瀧は切り立った断崖から落ちる大瀑布から小さな瀧まで様々にある。
読者の方が昇仙峡での瀧の写真をメールで送って下さったので、暑気払いを兼ねて、
ブログにアップさせていただいた。
掲出した夏石番矢氏の瀧の句は、いかにも彼の若い時代を象徴すような未来を感じさせてくれる句だ。
例のあまりにも有名な句、
瀧の上に水現れて落ちにけり 後藤夜半
とは、まったく趣を異にしている。志賀重昂の『日本風景論』がすぐにも思い起こされるが、それはそれで、風景それ自身が単独で存在しているのではなく、時代を反映した眼差しよって描きだされている、ということを印象づけるものであったような気がする。
随分昔に読んだので、もし間違いであったら勘弁してほしい。
ベストセラーになったようだ。確か、日本の風景が他国のものに比べて美しいという基調がナショナリズムの高揚に寄与したのではなかったろうか。日本独自の風景の美しさ・・・・これを手放しで称揚する俳句は眉唾かもしれない。もっとも、上に掲げた句には、そうした手放し感はない。
樹や岩や女ら眠り夜の瀧 鈴木六林男







































