2011年11月のブログ記事

2011年11月28日

第10回鎌倉全国俳句大会・・・

鎌倉俳句大会・豈vol.1

鎌倉俳句大会・豈vol.2

 昨日、11月27日(日)、鎌倉・鶴岡八幡宮直会殿に於いて、第10回鎌倉俳句大会(主催・鎌倉虚子立子記念館)が行われた。

 当日は晴天にも恵まれ、鶴岡八幡宮の参道は、七五三のお参りなどの参拝客で賑わっていた。

 記念講演は「芭蕉とは何者か」と題して、嵐山光三郎氏。

 水道工事に携わった芭蕉に焦点をあてて、来年あたりから新潮社「波」に連載予定のさわりを、我々は聞いたのだった。

 51歳で亡くなったことや(殺人説?)、遺体は、なぜ義仲寺に運ばれたかなど、芭蕉の謎を解いての連載になると思われる。

鎌倉俳句大会・豈vol.3

 当日句に、ひそかに応募した嵐山三郎氏の句も、無記名選の中から見事「鎌倉虚子立子記念館賞」にかがやき、俳句で賞を貰ったのは初めてと満面の笑みだった。因みに当日句は・・

  木枯にふんばっている仁王かな     嵐山光三郎

 次の句も、檀一雄の子息・檀太郎(俳号・旦士)が鶴岡八幡宮賞に・・

 主宰者側も八百長ではありませんとしきりに説明されていた。檀氏は当日朝一番に九州・能古島から飛行機でかけつてての出席だった。受賞句は、

  古都は冬芭蕉を語る嵐山       檀 旦士

 この嵐山は京都で詠んだといっても通じるね、とは星野高士氏の弁。

その他の当日句の大賞は、

  俳聖を切る講演や神の留守     三好忠士

 三好氏も愛媛からの出席。

 事前投句の各賞の表彰も行われたが、みんなが驚いたのは、鎌倉市教育委員会賞の柿の実幼稚園の作品、

  うみがめがうみにうかんでみんなみる     いとうたいち

 の句で最年少受賞となった。

 そして、小・中学生の部の大賞は、

  震災のなみだを運ぶ天の川   川崎高津小学校 大槻龍平

 

 大人に負けない見事な句だった。

 さて、一般の部の大賞は、

    虚子旧居ことこと曲る初電車        石川星水女 

鎌倉俳句大会・豈vol.4

鎌倉俳句大会・豈vol.5

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2011年11月25日

多仁 竝氏来訪・・・

 

多仁竝.jpg

  昼頃、多仁竝(たに・ならぶ)氏が来られた。

 先日の「文學の森読者の集い」にも参加いただいたが、その折に写された写真を持ってこられたのだ。

 その写真に関する後日談をうかがうと、なんと加藤郁乎氏宅にはわざわざ自宅に届けに行って、ついでと言ってははばかられるが、かねて所蔵していた『えくとぷらすま』を持参して、サインをしてもらったと、大変喜んでいる様子だった。秋田県出身の多仁氏は郁乎大人が阿部元気氏らと、郷土の史学者にして大阪朝日の記者で帝大教授だった内藤湖南を訪ねたという話を聞き、またまた感激して、実は多仁氏はその内藤湖南の孫にあたる人に、先生として学んだことがあると言っていた。

 小生のいただいた写真はしなだしん氏が横におられる写真だった。

 多仁氏は「豈」同人でもあるが、「澤」「船団」には以前から所属されているらしい。以前、芭蕉記念館で行われていた文學の森東京句会にも参加されていた。大高霧海氏とはく母校の同窓会の役員でご一緒らしい。

 ともあれ、不思議な人で、たまに会社に土産を下げて、訪ねて来てくださる。

 俳句も好きだが、写真も好き・・・とおっしゃるので、是非、「俳句界」の写真俳句に応募して下さいと言って別れた。

第8回東京自由律句会

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2011年11月24日

第8回東京自由律俳句会・・・

第8回東京自由律句会vol.1

 昨日、23日(水)、勤労感謝の日、江東区・芭蕉記念館別館で、第8回東京自由律俳句会が行われた。自由律俳句系の結社の枠を越えて、今後の自由律俳句の再興のための交流と、さらに句会と勉強会、回を追うごとに充実した内容になっている(小生は、第5回?あたりから編集長に取材を命じられたのが運の尽きで連続参加)。

 今回は世界俳句協会ディレクターの夏石番矢氏がゲストに招かれていた。

「世界の俳句の趨勢は自由律が主流です。しかも、日本国内よりも伝統の上にさらに表現内容の新しさを積極的に追求している感じがある」というようなことを述べておられた。また、夏石氏は、原発事故後、放射能の線量計をいつも携帯されていて埼玉や都内など、発表される数値より、線量が高い、ということを、皆に喋っても、最初は信じてもらえなかった。今になって夏石の方が正しかったと言われている、と経験談も披露されていた。

