2011年11月16日

編集部揃い踏み・・・

草田男句碑 根岸界隈1116a

 子規庵の藤袴。

 今週は本日、水曜日なって、先週末の関西出張、そして昨日までの都内での句会取材で、留守だった編集長の顔もそろい、初めて、編集部スタッフ全員が揃った。

 早速、午後から来年1月号の進行状況の確認と、それ以後の号の企画会議が行われた。この内容を社長に報告して、オーケーのゴーサインが出てはじめてすべての企画が実際に動きだす。もちろん、それらの合間に社長からの企画の指示も出る(ますます厚くなる本誌だが、角川書店「俳句」はかつて、平成7年頃、今秀己編集長時代、活字の小さい時代にすでに毎月430ページの分厚さだった)。

 ともあれ、冬本番の近さを思わせる寒い日となっている。熱燗の季節到来というわけだ。小生は限りなく下戸に近いので、その美味と熱さで、体を温めるとういう術はなかなか使えない。

戯れ唄のナンセンスな言葉遊びで「蜜柑、金柑、酒の燗、親の言うこと子はきかん」などと呟きながら嘯いているのである。

   熱燗や討入りおりた者同士     川崎展宏

   酒を温めて中堅社員たり      後藤比奈夫

草田男句碑 根岸界隈1116b

 この伝でいくと、焼き芋屋というのも、これからの寒い季節にはよく出会っていたものだ。店の看板に「十三里」などとあったのは、今は昔の話で、今の若者に「十三里」と言ってもわからないのではなかろうか。

 駄洒落のような語呂合わせだが、「栗(九里)より(四里)うまい」、十三里というのである。同じ伝で「八里半」はもう少しで九里(栗)、「十三里半」は十三里にさらに半里を足して、その美味さを強調したしゃれだろう。

 もっとも芋羊羹と言うのは、安くて甘い焼き芋が羊羹の代用品だった頃のなごりで(明治の初めころ学生の寄宿舎では焼き芋を羊羹と呼んでいた)、今や焼き芋の方が、スーパーで売られている羊羹より高い時代になっている。従って、かの有名な本物の芋羊羹とは全く別物である。 

   焼藷屋むかしの汽車の笛鳴らす      三河まさる

   石焼いも真闇の窓の下通る         高田律子

   焼藷の釜の業火を街に引く         古館曹人

草田男句碑 根岸界隈1116c

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