2011年9月のブログ記事

2011年9月30日

角川春樹事務所創立15周年・・・

花水木vol.1

 夏のような暑さが戻ってきた。

 夕方より、編集長・林と青木課長は、角川春樹事務所創立15周年の祝賀会に出かけた。

 残ったスタッフは11月号の印刷所への入稿を目前に控えて、ラストスパート。

 休日出勤モードに入るかもしれない人も?・・・・

 小生は土日は出ないよ~。ガンバッテネ~

 下の写真は立松正宏氏(府中駅付近で)のパフォーマンス。東京都認証の大道芸人。

 本誌3月号では「文字のないエッセイ」で「季節しのばず」(~弥生の水辺~)で登場している。

 世界を自転車で旅しながら、写真を撮り、手作りの楽器(名前は忘れたが・・)で世界中の音学・音階を聞かせてくれる。

立松正宏氏写真

 

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2011年9月29日

現代俳句の新しい波・・・

芸大 白万寿沙花vol.1

 「ユリイカ」10月号は「現代俳句の新しい波」という特集を組んでいる。

 皮肉なのは、丸ごと一冊のこうした企画が(内容は別にして)本誌を含めて、俳句総合誌がなかなか取り組めていないことだろう。

 俳句の表現史はあきらかに曲がり角に来ている印象がある。

 平成も23年が経って、何も変わっていないという方が、見る目がないということだろう。

 期待の星・山口優夢の決意を孫引きしておこう。

 「有季定型も花鳥諷詠も関係ない。僕の知らない僕自身の真実がどこにあるのか、それをこの俳句という小さなナイフでこれからも切り取っていきたい」。

 高柳克弘は、山口優夢著『抒情なき世代』を、既成の抒情には縋らない世代と言い、「先行世代が、過去の文学的遺産を糧にしてきたのと異なり、自分たちはあえてその遺産を引き継がないという決断をしているように読める」と評している。

 そうした志こそは今後の俳句を語る資格がある、とだけ言っておこうか。

 本誌雑詠欄選者の角川春樹先生、池田澄子先生も登場している。

 角川春樹先生はもちろん「魂の一行詩」について、大いに語っている。多くの俳句作品が「半径50センチの身辺ー盆栽俳句と言うんだけれどー詠んだものでしかない」と辛らつだ。

 あと数日で角川春樹・震災句集『白い戦場』(小社刊)が刊行される。

  白い戦場となるフクシマの忌なりけり       春樹

  八月の海にいのちの帆を上げよ

 池田澄子先生は佐藤文香氏のインタビューを受けている。

 「毎回これが代表句って気持ちで書いてる」そうだ。

 「私の場合、(俳句を)作ってるときと句会のときは別人だもんね」。

 「孤独なんですよ。でもそのひとりに耐えているということが私に俳句を書かせていると思う」という。

 「豈」51号の「ファーストキッスあと立てなくて遠花火」はほんとのことらしい。18歳のときだって・・・。

芸大 白万寿沙花vol.2

そうそう、最後に一言。

神野紗希は「小熊座」に連載している富澤赤黄男も句をよく読み込んでいるが、今回の髙柳重信論は、ことさら新しい視点を展開しているわけではないが、句を丁寧に読んでいるし、髙柳の俳句形式についての志を描いて、最近の重信論としては出色である。

一句を読む際に、「よく季語がよく効いている」とか、「季語の本意をよく表している」とか、その実、何も言っていないに等しい句の批評が横行しているが、神野紗希に限ってはそういう安易な読みはしない。先人の句の読みもよく踏まえて批評を書いている。

ともあれ、いつの時代だって、新しい波こそが、俳句の表現領域を広げてきたことだけは確かなことだから、期待するところ大である。

 しかし、老生となったいま、新しい波に呑み込まれなように、溺れないように、静かに生きていきたい、とつぶきかねない小生であった。

芸大 白万寿沙花vol.3

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2011年9月28日

入稿日まであと三日

...こんばんは。

編集部もだいぶたてこんでまいりました。

 

昨日は我慢できず、夜中にビールを飲んで寝たら、

(すきっ腹いじょうにスカスカだったので、痛いくらいの刺激でした)

キムタクに口説かれる夢を見ました。

特に好きでもないのに...なぜでしょうか...

欲求■満なのかしら??

 

さて、今夜も残業ダアーっと思っていたところ、

大山安太郎先生より立派なカボスが届きました。

110928_1918~0001.jpg

「秋刀魚なんかにいいわね」と青木課長がおっしゃる横で、

「...焼酎に垂らしたい...」と洩らすサントウ...

 

昨日手が震えたのは、アル中の証拠!!?

(入力のしすぎかと思われます(`0´))

 

それにしてもすっかり涼しくなりました。

まだ夏の蒲団で寝ているので、最近では真冬用のフリースを着て寝ています!

(タダでアウトドア気分に♪笑)

 

校了まで風邪は引けません!

