2011年12月のブログ記事

2011年12月29日

仕事納めです。

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(奈良・柳生街道)

会社にはあと、私と書籍の高尾さんだけになりました。

「俳句界」ご購読のみなさん、今年一年ありがとうございました。

今年もいろいろありましたね~。

 

思いつくまま印象深かったことをあげると、仕事では、

◎2012年1月号がついに400ページを突破したこと。(大変でした~!)

◎10月、11月がチョー忙しかったこと。(土日はほとんど仕事・・・)

◎7月号で業界初の協会特集(日本伝統俳句協会特集)をしたこと(楽しかったな~)

◎角川春樹さんの句集2冊(『白鳥忌』『白い戦場』)刊行に関わったこと。(『白鳥忌』が特に好きです)

◎8月号の芭蕉特集(なにしろ芭蕉大好きなんで・・・)

◎金子兜太さんのインタビュー、長谷川櫂さんのインタビューなど。

 

プライベートでも5大事件を上げると、

1位 〇〇〇〇と〇〇〇〇できたこと。

2位 〇〇〇〇と〇〇〇こと。

3位 今年は奈良をいっぱい歩けたこと。(山辺の道が大好きです)

4位 第2句集『退屈王』を刊行できたこと。(社長、青木さんにはお世話になりました。)

5位 東海道踏破の旅で、愛知まで来たこと(小夜の中山、富士山、箱根など思い出深い)

 

な感じでしょうか。

 

本当はダントツの一番は東日本大震災ですよね。

あの日、仕事が終ってから新幹線に乗って、奈良へ行く予定だったのですが、とにかくそんな余裕もないし、交通機関も麻痺してましたから、会社に泊まり、翌日、まるで大混乱の東京を逃げるように、奈良に行ったのが印象深いですね。

お水取りを見に行ったのですが、松明の火が、命のともし火のようで、切なかったです。

来年はよい年にしたいですね。

 

私も、みなさんが読んで元気になるよう、楽しい雑誌を、これからもますます作っていきたいと思います。

私は明日から奈良に行ってきます。(奈良で年越しです←またかよ!行き過ぎだっチュ~の)

 

1月3日までお休みさせていただきます。

どうぞよいお年をお迎え下さい。

 

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2011年12月29日

30日~1月4日は休業・・・

 

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正月飾り.jpg

 読者の皆さん!文學の森に関係するすべての皆さん!

 様々な場面で、例えば句会の取材で、句友の方々に定期購読を勧めて下さったり、あるいはこういう企画はどうかとか、こうしたらもっと良くなるとか、月刊「俳句界」頑張れ!と多くの方の応援をいただいき、それを実感した一年でもありました。編集部スタッフにとって、何よりも励みになる多くの言葉をかけていただきました。感謝しています。

 というわけで、本年も大変お世話になりました。

 来年もよろしくお願いします。

 ともあれ、本日は仕事納め、これから大掃除などが始まるようです(煤逃げと決めたい男非常口・・・)。

 クリスマスメタセコイヤ

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2011年12月28日

忘年会は望年会・・・

忘年会vol.1

忘年会vol.2

 昨日は、年末進行の印刷所への大分の入稿を済ませ、東京本部は忘年会だった(九州本社は前日に行われた)。

 本誌は社長の下命により1月号は初の400ページ超えの厚さとなった。

 ようやくというか、やっとというか、これまで、それなりの部数を伸ばしてきた月刊「俳句界」も、さらに伸ばしていくためには、もう一段も二段も誌面の充実はもちろん、営業的にも戦略、戦術を練らなければ、さらなる飛躍は望めない。

 その年の苦労を忘れるために催す年末の宴会が忘年会ならば、それがそのまま、来年の抱負につながる望年会になるのがベストである。

 それぞれの今年一番良かったことを上げていくことになったが、酒も入り、編集長の句集『退屈王』の出版が第一というところで、盛り上がり、あれやこれやの話題と俳人協会賞の最終選考に、何故残れなかったかを総括しているうちに、アルコールもまわり、あっと言う間に時間が過ぎ、他の人の今年一番を聞く間もなく夜は更けてしまったのだ。嗚呼・・・・

忘年会vol.3

 今日の昼ご飯に最近愚老がよく行く蕎麦屋がある(早稲田馬場口から古本屋街に下って行く途中)。早い話が立ち食いに少し毛が生えたくらいと思っていたが、手打ちのせいか、毎日食べていると、日々微妙に味が違い、蕎麦の茹で具合が違うことに気がついた。

 もっとも、蕎麦の基本はもり蕎麦ときめているところがあって、他の味が入り込む余地が無いというだけのことにすぎないが・・その店が東北は鹿角のテナントショップふうなのである。店の名は「花び」。鯛焼きも一緒に売っている。

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忘年会vol.4

 会社に(愚生宛)藤森建二著『洋泉社私記』(写真上)が贈られてきた。寄る年波で全く忘れていたが、先日雑誌の部決交渉に日販に行ったとき、廊下で偶然に藤森氏に会い、お互い急いでいたので、名刺だけを渡していたのだ。さらにサラの葉書が入っていて、「一言」と書いてあった。

