2012年1月のブログ記事

2012年1月31日

愛妻の日・・・

愛妻の日vol.1

 愛妻協会というのまである。

 活動理念として、

1、 日本愛妻家協会は、持続可能な夫婦関係はどうも世界の平和と地球環境の保全につながっているらしいと気づいたオヤジたちが始めた、いたってスローな活動です。「サスティナブルな夫婦環境を保全するワイフコンシャスなライフスタイル」という感じです。

    1. 失われつつある日本独自の愛妻家という文化を再生します。
    2. 絶滅が危惧される愛妻家の生態を調査し保護育成に努めます。
    3. 愛妻家だけもつ知られざる倦怠感削減の知恵を世の中に広めます。

 まあ、なかなかユーモアに溢れたものだ。

 ところで、こういった愛妻という概念では到底括りきれないが、歌人・河野裕子の亭主であり、歌人・永田和宏氏は「波」に「河野裕子と私ー歌と闘病の十年ー」を連載している。2月号はその第9回。

 今回は母・河野君江とのことに多くのページが割かれている。

 母もまた、卵巣癌、すい臓癌で手遅れだった。その折に河野裕子に再発の癌が見つかった。

  死ぬまでに時間はそんなに無いひとに今年の桜一枝を持ちゆく                     

                                       裕子

 君江さんわたしはあなたであるからにこの世に残るよあなたを消さぬよう                                   裕子

手術から8年が過ぎて再発、その歌がある。

 まぎれなく転移箇所は三つありいよいよ来ましたかと主治医は言へり                                  裕子

 永田和宏は23回の引越しをしたという。河野裕子と結婚後だけでも13回、現在の家を買ったのが1998年の秋。

  この家で死のうかとひとに言いながら落葉の底に火を挿し入れぬ

                                   和宏 

 今回の稿は、次のように閉じられている。

  この再発を機に、彼女はどこかで私を突き抜けた。私には及ばな 

 い断念と諦念、そして死に臨む強い意志、生きてある生の時間を愛 

 おしむ健気な感覚と、生と死に対する思慮において、いつの間に

 か、私の手の届かぬ遙かな精神の高みに至っていたと思うのであ

 る。それを私が実感するようになるのは、遙かのちになってからで

 あった。

20111231131215公園ベンチ像.jpg

  閑話休題・・・

 スタッフ松本のパソコンが壊れて、追い込みなのに「仕事が出来ないよう・・・」と嘆いている。「どうしよう・・・」。

愛妻の日バラ

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2012年1月28日

「豈」105回句会・・・・

豈句会vol.1

 今日は第105回「豈の会」東京句会だった(於・白金台福祉会館)。

 寒さ厳しいせいか、いつもより参加者は少なかったが、10人程度の句会は、ゆっくり話す時間があって良い。

 本誌2月号3冊を宣伝用に持参して、高点三位までの賞品にした。

 定期購読者も何人かいるので、その方々は辞退されるので別の方に・・・。

 「今、俳句総合誌では、一番面白いですよね・・・」とリップサービスされるとお世辞でも嬉しい。

 豈句会は、奇数月の最終土曜日だから、二ヶ月に一度しか行なわれない。

 ということは、すでに、17年の長き渡って行なわれているのだ。

 元はと言えば、攝津幸彦存命の時に、高山れおなが、句会などというものに出たことがない、

 句会をやってもらえないかと筑紫磐井に相談したことが始まりだった。

 お蔭で晩年の幸彦は句会を楽しむことができた。

 「豈」の雑誌自体は創刊32周年を迎えるが、30周年も、何も祝いの会を開いていない。

 (単に面倒くさいのと恥かしいというだけの話しなのだが・・・)

 その雑誌もやっと52号を昨年10月に出したので、単純平均すると年に2冊も発行されて来なかったということになる。

 幸彦存命時代は3年閒一冊も発行されなかったこともある。

 それでも、豈同人は句会はなく、2ヶ月に一度、奇数月31日に、当時、新橋にあった三井アーバンホテルのロビーでお茶を飲んで、近くの蕎麦屋に行って雑談をするだけという年月を何年も過した。