今夜はカボス(焼酎?)で栄養補給したいと思います。

 

以上、魚肉ソーセージがやたら食べたいサントウでした~★

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2011年9月28日

文人俳句特集・瀬田貞二・・

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 本誌11月号で文人俳句特集を企画している。

 昨年10月号に続いて2回目なので、なるべく重複が無いように、人選も変えてある。

 その中でも、いままで、余り知られていない、文人俳句としては総合誌初登場の瀬田貞二登場を企画しているので、昨日、俳句文学館に行ってきた。

 瀬田貞二,こと俳号は余寧金之助。中村草田男主宰「萬緑」創刊の頃の初代編集長である。

 その頃、「萬緑」瀬田貞二は、座談会に句の発表、訳詩の発表、時評欄の執筆と獅子奮迅の活躍であった。

 ただ、創刊は昭和21年10月という戦後直後、紙の調達もままならず?しかも瀬田貞二の本業でもある児童文学の仕事も忙しかったのであろうか。直ぐに休刊、遅刊となり、その責を負わされたかどうかつまびらかではないが、句も発表しなくなり、当然編集長も替わった。

 瀬田貞二は1916年東京本郷に生まれた。俳句は中村草田男に師事したが、公立夜間中学の教師をしながら、児童文学作品を書き、翻訳もした。

 1949年平凡社に入社し『児童百科事典』全24巻を企画編集に携わった。

 トールキン『指輪物語』、また、『ナルニア国ものがたり』は馴染み深い。

 「かさじぞう」「三びきのこぶた」「わらしべ長者」など絵本の世話になった人も多いにちがいない。

句は本格だ。「萬緑」創刊号から、「北陸の秋」の前書がある、

  こぼれ木の芽かなしきまでにふりしぶき      余寧金之助

 第2号には、

  乳の香にむせぶ浴衣の母も若し

「萬緑」巻頭になるのは第13号(翌年12月号)で、4句である。

  赤ん坊の重さにかよひ金木犀

  月は庇に寝たる生ブ毛と思へども

  秋雲の翳りに居りて気が弱く 

  星よりも赤し引越終ふ私灯 

1979年8月に死去。「萬緑」昭和54年11月号は余寧金之助追悼特集が組まれている。

芸大 白万寿沙花vol.3

 

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2011年9月26日

鷗座10周年・・・

鷗座10周年 天野小石vol.1

  一昨日、9月24日(土)、東京池袋のホテルメトロポリタンで、「鷗座」(松田ひろむ主宰)10周年記念祝賀会が行われた。

第一部は記念大会の特選句の表彰と坪内稔典氏の講演。第2部が懇親祝賀会という趣向だった。

 

 坪内氏の講演はこのところの「モーロク俳句」の勧めだった。鷗座10周年 天野小石vol.2

 

 ユーモアと笑いに包まれていながら、俳句が本来もっているものの変さ加減を面白く話されていた。

 坪内氏の「船団」は結社誌とは違うということと、懇親の折には、毎号の特集企画について、俳壇の総合誌を少なからず意識した内容であるということも、言っておられた。

 こうした戦略的な志向は、坪内氏の本領だと思い、さりげない特集にも現俳壇に対する批評性を維持されていることに、小生も少し身が引き締ったのだった。

小生が20歳代で坪内氏と会って、その背中を見続けた者としては、常に、自らを確かめるいい機会といえる。

 その若き日、彼が言った言葉で常に小生を励ましたことばは「時間を作るのも才能だよ」。

たぶん、日々の生活で精一杯のところに、いかに俳句に費やす時間を見つけていくかということだったろう。みんなと同じ生活をしていたら、その時間はとれないという戒めであったかも知れない。

付き合いが悪いと言われても、飲みにいかなくても・・・そういえば、小生も坪内氏も下戸に近い、甘党だった(もちろん、坪内氏の方が徹底している)。

だからこそ、「甘納豆のうふふふふ」ができるのだろう。

ともあれ、記念俳句大会の坪内氏の特選に選ばれた句は、

  芹なずなこの子のどこもバネ仕掛       池永英子

最高点句は、

  君にいま樹木の匂い卒業期           古川塔子

鷗座10周年 天野小石vol.3

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2011年9月26日

嗚呼青春

週末、中学の剣道部の同窓会があり、久し振りに川越に行ってきました。

 

顧問の先生も、お忙しい中私達のために出席してくれました。

今は教育委員会にいるため、公務員とは思えない勤務時間に追われながらも、

駆けつけてくれるなんて...ちょっと涙ものでした。

 

先生がK中(母校です)に転任した年に、私達も剣道部に入部したのですが...

練習の厳しいことったら...

血尿が出たときは(お食事中の方、すいません)、「私、死ぬんだ」と覚悟しました。

 

当時は道場がなかったので、体育館だけでなく空いている場所があれば、

ひたすら練習しました。コンクリートの上でも、道路でも、どこでも。

体はボロボロどころじゃなかったと思います。

先生が悪魔に見えましたね、真剣に。

 

でも、気付いたら強くなっていて。いつのまにか弱小は卒業していて。

何か大切なものを背負いながら、勝ちたい一心で練習するようになりました。

 

最後の試合は強豪校に負け、ベスト9に終わりましたが、

(通常、ここではベスト16というのが普通ですが、あえて9にしておきます)

構えの瞬間に、「勝てない」って思ったほどの相手だったので、悔しかったけど、

潔く受け止められた覚えがあります。

 

このメンバーで、この先生がいて、親の協力があったからこその三年間。

間違いなく、生きてきた30年の中で、いやこれからの人生の中でも、

一番充実した三年間。

 

もう戻れないけど、それを共有できる仲間がいるって本当に幸せです。

 

おばあちゃんになっても、たぶん同じ話題で笑えるような友達は、

もうできないと思います。

 

年に一回くらいは、集まろうと誓い合い、終電に向って走ったのでした...

 

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おまけ。

この怪しい場所は...