 句会の互選による最高点を獲得したのは、同点で次の二句だった。

  満月 手をピストルにしてあなたを撃つ    南家歌也子

  1人を独りと書いてしまいそうな月夜      渥美ゆかり

 第3位の句は、

  煮凝りの中までゆれてる淋しさかよ      藤田踏青 

第8回東京自由律句会vol.2

                                       挨拶に立っているのは夏石番矢氏

 第二部の勉強会は、事前のアンケートによって、俳句作品に関する①ルビについて 、②一字空け表記について、③切れについて、④時事句について、⑤添削について、の各テーマで、今回のプロデュースを行った中塚唯人氏の司会進行で話し合われた。いずれの話も作句の現場からのもので、句を創る際の貴重な意見ばかりだった。同時にそれは自由律俳句の難しさをも示唆しているように思われた(定型の俳句に対抗するタームではなく)。 

第8回東京自由律句会vol.3

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2011年11月22日

12月号、発売近し・・・

俳句界1112

 本誌12月号は、いつも通り25日全国書店一斉発売(定期購読者の方には、もう届いているかも知れない)。

 今月の第1特集は「1億総俳人ー人の数だけ詠う理由(わけ)がある」。巻頭エッセイは万葉学者の中西進「日本人と詩歌」。他のエッセイ「私が俳句を詠む理由」は伊達甲女、室生幸太郎、堀本裕樹。あらゆる事象に俳句があるは「友情の俳句」は生駒大祐、「仕事の俳句」は日下野由季、「辞世の俳句」は西池冬扇、「社会時事の俳句」は「玉城一香、「自然風詠の俳句」は小河洋二。そして、「今、私が詠いたいテーマ」の俳句作品は、松本旭、山本洋子、奥坂まや、岸本尚毅。第2特集は「これって類句」。私が考える類句の基準の論稿に、森田純一郞、加藤瑠璃子、水見壽男。類句を判定をケースごとに、加古宗也VS豊里友行、野田禎男VS中本真人、石井いさおVS篠崎央子。

魅惑の俳人は能村登四郎。佐高信甘口でコンニチハ!は女優・梶芽衣子。

夫婦対談は特別篇で奥様方4名、有馬ひろこ、鈴木節子、日下野仁美、大石香代子。

特別作品21句は眞鍋呉夫、高橋睦郎。作品欄は本誌投句欄選者の方々と豪華メンバーが揃っている。

第2回北斗賞発表では、堀本祐樹「熊野曼陀羅」。

その他、好評連戴ものも見逃せない記事ばかりです。こうご期待!

そうそう、今月から新たに巻頭グラビアにセレクション結社が始まって第1回は「千種」(加藤房子主宰)。

俳句界NOWは倉田紘文。

 

熱海vol.1

 実は先週金曜日夕方、編集長・林と入院中の金子兜太氏のお見舞いにいった。

 タイミングが悪く、検査される直前で点滴をされていて、検査室にいかれるのでご挨拶だけして車椅子の兜太氏をエレベーターまで見送った。

 病室に富田敏子氏が看病されていたので、少しお話しして引き上げた。

 直前まで石寒太氏も見舞いにみえておられたとのことだった。

 もう少し遅くなっていたら、お顔も拝見できないまま、帰らなければならないところだった。兜太氏の病室の前の廊下から夕暮れの新宿の灯が揺れていた(下の写真)。   

熱海vol.2

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2011年11月21日

ダ!!

やったーーー

ソフトバンク優勝したーーー!

毎回僅差で、ホームランもほとんどなく、本当にたくさんため息をついた、

苦しい日本シリーズでした。

秋山監督の涙、よかったなあ。

ステッカーほしいなあ...

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さて、昨日は実家に帰り、親子水入らずで食事をしてきました。

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スカイツリー=634mlの生ビール(^9^

 

父親は

「いやーー昨日の飲み会が飲み放題でさあー、

生ビール15杯飲んじゃったよー、まあ余裕だけどー」

とのことで。

水のように日本酒を飲むような人なのです。

老後のケアが今から心配な一人娘、三東です...

