2011年8月29日

古賀紙白(こが・しはく)句集・・・

古賀紙白句集

  叱られし思ひ出うれし鶯忌          紙白

句に「月斗忌」の前書がある。

「鶯忌」はいうまでもなく青木月斗の忌日で、辞世の句

  臨終の庭に鶯鳴きにけり    月斗

に拠っている。青木月斗は、紙白の直接の師・吉田南鷗、太田耕人の師であり、月斗の教えも受けている(著者年譜による)。月斗は子規によって「俳諧の西の奉行や月の秋」と詠まれた俳壇の一峰であった。

他にも、

  青嵐大河を分つ月斗句碑        紙白

  『月斗翁句集』の書名にもあるように、月斗もまた翁と呼ばれていた。

従って、次の翁の忌の、

  句に生きて迎ふる米寿翁の忌

  俳諧の道なほ遠し翁の忌

  薄雲を透かす日射しや翁の忌

  秋めくや句の道はるか翁の碑

  句などは、「翁の忌」=芭蕉忌とも読めるが、月斗翁のことを詠んでいると思われる。著者もまた、今年90歳翁である。

 紙白句集の真骨頂は妻恋の句であり、また、この世代には抜き去りがたく沈潜している戦争詠である。

  妻見舞ふ日課も失せし日脚のぶ

  亡き妻や里の大河も水温む

  わが胸に妻なほ生けり年は逝く

  病む妻へ誕生祝の桜餅

     硫黄島   

  玉砕の俤老いず終戦日

  涙はや老いしと憶ふ終戦日

  南溟に果てし戦友(ともどち)秋の雲

    斥候を命ぜらる。 昭和二十年八月十五日

  匍匐(ほふく)して斜面の弾雨終戦日

  今はなき戦友若し葉桜に  

そして、究極の人間詠とでもいうべきであろうか。

  海近き朧の橋を渡りけり

  人生はすべて雑事や大昼寝

  万緑の山河越えきし海遙か

    母、百六歳

   枕頭の検温グラフ蝉しぐれ

あるいは、集中初期の句、

   野の光り風に応へて山桜 

   藤垂れて真昼の影のなかりけり

などは、月斗翁の「句は味、句は調べ」の過不足ない明朗さをも現わしている句の世界ではなかろうか。

  

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