 パラパラとめくると、藤森氏の出版業界における苦闘の歴史が刻まれている。藤森氏が未来社を辞め、洋泉社を立ち上げた頃は、愚生もまだ書店員だったので、それ以来というわけだ。洋泉社は昨年は約160点以上の新刊を出している。立ち上げ時が9点だから、その奮闘と成長は著しい。ページを繰ると、宝島社との強い連携があるようだ。彼自身も昨年退任にして今は「3.11大津波被災地他・〈大槌町の子どもとおかあさん〉へ本をおくる支援NPO」の代表をつとめている。社長退任の弁の最後は「出版を業とする皆さんがあらゆる権威、権力におもねることのなきようあわせてお願いしておきます」と結ばれている。肝に銘じたい。

 年表に記された名前の数々に思わず懐かしさが込み上げてきたが、鬼籍に入られた方も多く、はるかな時の流れを感じた次第。

 わざわざこの本を贈って下さったのはたぶん、中の記述のなかに愚生の名が留められていたからだろう。37ページ、1988年(昭和63)の10月の項目「吉祥寺弘栄堂相川克治と懇談する。彼は弘栄堂の最後を看取った店長だ。初期の頃の弘栄堂には、四戸純一、小用茂夫、岡名輝夫、大井恒行氏ら優れ者の書店人が梁山泊のごとく集まっていたのが懐かしい」とあった。

 藤森氏は未来社を含め出版業界のために48年・・・、業界を引いたとはいえ、まだまだ未来を見つめる眼差しは曇っていない。愚生もまだクタバルわけにはいかない・・・ねえ。

 クリスマスメタセコイヤ忘年会

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2011年12月26日

魅惑の俳人「あべ・かん」・・

アベカン...大谷清vol.1

 一昨日、クリスマスイブの日、魅惑の俳人・「あべかん」こと阿部完市についてのインタビューを大谷清氏(写真上)にお願いしてあっったので、浦和まで出かけた。

 場所は、あべかんさんもよく利用していたらしい浦和ロイヤルパインズホテル・・ではなく、その隣の「さいたま市民会館うらわ」で、かつて阿部完市が指導していた「現代定型詩の会」の名で確保していただいた(大谷清、津のだとも子ご夫妻のご尽力)。

 大谷氏には、阿部完市先生との出会いから亡くなられるまでの約20年間のお付き合いについて伺った。

 現代定型詩の会発足の頃(20年くらい前)、その最初の時期には、愚生も少し関わりがあったらしいが、すっかり失念していた(大谷氏から指摘されて、そういえば・・・というおぼろなものだった・・)。

アベカン...大谷清vol.2

 言うも愚かだが、愚生らの世代にとっては、阿部完市と加藤郁乎の俳句における文体は、現代俳句のなかでも、突出して新しかった・・という話をしたら、すかさず大谷氏から、阿部先生は「すぐ古びます。文語体も古びます。口語体も古びます」と言ってましたよ、と・・。「それくらい、常に更新され続ける俳句を書くということは厳しいことだ」と、問わず語りに教えられたとのことだった。

愚生が最初に手にしたあべかん句集は『にもつは絵馬』だった。

   栃木にいろいろ雨のたましいもいたり     完市

   木にのぼりあざやかあざやかアフリカなど

   あおあおと何月何日あつまるか

   十一月あつまつて濃くなつて村人

   たとえば一位の木のいちいとは風に揺られる

第一句集『絵本の空』には、

  少年来る無心に充分に刺すために

  ローソクもつてみんなはなれてゆきむほん

 宗田安正著『昭和の名句集』の「にもつは絵馬」によると、高柳重信はあべかん俳句の世界をキンダーブックと言っていたらしい。

いかにも重信らしい言い方かも知れない。

 このインタビューが掲載されるのは、本誌3月号「現代俳句協会特集」である。

クリスマスメタセコイヤ2011

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2011年12月23日

俳コレ竟宴シンポジウム・・

俳コレvol.1

 12月23日(金)、東京・アルカディア市ヶ谷で、「俳コレ竟宴ー俳句を枕にー」と題するシンポジウムが行なわれた。

 もとはと言えば、ウエッブ上の「週刊俳句」がその編纂の中心になっている。

このシンポジウムは、Ustream HAiKU-DRIBEの配信が予定されているという(藤田哲史と生駒大祐が担当)。

 ともあれ、第1部は神野紗希VS佐藤文香のスペシャル対談「読むと詠むの間で」。

 彼女らの対談を聞いていて、昔、34,5年前山本健吉が書いた次の言葉とおなじような認識をしているな、と思い、納得できたように思った。「有季か無季かということは、詩の問題としては、実は第一義的なことではない。-中略ーそれは、実作者の制作によって試されるしか仕方のない問題である」(山本健吉「歳時記について」)。 

 第2部はパネルディスカッション「選ぶこと選ばれること」、パネリストは選んだ人代表陣は村上鞆彦、榮猿丸、櫂未知子、筑紫磐井の各氏、選ばれた人代表陣は依光陽子、矢口晃、松本てふこ、福田若之の各氏、コーディネーターは上田信治氏。