実家の私の部屋です。

いろんなポスターやフライヤーをやたら壁に貼り付けるのが

かっこいい、と思っていたのでしょう...

不気味ですね...フフフ...

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2011年9月24日

天の野の小石なるかな花源かな・・・

 花源記念会vol.1

花源記念会vol.2

  9月23日(金)、東京・学士会館において、天野小石句集『花源』の出版祝賀会が行なわれた。

開会の辞は「天為」編集長対馬康子氏、「天為」では個人句集の祝賀会が行なわれるのは珍しいとのこと。

主賓挨拶は有馬朗人氏。小生会場に早目に着いて、近くでお茶でも飲んでいようと思っていたら、地下鉄を降りたところで、

佐怒賀正美氏に会い同行、地上では有馬朗人氏に会った。有馬氏は、ちょっと散歩に・・と言って学士会館近くの歩道を別の方向に歩いて行かれた。

 続いての挨拶は大牧広氏。というのは、天野小石さんの俳句の出発は大牧広主宰「港」から。

さらに小石さんの参加されている超結社の句会など(けっこう、いろいろ)、交友関係の広さを象徴していた。

その参加されている句会からお一人ずつの挨拶があった。以下の通り。

「一声会」村上護、「仮称・俳句研究会」小島健、「火の会」銀漢亭主人・伊藤伊那男、「百音句会」木暮陶句郎、「スウィーツ句会」林誠司、というわけで、各氏に続いて、わが編集長も挨拶した。

 花源記念会vol.3

 小石さんは「ビールの女王」と呼ばれているらしいから、スウィーツ句会でもビールだそうである。

 (実は小石さんには本誌の校正も助けていただいている)。

 最後は、俳句界を背負うべき期待される若手俳人から、祝福の句が堀本裕樹氏から披露された。

 花源記念会vol.4

 そうそう、句集のことも少し。装丁は巌谷純介氏、編集長林の第二句集『退屈王』と同じ装丁家(児童文学者・小説家・俳人の巌谷小波の孫)、挿画は実兄の甲士三郎氏。最後になったが、小生のもっとも好きな句は、

   黒髪は血潮の果たて雪舞へり          小石

次の句も趣があって、捨てがたい。

   水晶を文鎮にして秋思かな  

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2011年9月22日

マル秘日記@Fukuoka

...

先週の金曜日、福岡本社へ行ってまいりました。

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松本さんと「いやーほんとに行くことになるとはねー」と

キャピキャピしながら羽田へ...

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雲が綺麗でした。

 

あっという間に福岡に着き、またあっという間に本社最寄駅、赤坂に到着。

営業徳永さんが迎えに来てくれました。

「わーー『おつかれさまでえっす!』の生徳永さんだあー...」

とサントウ、少し興奮。

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ビルの一階も何か気になるお店...

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すごいーーー!!看板があるーー!

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道路に面したところにはこんな立派なディスプレイ!

東京にも作りたいーーー

そうだよ、今の時代だからこそ活字なんだよなあ!!と熱くなりながら、

「酒が切れてきた」とおっしゃる社長とツーショットを試みましたが、

すんなり断られしまいました...(´0`:)

 

...ここまでは掲載可能範囲です...

ここからが...

すぐにアップできなかった理由が暴かれるわけです...

 

「ようこそ」と迎えていただき、晩餐会が始まりました。

(写真はもう撮る余裕もありませんでした)

生と焼酎とワインが一気に初回から出てくるという、恐ろしい事態に!

 

「福岡空港の夕日はとても綺麗でした...」

なんて言ってみたものの、緊張のせいもありいつの間にか暴走しておりまして...

美しすぎる部長の横顔(グラスに氷を入れ上品にワインを飲まれていました)を見つめながら、

生2杯+焼酎ロック3杯...

そんなに飲んでいないのに、

「じゃあこんど朝礼で●×▲※とか言っちゃおうかナーー」

「社長、韓国に社員旅行行きましょーーー」

「島田さん(社長側近・いわゆる美男子)、髪短いほうが良くなーい?」

「明日は社長の別荘にいくー今日は社長の家に泊まるーー」

...

これ以上は載せられません(汗)

 

ここからもう記憶は断片的、タクシーで長浜の屋台へ。

...

ラーメンを半分まで食べたのは覚えているのですが...

 そのあとはホテルに連れて行ってもらい(全く記憶なし)

朝4時に目が覚め...

お風呂にはいり、7時に松本さんとモーニングコールがてらおしゃべり...

 

「...サントウさん、私お酒抜けてないわ...」

「私は平気ですよっ(やたらハイテンション)朝ごはんどうしますー?」

「...何でそんなに元気なのー?...」

「とりあえず元気になったら連絡ください♪」

そして道路を挟んでまん前にある本社を見ながら、ストレッチして、

お風呂に入り、朝食へ。

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そのあと松本さんと待ち合わせし、天神あたりを散策!

お互い記憶が断片的なのを確認しあい、

「だっ大丈夫だよお」と慰めあいながら、書店に行き「俳句界」の搬入状況を確認。

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「俳句」よりも手前にならんでるっ、ぐふふ

(となりの雑誌にも注目...)

 

そして大宰府へ向う松本さんを見送り、私も友人と合流。

その夜(もちろん酔っ払い)、面白い看板を見つけたので、それを載せて報告を終わります。

福岡、また行きたい!本社の皆様、ありがとうございました!!

