2011年3月17日

枯草や住居なくんば命熱し   永田耕衣

計画停電001

1995(平成7)年、阪神淡路大震災、永田耕衣は夜中にたまたまトイレに入って、全壊の家から、トイレの手水の金タライをカンカンと打ち鳴らし、近所の青年にトイレの窓から助け出された95歳の時である。耕衣は震災を詠んだ。例えば、

    白梅や天没地没虚空没

中でも僕の好きな句は、

   枯草や住居なくんば命熱し

である。また、

  枯草の大孤独居士ここに居る

その後、避難所生活ののち、老人ホームで生涯を閉じた。享年97。

耕衣は常々「雑草の哲学」と口にしていたらしい。

ともあれ、朝日新聞は「東日本大震災を詠む」短歌・俳句を緊急募集するという。

それに倣ったわけではないが、小社月刊「俳句界」も5月号で緊急「新作3句・大震災を詠む」を現在、先生方に依頼中である。

本当は、メッセージとして復興支援と名打ちたいくらいだが、それでは、文学としての俳句の幅が狭くなる、あえて「大震災を詠む」のみ、いかなる詠み方が可能なのか、ご協力をお願いする次第である。

救援物資を送ることが出来る人は物資を、ボランテアができる人はボランテアで、義援金の可能な人は義援金を、些細でもいいから、自分に出来ることを、などという僕は祈ることくらいしかできないのだが・・・。

写真は、計画停電により、駅の灯りとビルの非常灯の灯りと月光のみ。

闇夜だったら、暗くて、自転車の無灯火、黒っぽい服の人はまったく見えなくなるという感じだった。

計画停電002

 

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コメント(4)

  

大井顧問サンなら 祈る以外にも、励ます、勇気づける、
話しを聞いてあげる、メッセージを送る、本を送る、
市役所に問い合わせて 必要とされるものを届ける、
いろいろできますよね?!

私は郵便振替が面倒なので 市役所の募金箱に
直接 義援金を入れてきました。
まとめて日赤に送るってことです。

気持ちを行動に移さないと 心がざわついて落ち着きません。
東海地震が来たら 海岸と河川と浜岡原発のある静岡は
同じ運命だから。

  

山中湖の文学の森を検索しようとして 「文学の森」と入力したら
こちらの「文學の森」もヒットしてしまい 時々ブログを見るようになりました。
なので 俳人のお名前は教科書で習った人しかわかりません。

大井顧問サンがどんな立場の方かわからないのですが
私のコメント、生意気でしたか?

私の友人やブログ仲間の間では どうすればいいか何ができるかという
話題が行きかっているので「祈るだけ」にひっかかってしまいました。

でもそれはシャイなおじさま(顧問だからおじさま、ですよね?それともおじいさま?)の
謙虚な言葉だったのかな って後で思いました。

まぁ 例えば私が
「私のために祈ってくれる?」と大井顧問サンに問い、
「もちろんさ!僕は君のために祈るしかできないんだよ」
っていう会話が成立すれば また話は変わりますけどね~。

万一東海地震が来たら 私のために祈ってください。

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