2011年9月28日

文人俳句特集・瀬田貞二・・

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 本誌11月号で文人俳句特集を企画している。

 昨年10月号に続いて2回目なので、なるべく重複が無いように、人選も変えてある。

 その中でも、いままで、余り知られていない、文人俳句としては総合誌初登場の瀬田貞二登場を企画しているので、昨日、俳句文学館に行ってきた。

 瀬田貞二,こと俳号は余寧金之助。中村草田男主宰「萬緑」創刊の頃の初代編集長である。

 その頃、「萬緑」瀬田貞二は、座談会に句の発表、訳詩の発表、時評欄の執筆と獅子奮迅の活躍であった。

 ただ、創刊は昭和21年10月という戦後直後、紙の調達もままならず?しかも瀬田貞二の本業でもある児童文学の仕事も忙しかったのであろうか。直ぐに休刊、遅刊となり、その責を負わされたかどうかつまびらかではないが、句も発表しなくなり、当然編集長も替わった。

 瀬田貞二は1916年東京本郷に生まれた。俳句は中村草田男に師事したが、公立夜間中学の教師をしながら、児童文学作品を書き、翻訳もした。

 1949年平凡社に入社し『児童百科事典』全24巻を企画編集に携わった。

 トールキン『指輪物語』、また、『ナルニア国ものがたり』は馴染み深い。

 「かさじぞう」「三びきのこぶた」「わらしべ長者」など絵本の世話になった人も多いにちがいない。

句は本格だ。「萬緑」創刊号から、「北陸の秋」の前書がある、

  こぼれ木の芽かなしきまでにふりしぶき      余寧金之助

 第2号には、

  乳の香にむせぶ浴衣の母も若し

「萬緑」巻頭になるのは第13号(翌年12月号)で、4句である。

  赤ん坊の重さにかよひ金木犀

  月は庇に寝たる生ブ毛と思へども

  秋雲の翳りに居りて気が弱く 

  星よりも赤し引越終ふ私灯 

1979年8月に死去。「萬緑」昭和54年11月号は余寧金之助追悼特集が組まれている。

芸大 白万寿沙花vol.3

 

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