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2011年9月21日

モダンディー

台風接近により朝から本降り...

そんな中...

大井顧問が素敵なレインブーツをお履きになっておりました。

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うーん、かっちょいいですね。

大井さんってとってもおしゃれなんですよー、

今日もLeeのGパンにこなれたシャツをイン、

シンプルなファッションってバランスが大事ですからね...

だらしなくなりがちなのにかっこいいのは、

自分にあったサイズを着こなしているからでしょう...

ちなみにシャツは、今は無き、昔通っていたお気に入りのお店で購入したそうです。

 

大井さんで思い出したのですが、最近「モダンディー」という言葉が出てきましたね。

決めすぎず、適度に力を抜いたモダン+ダンディーなファッションのことらしく...

 

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「ぎらぎらイタリア男」といったら...

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うーん、嫌いじゃないですけどね...

何歳になっても「モテる」にこだわる向上心は見習わないといけないな...

 

とにかく、どんな流行があっても、自分の好きな服って結局変わらないし、

自分らしさ=ファッションなんだと思うサントウでした。

(大学時代から愛用している古着を未だ着回す私です 笑)

 

次回のファッションスナップをお楽しみに!

 

 

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2011年9月20日

私、JINSにかえました♪

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蒼井優ちゃん、かわいかーーーっ

 

ジンズの魅力は、何といっても、レンズの追加料金がかからないこと!

私のようなド近眼は、薄型レンズにするだけで3000円程度余計にかかってしまうのが普通でした。

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しかも形状記憶でやわらかいフレームなのです。

軽いし!

こめかみが痛くなることもなし!

 

ちなみに、蒼井優ちゃんと同じタイプのものは、即日完売とのこと。

イメージキャラクターって重要なんですね......

 

さて、明日は髪型を真似して↑ポニーテールにしようかなーっ(^0^

 

 

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2011年9月20日

野田禎男氏来訪・・・

 野田禎男

 昼少し前、野田禎男(「吉野」俳句会主宰)先生来社。

わが編集長の『退屈王』上梓のお祝いを兼ねて、というところだろうか。

それに便乗してというか、上手なお誘いに乗って、小生とスタッフ松本も昼食のご相伴とあいなった(ご馳走さまでした)。

お話しによると、第一句集『上野』のご自慢は和田誠の装丁だそうである。

  リラの花匂ひて夜気の重くなり           禎男

 火村卓造の話も聞けたし、村上護、齋藤愼爾各氏などとの交遊録も少しお聞きできて、楽しい時間を過ごしたのであった。

芸大 白万寿沙花

 外は雨、何日ぶりであろうか、ようやく気温は30度を切って、涼しい秋の気配になった。

暑さ寒さも彼岸まで・・・その秋の彼岸も近い。

  それとなく御飯出てくる秋彼岸        攝津幸彦

  逃散の夜のましろき曼珠沙華         夏石番矢

芸大 白万寿沙花vol.2

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2011年9月16日

志鎌猛プラチナプリント展・・・

大閑堂

本誌2月号「文字のないエッセイ」で「森の襞から」の写真で登場いただいた志鎌猛さんの個展が東京・広尾の小西大閑堂で行われていたが、最終日の昨日、やっとスタッフ松本とお礼かたがた観に行くことがでlきた。

 今回の題は「うつろいVol.2」。

 今やプロのカメラマンもデジカメ全盛の時代のようなのであるが、志鎌さんは、プラチナプリントという素人には聞きなれない言葉だが、19世紀に発明された古典的写真技法プラチナプリントと、日本伝統の手漉き和紙に、長い間受け継がれてきた人の手による技にこだわって、自然の光景を美しいモノクロの深い世界に定着させてこられた。いまのところ、海外での評価の方が高いようで、フランス国立図書館やデンマーク・オーデンセ写真美術館、アメリカのサンィエゴ写真美術館ヒューストン美術館、サントバーバラ美術館などに収録されているとのことだ。

 

大閑堂vol.2

 このギャラリー小西大閑堂は、大正天皇近衛師団長三浦将軍、書道教師杉聴雨の命名、かつ揮毫はかの犬養毅とのことだった。昭和7年5.15事件当時の首相で、青年将校とのやりとり、「話せばわかる」「問答無用、撃て」は有名な話しで、凶弾に倒れた。

従って、古美術骨董商としての歴史は長い(大正3年創立)。

写真の展示だけではなく、さりげなく飾られた花、置かれていた仏像は8世紀唐の時代のものという説明だった。

大閑堂vol.3

それにしても、わが薄給ではとても手がでないこと間違いない。

それよりも大閑堂小西さんと話していたら、お父上は加藤楸邨と懇意で、楸邨自身もよくここに来られたとのことだった。当然ながら楸邨に骨董趣味を教えた安東次男も、駒井哲郞とも懇意にされているというから驚いたのだった。

大閑堂vol.3

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2011年9月16日

私の血液はアルコールでできている③

昨日は毎月行われる「さかなの会」@池袋 でした。

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おっさん嗜好の私にはたまらないお店です。

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巨大ぶりカマ(600円なーり)。直径30センチくらいあります。

シメがいらないくらいおなかいっぱいになります。

 

もちろん二杯でキープ!!

 

そして本日、ついに福岡本社に行ってまいります。

ただ...

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メガネを拭こうとしたら真中で真っ二つに割れました...

 

飛行機乗るのに大丈夫かなあ...