 『俳コレ』とは「俳句のこれからコレクション」の略で、「週刊俳句編」、「選ばれた人」は22人、その俳人達の句を「選んだ人」も22人で多くは選んで小論を書いている。選と小論が異なるのは」林雅樹の選は榮猿丸、小論は上田信治。渋川京子の選は大木あまり、小論は小川楓子。岡村知昭の選は柿本多映、小論は湊圭史の三人のみ。この本の合評座談会は池田澄子・岸本尚毅・関悦史・髙柳克弘・上田信治各氏。

 例えば、このアンソロジーの選ばれた人の中からの句をいくつか挙げよう。・・選んだ人は()内に示そう。 

     ワーキングプアコスモスは花を挙げ    矢口晃(相子智恵)

     おつぱいを三百並べ卒業式        松本てふこ(筑紫磐井)

     幸福だこんなに汗が出るなんて      雪我狂流(鴇田智哉)

     エリックのばかばかと桜降る        太田うさぎ(菊田一平)

     ちよつといい豆腐を買つて木枯しへ    津久井健之(櫂未知子)

     純愛や浅蜊に砂を吐かせてゐる      山下つばさ(島田牙城)

 会場は若い俳人を中心に約160名の参加で熱気が溢れていた。マスコミ関係も日本経済新聞、読売新聞、晦日新聞、信濃晦日、と各俳句総合誌。

 俳コレvol.2

 因みにわが月刊「俳句界」評論賞選考委員のお二人の筑紫磐井氏は来年から東京新聞、仁平勝氏は読売新聞の俳壇時評を担当されるそうだ。

 因みに、筑紫磐井氏の今年の「私の三冊」(東京新聞掲載)は①「俳コレ』(邑書林)、②『東歌編ー異なる声 独吟千句』(藤井貞和・反出版)、③『子規は何を葬ったのか』(今泉恂之・新潮選書)。

 今回の「俳句界」評論賞の応募が過去最高の数に登ったのもお二人の評論家としての人気が高い証拠ではないだろうか(請うご期待!)。

 対談とシンポジウムの休憩の間に1句投句の句会が行なわれ、愚生も初めて1句を投じたら、この選者には取ってもらいたいと、下心を隠さなかったのだが(もちろん、無記名だよ)、特選のお土産をもらった。その選者の名は佐藤文香。

特選になった句は、

   むやみより黒闇に落つ木の少女       恒行

 来た甲斐があったというものだ。もっとも、自分でいうのも気が引けるが、短い選句時間のなかで、愚生のような想念の勝った句を読み取れる選者は多くはいないと思っていたから、有り難う!

 特選の賞品はマグボトルに、手作りミニ冊子、と言っても4センチ正方形の折紙状のようなもの、開くと、句は佐藤文香の1句・めりーくりすます「塩昆布の袋にうつる灯も聖夜」と、描かれている絵は後藤グミ。

 二年前の『新撰21』、昨年の『超新撰21』、そして今年の『俳コレ』で若い世代を幅広く押し出してきた企画も、今後、幾人が自立した俳人になっていくか楽しみになって来た。

 明らかに、新しい俳句のシーンが創り出されてきたと思われる。しかも、聞けばほとんどがボランティアによって創り出されてきたということに、俳句形式に対する尊敬と無償の愛すら感じさえする。これらを支えてきた裏方の労力に報いるには、ここに登場し、押し出されてきた俳人たちが、その志を忘れず、俳句形式に尽忠するほかにはないだろう。

 来年3月3日(土)は、日本出版クラブ会館で、立ち上げから数ヶ月で20万アクセスを突破した三詩型交流サイト・詩歌梁山泊「詩客」のシンポジウム「詩型の融合」、基調講演に藤井貞和氏を迎えて行なわれるとのこと、こちらも期待したい。 

俳コレvol.3

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2011年12月20日

1月号見本誌出来・・・

2012年1月号

 編集長は「鴻」(増成栗人主宰)の上野吟行取材で、朝から直行している。

昨夜、本誌1月号(12月24日発売予定)の見本誌が印刷所より出来上がってきた。

 第一特集は「俳句史にみる表現革命」、これまでも俳人たちは新たな表現法を模索し、過去の俳句史の上に、さらに新しい何かをもたらそうと必死で実験してきた。その俳句表現史を改めて振り返り、さらなる未来を展望しようという試みである。年頭に計を立てるにはもってこいの企画だと思うのですが・・・

 果たして成果はいかに・・・後は読者の方々に評価を委ねるほかはない。

 その他の特集は「ふるさとエッセイ」、俳句の事件簿「草城再評価」、魅惑の俳人は高野素十。

 特別企画は辻桃子・阿部元気・姜琪東の「俳句って、たのしい」鼎談。

 佐高信の甘口でコンニチハ!は元首相の村山富市、などなど。

 トータルついに404ページの厚さと重さになってしまった(社長念願の・・)。

 あとはいかに内容あるものになったか否か?

 好評の連載・大牧広「俳句その地平」、山本安見子「ふたりの母」、矢島康吉「筝漏亭日常」、今井聖「小説・受験巡礼」、坂口昌弘「平成の好敵手」はもちろんある。

 出版業界・雑誌の世界にあっては厳しい情勢だが、今年は更に発行部数を伸ばしていく所存、是非一人でも多くの読者に買っていただける雑誌にしたい、と意気込んでいるところ。ご支援を!

