2011年5月23日

「顔」40周年・第22回国際俳句交流協会・・

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 先週末、5月21日(土)に横浜国際ホテルで「顔」創刊40周年記念祝賀会が行われた。まず、東日本震災の犠牲者への黙祷からはじまり、大山蒼明同人会長の開会の挨拶、来賓祝辞は山崎聰、田中不鳴と続き、お祝いの謡曲「鶴亀」(和泉泰司)、乾杯の音頭は前田吐実男の各氏によって進められた。謝辞は、平成18年より主宰を継承された瀬戸美代子氏。なんといっても圧巻は牧石剛明前主宰(84歳)の度重なる癌を克服されての元気な姿の登場であった。会の終りには「星影のワルツ」の流れるなか、仲間の皆さんと手を繋いで、咽頭癌のよる声は失われたものの、口を開けて唱和されていた。

 中締めは諸角せつ子氏、かつて二十年程前?古澤太穂氏とご一緒させてもらったことが懐かしい。

 小生、牧石剛明氏、田中不鳴氏とも十数年ぶりの再会で懐かしく、不鳴氏には「年、取ったな・・君が若いときのイメージしかないよ」と思わず、「不鳴さんこそ、よくいらっしゃいましたね」と答えていた。そういえば、同じ頃、お世話になった津根元潮、阿部完市、村井和一各氏などみな鬼籍に入られた。若く美しい瀬戸美代子主宰にも久しぶりでお祝いを云うことができた。

 テーブルの隣に座ったのは鹿又英一氏、終了後、横浜の夜を案内しようと誘われたが、「俳句」編集長・鈴木忍氏はその夜のうちに、仕事で名古屋入というので、軽く小一時間、鹿又氏と三人でカラオケでさっさと切り上げることになった(お世話になりました)。

たぶん小社の林編集長と翌日から一緒でしょう・・・。

 そして、本日は第22回国際俳句交流協会の総会、その後の有馬朗人講演「子規と外国文化の受容と批判」を聴講した。俳句革新にいたる、当時の社会情勢、大學の歴史などを、スクリーンを使って、丁寧に説明されていた。

 ここでも、加藤耕子、木村聰雄、永田龍太郎、大高霧海、嶋田麻紀、富田敏子各氏など多くの人にお会いしたが、総合俳誌各誌の編集長はたぶん全員関西出張だったようで、小生を含め、代理出席でした。

 震災の自粛ムードも解禁の様子で、各地で各俳誌の記念会もこれから目白押しになるかも知れない。

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