 12月31日の場合は、たった三人、小生と仁平勝と攝津幸彦のみということもあった(背中に家族の罵倒する声を受けながら・・・)。

 豈句会に特徴があるとすれば、俳句形式に関してはオールフリーだということである。

 必ず多行の人もいるし、普通の有季定型、自由律、なんでもあり、というところだ。

 原則三句持ち寄り、欠席投句ナシ。互選。

 司会によっては、一応、高点句に敬意を表するが、必ずしも、点が入った句ばかりでなく、無点の句も句評の対象になる。

 ともあれ、本日の句会の高点句から順に上げておこう(高点句順)。

 

    短日の

    短筒なれや

    ことのはは                 酒巻英一郎

    

   外套や空の蒼さを測るため       中田よう子

   送信がもうすぐ終る 冬木        羽村美和子     

   老い母に艶というもの雪薔薇      福田葉子

   青年のかたちに今も地下水道     川名つぎお

   枯れ色のメタセコイヤと日章旗     大井恒行

   半陰陽(ふたなり)を懶惰せし日のハイデガー 北野元生

   うすらひやそこもかしこもしぼりたる   鈴木純一  

   トイレに新聞青空はガラクタ       木下邦洋

   ゆきまぶしもでるのようなぎんぎつね  早瀬恵子

   メリーゴーランド〇へ導く般若経      岩波光大

豈句会vol.2

豈句会vol.3

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2012年1月27日

『「まがたま」五周年記念アンソロジー』・・・

まがたまvol.01271

 「まがたま」は平成19年2月に、秋山素子が東京で創刊した季刊誌。師系は原コウ子。「自然への挨拶、人への挨拶、自分への挨拶」を掲げている。 

 その創刊五周年を記念してのアンソロジーである。主宰の秋山素子を含め各人20句とミニエッセイを収めている。部立のⅡ部では、エッセイのみの方もいらっしゃる。

 どこかでうかがったある名の方が・・と思いきや、評論家の松本道介氏だった。松本宗雄氏は、どうやら道介氏のご子息らしい。

 「勾玉、曲玉、まがたま」とは、語源は「まがりたま」のことらしい。

 それにしても、翡翠色の勾玉の神秘や魅惑にだれも勝てない?。

 瀟洒な装丁のこのアンソロジーも魅力的だ。

   雛人形飾りて待つは祖父母なり       藍原公子

   船捧げ流れ着きたり春の安曇野       青山果楠

   朝寒と言ひりんごジャム手渡せる      秋山」素子

   日雷驚き落つる岩一つ             宇山眞理子

   米研ぐはジャズのリズムで水の春      加島葉子

   石けんの泡立ち細か水温む         柏 玲子

   常のごと早起きをして雑煮食ふ       川上登美枝

   合歓の花皇后様の生家跡          黒田雅子

   年迎ふ御神木の幣真白            駒木寿美枝

   ひな鳥の巣立し後の静けさよ        小山和子

   初鰹お前はどんな海を見た          田中伸吾

   記念樹のふくらみ始む桜かな         名嶋惠子

   みどり児を抱く両手の春立ちぬ        花本智美

   むくげの芽ほのかに赤児の気配あり     松本道介 

   捩花も陸上選手も左回り            由良桃子

編集長は、本日は午後から「蘭」の40周年祝賀会に出かけている。

スタッフの松本、三東は3月号第三コーナーに差しかかっている。今日も遅くまでお仕事・・・・。老生の私はそろそろ退散・・・・。

ご自愛、ご自愛・・・・。

下の写真はA氏よりメールで送られてきたリラダンの紋章。

リラダン紋章.jpg

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2012年1月26日

『現代句集』のこと・・・

現代句集vol.1

 昼にするのに、外に出ると、陽射しはあるものの、冷たい風にさらされて、けっこうな寒さである。

 通りすがりの古本屋に無造作に100円コーナーに置かれている現代日本文學体系95『現代句集』(筑摩書房)に眼が止まった。会社の仕事用に買って置くことにした。解説は山本健吉。昭和48年刊。いくらなんでも100円はないだろうと思ったが、案の定線は引いてあるし、書き込みはあるし、もし、新古書店チェーンならすぐにでもゴミ箱に捨てられる代物だった。

 ただ、小生の仕事柄、調べものに使えるし、引用句を確認し、校正にも使えるから文句はない。

 中を開いてみると、表3の見返しに「昭和49年二月六日読了  堀口太无」とあった。ということは、この句集に収められている内藤鳴雪「鳴雪句集」、尾崎放哉「大空」、富安風安「草の花」、渡邊水巴「白日」、西東三鬼「今日」、飯田龍太「童眸」、秋元不死男「万座」、石川桂郎「竹取」、野澤節子「鳳蝶」、荻原井泉水「大江」までの36名の代表的句集を読破したということだ。