六本木・智美術館vol.1

ツリー草111220

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2011年12月19日

3月号の取材で留守・・

六本木・智美術館vol.1

 今日の編集部は、午後から夕方まで、愚生を除いては、誰もいなくなる(書籍編集部はいます)。

 編集長・林はNow/池田澄子。スタッフも松本と三東はセレクション結社・「陸」中村和弘にいずれもカメラマン同行で出かけているのです。

 愚生はしこしこと2月号のための記事などを書いた。

 お三人とも、このまま直帰になるのかな・・・と思っていたら、まず、3時半頃、カメラマンの橋本照嵩氏と帰社してきた。続けて4時半には松本・三東も帰社。早速2月号の続きの仕事をしている。

他人事のように、「大変だなあ・・・」と呟く。

 それというのも、今月は年末年始を間近にして、27日(火)までに2月号の原稿のほぼ全部を印刷所に入れなくてはいけないのだから、これも止むを得ない事態なのかも知れない。

 かく言う愚生も、23日(金)は「俳コレ」の集会(アルカディア市ヶ谷)に参加して、24日(土)は、阿部完市にまつわるインタビューをしに浦和に出かけることになっている。

 師走だからね・・・。

 ところで、「師走」の語源は「お経をあげるために師僧が駆け回る月」というのが一般的なようだ。

 「師走」は陰暦12月の異称で、年の暮は何かと忙しく、女性は身なりに気を配っている暇などなくなるというので、昔の人は「師走女房に難つけな」「師走女に目なかけそ」など、女性の容姿を気にかけるな、と教えていた。

 それにしても、なんというか「師走女の化粧には山の神もこわがる」と言われたのは一体いつまでのことだろう。

 最近はみんな結構おしゃれでいし、綺麗だ。お節も売っているしね・・・。

六本木・智美術館vol.2

六本木・智美術館vol.3

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2011年12月16日

久女展&週間ブックレビュー・・

花衣展示会vol.1

 先日、現代俳句協会特集の宇多喜代子、安西篤、寺井谷子の座談会の折に、寺井谷子氏から、九州文学館の第10回特別企画展「花衣・俳人杉田久女」の図録をいただいた。「杉田久女は、小倉の地から、近代女性俳句の草分けとして活躍し、俳句史に大きな足跡を残しました。朝顔や濁り初めたる市の空」と九州文学館館長の佐木隆三は「あいさつ」のなかで述べている。

 開催期間は11月3日(木)~12月25日(日)、平日は9時30分~19時、土日祝日は9時30分から18時まで(入館は30分前まで)。もはや来週末くらいまでと残り期間は少ないけれど、是非、御近くの方や、興味のある方がおられたら、お運び下さい。必見の価値ありと思う(残念ながら、小生は行けませんが)。図録も変形版の瀟洒なもので素敵だ。

 目次に一句ずつ配されている久女句は以下のとおり。「 」は目次文。

  「プロローグ 俳句以前」

  常夏の碧き潮あびわがそだつ  

  「一 自己表現の喜びと懊悩」

  足袋つぐやノラともならず教師妻 

  「ニ 俳句に蘇りて」

  谺して山ほととぎすほしいまゝ

  「三 輝く作品」

  無憂華の木蔭はいづこ仏生会

  「四 同人削除」

  張りとほす女の意地や藍ゆかた

  「エピローグ 久女伝説」

  むれ落ちて楊貴妃桜尚あせず

 

ブックレビューvol.1216

 もう一つ紹介したいのは、本日発売『週刊 ブックレビュー』ー20周年記念ブックガイド1991~2011-(NHKサービスセンター刊)だ。

 奥付けを見れば、愚生が小社に入社したときの若き鬼女美女デスクだった小倉佳子女史の企画本である。「週刊ブックレビュー」はBSプレミアムの書評番組だから、当然ながら、原発反対の愚生はテレビも電子レンジもない生活だから見たことはない。が、こうして一冊の本になると、思わず手にとってしまう魅力本である。

 つまり、BSをみなくても、20年間にどのような本が取り上げられて来たかを眺めるだけでも愉しいのである。

 巻頭のスペシャルインタビューは爆笑問題の太田光。巻末は先般逝去した18年間「週刊ブックレビュー」の司会者だった児玉清の追悼特集といった趣だ。

 その児玉清が選んだ2010年のおすすめベスト10で、愚生が推薦するのは内田樹『日本辺境論』くらいだ。それというのも、他の本はまったく愚生は目を通してもいないから、推薦のしようもない(愚生の不勉強のなせることなのだが)。

 意外に面白いのが、「バックナンバー一覧」。創刊から894号まで、特集のタイトル、各時代の動向、著者、書名がわかるので助かる。

 あとはいろいろ拾い読みするのだが、どうしても知り合いの登場する部分は興味をもって読む。『不良の読書術』の永江朗とか、司会者座談会の中で、仕事ですから全部最後まで読むと言った淑女に聞かせてやりたいくらいだった(もちろん、書名ほどにはぜんせん永江朗は不良じゃないが・・)。

 また、2011年のおすすめ3冊のなかに『しづ子』川村蘭太が選ばれているのも嬉しかった。川村蘭太は愚生と会ったときには、川村宣有貴(よしゆき)と名乗っていた。黒澤明(川村氏は黒澤プロ?・・・の役員だった)とともに映画を創っていて、鈴木しづ子を映画化したがっていたのだ。