 

これからのことをちょっと真剣に相談し、帰り道。

空が綺麗でした。

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いつまでも、親には元気でいてほしいです。

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2011年11月18日

松川洋酔氏から葉書・・・

松川葉書vol.1

 松川洋酔氏が、先日の「文學の森・読者の集い」の写真を幾葉か送って下さった。その中に毎月発信されているらしい、自句と写真の葉書(写真・上)が同封されていた。葉書の写真にあるように、確かに曼珠沙華の花の咲き残した茎を、私たちはあまり目にすることがない。

 小社からは松川洋酔句集『家路』を上梓されている。序文は亡くなられる直前の皆川盤水、跋文と帯の選句は棚山波朗、俳誌「春耕」の大人2名の申し分のなさである。

    明らかに戻りしあとや蜷の道         洋酔

    頑なに閉ぢし殻あり蜆汁

    真向ひにいつも風ある冬田道

    父の日の父に読みやる母の手記

    亀鳴くも鳴かぬも妻とふたりかな

 その洋酔氏、ご病気をされたらしいが、グラス片手に「名が洋酔だから止められません・・・」。

 ご自愛祈念!

 

青紅葉、電気傘vol.2
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2011年11月17日

瀬尾千草句集『りあん』・・

りあん瀬尾千草vol.1

 句集名『りあん』は、連句人である著者が、自らの「莉庵立机」にちなむ庵号からのもの。その自祝前書の句に、

   一粒の種零れたり風光る       千草

 生国は岐阜、大野鵠士「獅子門」にて、連句を学ばれ、その大野鵠士「序ともなく」という序文は、美文調のいささかの古めかしさを宿しているが、陳べれば「庵を訪ふ人、さだめし澄みわたる鈴の響きを天籟と聞くべし」と言う。

 鈴の音はともかくとして、次の句には、小生、勝手に中原中也の「汚れつちまつた悲しみに・・・」を思い起こした。

   汚れつちまつた雪ふむ車輪かな

その「山羊の歌」に収められた出だしは、

   汚れつちまつた悲しみに

   今日も小雪の降りかかる

   汚れつちまつた悲しみに

   今日も風さへ吹きすさぶ

   (中略)

   汚れちまつた悲しみに

   なすところもなく日は暮れる・・・

 この悲しみの雪を車輪とともに踏んだのは作者か。いずれ本歌のフレーズをテキストにしていることは、連句門外漢の小生にも気づかされるところだ。

 さらに、次の句も、虚子翁「爛々と昼の星見え菌生え」の換骨奪胎とみれば、おのずとその味わいも違ってくるというものであろう。

   くさびらのかさひらひらとひるのなか 

 「発句たる風韻を備へ、頻りに付心を誘ふは訝しむに足らず」と「序ともなく」に記した大野鵠士の付心は、全句に及ぶのではないかと思われる。

その鈴の音には、耳を塞いで、いくつか小生の好みの句を上げさせていただいて挙句の替わりの駄文のお詫びとして締めくくりたい。

   銀河系地球番地の初明り

   からくりの夜叉となりゆく花の闇

   浮いてこいといふ前にもう浮いてをり

   かくとだに伊吹艾屋風薫る

 「かくとだに」には「丈草が好きで釜屋の艾買ふ」天魚を思い浮かべた。

   鷹鳩に化す丸薬の銀五粒

   黄心樹の花さりげなく秘事遂げむ

   柳散る恋してゐてもゐなくても

 最後になったが、菊地信義の装丁も素敵だ。

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 今日の編集長は「セレクション結社~浮野」の取材で落合水尾宅へカメラマン同行。

草田男句碑 根岸界隈vol.3

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2011年11月17日

部屋と焼酎と私

ソフトバンクが二連勝し、一安心の三東です。

 

昨日は近所の居酒屋で、切子グラスにナミナミと注がれた焼酎を啜りながら、

〆鯖をつまみに野球観戦。

小さい頃、父親がビールを飲みながらナイターを観ていた姿を思い出しました。

毎日同じようなことをして、何が面白いのか謎だったけれど、

今はその気持が分かるような気がしました。

 

がんばって働いた後の、誰にも邪魔されない時間。父にとっては、

とても贅沢で幸せなことだったんだろうなあ...

 

どうかソフトバンクが優勝しますように!

(なぜソフトバンクを応援するかというと、それは勿論本社が福岡にあるからです。

というのは嘘で、秋山が監督だからなのです。

所沢出身の私は、秋山・清原・デストラーデ・工藤 がいた黄金時代を見て育ちました。

あの時は強かったなあ...)

 

なお、昨日は焼酎ロック二杯に完敗、

お風呂上り全裸で派手にスッテンコロリいたしました。

いやあ恥ずかしい30歳ですねえー...

 

イメージを払拭すべく、

読者の集いでもらってきた(奪ったと言ったほうがピッタリ?)お花の写真をアップします笑

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夏と違い、お花が随分もつので、嬉しいですねー♪

しかし、このタイトルのつけ方、古いでしょうか?