 確かにその痕跡はしっかりとどめられている。たぶんだが、いいと思った句には○、◎がつき、ご丁寧にダメと思った句にも×がついている。

 おのずとこの方の好み、句の評価も知れるというものである。

 ちなみに最初の鳴雪の句で○が付いていたのは、

  暖かや君子の徳は風なれば

 であり、×が付いていたのは、

  春雨や酒を断ちたるきのふけふ

 なかなかの具眼の士かも知れない。

 さらにページを繰ると紅葉葉が栞に使われておる。朴の葉もあった。茶色に変色し、少し黴の生えているところもある。当然ながら、色染みは紙に移っている。

 大層な年期だ。

 原石鼎の句にはたくさんの×が付いている。星野立子もしかり。富澤赤黄男は○が多く、×は極端に少ない。

 この人は、一句の完成度を読んでいるのかも・・・赤黄男の×の句は、

  蛇となり水滴となる散歩かな  

 高野素十の句には、ほとんど×がない。野見山朱鳥の句には◎がいくつもある。例えば、

  蝸牛の角風吹きて曲がりけり       朱鳥

  地に触れて落花と影とぶつゝかり

  林檎むく五重の塔に刃を向けて

 篠原凡、金子兜太の句にも◎がある。

 書き込みまであって「感受性にたよる限りに於いては篠原凡に席をゆずらなければならない。ニ部、三部に於ける変化は、・・・性の深化によるもので観察からくる面白いものをもっている」と。◎の句は、

   麦車雉鳴く森へ動き出す   兜太

 森澄雄の句には◎が多い。最期の荻原井泉水の句には、×が一つもない。○と◎のみである。不思議な感じだ。◎の句は、

   ここまで水がきた話ヘソに手をあてて言う  井泉水

   ほんとうに寒かつた日が祥月命日

 筑摩書房の「現代句集」と言えば、もう一冊、現代日本文學全集91『現代俳句集』に指を屈するが、現在、手元にあるのは、145ページから再度17ページになり、161ページから始まる落丁本だ。安かったはずだが、数十年前のことなので、どこで買ったかもまったく覚えていない。この本には、かの有名な神田秀夫の「現代俳句小史」が巻末にある(昭和32年4月刊)。この卷自体は各個人のアンソロジーとなっていて鳴雪から兜太までの主要な俳人が入集している。

 今日も冷え込みの強い日だった。

 愚生、先の日曜日に持病の腎臓結石の激痛にみまわれて、体は、まだ本調子に戻っていないようだ(ブツブツ・・・)。

馬場地蔵輪.jpg

 

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2012年1月25日

片野蓮『白く踊ってゐたりけり』・・

 

片野蓮句集vol.1

 句集名は「杳として白く踊つてゐたりけり」の句から。

付録というので、初学の頃、伊丹三樹彦「青玄」所属時代の句も収められている。

    眉カットして 極月のむこうみる       

    祭笛 男は濡れた背をのばし

 多趣味の人らしく、他に連歌一巻も入集している。懇切を極めた跋文は後藤昌治氏である。

 「あとがき」によると2000年に小川双々子「地表」に入会されている。いわば双々子晩年の弟子ということになるが、その師を詠んだ句、

    沈黙の土の橋なり囁囁忌

 双々子には『囁囁記』という句集もある。全句集もあるが、双々子没後、本当の意味での全句集は没後まだ刊行されてはいない。全句集の刊行が切に待たれる俳人の筆頭格と言ってもいい俳人のように思う。たぶん、本句集の上梓を師は泉下で喜ばれているにちがいない。

