハ歩イテヰタ ソノ時

 外套ハ枝二吊ラレテアツタカ 白樺ノヂツ二白イ

 ソレダケガケワシイ 冬ノマン中デ 野ツ原デ

 ソレガ如何シタ ソレデ如何シタトオレハ吠エタ

  〈血ヲナガス北方 ココイラ グングン 密度ノ深クナル

    北方 ドコカラモ離レテ 荒涼タル ウルトラマリンノ底ノ方へ――〉

であった。「ウルトラマリンノ底ノ方へ」という響きがいつまでも体に残ったのである。

ともあれ、個人的な思い出は別にして、谷いくこ句集『ウルトラマリン』は、家族、結社の仲間、師に恵まれて幸運の色を鮮やかに帯びている。

  謡初め父在れば聞く四海波 

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2011年2月 2日

読売文学賞 俳人協会賞 発表

RIMG0292.jpg読売文学賞、俳人協会賞各賞の発表があいついでありました。

 

第62回読売文学賞       大木あまり句集『星涼』

第50回俳人協会賞         斎藤夏風句集『辻俳諧』

第25回俳人協会新人賞        岩田由美句集 『花束』    上田日差子句集 『和音』

第25回俳人協会評論賞     中坪達哉『前田普羅』

 

※ちなみに読売文学賞は読売新聞社、俳人協会各賞は俳人協会より贈られるものです。

 

特に素晴らしいのは、大木あまりさんの読売文学賞受賞。

女性俳人では、野澤節子、鈴木真砂女以来3人目の受賞です。

 

『星涼』いい句集でしたものね。

 

 

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