2011年7月14日

詩歌の国?・・・

渋谷・金次郎

 詩歌の国・日本?どこの国のことだろう。前にも少し書いたが、今日も、別件の用があって、少し書店を回ったが、「詩歌・俳句」の棚は貧弱どころか、ほとんどないという実情だ。

大型と思われる書店ですらそうなのだから、いわゆる金太郎飴の品揃えにならざるをえない中小書店は推して知るべし、というべきか。

それでも、東京駅前・八重洲ブックセンターの詩歌棚のスペースと内容は断トツの品揃えである。しかし、広さの割にはオアゾ丸善は、まあまあというところだが、合格点には届かない感じだ。

しかし、「俳句界」が置いてあったので合格・・・・にしよう。

これも、詩歌を贔屓目に見ているせいなのかも知れない。

 八重洲ブックセンターは親会社・鹿島建設が書店業界に対して他産業資本として進出した皓矢である。当時、全国2万3000店といわれた書店のほとんどが加盟していた日本書店組合は出店反対で八重洲ブックセンターの品揃えも規制された。結果、八重洲ブックセンターでは、当初、週刊誌・雑誌・文庫は置けなかった。

大店舗法が健在だった規制緩和以前のことだ。書店の取引正味を引き上げるためにブック戦争と呼ばれる交渉が難航し、岩波文庫が書店店頭から消えたこともあった。

何しろ、書店の卸正味が約8割、利益は2割しかなかった。しかし、それは、日本独自の委託配本システムによって支えられていた分部もあろう。ブック戦争後、少し正味があがって利益が出るようになって、鉄道資本などの書店への参入や対抗するように紀伊国屋・丸善など大型書店が全国チェーン展開するとともに、中小書店は相次いで閉店した。結果、強かった書店組合も加入店の減少とともに力を失っていった。当初、経営者(書店のおやじ)と書店労働者の労働条件・賃金の引き上げが大義名分だった正味戦争も、結果としては、メガ書店の進展を生み出したのみで、現場の書店労働者は相変わらずの劣悪な労働条件下におかれているrというのが現状だろう。

 閑話休題。俳句で単にイモといえば,サ里芋のことである。収穫は秋。衣被(きぬかつぎ)は皮付きの小芋を茹でたもの。大きなハート型の葉が風に揺れる。

  鎌倉に残る畑の芋の秋     石塚友二

  八頭いづこより刃を入るるとも  飯島晴子

いもぢ

 

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