2011年4月15日

石栗草女『梅あかり』・・

石栗草女(いしぐり・そうじょ)は、大正15年9月に東京都目黒区柿の木坂に生まれ,もうすぐ85歳になられる。句歴も長い。昭和35年に皆川白蛇主宰「末黒野」に入会されているので、半世紀を越えて句作を続けてこられたことになる。本名は俊子。

第2句集『野点』(平成20年)も小社刊で、続けて第3句集『梅あかり』を上梓されているので、縁が深いといえば縁が深い。

月刊「俳句界」の投句欄でも、入選をくりかえしておられた。第二句集『野点』の書名にもある通り、茶道も指導されている。年齢を重ねられても、エネルギーは衰えていない、多力の人である。

句歴もさることながら、ひたすら、自在に句が生み出されくる感じもある。永田耕衣は、米寿を越えたあたりから「衰退のエネルギー」と名付けて、ある種、自在な風狂の句を創り続けたが、それに劣らない未来を展望できるかも知れない。もちろん、永田耕衣の破天荒さではなく、正統な句作りとしてである。

ぼくの好きな句をいくつか上げたい。

  海底のごとき幕間や白扇          草女

  猿の腰掛け特大であり河童の忌

  ご神体磐を離れぬ穴惑ひ

  恵方なり灯台の名は裕次郎

  湯たんぽの口の堅さや策不足

  山門を出れば駅なり花八手

  降る蛍空舞ふ蛍歓喜天

  空はキャンバス冬木自づと裸婦になる

最初の句の上句のフレーズ「海底のごとき幕間や」は観劇の折など、確かにそういう感じを呼び起こされる。大胆な措辞だが、よく言い当てている,と思う。断定のよろしさであろうか。

二句目、「猿の腰掛特大であり」というのもユーモラスである。それも河童の忌である。芥川龍之介の「河童忌」にストレートにしないところが巧みであろう。いや、むしろ「河童忌」ではなく、あくまで「河童の忌」であって、面白さが増すというものかもしれない。

「湯たんぽ」の句は、使われて熱が冷めてしまうと、湯たんぽの口はたしかに堅く、なまはんかな力では開かない。最近では、その「策不足」を補うために口を開ける道具まである。

最後に上げた「空はキャンバス」の句については、大木あまりの丁寧な跋文に「この無垢の詩情はどうだろう。感性の冴えもさることながら、詩としての普遍性が読む者を不思議な世界へと誘う」と記されている通りだと思う。

  句にはげむ子は芭蕉の子青き踏む       草女

さらに、草女さんは、子供たちの俳句に絵を描いて「こども俳句カルタ」も作られている。この句集に、口絵写真でいく枚かが紹介されている。心が和む。

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