2011年5月 6日

6月号取次会社部数交渉へ・・

大型連休の谷間、またまた今月も、「俳句界」6月号の取次ぎ会社搬入部数交渉の日がきてしまった。さすがに谷間とあって、この日は空いていて、思わずとんとん拍子に、トーハン、太洋社、大阪屋と回りきって、普段よりもはるかに早い時間に会社に辿り着いた。

 残りの二つ、日販・栗田を9日(月)に回らなければならないが、たぶん、この日は大混みになるのではなかろうか・・・という予想をたてた。

上の写真の君子蘭はトーハンへからの帰路、赤城坂を上りきったところの角に咲いていたもの。

   君子蘭蟻頭をふりて頂に    楸邨

| コメント(1)

コメント(1)

  

さっそくご返信下されありがたい。
このブログ、普通並?に軽くなりました。
パソコンは便利な反面、いろいろパソコンに伴う苦労がありますね。
  
1. ・君子蘭蟻頭をふりて頂に    楸邨
 熊谷もりかず でしたか良く蟻の動きを掴んでいて、その上独特な子供の絵のようで・・・が思い浮かびました。
 楸邨で好きな句に
   ・隠岐やいま木の芽をかこむ怒涛かな
   ・死ねば野分生きてゐしかば争へり
があります。
2.『俳句界』5月号の戦争責任記事
 これは致し方の無いものと思います。日本には思想・言論・行動の自由は無く国家による統制下に在り、それに反する者は処罰される時代だった。
 でも昨日まで戦争遂行賛美者が今日は民主主義者に変身するのは信用出来ませんが・・・
 『層雲』も栗林一石路や橋本夢道の社会主義的・反戦的な人達は別として、いよいよ物資も極まり非定型俳句は国の圧力により一誌に統合せざるを得なくなった。
当時の統合誌『俳句日本』の当該記事や終戦直後の復刊『層雲』記事の井泉水の文章を見れば、?と思います。
 戦争責任は、何も俳句だけでは無い。マスコミも国民も
御前会議で決断した天皇も。
 もし戦争に勝っていれば・・・
 もし戦後処理にソ連や中国が参加していれば・・・

 今の私達は事実は事実として見る必要は在ると思いますが。
   

コメントする