 

とりあえずNEWメガネを買わなくては。

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2011年9月15日

私の血液はアルコールでできている②

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今日の朝ごはんは「草林」雨宮抱星先生からいただいた豊水。

みずみずしくておいしかったです!

 

さて昨日の報告を...

 

まずは『退屈王』についての意見交換会...

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この時点では大井さんはノンアルコールビールなので、やや甘口です。

 

編集長には大好きな謙信Tシャツを。

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松本さんには記念写真とシャンパンを。

 

何だか色んな話が入り交じりすぎたので、まとめてみます

編集長は歴史には人一倍興味があり愛を持っている

(流されやすいので、自分のヒーローの確立までには色々と心変わりしたが今は謙信で落ち着いてる。恋愛ではこういうことしないようにネ)


雑誌「歴史●道」への就職を狙っている


生まれ変わったら船乗りか発掘学者になりたい


ゴビ砂漠で死にたい(タクラマカン砂漠じゃだめなのか?)


室伏さんと気が合う様子

再婚するならこんな女性がいいのでは?(室伏さんがお断りか...(笑))

...
編集長の話題ばっかりになってしまいました

 

みんなに歴史の話を聞いてもらえて、嬉しそうな編集長に、

「明日寝坊しないでくださいよっっ」

と釘を打つ私。

(「冷ややかな女」と言われています)

 

でもたまにはこうやって、飲みに飲むのもいいですね。

企画してくださった青木さん、ありがとうございました(^0^♯

 

約束通り二杯で抑えたサントウの冷静かつ毒のある報告でした♪

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2011年9月14日

日下野仁美『風の扉』・・

風の扉

 風は、もともと神鳥のはばたきによって起こると考えられていた。

また、字形からすると凡+虫、その姿は、はためく舟の帆に代表されていた。いわば夏の象徴のようなものである。

神鳥のはばたきから思われることは、鳳凰であり、鳳とは鳥の王様という意味である。

日下野仁美の風の扉は、花野に開かれる。従って秋。

   風の扉を押して花野の人となる      仁美

風の扉を押して草原の花の美しさと共に在る人がいる(作者でなくてもいい)。

さらに、さまざまな風が吹いている。いや、一巻すべてに風が感じられると言ってもいい。

なにしろ、風は神の別名にほかならず、いつも自然と人との生活の媒介者となってやってきたのだから。

   冬薔薇の風の死角にひらきけり

   囲はれてより風を恋ふ寒牡丹

   山国の風に弾けて木の実落つ

   海荒れて風音尖る冬岬

 当然ながら風の言葉がなくても、風を感じる句もある。それはひそかなる風だが、背景でもある。

   翔ぶものの影あきらかに秋立てり   

   あめんぼう水の空より生まれけり

   扇置く思ひ出一つ置くやうに

   千枚の植田をつなぐ水の音

 翔ぶもの、水の空にも、扇のそれ、水の音には水の流れと風。

 そして、集中の私の一句は、

   父乞虫雨の降る日は母を恋ふ

だろうか。しかし、

   はるかより母の加はる手毬唄

も捨て難い。まだある。

   白といふ哀しき色や雪祭

思えば、白も青もこの句集の基調の一つにちがいない。

   林檎熟る空の青さをほしいまま

ともあれ、いくつかの印象深い句を上げておこう。

   足萎えの母を乗せ来よ茄子の馬

   抽ん出て孤独始まる今年竹

      由季

   その中に婚の日のある初暦

   死者生者闇を一つに流灯会

   去年の雪今年の雪となりて積む

前書の「由季」は、ご息女、日下野由季、嘱望される若手俳人の一人である。

因みに跋文の遠藤若狭男、懇切な一文であること、言を俟たない。

ソウロウ泉園vol.5

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2011年9月14日

私の血液はアルコールでできている①

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おはようございます。

今日の朝ごはんは筍と鮭の炊き込みご飯。

ケチャップライスみたいな色ですが...

 

さて私は昨日から、6日間連続の飲み会週間に入りました。

みんなにそれを伝えると、失笑されてしまったので、対策を考えました。

 

普段飲みに行く時の飲酒料=

生中1+ハイボール1+焼酎(泡盛)ロック2or3? =5杯

 

週2程度の量に抑えるには、6日間で10杯くらいにしておけばよいとすると、

1回につき2杯くらいにすれば丁度いい...のかな...?

ということで、昨日は2杯にしておきました。

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2件はしごして2杯、合計金額一人3000円未満...

よく我慢したなあー、えらいなあー私(^0^(^0^

(写真は某チェーン店、●木屋です...)

 

私は最初の生一杯のために働いているので(嘘)、

飲みが始まる1時間前からは一切水分を取りません。

いわゆる「空きっ腹に滲みる」というやつがやめられないのです。

でもこれって、体にとっても悪いとか...

三十路ですしね、もうやめようかと思う今日この頃です。

 

さて、本日は編集長の句集出版祝+

松本さんの「ようこそ30代の世界へ~三十路だって楽しい~」という名の飲み会があります。

2杯に抑えられたかどうかは...