 それを「鈴木しづ子追跡ーシナリオ取材ノート」として連載していた頃、つまり20年程前に、西荻窪のルノアールで月に一度くらい彼に会っていた。それは鈴木しづ子の行方が杳として知れないなかで、「しづ子は生きている」という設定での追跡だった。

 その後バブルもはじけ映画は実現していないが、遺族や親戚や、関係者に取材し、彼が足でかせいだ資料は、実に貴重で、江宮隆之『凍てる指』などしづ子本の資料のほとんどは、川村蘭太に拠っていたはずである。そして、なによりも貴重だったのは鈴木しづ子句集未収録作品を見つけ出し、それを公表できるようしづ子の姉?から了解をもらっていたことだ。

    コスモスなどやさしく吹けば死ねないよ    しづ子

 愚生が出版しようとしていた川村蘭太の本の書名は掲句と同じ『コスモスなど・・死ねないよ』で、予告の広告までは出ていた。が、しかし、いまだにまぼろしのまま実現していない。

 また、福島泰樹氏に某雑誌のために寺山修司特集のインタビューをしたこともあった。すっかり忘却していたが、今は亡き修司の母・寺山はつさんの八王子?の家にお伺いしたこともあった(どなたかに紹介かつ同行していただいたが忘却・・・)。

 ともあれ、「週刊ブックレビュー」記念号のおかげで色々思い出させてもらったが・・・長くなり過ぎたようで・・・失礼しました!

クリスマスネオン1112

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2011年12月15日

八木裕子句集『無縫』・・・

 

無縫111215

 句集名は次の句に拠る。

   ひと尋の天衣無縫の蛇の衣      裕子

 以下、いささかの管見を恥ずかしくしておこうかと気取る。

 ならば、読み捨て御免とでもしておかれたいと思う。

 「無縫」は「無法」にして「夢法」・・・。

 門流をさかのぼれば、現在の師の懐のなかに、山口誓子・橋本多佳子の匂い袋が忍ばせてあるようでもある。

 数字「一」の多用はそれだけで誓子を、また蛇や火には多佳子の影をみてもよいのかも知れない。

 明らかなのは次の句あたりだろうか。 

    孫弟子として一本の炭をつぐ         裕子

    学問のさびしさに堪へ炭をつぐ        誓子

 みごとに誓子の志に呼応して書き留めているのではなかろうか。 

 あるいは、

     蛍火の一の火吾のこころの火        裕子

     炎天の遠き帆やわがこころの帆       誓子

 の二句を並べてみると、誓子の句の構造を借りて、一句をなしているところ、その根源の法にせまるとみるのが的を射ていよう。

 直接の師と思われる島村正を詠んでの句と思われる(勿論フィクションとしての師でもかまわないが)、

      青垣山師の懐にゐるごとし       裕子

の景、山容をして、たぶんに、「大和は国のまほろばたたなづく青垣山ごもれる大和しうるはし」を想起させるのも作者の薬籠中のものなのかもしれない。

 巻頭に置かれた、

     文机に椿一輪多佳子なし        裕子

 の句ばかりでなく、

     蛍火の一火多佳子の火と思ふ      裕子

     虹二重誓子と多佳子とぞ思う

 など、一句目に多佳子の「蛍籠昏ければ揺り炎えたたす」。二句目は、御門違いといわれるかもしれないが、虚子が愛子を詠んだ「虹立ちて忽ち君のある如し」「虹消えて忽ち君の無きごとし」を脳裏に浮かべれば、自ずと『無縫』一巻も相聞の趣を湛えてくるから不思議である。それが証拠の句を以下に上げておきたいと思う。もとより妄言の謗りは承知として。

    をみなにも周期のありて七変化        裕子

    純白のレースの胸の熱さかな

    月の身の女たること忘れたし

    あひびきの夜露に髪の濡れやすし

    露の世に露けき帯を解きにけり

    青蚊帳に衣ずれの音波の音

    埋火の芯の熱さのただならず

    虎が雨遣らずの雨となりにけり

    ひとの世のひと夜の縁単帯

    ふところに香水の香ののこりけり

    生身魂恋の噂のなくもなし

    来世までつづく恋あり寒夕焼け

    蛇衣を脱ぎ濡れ色の蛇身なり

    さくらんぼ口に含みて奸婦たり

    短夜の鼓動に合はす鼓動かな

    白妙の菊の枕を交はしたし

    年の瀬のひとときといふ逢瀬かな

 最後に、

   七転び八起きの裕子浮いて来い

   桜桃忌きのふの吾にグッドバイ

 桜桃忌の句には、「誕生日」の前書があるので、たぶん6月13日が著者の誕生日。太宰治晩年、未完の小説「グッドバイ」の名を配して句に仕立て、指示する意味を多様にしたところがあざといかもしれない。

 ともあれ、集中の次の句は、愚生の好みで捨てがたい。

    一の門二の門城の虎落笛

    落日に的礫として雪の冨士

 下の写真は本日、読者からメールで送られてきた富士山である。

富士山20111215

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2011年12月14日

企画会議・・

 

