2011年4月18日

大高芭瑠子『朱夏』・・

 

芭瑠子さんはお元気なのだろうか。といっても、ぼくは、親しくお話しをしたことはない。

いつもご主人の大高弘達(こうたつ)さんとご一緒だった。弘達さんが病を得られてから、いつも側で気遣っておられたのを覚えている。何かの会合でお会いする弘達さんと二言、三言、言葉を交わしているとき、いつも側で、にこやかにしておられた。それでぼくは、いつも安心していたのだ。

先だって、その弘達さんの訃報を風の便りに聞いた。

お二人は西東三鬼の弟子である。だから「断崖」「面」といった三鬼系の雑誌で、松崎豊、山本紫黄(しこう)、三橋敏雄、三橋孝子、津沢マサ子などと道を同じくされていた。

  夏立ちぬ猫は三和土に薄目して         芭瑠子

  三叉路のいづれを行くも青岬      

 「三叉路」の句には、序文の松崎豊が名鑑賞を寄せているので、次に引用する。

「路が三つに別れている。行く先は海であるが、いずれも下り勾配になって暗い松林を抜けると、眼のさめるような青い空の下白い波頭の立つ景色が広がっていて、明るく華々しく、魅力的である。この絵のような光景は一人一人が、青春を顧みるときあの三叉路が人生を暗示している幻想のように思えてくる」。

  探梅のいつか高みに来てをりし

には、「かねて芭瑠子さんには小賢しくない句品を感じていた」と称揚している。また、「三橋敏雄長逝」と前書が付された追悼の句、

  長濤に乗りて発ちけり冬月夜

三橋敏雄の『長濤』(ちょうとう)という句集名に言寄せてのものである。

因みに大高芭瑠子1932年東京生まれ、弘達氏は、1928年千葉県佐原生まれ。

  三鬼忌の森海鳴りの音を出す        弘達

因みにこの句集『朱夏』は、2005年上梓だから今から6年前のことである。

恙無いことをお祈りしている。

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