2011年5月19日

長谷川櫂『震災歌集』インタビュー・・

 林編集長は、本日朝から直行で、鎌倉にある長谷川櫂氏の仕事場でのインタビューに出かけている。7月号のための緊急・特別インタビューである。

このたび、俳句ではなく短歌で『震災歌集』(中央公論社)を出されたいきさつなどを伺うものと思われる。この歌集は「巨大な地震と津波、つづいて起こった東京電力の福島第一原子力発電所の事故からはじまった混乱と不安の十日間の記録」と「はじめに」で書かれている。その夜から「荒々しいリズムで短歌が次々に湧きあがってきたのは。私は俳人だが、なぜ俳句ではなく短歌だったのか、理由はまだよくわからない」と一応は韜晦されている。そのあたり、本日の編集長は聞くかもしれない・・・いずれにしても7月号で公開される記事にご期待いただきたい。

  かりそめに死者二万人などといふなかれ親あり子ありはらからあるを

  降りしきるヨウ素セシウム浴びながら変に落ち着いてゐる我をあやしむ

  火の神を生みしばかりにみほと焼かれ病み臥(こや)せるか大和島根は

  「日本は変はる」「変へねばならぬ」という若者の声轟然と起これ

  復旧とはけなげな言葉さはあれど喪(うしな)ひしものつひに帰らず

「あとがき」に相当すると思われる「歌の力」の一文には、「もし、あなたが詩歌が無力であると思うのなら、さっさと捨てればいい。しかし、それはあなたが平安の時代に詠んできた短歌、あるいは俳句が無力であるということなのだ。決して詩歌が無力なのではない」とある。

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