明日の記事で報告いたします(^^

 

 

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2011年9月13日

社長上京・・・

中秋の名月

  昨日は中秋の名月。雲もなく、これ以上はない美しさだった。

 本日は、社長・姜琪東は某句会出席を兼ねて福岡より上京。東京支社での全体打ち合わせを行った。

 「俳句界」の現状と、今後のさらなる飛躍を期すためには、何が足らないのか、何が必要なのかを論議をした。この成果がすぐにでも反映させられれば申し分ないが、それは、今後の読者の方々の反響を糧にするほかはない。

 いろいろ忌憚のない話もあったが、それはブログには言えないこともある。

 ともあれ、女性社員の名残惜しげな嬌声を浴びながら、社をあとにした社長はタクシーに乗り込んで次の目的地に向かったのでした。

タクシーに乗り込む社長

 

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2011年9月13日

緊張溢るる馬場の朝

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おはようございます。

朝食はさわやかにメロンにしてみました

 

今日は慌ただしい一日になりそうです...

 

がんばります(^9^;

 

 

 

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2011年9月12日

忘れてはならない

9月11日。

 

東日本大震災から半年。11日前後には毎月大きな余震があるというが、

10日(日)も私の住む千葉県が震源となり、大きく揺れた。

もし、余震が一切無くなったら?

私達はすぐにあの地震を忘れてしまうだろう。

 

9.11同時多発テロ事件が起こったとき、私は大学生だった。

あれから9.11のことをどのくらい思い出したか。

毎年ニュースで「あの日から○年です」と聞いて、やっと少し関心が戻る程度だ。

 

そんな時、たまたまBSで見たドキュメンタリーで偉大な日系人を知った。

 

ワールドトレードセンターを設計した、ミノル・ヤマサキ。

事件当時の運輸長官を務めていたノーマン・ミネタ。

ミネタさんは、太平洋戦争時代に日系人収容所に強制収容されていた経験から、

「イスラム系の人間は飛行機に乗せるな」という声に反対し、

人種プロファイリング作成案を断固として拒否した。

 

他の国で起こった事件の陰に、偉大な日本人(日系人)がいると思うと、

興味の薄れた事件が自分の中で大きな存在になった。

 

忘れる努力は大変だが、忘れないようにすることはもっと難しい。

 

でも、嘘か本当かもわからない世論に振り回されるのではなく、

自分なりの視点・関心を持ち続ければ、忘れることはない気がした。

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2011年9月12日

第2回東京ポエトリー・フェスティバル・・・

 世界俳句協会大会

 9月10日(金)~11日(日)の間、第6回世界俳句協会(ディレクター・夏石番矢)が開催され、同時第2回東京ポエトリー・フェスティバルが行われた。

今回のテーマは「神話へ、その彼方へ」ということで、前夜祭(歓迎パーティー)から、朗読が行われ、これには編集長が参加した。

小生は2日目のスピーチセッション「神話とその彼方へ」から参加した。

スピーチでは三枝浩樹(日本)、モルデガイ・ゲルトマン(イスラエル)、阿木津英(日本)、コルネリユス・プラテリス(リトアニア)、呉昭新(台湾)がそれぞれ詩と神話の出現、3.11以後の詩の言葉、とりわけ短詩形をめぐる問題などについて、意義深いスピーチが行われた。

また、朗読では小生の世代には忘れられないシンガー・友部正人の歌や谷川俊太郎の詩の朗読を聞いて昼下がりの時間を楽しんだ。夏石番矢の朗読はモンゴルのTs・ツォルモンの馬頭琴の伴奏と合わせて魅力的であった。その他、国内外の朗読詩人は、最終日までに、30人以上出演が予定されていた。

わが「俳句界」に現在、小説「受験巡礼」を連載中の今井聖、さらに自由律俳句中塚一碧楼の孫にあたる中塚唯人など。小生は所用で中座退席したのだが、歌人の岡井隆、久々湊盈子、尾崎左永子、詩人では財部鳥子、田村雅之、高橋順子、俳人では岩淵喜代子、ギネマなどを含め、聴きたい人はたくさんいたが、仕方なく会場を後にした。会場では、田中陽、山崎十生、武馬久仁裕、柴田千晶、詩人の八木忠栄、森川雅美などにも会った。

世界俳句協会大会vol.2

世界俳句協会大会vol.3

 今日の編集部は午前中に10月号の折丁校正。

午後から、林編集長とスタッフ三東は角川春樹・辻井喬対談のためにアルカディア市ヶ谷に出かけ、もう一人のスタッフ松本は夏休みをいただいて、現在は、留守番一人の心細い小生のみという次第。

世界俳句協会大会vol.4

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2011年9月10日

花オクラ・・・

 

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 ブログの読者から、花の写真上が送られてきました。

紹介しておきましょう。

「花オクラ」というものらしいです。

その説明は以下のように記されていました。

「オクラは 実を食べます。
花オクラは 実は不味く 花びらを食べます。
ひらひらと薄く 大きな花で 花びらはネバネバしててオクラと一緒。
 
刻んで 金糸玉子のように飾ったり 麺の上に乗せたり」。
 
といった具合です。
 
ところで、本日は世界俳句協会の第6回世界俳句協会大会2011に参加してきました。
昨日の前夜祭には、わが編集長が参加。
小生は、明治大学リバティホールで行なわれた第2回東京ポエトリー・フェステバルの朗読を聴いた。
テーマは「神話へ、その彼方へ」でした。
詳しい報告は来週の月曜日にします。
 
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2011年9月 9日

こんばんは!

久々(すぎる?)の更新です(^0^

 

なでしこが無事ロンドン五輪出場を決めましたね

私としては、北朝鮮にスカッと勝って欲しかったのですが...