 「あとがき」の最期に師の言葉を掲げている。

  詩とは問い続けること

          沈黙の重みを     双々子

 しかし、片野蓮は、師と同じクリスチャンではなさそうである。岐阜県の飛騨山中の寺に生まれたとあり、かつ、現在は坊守らしい。

 ところで、

   原発の空へとつづく里神楽

 の句があるが、現在の句ではない。十年も前、山を越えると、原発銀座と呼ばれる福井県のことを思って詠んだものだいう。

 口絵・見返しの畠中光享氏画も見事、装丁の巖谷純介氏も見事な出来栄え。十分に贅沢な句集といえよう。

   鮒味噌に箸出してみる水難史

   垂直をねがひ木蓮の昏れゆくよ

   をちこちの悲と悲あつめし半夏生

   朝桜つながるいのちつなぎつつ

   大寒を固くしてゐる泥の山

   書けぬかも知れぬ日記を母に購ふ

 片野蓮句集vol.2

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2012年1月24日

「角川俳句・短歌賞」・・・

角川俳句vol.1

 先日、10月20日(金)、東京會舘で第57回角川俳句賞・短歌賞の贈呈式があった。小生は垂人句会「一茶・蕪村贋作研究会」を経て、ぎりぎりで参加した。

俳句賞ではすでに話題となっているタイトル「ふくしま」永瀬十悟(ながせ・とうご)氏、短歌は高校生の「一人、教室」立花開(たちばな・はるき)氏。

    激震や水仙に飛ぶ屋根瓦       十悟

    流されてもうないはずの橋朧

    ふくしまに生まれて育ち鳥の恋

 氏は昭和28年福島県須加川市生まれ、同人誌「桔こう(木偏に皐)」同人、俳人協会会員。角谷昌子氏がお祝いに駆けつけておられた。小生は名刺を渡してご挨拶をして、名前だけは知っていますと言われて(少し、気分よく)、今後ともよろしくと言って別れた。

 一方短歌賞は所属結社なしの高校三年生で二年生頃からネットで短歌の投稿を始めた。受賞史上三番目の年少受賞にあたるという。

  君の腕はいつでも少し浅黒く染みこんでいる夏を切る風    開

  キンモクセイ香りを添付付加して送ってみたい十月の庭

 俳句賞、短歌賞では毎年思うことだけど、短歌賞の受賞者に年齢の若さである。昨年の山口優夢は若かったけれど、ほぼ、短歌賞が圧倒的に若い印象だ。

 俳句は、若者には難しいのかも知れない。いや、形式的な表現の完成度において、あきらかな差が生まれることによって、選者の眼が、未完成さを許さないのかも知れない。

角川俳句vol.2

角川俳句vol.3

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2012年1月21日

「ずばり贋作くらべーー一茶・蕪村俳句研究会」・・

 

垂人vol.1201211

 昨日はけっこう忙しい一日だった。

 まずは、中西ひろ美・広瀬ちえみ「垂人」句会の、「ずばり贋作くらべーー一茶・蕪村俳句研究会」を訪ねて、東急大井町線下神明駅前の喫茶「とろんそん」での句会取材。

 喫茶店は画廊喫茶風で、仕切りの奥は10人程度の句会可能な団体席になっている。

 書棚もあって、句集,画集などが置かれている、なかなかの雰囲気・・

 贋作だから、蕪村風や一茶風の句をいかに作るかという、難しさがある。

 句会は事前に贋作で各3句の計6句がすでに出句されていた。

 選句は各自の持ち点合計10点制で、選んだ句に1点、気に入った推奨句なら、3点入れたり、5点だって入れられる。

 つまり、各1点ずつなら10句選べるし、各5点を入れてしまえば2句しか選べない、というわけだ。

 その後、互選による最高点句から、各人の講評、批評に入るが、今回は、最初に作った人の名が明かされる。さらに参考にした原句があれば、そのときに披露するのだが、原句のパロディーにならないためには、相当に難しい。

 例えば、蕪村「腰ぬけの妻うつくしき炬燵かな」は、次のように投句されていた。

    絶頂の妻たのもしき紅葉かな      佐藤榮市

 また、蕪村「宿かせと刀投げ出す吹雪哉」は、

    泊まってョと女体投げ出すふぶき哉    與起

 一茶では「目出度さもちう位なりおらが春」は、

   目出度さも酎くらいやなあわいのの春   渡辺隆夫

 もちろん、原句ではなく、蕪村調、一茶調を我が物とすべく努力して、原句のない句も提出されていた。

   友禅の手よりなはるゝ春の川      鈴木純一

 といった具合・・。

 詳細の句会レポートは、4月号に間に合うように中西ひろ美さんに頼んできた。

 中座した小生は、角川俳句賞・短歌賞の新年会に東京會舘へと向かった。

垂人vol.1201212

 

