2011年6月 3日

森田峠句集『甲山』・・・

 森田峠句集『甲山』

 その姿甲に似たる山眠る    峠

『甲山』は森田峠の第8句集である。著者「あとがき」に、「高齢になって作風が淡白になってきたと自分でも思います。/数へたくなる鶏頭に出合ひけり/複雑な着想と淡白な表現のこんな句が出来たことに自分で驚いています。ただし、この句は今回の句集には入っていません。次の句集に入れる予定です」。とある。

「数へたくなる鶏頭」とは、いわずもがなだが、子規の鶏頭の句である。

森田峠86歳、心持は自在である。ぼくが思い出すのは(森田峠氏は、お忘れだと思うが)、ある仕事で阿波野青畝にインタビューをすることになって、宇多喜代子さんに仲介とインタビュアーをお願いしたのだ。その折、色々とお世話していただいたのが、当時「かつらぎ」の編集長だった森田峠氏だ。昭和も最晩年のことである(もう23年前)。

その折、まだ十分に若かったぼくは、阿波野青畝に「俳句で一番大切なものは何ですか?」と最後に聞いたのだった。答えは予想もしなかった「言葉です」というものだった。今もその言葉を折りにつけ思い出す。有難い指針だった。

青畝の庭には万両の赤い実がなっていた。ただ一度だけしか、お目にかかったことはないが、大人・青畝という感じは、忘れられない。もちろん、今のぼくの年齢に近い森田峠氏も、体躯といい、すでに、青畝に続く大人の感じをもった人であった。

句集本題にもどると、甲山は兵庫県西宮市近郊にある火山らしい。形はもちろん甲をかぶせたような形である。この句集が師・阿波野青畝に捧げられれいることからも、この近くに墓所もあるそうだが、甲子園には青畝の自宅もあった。その師を詠んだ、

  尼寺の句碑はちひさめ万両忌    峠

万両忌は青畝の忌日。忌日は暮もせまった12月22日。

  数へ日のうちに先師のご命日

  

先に心持ちは自在と書いたが、目に写るもの、即、心に映るというか、俳句に生るという佇まいである。おのずからユーモアも生まれてくる。

帯の自選10句には入っていないが、心動かされたいくつかの句を上げたい。

  一斉に一枚を脱ぐ遍路かな

  親鳰の首よく回る浮巣かな

 

  秋高し水車は何も搗いてゐず

  刃物向けられ鮟鱇笑ひけり

  本館に居て別館へ初電話

 

  啓蟄や羽あるものは空を飛び

  一つとて悪貨はあらず社会鍋

  四阿もながめのうちや花菖蒲

  日向ぼここの場誰かに譲りたし

  向ひ家の干せばわが家も布団干す  

最後になるが、自選の句にある

 木の芽ありキリンの舌の届かざる

には、

 冬空やキリンは青き草くはへ      句集『葛の崖』(平成15年刊)

の句を思い起こした。

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