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 今日の編集部は4月号の企画見直しと5月号の企画骨子を話し合うことだった。少々疲れたが、とりあえず、1月号も先日校了にしたので、軽く打ち上げをすることになった。

 ふと、書棚に眼をやったら、ごく最近、贈られてきた句集が眼に入ってきた。

 中でも注目したのは、第11回俳句界評論賞受賞者の関悦史句集『六十億本の回転する曲がつた棒』(邑書林)という長いタイトルのもの。帯は安井弘司、15句撰は黒田杏子、栞は松山巌と超が付くほどの豪華メンバーだ。収録句数は796句。

 スピード感のある文体にもかかわらず、旧仮名遣いによるいささかの減速感をもたらしているのも一興なのかも知れない。かつて、林田紀音夫が「私が現代仮名遣いを遣うのは、現代の猥雑さに賭けるためだ」というようなことを述べていたのを思い出だした。

 以下、黒田杏子撰より三句。

     逢ひたき人と以外は遭ふ祭かな       悦史

     年暮れてわが子のごとく祖母逝かしむ

     人類に空爆のある雑煮かな

 

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2011年12月13日

高橋照葉句集『月の道』・・・

月の道

 高橋照葉(たかはし・てるは、本名・君子)。

 略歴を見ると多才の人である。

1922年、松山市に生まれ。67年には俳句も俳画もはじめられ、着付、袋物、手芸の講師もされている。一時期、鈴木鷹夫「門」に学ばれ、品川鈴子「ぐろっけ」では連句も学ばれている。

そして、一昨年、夫君を亡くされ、84年間の関西在住を断念され、娘さんの住む沖縄に居を移されている。

しかも、阪神淡路の震災も体験されながら、平成10年以前の句は捨てられたとのこと。この度胸というか思い切りの良さは並みではない。

句集巻末にはエッセイも収められている。

 それによると、種田山頭火の最晩年、亡くなるまで面倒をみた高橋一洵(いちじゅん)が照葉氏の叔父にあたるようだ(享年59)。その一洵氏は「層雲」自由律で山頭火とともに同人であり、本名は始(はじめ)。松山商大(現松山大学)の教授を務め、仏教の名講義は人気で、いつも教室は満員だったという伝説の人らしい。

 山頭火は次の句を贈っている。「一洵君に」の前書がある。

   おちついて死ねそうな草枯るる      山頭火 

 その一洵の句に、

    月の道となり千秋寺の杉の木       一洵

があれば、高橋照葉の句集名ともなった、

    召されゆく魂みな鎮め月の道        照葉

句が、沖縄はもちろん、夫君も含めたすべての魂鎮めでありながら、なおかつ一洵の句との呼応を試みていたのではなかろうかとさえ思うのである。

 夫君の逝去に、

    若女抱かせて逝きぬ青葉冷え        照葉

 「若女」は能面の一つ、若くて端正な女面ということを思うと、ご主人は能役者か、あるいはまた能面にも深い趣味を持たれていただろうと推測するが、柩に抱かせるという場面を想像するなら、青葉冷えも切なさがつのる。

 筆者の好みもあるが、淋しさの宿る句に感銘を受ける。

    一人みるに惜しき月なりひとりなる

    晩年の色あらば黄くわりんの実

    凍鶴の次の一歩を出さずゐる

    春愁や紙になじまぬ筆ばかり

    山茶花の花の盛りは散るさかり

    どの枝の花かは知らず花筏

    母の日や仏の母に風入るる

    夫の亡き秋天の蒼きはまれり

    何時の日か風になれると盆の月

 あまり年齢のことは言いたくないが、確かに次に上げる句などには、90歳を迎えられるという齢の影も無く大らかでさえある。小生に希望をもたらしてくれる句なのである。

     風船のまさをな空もつけて売る

    秋晴れといふ大いなる門くぐる 

月食 上野vol.1213

月食 上野vol.12131

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2011年12月12日

宇多喜代子・寺井谷子・安西篤座談会・・

現俳協座談会

 来年3月号は特集「現代俳句協会」である。

 そこで、宇多喜代子会長、寺井谷子副会長、安西篤幹事長に登場願って、現代俳句協会の特徴について、また、今後の方向性について語り合っていただいた。

 現代俳句協会は戦後、昭和22年に、西東三鬼・石田波郷・神田秀夫らが新俳句人連盟を脱退して、会員の稿料、講演料などの基準を設け、「俳人の生活権」を確立するために創設した組織である。協会の代表者は石田波郷。創立会員は38名。中村草田男、中島斌雄、孝橋謙二、高屋窓秋、山本健吉、三谷昭、安住敦、志摩芳次郎、篠原凡、秋元不死男、石塚友二、大野林火、井本農一、横山白虹、石橋辰之助、永田耕衣、池内友次郎、松本たかし、平畑静塔。女性は橋本多佳子、中村汀女の二人など、今、見ても錚々たるメンバーである。

 また、「会員個々の俳句活動は之を全く拘束せず」というテーゼは、現在もなお、もっとも現代俳句協会が現代俳句協会たるゆえんの自由、個の共存、あらゆる表現の自由を認めるということと、会長から会員まで、同じ俳句作りの位置にいる,開放されている、ということだそうである。それが、証拠に「現代俳句大賞」は俳句形式に貢献した人物に協会員以外でも与えられる。「新人賞」「評論賞」も協会員以外にも応募の門戸が開かれている。事実昨年の評論賞は俳人協会の方が受賞している,とのこと。