 

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2011年11月16日

編集部揃い踏み・・・

草田男句碑 根岸界隈1116a

 子規庵の藤袴。

 今週は本日、水曜日なって、先週末の関西出張、そして昨日までの都内での句会取材で、留守だった編集長の顔もそろい、初めて、編集部スタッフ全員が揃った。

 早速、午後から来年1月号の進行状況の確認と、それ以後の号の企画会議が行われた。この内容を社長に報告して、オーケーのゴーサインが出てはじめてすべての企画が実際に動きだす。もちろん、それらの合間に社長からの企画の指示も出る(ますます厚くなる本誌だが、角川書店「俳句」はかつて、平成7年頃、今秀己編集長時代、活字の小さい時代にすでに毎月430ページの分厚さだった)。

 ともあれ、冬本番の近さを思わせる寒い日となっている。熱燗の季節到来というわけだ。小生は限りなく下戸に近いので、その美味と熱さで、体を温めるとういう術はなかなか使えない。

戯れ唄のナンセンスな言葉遊びで「蜜柑、金柑、酒の燗、親の言うこと子はきかん」などと呟きながら嘯いているのである。

   熱燗や討入りおりた者同士     川崎展宏

   酒を温めて中堅社員たり      後藤比奈夫

草田男句碑 根岸界隈1116b

 この伝でいくと、焼き芋屋というのも、これからの寒い季節にはよく出会っていたものだ。店の看板に「十三里」などとあったのは、今は昔の話で、今の若者に「十三里」と言ってもわからないのではなかろうか。

 駄洒落のような語呂合わせだが、「栗(九里)より(四里)うまい」、十三里というのである。同じ伝で「八里半」はもう少しで九里(栗)、「十三里半」は十三里にさらに半里を足して、その美味さを強調したしゃれだろう。

 もっとも芋羊羹と言うのは、安くて甘い焼き芋が羊羹の代用品だった頃のなごりで(明治の初めころ学生の寄宿舎では焼き芋を羊羹と呼んでいた)、今や焼き芋の方が、スーパーで売られている羊羹より高い時代になっている。従って、かの有名な本物の芋羊羹とは全く別物である。 

   焼藷屋むかしの汽車の笛鳴らす      三河まさる

   石焼いも真闇の窓の下通る         高田律子

   焼藷の釜の業火を街に引く         古館曹人

草田男句碑 根岸界隈1116c

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2011年11月15日

本日は七五三・・・

 地蔵.jpg 

 本日、11月15日は七五三の日で、かつ大安。樋口一葉「たけくらべ」に出てくる「突っかけ下駄に七五三の着物」は、七五三参りの子供の服装とは全く関係がない。ものの本によると七五三の着物というのは、後ろ幅七寸、前幅五寸、おくみ幅三寸に仕立てた男の着物で、普通の着物より身幅が狭く、すそ前が割れやすいので、いわゆる遊び人のスタイルとされたらしい。

 また別に「七五三の膳」というのも、七五三の日の料理というわけではない。

 ご祝儀用の膳で、本膳に七菜、二の膳に五菜、三の膳に三菜が出るご馳走のことだという。

 また「たけくらべ」には、十一月酉の市の夜だけは、吉原の木戸が開いて、誰でもおおっぴらに吉原見物ができるので大鳥神社へのお参りをすませた老若男女が門から遊郭内に見物するためになだれ込む騒がしい様子が「天柱くだけ地維かくるかと思はるる笑ひ声のどよめき」と描写されている。

 本来、七五三の行事は、幼児が、貧困や医療技術の未発達のために、七歳までは成長するのが難しかった時代に、ひたすら子供の無事な成長を願って、三歳は男女子、五歳の男子、七歳女子の行事である。

 七五三の元になる旧暦十五日は二十八宿の鬼宿日(鬼が出ない日)に当たり、何をするのにも吉の日だった。主に関東地方の行事だったが、今では全国に広がっている。

  子に合はす父母の歩幅や七五三      山崎ひさを

  石段を抱かれてのぼる七五三        檜 紀代

草田男句碑 根岸界隈vol.2

草田男句碑 根岸界隈vol.3

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2011年11月14日

空は太初の青さ妻より林檎受く・・

草田男句碑 根岸界隈1114a

 先週の土曜日、12日は、中村草田男句碑除幕式があった。

前日までの冬の寒い雨も上がって、こよなく晴れた気持ちのよい青空になった。

 中村草田男は本名を清十郎といい、長い間成蹊学園において教鞭をとった。その成蹊学園が創立100周年を記念して「『心の力』を、未来へ」ー「教養ある豊かな人間性」で時代を開くというスローガンのもと、様々行われている紀念行事として句碑の建立が行われた。