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2012年1月19日

現代俳句協会「出張俳句教室」・・・

俳句教室vol.01191

 今日は、現代俳句協会ジュニア研修部の「出張俳句教室」で荒川区立尾久小学校まで、小社インターテレビと3月号現代俳句協会特集の「出張俳句教室」レポートの取材のためにでかけた。

九州本社からはインターネットテレビ事業部の石橋尚彦も前日上京して、早朝からの収録に備えた。

俳句の出前ともいうべき学校に出かけての俳句授業は年々盛んになって、いまやてんてこ舞いらしい。

学校からの要請もさることながら、いきいきと生徒たちをさせるボランテアスタッフの人気も高いようだ。

午前中は好天に恵まれ、授業の間に、校庭に出ての「俳句のたね」をさがし、拾ってくる時間には、生徒はいっせいに校庭に飛び出した。

 もちろん、校庭から帰ってくるとうがいと手洗い。風邪の予防も万全だ。

小生、初めて俳句教室の授業を見学して、生徒の積極さと、活き活きした姿には感動した。

この日は、学校公開日でもあり、お母さん、お父さん、おばあちゃん、保護者も俳句教室に参加した(詳細は「俳句界」3月号で・・)。

この日の現代俳句協会の先生役は、田付賢一ジュニア研修部部長と川辺幸一氏、両氏とも現役時代は先生だったらしい。

じつに、授業の進め方が上手い。スタッフは早瀬恵子、伊藤沙智のお二人。すでにたくさんの授業経験があるという。

人気のお姉さんたちだ。

 田付先生は冒頭、「上手な句を作らなくいい、二年生らしい、君たちらしい句を作ってください」と呼びかけた。そして「俳句と友だちになろう」ともおっしゃっていた。

 しかも、小生の予想をはるかに超えて、1クラス38人、2クラスで76人。みんな元気で、すばらしい感性をしていたなあ・・・

俳句教室vol.2

俳句教室vol.01193

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2012年1月18日

山咲一星『桜の国に』・・・

桜の国にvol.1

 

 句集名は、

   麻酔覚め桜の国に今もどつた     一星

からのもの。氏の第二句集である。「あとがき」には、次のようにある。

  今回の作品は心に期すものがあり、「雲母」「白露」「星嶺」に発表した 

 作品のみに限った。師飯田龍太・師廣瀬直人、二人の選を経たものと、 

 主宰として「星嶺」に発表した自選のみである。(中略)従ってもう一人の

 大切な師勝又木風雨の「北の雲」作品群は、今回は凍結し、それだけで 

 俳人としての最後の一集を編みたいと考えている。

 つまり、「北の雲」作品群は、いまだ筐底にねむっているというわけだ。

 生まれは北海道、現在は長野県野澤温泉村に住まわれている。必然的に望郷の思いは深い。犀星ふうに、故郷は遠きにありて思うものだとすれば、一星氏は、うさぎ追いしかの山、こぶなつりしかの川の高野辰之の唱歌「故郷」にその思いを託している。

   辰之の唱歌「故郷」青山河

   辰之の湯に闇よりの隙間風

 あるいはまた、次の句には望郷の念と合わせて、母恋の思いをうかがうこともできるだろう

   母の顔知らず異郷に赤のまま

  一星氏自らは病からの帰還をはたされたが、妻を亡くされている。句も切ない。

   癌告知すず虫妻を守らねば

   小六月柩の影の行く小径

 次の句は絶唱である。

   たましひの一つが星に温め酒

  現世に執すれば、なお無常の感も深い。

   病みてなほ六腑熱燗ばかり恋ふ

   捨てきれぬ顔を洗ひて初鏡

   海に堕つときの繚乱夏の蝶

   飛花落花訣れはいつも唐突に

   余所者と言はれて生きて猫じやらし   

   生前も死後もこの場所落葉焚く

 とはいえ、一星氏の眼差しが社会的なものから逃げているわけではな

い。現実に生きるということは、たぶんそうした様々なことを引き受けざるをえないということでもある。

    蠟涙を爪で剥がして業平忌

    枯野いま己がゆく道あからさま

    負け戦彼の日も背高泡立草

    爪赤き子ら屯して敗戦忌

    豊作も凶作もなし原発の村

    夏陽炎生きても地獄死も地獄

いずれ混沌のうちに生き続けるほかに術はない、ということかも知れない。

   

蝋梅上野夕景vol.0118

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2012年1月17日

矢島康吉『古本茶話』・・・

 