 会長以下、すべて、ボランティア。手当や給料は出ていないそうだ。言って見れば俳句に対する情熱だけが活動を支えているのではないだろうか。

 ジュニア研修部の小・中学生への「出張俳句教室」、国際俳句、インターネット句会のIT部など、各種事業もすべてそうだというから驚きだ。

 従って、役員になったら、実質持ちだしになるのだそうである。それでも、出かけて行って、全国各地の会員たちと会うのは、楽しみなのだ、とおっしゃっていた。

 御蔭で全国各地区に自主的に俳句活動をする地盤が出来つつあるという。

 最後に宇多喜代子会長は、他にも協会があるけど、俳句の発展のためには、そうした組織の壁は無いと思ってもらいたい、とにかく、俳句を作るきっかけや読むきっかけを創り、俳句の愛好者が増えることが唯一の願いだ、と述べられていた。

現俳協座談会vol.2

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2011年12月10日

皆既月食・黒田記念室・・・

皆既月食vol.1

 皆既月食、妖しく、幻想的だ。

 昼は句会の前に、黒田清輝記念館に行った。木曜と土曜のみ午後1時から無料。

 少し早く着いて、まだ会館されていなかったので、同じく無料の隣の国際子ども図書館の「日本の子どもの文学」展示を見た。

 国際子ども図書館の所蔵資料で見る歩みーのキャッチに魅せられて入館。児童文学に無知な愚生にも、その歴史がよく分かる。

 因みに第一章は「赤い鳥」創刊から戦前までー童話の時代、といった具合に第5章の「子どもの文學のはじまり」まで。

 また童謡などの参考文献も豊富だった。

国際こどもの文学

皆既月食vol.2

 午後一時になったので、近代洋画の父・黒田清輝の絵を観に行った。写真撮影もフラッシュを焚かなければオーケー・・・。

 これでなくちゃ・・。他の美術展もそうして欲しい。

 聞くところによると、ヨーッロッパの美術館はフラッシュなしの写真撮影はオーケーで、絵の前でピースサインなんかしている人もいるらしい。

 黒田記念館の無料というのもいいなあ。

 早速「湖畔」や「赤髪の少女」をデジカメに収めた。

皆既月食vol.4

 

皆既月食vol.5

 句会が終ると、すでに外は暗くなっていた。

 赤い十字架とスカイツリー。

    赤い十字架「ぎなのこるがふのよかと」         恒行

 「ぎなのこるがふのよかと」は「残った奴は運のいいヤツ」。九州弁で、谷川雁の詩の一行からいただいた。

皆既月食vol.5

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2011年12月 9日

朝は雪・兜太氏見舞い・・

慶應病院付近vol.1

 今日はさすがに冷え込んでいる。

 朝の出勤時には雪が舞った。

 その初雪もすぐに霙に変わった。

 天気予報よりもはるかに、天気の回復は早く午後には青空ものぞいた。

 金子兜太氏は明日退院というので、本日、午後三時の面会時間に合わせて、慶應病院に見舞った。

 編集長・林は、湯沢に山咲一星氏のグラビア撮影のために、今日の兜太氏見舞いは小生一人で行くことになった。

 実は、来年3月号の現代俳句協会特集の一企画「金子兜太が選ぶ100句」の締切が今月15日に迫っていることと、その選句のために、年末には、投句されたハガキがお手元に届きますので、よろしくお願いします、という確認もあったのだ(現在までの投句はすでに前回特集のものをはるかに上回り、さすがの兜太人気である)。

 兜太氏は随分お元気に・・、朝日俳壇の選句もここでゆっくりやったよ、と仰っていた。「『俳句界』の方もゆっくりやるよ。普通に選句すればいいんだろ・・・」。

 「海程」は来年創刊50周年の迎えるそうで、そのこともお話された。

 それと、リップサービスだと思うが、「総合誌ではいま、『俳句界』が一番面白いよ。風が『俳句界』に吹いているんじゃないの」、と仰っていただいた。「姜さん(社長)に 『海程50周年』の招待状だすから、伝えといてよ」。

 また、現俳協特集の「魅惑の俳人」は阿部完市だと言うと、「おお、それはいいね」など、ベッドに座わったままで、ずっとお話されて、話は尽きなかったが、明日に備えて、ご家族の方々がいらっしゃったのを機に失礼した。

慶應病院付近vol.2

 閑話休題。

 兜太氏の見舞いから帰ってくると電子レンジが届いていた(写真下)。

 女性社員は大喜び。

 これで、暖かいお弁当が食べられるし、夜には、お燗もできちゃう!