記念講演は本館大講堂にて、草田男三女の中村弓子と小学校から高校まで成蹊学園に通った佐佐木幸綱が行った。そのあと懇親会が開かれたが、小生は所用で失礼した。

句碑の場所は、学園正面を左に曲がって欅並木のなかほどにあり、一般市民が通行できる径のそばにある。

 草田男句碑 根岸界隈1114b

 「空は太初の青さ妻より林檎受く」句碑の隣の碑文には、

   この句は「居所を失ふところとなり勤先きの学校の寮の一室に家族と共  

  に生活す」という前書があります。終戦後で食料も乏しく、住宅事情も良く 

  なかった時代に、疎開先から家族を呼びもどして、成蹊学園の寮で生活  

  を始めたころの作品です。

 と刻まれている。

句碑の石は真鶴の小松石、花崗岩の一種。碑文が刻まれているほうは伊勢ごろた石だそうである。

草田男句碑 根岸界隈1114c

 

草田男句碑 根岸界隈1114d

 上の写真は左・中村弓子、右・鍵和田ゆう(禾+由)子。 

 思えば小生が学生の頃、最初に読んだ俳句入門書が草田男の『俳句入門』(角川文庫)だった。だから有季定型の呪縛はそのときから長い間小生を捕えて離さなかった。もう45年近く前のことになるので大方は忘れてしまったが、その時の例句が「冬の水一枝の影も欺かず」だったことは覚えている。そして、21歳で東京に流れ着いたとき、一度だけ、武蔵野公会堂会議室で行われていた「萬緑」の句会に出たことがある。草田男は健在の頃である。当時の人気を物語るように100人近くはいたのではなかろうか。

 句碑開きには、小生がもっとも草田男直系の句を書く俳人として遠望していた竹中宏が京都から、横澤放川、奈良文夫、鍵和田(禾+由)子、また、角谷昌子、酒井佐忠などにも会った。

草田男句碑 根岸界隈1114e

草田男句碑 根岸界隈1114f

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2011年11月11日

原和子句集『琴板』・・

琴板vol.1

 句集名は、

   琴板を敲き寒夜の神と人       和子

の句から。広辞苑には、琴板は琴占に用いる檜の板。笏で敲いて神霊を迎え、吉凶を占うとあるが、その実際の光景を見なければ、想像するのは難しい。11月23日、出雲大社の新嘗祭神事に由来するらしいが、句集「あとがき」に小泉八雲の『神々の首都』を引用されて説明されているので、孫引きしよう。

  「長さ三フィート、幅十八センチ、高さは四インチだが、中央はちょうど亀の  

 背のようにアーチ形に盛りあがっている。素材は火燧臼と同じく檜で、かた

 わらに細長い棒が二本添えてある。私は初め、型違いの火燧臼かと思っ 

 たが、この箱の正体を一目で見抜ける人は、おそらくいないだろう。これは

 琴板という太古の楽器なのだ」。

 1999年原裕没後は「鹿火屋」の主宰を継承した原和子は、かつて「三代にわたる俳句の家に入って、この絆を私は少しも不自由と感じたことはない」と述べている。その言葉通りに今回の句集『琴板』の詠みぶりも、みずから「わたしの第五句集となる『琴板』は、素朴に、五・七・五の世界に自分を解き放ち、詠みたいものを詠み継いだ」と「あとがき」に記したように、自在な詠みぶりが、麗しく、涼やかである。

   三人の距離の涼しき遠囃子

   太箸の結界海をかがやかす

   どの径をゆくも頂上春遅々と

   淡雪のごと風信の滲みをり

   この国の行方ふつふつ粥柱

   月兎地上の楽に降りて来る

   今ありしことも遙けく零余子飯

   雪見酒天頂に舟浮かべをり

   めくるめく地上の生やみどりさす

   裕忌のはるかな岬をめぐりをり

   中々に出会へぬ人ととろろ汁

   黒揚羽ひかりの網にかかりしか

 最後に上げた黒揚羽の句には、「天網にかからぬ蝶の悴めり」(『天網』)を思い起こさせもする。

  そして、集中、小生の好みで最も好きな句は、

   残照に散るを怺へしさくらかな

である。

琴板vol.2

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2011年11月10日

来年前半の企画会議・・・

 

薔薇・さざんか

 一昨日の読者の集いや山本健吉文学賞に使ったパネルなどが、宅急便で会社に届いた。

 集いでは、シャイな社長らしく、1月号の企画はつならないですが、2月号から期待して下さいと、本気とも冗談ともつかないことをチラッとおっしゃっていましたが、なかなかどうして、1月号は、特別作品21句が長谷川櫂、黛などか。特集「現代俳句の表現革命」、新春座談会、昭和俳句の事件簿「草城ミヤコホテル論争」など、なかなか多彩です。ご期待下さい。

 というわけで、引き続き2月号から先の主要企画について、編集部で話し合いました。まだまだ、公表できるほど煮詰まってはいませんが、よろしく!

