2011年2月16日

父思ふ夜は更けやすし温め酒  水沢葉子

 

水沢葉子、初めて名を知り、句集を読ませてもらった。名の葉子は「はこ」と読む。本名は蛯沢裕子、すでに故人である。

従って、いま、読んでいる句集『緑陰の翼』は遺句集である。

「はこ」という俳号そのものが、文学少女風の感じをもってしまいそうだが、句作品自体はそうではない。俳号は、俳句入門したその日につけられたようである。

上田五千石の門下、師の五千石逝去後は向田貴子「歴路」に拠っている。高校時代は「新宿ははるかなる墓碑鳥渡る」「レグホンの白が混み合ふ花曇」の句の俳人、夭折した福永耕二が先生であったという。

詩歌への出発としては恵まれているといえよう。まして、病魔と闘った妻の句集を世に出した夫君、これ以上の幸せは故人にとってないだろう。

句集名は、

 緑蔭に翼たたみしごとく坐す

からであるが、他にもいくつかの緑蔭の句が見られる。若かった頃の上田五千石「万緑や死は一弾を以て足る」の縁の濃さに遠く呼応しているように思えるのは、別の感慨なのかも知れない。

ともあれ、ぼくが水沢葉子にみたのは、〈父恋〉である。いくつか上げてみよう。

 父の忌の風のこゑ聴く枯野かな

 父の語の常を短し木の実独楽

 未だ遭はず父の見しとふ狐火に

 まぼろしの父はセル着る夕まぐれ

 父の見し母の見し海墓洗ふ

 麦飯や父の一言ゆらぐなし

 夜は秋の又読み返す父の文

 父の日や本を枕の宵寝して

 子は父の心容れざる桐の花

 最後に上げた父の句は絶筆6句の内の一句である。言葉少なかったであろう父の言葉を、天上では、あらためて耳を傾けているにちがいない。

 星の下けふを手放す寒さかな

 退路なきものに齢や龍の玉

日々は去り、月日は流れ、私は残るのアポリネールのように・・・

緑蔭の翼

 

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