2011年5月16日

「や」15周年・・、高濱朋子インタビュー

仏蘭西厨房「かえりやま」にて

 昨日、林編集長は関西まで宇多喜代子、茨木和生両氏の句碑開きに出かけて、東京を留守にしてしまったので、小生は編集長代理(仕方なく、喜んで・・)で、「や」15周年・55号記念会に、溜池山王にあるレストラン・仏蘭西厨房「かえりやま」に出かけたのだった。来賓には石寒太、池田澄子両氏と俳句研究編集部吉田章子氏。ごく最近、「や」「炎環」同人・関根誠子氏句集『浮力』を小社から上梓されたばかりで、実質的なお祝いの会にもなった。しかし、会そのものは、戸松九里氏の挨拶と今震災の犠牲者への黙祷で開始され、自己紹介を兼ねた三陸気仙沼出身の菊田一平氏の実家は津波に流されて無くなったことの報告や、その後の現地でのお話を聞くと想像を絶する事態であることが、小生のような貧しい想像力しか持ち合わせないない者にも、少しは考えるきっかけを与えてくれたかも知れない。〈頑張ろう!日本〉の呼び声の底にうずくまっている現実の姿のことである。

 ここから、少し個人的な話題に移らせていただくと、「や」創刊当時から毎号載っている「や」の吟行記事には、圧倒されていた記憶がある。しかも、最初の自分に「『や』を読む」という立派な企画に、思い返すも恥ずかしい駄文を草したこともある。などなど、常に眼中に入っていた雑誌にの一つなのだ。麻里伊氏によると、当初、「豈」発行人の筑紫磐井に同人誌発行の相談をしたらしい。「豈」は今年で創刊31年目、まだ、51号しか発行していない。それをわずか半分の年月で55号という数字を積み重ねて、「豈」を追い越してしまった。当初、「豈」を追い越すことが目標だったということらしいから、その志は、早くも達成されたことになる。慶賀。

小生の隣には三輪初子氏、小社から、句集『火を愛し水を愛して』を出されている。その初子氏は来る6月15日(水)~20日(月)までギャラリー「ころころ」(早稲田)で俳句展を開催されるとのこと。この詳細は後日にでも・・・。

三輪俳句展

 

ed_emoticon_userblogにこ顔.gifそのニ 父・年尾を語る=高濱朋子インタビュー

 林編集長は、句碑開きの関西行きハードスケジュールと気温の変化に付いて行けず、風邪気味・・・それでも、高濱朋子(写真)へのインタビュー(7月号掲載)を行うために、インタビュー会場・アルカデア市ヶ谷に自宅から直行。

高濱年尾は1900年、東京神田区猿楽町生まれ。父・虚子と母いとの長男。年男は子規によって名付けられた。虚子待望の男の子であった。星野立子は実の妹。開成中学入学の頃からホトトギス発行所に寝泊り、句を作った。あまりに句作に熱中するので、虚子に禁じられたほどで、それでも、変名でホトトギスに投句した、という。中学5年のときの句に、

   秋の蚊の灯火下り来し軽さかな       年尾

長唄や荻江節の趣味があった年男には雅な句も、

   睡蓮の水を切つたる蕾かな

  すと立ちて帯が光りぬ春著の妓

  秋風や竹林一幹より動く

高濱朋子インタビュー

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