 12月号は折丁戻しで校了です。特集は「一億総俳人!人の数だけ詠う理由がある!」です。

薔薇・さざんかvol.2

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2011年11月 9日

読者の集いお礼・・・

辻鼎談・読者の集いvol.1

  昨日、11月8日(火)は、小社・文學の森はあげて「読者の集い」に集中しました。

 230余名の方々のご参加ありがとうございました。

 感謝申し上げます。

 九州からは社長・姜琪東はもちろんですが、企画出版部社員、さらに本年12月の試験放送、来年1月からの本放送に向けてのインターネットテレビ事業部2名も上京して、「読者の集い」と午前中に行われた文學の森特別賞記念鼎談の阿部元気・辻桃子・姜琪東の「俳句って、たのしい」(1月号)の収録もおこなった。

辻鼎談・読者の集いvol.2

 また、午後2時からは清澄の間で第11回山本健吉文学賞、第13回俳句界評論賞、第2回北斗賞、文學の森特別賞の贈賞式も行われた。

 第11回山本健吉賞俳句部門は加藤郁乎『晩節』、評論部門は岩岡中正『虚子と現代』、第13回「俳句界」評論賞は依田善朗「横光は波郷に何を語ったか」。第2回北斗賞は堀本裕樹『熊野曼陀羅』(来春に句集として出版します)。今回の贈賞式の会場は広いところがなく手狭で選考委員・受賞者・受賞者の付き添い1名の関係者のみの席でいっぱいになりました。読者の集いのほうもたくさんのご参加をいただき、会場から溢れて、少々窮屈な感じになって恐縮でした。下の写真は山本健吉賞関係者記念撮影のときのものです。

辻鼎談・読者の集いvol.3

辻鼎談・読者の集いvol.4

辻鼎談・読者の集いvol.5

 午後4時半からの「読者の集い」では、社長・姜琪東の参加の皆様への感謝と今後も俳句の雑誌らしくない俳句雑誌、読んで面白い雑誌をめざし2013年3月の100号記念、4月の創立10周年に向けて走り続けるという決意の表明をいたしました。

 「読者の集い」の司会は編集長・林、来賓挨拶には、広瀬直人、鍵和田柚(正しくは禾に由)子、宮坂静生。乾杯音頭は佐高信、黛まどか。さらに歓談を挟んで、松本旭、大牧広、赤尾恵以、池田澄子。

辻鼎談・読者の集いvol.6 

辻鼎談・読者の集いvol.7

 第11回山本健吉文学賞(第4回より小社主催)の受賞者を代表して加藤郁乎。

辻鼎談・読者の集いvol.8 

 まだまだ、ご挨拶していただきたい方々もたくさんおられたが、やむなく割愛。会場には深見けん二、棚山波郞、稲畑廣太郎、筑紫磐井、今井聖、酒井弘司、鈴木節子、原朝子、佐藤文子、仁平勝、山﨑十生、上野一孝、久保純夫、田島和生、大竹多可志、雨宮抱星、松尾隆信、関口恭代、浅井民子、山咲一星、山口剛、詩人の中上哲夫など記せばきりもない。

辻鼎談・読者の集いvol.9

辻鼎談・読者の集いvol.10

辻鼎談・読者の集いvol.11

 

辻鼎談・読者の集いvol.12

辻鼎談・読者の集いvol.13

 読者では、遠路といっても遠路、ドイツからハルツォーク洋子(写真下・右は)、いつも、ブログにコメントをいただいている今村征一、貴重なご意見番・國分貴博、多仁竝の方々にもお会いできた。

辻鼎談・読者の集いvol.14

 中締めは伊藤通明。最後に九州本社企画出版部長のお礼の挨拶となった。

辻鼎談・読者の集いvol.15

辻鼎談・読者の集いvol.16

 企画出版部の左より鹿田、徳永、猪野、寺田部長(写真上)。

 で一応お開きとなり、会場のあと片付けをして、何も食べていない編集部の軽い打上げにと入ったお店(イタリアン)に偶然、日下野仁美、日下野由季、環順子に会って、編集長以下ご馳走になってしまった。

 最初の一杯は、実に美味しかったなあ・・・・生き返った気分、皆さんお疲れさまでした。

 ありがとうございました。

 今後、ますます隅から隅までズズズィーット、ご贔屓のほどよろしくお願い奉り申し上げます。

 写真下は左手前より編集長、日下野仁美、由季、その向こうは社員の青木、右は齋藤。

辻鼎談・読者の集いvol.17

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2011年11月 7日

明日は読者の集い・・

 写真は銀梅花の実。

銀梅花の実vol.1

 本日は、12月号仕入れ部数交渉で、日販と栗田出版販売へ。

 編集長・林は「帆」(主宰・浅井民子)の取材へ。

 明日は読者の集いで一日、会社は誰もいなくなるので、12月号の印刷所への大方の校正戻しを今日済ませなくてはならない。

 明日の「読者の集い」の前段には、午前中から「文學の森」特別賞記念の支社長・姜琪東と辻桃子・阿部元気との対談、午後2時半からは「山本健吉賞」「俳句界評論賞」「第二回北斗賞」「文學の森特別賞」各賞の贈賞式を終えて、午後4時半から「読者の集い」になる(昼食を食べる時間あるかなあ・・・それが問題だ!)。

