2011年12月13日

高橋照葉句集『月の道』・・・

月の道

 高橋照葉(たかはし・てるは、本名・君子)。

 略歴を見ると多才の人である。

1922年、松山市に生まれ。67年には俳句も俳画もはじめられ、着付、袋物、手芸の講師もされている。一時期、鈴木鷹夫「門」に学ばれ、品川鈴子「ぐろっけ」では連句も学ばれている。

そして、一昨年、夫君を亡くされ、84年間の関西在住を断念され、娘さんの住む沖縄に居を移されている。

しかも、阪神淡路の震災も体験されながら、平成10年以前の句は捨てられたとのこと。この度胸というか思い切りの良さは並みではない。

句集巻末にはエッセイも収められている。

 それによると、種田山頭火の最晩年、亡くなるまで面倒をみた高橋一洵(いちじゅん)が照葉氏の叔父にあたるようだ(享年59)。その一洵氏は「層雲」自由律で山頭火とともに同人であり、本名は始(はじめ)。松山商大(現松山大学)の教授を務め、仏教の名講義は人気で、いつも教室は満員だったという伝説の人らしい。

 山頭火は次の句を贈っている。「一洵君に」の前書がある。

   おちついて死ねそうな草枯るる      山頭火 

 その一洵の句に、

    月の道となり千秋寺の杉の木       一洵

があれば、高橋照葉の句集名ともなった、

    召されゆく魂みな鎮め月の道        照葉

句が、沖縄はもちろん、夫君も含めたすべての魂鎮めでありながら、なおかつ一洵の句との呼応を試みていたのではなかろうかとさえ思うのである。

 夫君の逝去に、

    若女抱かせて逝きぬ青葉冷え        照葉

 「若女」は能面の一つ、若くて端正な女面ということを思うと、ご主人は能役者か、あるいはまた能面にも深い趣味を持たれていただろうと推測するが、柩に抱かせるという場面を想像するなら、青葉冷えも切なさがつのる。

 筆者の好みもあるが、淋しさの宿る句に感銘を受ける。

    一人みるに惜しき月なりひとりなる

    晩年の色あらば黄くわりんの実

    凍鶴の次の一歩を出さずゐる

    春愁や紙になじまぬ筆ばかり

    山茶花の花の盛りは散るさかり

    どの枝の花かは知らず花筏

    母の日や仏の母に風入るる

    夫の亡き秋天の蒼きはまれり

    何時の日か風になれると盆の月

 あまり年齢のことは言いたくないが、確かに次に上げる句などには、90歳を迎えられるという齢の影も無く大らかでさえある。小生に希望をもたらしてくれる句なのである。

     風船のまさをな空もつけて売る

    秋晴れといふ大いなる門くぐる 

月食 上野vol.1213

月食 上野vol.12131

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コメント(5)

  

共感できる句がいっぱいありました。

  

高橋正治様より照葉様のことお知らせ頂き、今コメントを差し上げております。
私は高橋正治氏が代表されている「十六夜柿の会」で末席を汚しています。更に加えますと、私「一洵」さんに参っています。それは、俳人「一洵」でわなく人間「始」さんにです。

  


先日最終回となった「運命の人」照葉さんの娘さんもガラス工芸家と聞いていますが、まさか同じ工房?

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