2011年6月23日

竹村シゲ子『桜さがし』・・

竹村シゲ子『桜さがし』

 集名は次の一句より、

   耳順なる桜さがしは近江より       シゲ子

 耳順はもとより60歳の異称であり、句は作者の還暦以後を見つめようとする感慨であろうか。論語にあるように「六十にして耳順(したが)う」である。「老いては子に従え」の俗的なたとえとは別に、いささか、品のいい、修養の先に自ずと開ける道筋なのかも知れない。

そのことを佐藤麻績は、「句集名『桜さがし』は、生涯の『俳句さがし』に相応しいと思い選んだのである」と口寄せている。

  きやうだいは水のごとしよ七日粥

  鉾巡行見尽くしてまだ揺れの中

  今の今詠まねば消ゆる雪解音

など、好もしい句は尽きないが、僕の冷奴好きからいうと、文句なしに、

  不機嫌の理由は聞かず冷奴

  山直ぐに控えし洛中新豆腐

の句が上がろうというものである。冷奴を食べながら、夫婦だろうねぇ、とにかく他愛ない相槌を交わすか、黙っている。理由を聞けばなおさら、不機嫌をかこつことになるから、あえて聞かない。いい思いやりである。

この句集には、もう一つ大きな味わいがある。絵画に取材した句の多いことだ。

例えば、

  万緑や写楽は十指ひらきけり

  ちから溜む写楽の双手めく冬木

  北斎の浪に爪あり雁渡し

  北斎の気炎小布施の葉鶏頭

  鳥引くや志功の女人臍まるき

  ダ・ヴィンチの横顔昏るる朴落葉

  大津絵の鬼の手の出て柏餅

  解きのべて鳥獣戯画の涼しかり

  ピカソ描く女の多面大くさめ

  モネの絵のむらさきが好き水澄めり

 確かに、写楽に描かれた十指は開いていることに気づかされる。それぞれにそれらの特質を描いていて妙である。その他、いちいちあげないが、多くの文人の名も句に散見されることから、作者の教養を感じさせもするのである。が、そのほうは、読まれる読者の方々の楽しみとして残しておきたいと思う。ご一読あれ・・・

 

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