 ともあれ、読者の皆さん!第一ホテル東京シーフォート(天王洲アイル駅)でお待ちしています。

 元気な顔を見せて下さいね(小生は寄る年波でグッタリしているかも知れませんが・・・)。

銀梅花の実vol.2

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2011年11月 5日

角川春樹句集『白い戦場』サイン会・・

 

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 本日は、午後2時から、紀伊國屋書店新宿本店9階特設会場において、角川春樹震災句集『白い戦場』のサイン会が行なわれた。先着100名様限定で、2時過ぎて駆けつけた小生は75番だった(その前にジュンク堂新宿に寄った)。

   白い戦場となるフクシマの忌なりけり        春樹

   慟哭のこゑ天にある桜かな

   地震(ない)狂ふ荒地に詩歌立ち上がる

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 書籍のスタッフは全員出勤でお手伝い、小生はサインをいただくために紀伊國屋へ、スタッフ三東は一番前の74番。 

とりあえず、サイン会は無事終了。

 下の5階の詩歌のコーナーを覗くと、小社刊の柿本多映のエッセイ2点『ステップアップ』『季の時空へ』、第一回北斗賞の川越歌澄句集『雲の峰』、最新刊の倉田紘文「高野素十『初鴉』全評釈」は棚に収まっていた。さらに、本日サイン会の『白い戦場』は平積みしてあった。

 因みに「俳句界」11月号は一階の雑誌コーナーに3冊棚に残っていた。

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 詩歌コーナーの棚のところでMさんに会ったので、三東と一緒に三人で、久しぶりに、新宿「らんぶる」に行ってお茶を飲んだ(サイン会会場では小島健にもあった)。

 「らんぶる」を出るとすでに天気予報のとおり、空を暗く雲が覆っていた。

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2011年11月 4日

忙殺の日々始まる・・・

大国魂神社・石蕗の花

 小生は本日から、各取次ぎ会社と12月号の部数交渉開始。編集長・林は明日から関西出張で室生幸太郎氏インタビュー、翌6日(日)は播磨芭蕉忌へ。本日午後からはスタッフの松本と三東は佐高信対談「甘口でコンニチハ!」の収録、明日5日(土)は午後2時からの角川春樹『白い戦場』紀伊国屋新宿本店でのサイン会、11月7日(月)には12月号の校正戻し(これ絶対・・)、翌8日(火)は朝から文學の森読者の集い、その前段での辻桃子・阿部元気・姜琪東鼎談収録、山本健吉賞、俳句界評論賞、第2回北斗賞などの各賞贈賞式・・・・

 当日の会場へ送っておくものの準備にと、どうやらてんてこ舞いの日々に突入している。

 粛々と進めるほかはない。

 「忙しいという字は心を亡くすと書くのね~」と呟きながら・・。

大国魂神社・石蕗の花vol.2

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2011年11月 2日

IKAPOΣ(イカロス)ブランドの力・・・

書肆山田

 贈られてきた『書肆山田の本と書肆山田』(設計・装幀・造本は菊池信義)に、池澤夏樹は次のように記している。「どこの国でも詩の出版社は小さい。小さいところが一国の詩の動向を左右するのだから経営者の姿勢は大事だ。ギリシャのIKAPOΣ(イカロス)と日本の書肆山田の二つをぼくは高く評価する。よき詩人を選んで、美しい本を作り、それを長きに亘って続けることで豊かな詩の稔りを実現してきた」。

 書肆山田が出来てから40年経つらしい。創業者の山田耕一の後を継いだのが、大泉史世と鈴木一民である。大泉史世は亞令の名で書肆山田の本のほとんどの装丁もしてきた。厳しくも本作りに賭ける情熱には人後に落ちない。

出版社には出版社の力がある。言ってしまえば、その出版社から出した本なら、最低00部は売れるというのがある。それが版元のブランド力なのであろう。君も句集を出せ、といわれて『風の銀漢』を出してもらった。思えば、第一句集『秋(トキ)ノ詩(ウタ)』を含めて、数は少ないが、小生の句集はすべて鈴木一民が出してくれた。そして、10年以上前から、次の句集を出せと会うたびに言われている。しかし、現在のような仕事を経験してみると、句集が店頭で売れて採算が取れるなどとは、簡単にいくものではない。