でも、よかった!闘う女ってかっこいいです。

 

さて、昨日は10月号の最終校正も終わり、編集部で飲みに行きました。

飲み会でネタになる話題には、大体パターンがあります。

 

①編集長がいかに素晴らしいか(いざという時は涙がでるほど優しく頼りになるetc)

②大井さんはいかに危険な人物か(酔った大井さんの武勇伝は最高)

③松本さんにどうやって禁酒させるか (嘘です...本当は松本さんの恋愛事情)

...

(三東は酔っ払いすぎで話にならないので、ここでは"トルツメ")

 

ですが昨日は、先日めでたく刊行された『退屈王』の話がきっかけとなり、

「父親と息子」の特別な関係について語り合いました。

私には残念ながら理解できない、葛藤や嫉妬や憧れがあるものなんだ、としみじみ。

逢えなくなってから気付いたことも、たくさんあったんだと思います。

 

でもきっと、空の上から「おめでとう」ってお父さんも言っているはず。

天国で鼻高々に「うちの息子が...」と自慢しているはず。

 

俳人林誠司から、これからも目が離せません。

(目を離しすぎると、校正をサボりだし

松本さんに「もオーーー」と怒られてしまいますのでネ...)

 

まだ『退屈王』を読まれていない方、間違いなく2011年の最高傑作になるはずですので、

ぜひ!!

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窓からの風景。癒されます。

松本さん「きれーーーーー」

三東「松本さんの横顔の方がきれいだよ」

松本さん「......」

こんな会話がいつも繰り返されています(松本さん、ごめんなさい笑)

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2011年9月 8日

現代俳句協会へ・・

現俳協

 本日は、10月号の印刷所への校正戻しの日。慌ただしいなかを、現代俳句協会の特集企画の打ち合わせで編集長と一緒に、末広町にある現代俳句協会事務所を訪ねた。

なにはともあれ、快い、ご協力を得られることになって一安心。

いよいよ、来週から、スタッフ三東の赤裸々に語るシリーズが始まります。乞うご期待!

明日朝、小生は大阪屋に柿本多映氏のエッセイ集の委託部数の交渉にいく。

 

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2011年9月 6日

林誠司『退屈王』・・・

林誠司『退屈王』

 わが編集長の第2句集『退屈王』。

第一句集『ブリッジ』に次ぐ第2句集である。かのモンテ=クリスト伯の岩窟王ならぬ退屈王。

「あとがき」によると今を去ること数年前の鬱屈した日々の喩えのようである。いえば「無気力と怠惰の日記」なのだそうだ。

とはいえ、その無気力と怠惰にケジメをつけて、今後を生き抜くために、整理すべきは整理してしまおうという心根の現れと受け取っておくのが正解だろう。

さらに、いささかの謙遜をまじえて「私は自然も風景も上手には詠えない。詠えるのは私の人生だけである」と言挙げしているが、ひょっとしたら、自然も風景も上手に詠うつもりなどはない、といいたいのかも知れない。「詠えるのは私の人生だけ」というのも、小生のようにいい加減に生きてきた者にとっては辛い言葉である。それだけの矜持に支えられる人生があるだけで羨ましい気がしないでもない。

父を詠えば、

  はるかより何を乗せたり青北風(ならい)       誠司

  父いまも俳句を嫌ひ鰯雲

  冬晴の日よ線香の消ゆるまで

これらの句には前書「父死去 六十六歳」とある。

また、

  冬あたたか潮(うしお)は父の忘れもの 

  父の掌の厚みでありぬ朴落葉

  おほぞらに父をり桜降らせをり

  はちまきの父につきゆく祭かな

  父のこと子のこと桜満ちてをり

  はこべらや日にさらさてれ父の墓

  春の雲父おもふごと国思ふ

 など、このほかにも多くの父恋の句がある。小生は、ほぼ父と暮らしたことがないので、こうした思いも、まして思い出もない。それゆえであろうか、いささかの切ない感じを伴う。

一転、次の句の父は、林自身である。

  父の日の風のネクタイ締めてをり

いずれ退屈王には家族を詠った句が多いが、それも「私の人生」というならば、当然ながら、現在、離れ離れに暮らしている妻子のことも詠まれている。

  中でも出色は、「長男」の前書のある句、

  歯ぎしりの顔の出てゐる蒲団かな

 であろうか。あるいは、

  長男と同じ背丈の涼しさよ

  夜の風鈴罵り合うて妻が泣く

  しわくちやの離婚届よ冬芒

  ハートあり星あり春のらくがきは

最後のハートの句には「離婚 子と離れる」の前書がある。

 さすがに、現代に生きる「私の人生」には、3.11を詠んだ句も登載されている。

  炎天や芭蕉も田村麻呂も被曝

  放射能といふ炎昼のふぶきけり

 最後に小生のもっとも好きな句を挙げておきたい。「F1レーサー、音速の貴公子」の前書のある句、

  アイルトン・セナの忌日のハンモック

セナの忌日は1994年5月1日、小生など古い世代の人間は、5月1日といえば、メーデーしか詠えない。セナはブラジルの人、34歳の若さで事故死した。ハンモックとはおよそかけ離れたレース場という揺りかごなかで・・・。

たでの花・風船カズラvol.1

 ところで、今日の編集部は、10月号の日販と栗田出版の搬入部数交渉。そして、編集長は俳人協会俳句大会取材、本誌の印刷所への入稿となかなかにバタバタとした一日だった。

