2011年10月 5日

取次ぎ廻りに雨の薔薇・・・

雨の薔薇vol.1

 本日からは11月号の搬入仕入れ部数決めのための取次ぎ各社廻り。

 明日からは、10月18日発行の角川春樹震災句集『白い戦場』の部数交渉も入る。

 取次ぎ会社は久しぶりに大混みで、トーハンで午前中の時間を使い果たし、昼食に蕎麦屋を目指していたら、コンクリートの壁のそばで、かの大手拓次の薔薇連祷の肉色の薔薇ならぬ雨の薔薇に会った(上の写真)。

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 さて、贈られてくる雑誌で小冊子だが「弦」(遠山陽子発行)がある。

 創刊以来、「したたかなダンディズム 三橋敏雄」が連載されているのだが、そろそろ終盤に差しかかっている。実によく資料にあたり、丁寧に書かれている。今号が34号だから、34回目の連載(9年目かな?)。

 三橋敏雄の盟友の一人だった富沢松雄の手紙にあった、

   よりかかる不思議な日陰ありにけり      まつを

 この句が記されたとき、松雄は胆管癌の末期だったらしい。

 そして、遠山陽子は「この日陰は、松雄が生涯かけて畏敬した師三橋敏雄膝下のことであろう。絶唱である。こんな凄い師恋の句を作った彼を、私は嫉妬した」と書いている。

 さらに、平成十二年七月二十二日朝、「自分の意思で点滴を止め、静かに息を引き取った、(中略)その松雄からの手紙が同封されていたのである。『このたびは、なんのご挨拶もなくお別れいたしました。ご無礼を、なにとぞお許し下さい。思えば永い間、身に余るご厚情をたまわりまして、有難うございました。(中略)これからは日本の四季よりも美しい浄土に定住致すことに相成りましたので、皆々様には暇な折には、ぜひお立ち寄りください。飛雲に乗ってお迎え申し上げます。遠くより皆々様の幸を、ひたすらお祈り申し上げます。

  さようならを名残の空に書きつづる    松雄』

 最後までダンディーでありつづけた松雄からのあまりにも格好良すぎる手紙であった。不思議な日陰からの手紙だ、と私は思った。一年の後、この手紙に応えるかのように、敏雄も浄土に旅立つのである」。

 遠山陽子のこの連載が一本にまとまれば、三橋敏雄を知る貴重な資料となるに違いない。

月と蝙蝠vol.3

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