 そうしたことが分って来ると、今度句集を出すときは、00部くらいは買い取らなければ申し訳ない、という気になってくる。いや、書肆山田から出すのだから、珠玉の句がせめていくつかはなければならない。そうしないと書肆山田の名を傷つけてしまう・・。というわけで駄句を生み出し続けている小生には到底その望みを実現できる力量がないと尻込みする。まあ、それだけの仁義は感じてはいる。

 そうした書肆山田に入沢康夫は次のようにエールを送っている。「山田氏のあとを引き継いだ鈴木一民・大泉史世のお二人は、実によく頑張って、立派な業績をここまで重ねて来られた。書店の詩書の棚に並んでいても、書肆山田の本は一目で見分けられる。独特の気品ある内容と本造りの故だ。創業半世紀に向けて益々の発展を祈りたい」と。

横浜トリエンナーレvol.2

 ところで、小社の瀟洒な文庫本句集を一冊紹介したい。

尾崎人魚句集『ゴリラの背中』である。

句集名は、

    青ざめしゴリラの背中油照り     人魚

の句から。河内静魚はその序で、「作品の新鮮さ、大胆さに私は新しい才能の誕生を確信している。これからの人魚俳句がどう進化し、あるいは深化していくか」と言挙げしている。句集の扉の挿画は長塩道子、どうやら人魚(本名道子)は絵も描くらしい。巻頭の句は、

   花文字に始まるページ春立つ日    

 「ハ」の頭韻の連なりと、「ィ」音の末尾音の連なりは、この句に軽快さと詩情を創りだすことに成功していよう。韻で句のリズムを整える句としては、

   秋空の青きところへ梯子挿す

の「ア音」の頭韻もなかな見事である。青空の青と梯子の対比も一層鮮やかに感じられる。

   小窓より星射落とすやフロイト忌

 「ォ音」の韻の上五・中七から下五「フロイト忌」への転換は、どこか無意識のリピドーを暗示させる句作りに思えなくもない。

青ざめしゴリラの背中は、

   だいこ煮る約束のない日曜日

のように、意外に寂しい色を帯びているのかもしれない。

   マフラー巻く幸せの逃げ出せぬやう

ゴリラの背中

横浜トリエンナーレvol.3

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2011年11月 1日

横山民子『象の骨』・・

象の骨

 句集名は集中の、

   身に入むや荒野に還る象の骨      民子

から。「あとがき」によると、アフリカ・ケニヤに行ったおり、サファリを毎日車で走ったある日、サバンナの草原に象の屍をみつけたときの数日のこと

「みんな土に還ってゆく、亡びないものはない」とひしひし感じられてできた句のようである。

平成3年から約20年間の「門」(主宰・鈴木鷹夫)の掲載句から編まれた句集である。すなわち、懇切極まりない序文は鈴木鷹夫。およそ師の眼の届き方の繊細さというのに感心させられる。

従って、小生は少し自分の好みに偏するかも知れないが、いくつかの句を紹介したいと思う。

   憲法記念日原点は負けいくさ 

 憲法記念日の「『原点は負けいくさ』の何と的確なことよと舌を巻く」とは序文にあるとおり。その傍の句に、

   軍艦に春の色など塗つてみたし

 とは、前句の傍に置かれて、より諧謔の効いた「春の色など塗つてみたし」となる。あるいは、

   皇后は老い給ふなり白椿

 白椿は痛ましくも美しい(ミッチーブームを思い出すだに・・・)。その傍に置かれた句であれば、帽子の主は天皇陛下であってもおかしくない。     

   椿の森中也のごとき帽子ゐて

 挨拶の句、本歌を踏まえた佳句を散見できるのも、この句集の楽しみの一つであるが、さしずめ次の句などもそうだろう。

   雁を見たる波郷の眼鏡かな

 の句は、「雁や残るものみな美しき」波郷に拠っていると思われる。それは、波郷が見た夕映えの美しさ、と同時にそれらことごとくを残して行かなければならなかった波郷の心情のことでもあろう。それが「波郷の眼鏡」である。

3.11東日本大震災以後の句には、

   はこべらや津波に消えし夫の故郷

   わざはひは人鍛えけり夏柳

著者は浦安にお住いのようだから、被災されてもいる。

   春窮のひとつか給水車に並ぶ

   液状化の泥を覆ひし花の影

だらだら、駄文を記すのも気が引けるので、最後にいくつかの句を上げよう。記憶に留めたい句ばかりである。

   朱鷺を死なしめ日本の春逝きぬ

   同時テロのその裏側の吾と虫

   誰も長き物語もつ炉端かな

   酔狂の竹夫人抱く少し鳴る

   鉄線花言葉はいつも遅れけり

 

柿 蜘蛛などvol.3

柿 蜘蛛などvol.4

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