 冬将軍も恐くない?・・・

 その他にも色々使い道はあるらしいが、老生にはよくわからない。

 ともあれ、目出度しだ。

 

レンジ到着

 

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2011年12月 8日

レノン忌に開戦日・・

横浜トリエンナーレvol.1

 今日の編集部の本日は、昨日予告したように、これから1月号の校正をすべて印刷所に戻す日です。 

 俳句の季題、12月8日は、若い世代の人に言わせると、ジョン・レノン忌、我々古い世代では日本が英米に宣戦布告をした開戦日、真珠湾奇襲日である。

 もっとも詩人の山村暮鳥、歌人の土屋文明の忌日でもある。

しかし、我々俳人にとっては暮鳥忌、文明忌といってもなじみが薄いことは確かだ。

   十二月八日ごつごつの石ばかり      廣瀬直人

   十二月八日かがみて恥骨在り       熊谷愛子

   レノン忌の冬闇を截りファ音        志波響太郎

   レノン忌の平和爪先立ちしけり        痾 窮

熱海vol.1208

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2011年12月 7日

ひたすら校正のお時間・・・

十生 もみじvol.1207

 編集部は、来年1月号の明日の印刷所への校正戻しに向けて、大半の時間をひたすらゲラの校正に費やしている。

 編集長・林の本日は、「爽樹」「天為」「海」「鷹」有志の句会取材及び忘年会に出席のために朝から直行している。

 気温はというと、昨日に比べると今日は少し暖かな感じである。

 夕方に某女史からいただいた電話によると金子兜太氏は、今週の土曜日には無事退院されるとのことだった。まずは慶賀。

さあ、あとひとふんばりしようかな・・・

さざんかvol.2

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2011年12月 6日

山﨑十生氏と会う・・・

十生 もみじvol.1

 本日は、1月号の取次ぎ部数交渉2日目で、朝一で日販へ。次は栗田出版販売にいくのでJR赤羽駅に降りた。すでに11時半になっていた。

 取次ぎの交渉窓口は午前は11時半まで、午後は1時開始だから、必然的にこの時間で昼食となる。

 赤羽駅構内は新たに「エキュート」ができて、とりあえず、そこの蕎麦屋に入った。

 偶然に山﨑十生氏に会い、聞けば、次の目的地にいくまで3~40分余裕があるというので、一緒にお茶を飲んだ。

 十生氏は、現在の俳号になる前は十死生(じゅっしせい)だった。「死抜き気」で俳句に精進するというので十生(じゅっせい)になった。本名は利男(としお)なので最初の俳号「十死生」は其の読みに因んでいる。

 現在は関口比良男「紫」を継承して、主宰である。攝津幸彦らが創刊した「豈」の同人でもある。

 今後を期待される俳人の一人である。最近まで、本誌「俳句界」の選者も長年にわたり務められていた。

     車座になつて銀河をかなしめり      十生

  凍滝を登らむとする日のちから       〃

十生 もみじvol.2

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2011年12月 5日

1月号部数取次ぎ廻り・・

 

紅葉ライトアップ

銀杏.jpg

  いよいよ今年も、来年1月号(12月24日発売予定)の仕入れ搬入部数決定のための交渉日となってしまった。11月号「文人俳句特集第2弾」「通俗と品格」は売れ行き好調だったが、12月号の出足は発売1週間後の書店posレジデータによると出足は苦戦している。

 従って、本日のところは、搬入部数増とはいかなかった。

 因みに1月号のメイン特集は「俳句史に見る表現革命」、「高樹のぶ子、辻真先などのふるさとのエッセイ特集」、俳句事件簿「日野草城再評価」、佐高信の甘口でコンニチハ!は村山富市、作品21句は長谷川櫂・黛まどか、魅惑の俳人「高野素十」など、それなりに幅広く、面白い!と思うのですが・・・

 明日朝は日販、栗田出版販売に直行です。

紅葉ライトアップvol.2

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2011年12月 1日

サンザカ転じて・・・

白さざんかvol.1

 「山茶花(さざんか)」は、、元は「サンザクヮ、ツバキノハナ」とあったという。慶長8(1603)年に刊行された日本語・ポルトガル語辞典『日葡辞書』にそうあるらしい。らしい、と言ったわけは『ことばの風物誌』(槌田光文)にそう書かれているからである。

 約400年前のことである。漢名は「茶梅」。山に咲く茶の木に似た花で「姫椿」とも。

 文字通りの「山茶花(さんざか)」だったわけだ。音節が逆になって「さざんか」になった。茶釜(ちゃがま)をわざと「ちゃまが」というのと同じである。これも式亭三馬『浮世風呂』に例があるという。

山茶花.jpg  

 ともあれ、本日は、これから本誌1月号の印刷所への入稿である。

 従って、ここ数日の編集部スタッフはヨレヨレである。

 老生は徹夜など、寄る年波で、心臓に悪いので、さすがに勘弁してもらっているが、スタッフは終電は当たり前、編集長は明方まで仕事?風邪など引かないように・・・祈るのみである(こういう現実的進行に対して詩歌は無力だ?)。 

 しかし、夜少し更けてから、九州はほろ酔いの社長から電話があって、「申し訳ないねえ、夜食でもとって、すこし少し足しにでもしてくれ」と、思わず涙の零れそうな優しいお言葉。もちろん、我々、スタッフは食べに行く時間ももったいないと・・・デリバリーに電話して、届いたお弁当が以下の品々・・というわである。

 腹が減っては戦ができぬ、と早速腹満たしたのはいうまでのない。

 老生は?もう遅いので・・などと言って食い逃げ・・・・・。

弁当いちょうvol.2

青紅葉、電気傘

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