 それでも、少し風の感じが秋めいてきた。

たでの花・風船カズラvol.2

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2011年9月 5日

「麦」700号祝賀会・・・

麦700号・赤まま

 昨日、9月4日、東京・台場のホテル グランパシフィックで「麦」700号記念祝賀会が、会長・橋爪鶴麿氏が自ら挨拶されたように地味に行われた。すっきりした台風一過とはいかなかったもの、遠くは九州からも駆けつけられた松田耕作氏をはじめ、多くの同志・同人の方々が駆けつけられていた。

「麦」は、戦後すぐ、昭和21年9月に中島斌雄が創刊し、その創刊の言葉「麦は大地であり季節であり又生活である」というそのままに、実にわが道を行くという感じの雑誌である。中島斌雄没後は主宰制をとらず代表を田沼文雄、現・橋爪鶴麿会長が務め、その詩精神を引き継いでいる。

久しぶりに幾人かの「麦」の方々、平山道子さん、山崎せつ子さんにもお会いできた。

小生にとっては、衝撃的だったのは、攝津幸彦と同じ会社(当時は旭通信社)に攝津さんと机を並べて仕事をされていたという中村欣一氏にお会いしたことであった。中村氏は攝津幸彦を偲ぶ会、七回忌にも出席されている。もちろん、当時は俳句など作られてはいない。中村氏も攝津が俳人だったことを知ったのは、朝日グラフに紹介記事が現代俳人として載った(攝津さんが短い入院をしていたとき、仕事上で偶然そのページを開いたときに知ったとのことだった)からである。

攝津幸彦は会社では、俳句のハの字も出さず、内緒にしていた。もっとも俳人にも自分の仕事のことはほとんど語っていない。だから、雑誌広告業界きっての辣腕ぶりについては全く知らなかった。また、会社の仲間は攝津が現代俳句の雄だったことも知らなかった。それらが明らかになるのは攝津の死後である。攝津幸彦の一年後の偲ぶ会に攝津幸彦の全集が出て、かつ、旭通信の方々による攝津幸彦文集「幸彦」が出るのも、生前の旭通信社の仲間の団結力と実行力によるものが大きかった。その同僚の一人が中村欣一氏である。

  南浦和のダリヤを仮のあはれとす         幸彦

ともあれ、麦の会の橋爪鶴麿氏には、現代俳句協会の青年部員時代に大いにお世話になっているのだ。

  池めぐり来てまた触れる冬欅       鶴麿

本日は朝から10月号の搬入仕入れ部数を決めるために、取次ぎ会社を巡った。

それと、柿本多映の本2冊9月12日(月)午前納品の交渉も行った。

麦700号・赤ままvol.2

 

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2011年9月 2日

たとえば十死生、いや十生・・・

露草

 昼休み。弁当持参のときは、来客用ソファで、昼にする。

そうすると当然ながら、壁側には、小社の刊行物である句集の原本が並べられている書棚が目に入る。

入社間もない頃は、名前を存知あげない方も多く、毎日眺めては、せめて著者名くらいは覚えようなどと思っていたが、寄る年波でそれもすぐ忘却の彼方へおぼろになっていった。

それでも、小生の同人誌仲間やそれに近い人、パーティなどで会っていた人は、つい眺め入ってしまう。山﨑十死生などもそうだ。「(死)抜き」で頑張ると数年前に「十生」に名前を変えてしまった。

十死生(じゅっしせい)とは、文学臭のする名前だったが、もとはといえば本名・利男(としお)から十死生とつけたに過ぎない。先師・関口比良男から生前から選者をまかされ、没後は「紫」主宰となった。「伝統とは常に新しくなければならない」を標榜している。

  車座になって銀河をかなしめり     十生

  凍滝を登らんとする日のちから

などの句を思い出す。句集『大道無門』(小社刊)が鎮座している(小生入社前の刊行)。

  ゐない母のために蚊遣りの火を焚けり

坂間恒子句集『硯区』は、小生入社後に刊行することになった句集なので、感懐がある。

  さっそうと春の丘から霊柩車        恒子

  神棚に晩秋以外のひかりも来る

  ゲート23走り根は向かう

独特だな、と思う。

そうそう社長・姜琪東の『ウルジマラ』もこちらを睥睨している。

  わが遺骨(ほね)は冬玄海に撒き散らせ    琪東

  チマひろげさくらふぶきをうけとめぬ

森澄雄『深泉』だって・・・

  妻ありし日は女郎花男郞花        澄雄

窓外は、台風が逸れたのだろうか、日差しがあるようだ。

いやいや、突然かき曇りになりそう・・・。

本棚

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2011年9月 1日

10月号印刷所へ入稿・・・

 

ソウロウ泉園

 本日は、台風の影響か、降ったり止んだり・・・。

  蒸し暑さが続いている。

 10月号の印刷所入稿の第一陣が終わったところだ。

 また、書籍で柿本多映『ステップ・アップー柿本多映の俳句入門』とエッセイ集『季の時空へ』が出来上がってきた。

 新書版で瀟洒な出来栄え、表紙絵がかつてお付き合いのあった藤田嗣治と五木玲子(五木寛之夫人)というのもいい。

 ともあれ、改めて別の機会に内容を紹介したい。

 この2冊は来週はじめの取次ぎ会社へ、雑誌10月号の部決と同じ日に、これも搬入部数交渉に行く予定だ。

 さて、今日の編集部は、10月号のためにいよいよ最終コーナーを回って校了日まで走り続ける・・・という具合。

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