古本亀.jpg

  『古本茶話』(平成20年小社刊)は、現在小誌「俳句界」に連載中の「筝漏れ亭日常」の矢島康吉氏の著書である。洒脱な文に、俳句界読者のファンも多いと思われる。古本茶話と題するくらいだから、冒頭から神田神保町である。それによると康吉氏の父上は古本屋をしていた。

 愚生の勤め先は高田の馬場の馬場口交差点の角にあるので、坂を下って早稲田方面に行くと古本屋街である。

 従って、短い昼休みはその店の一、二の百円コーナーを流すだけでもあっと言う間に終ってしまう。それを昼休みの散歩と称しているのだが、愚生はただ時間つぶしに歩いているようなものだが、康吉氏はそのレベルにはない。

 古本代として、5万円ばかりを懐に入れて、昼はビールに蕎麦か鰻重、神保町の喫茶「さぼうる」でコーヒーを飲み、文銭堂の地下であんみつ、日が暮れれば焼き鳥屋で杯を傾けて、「山の上ホテル」401号に泊まって、翌日もまた古書会館の即売会へ、というから半端ではない。

 愚生は、同じ蕎麦でも立ち食い蕎麦に100円コーナーとはこれ如何に・・・。丸三文庫の100円コーナーを尻目に恐る恐る狭い階段を登って、眼に入ったのが出久根達郎『逢わばや見ばや』、さすがに100円とはいかないが、好きな出久根なのではたいた(500円だったけど)。出久根達郎は高円寺で古書店「芳雅堂」をやっていた。本書の題は「恋ひしとよゆかしとよ、逢はばや見ばや見ばや見えばや」からのものらしい。しかも、近年の注釈書は過激で、「『ゆかし』は『好きよ、好き好き』、『逢はばや』は、『お会いしたいわ』、『見ばや』は、『だいて欲しいわ』、『見えばや』は、『わたしのすべてをあげたいわ』、となるのだそうである。もっとも宴席で遊女が歌った歌だからそうかもしれないと補足をして、さすがに困惑の態なのである。

 それでも、欲しくてたまらない古書に出会うというのは、そういう気持ちらしい。

 お後はまたの機会に・・・。

つばき.jpg

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2012年1月16日

薮入(やぶいり)・・

ゆずりはvol.1

 新年16日は、昔風に言うと薮入である。養父入り、宿下り、里下り、宿下り、とも言うらしい。

 いまや死語、限りなく絶滅季語に近い。

 奉公に出ていた人たちが、1日休みをとって実家に帰る日だ。昔の奉公人は正月16日とお盆の16日(後の薮入)しか休めなかった。実家に帰らない人は行楽。

 改造社版「俳諧歳時記・新年」には「大和の俗に、前年嫁したる女、其親里に帰るときは、必ず餅を搗きて祝す。これを十六餅、略して六の餅といひ、薮入を六入ともいふ」とある。また、其角から始まって霞渓子まで120句以上の例句があるから驚く。

   やぶい入りや牛合点して大原迄        其角

   藪入の寝るやひとりの親の側         太祇

   薮入の宿は狂女の隣かな           蕪村

   藪入の頬にもつけよ桃の花          一茶

   藪入や思ひは同じ姉妹             子規

   藪入の悲し子一人母一人           鳴雪

 奉公に出て、まだ、いとけない年の子の里帰りは親子とも切ないものがある。

ゆずりはvol.2

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2012年1月12日

2月号校了・・・

蝋梅上野夕景vol.1

 本日、午前中に折り丁を校正し、校了となって、編集部はホッと一息・・・。

 あとは印刷所の仕事・・・というところ。もっとも、ホッとしたのもつかの間、次号以後の企画内容の点検の打ち合わせを行った。

 それでも、いつもとは違って少しのんびりムードで、事務所には二人を残すのみで、皆帰って行った。

小生もこのブログを書いて退出する。

以下に2月号のラインナップを・・・

2012年2月号広告

 

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2012年1月11日

大山安太郎全句集・・・

大山全句集

 全句集というだけあって大冊である。収録句数は2000句を超える。

 第一句集『白光』の刊行が昭和45年、その第一句集を収めてのち、星霜はめぐって、待望の第二句集がすなわち全句集と成った。

 著者・大山安太郎は大正5年、福岡県生まれ。俳句は昭和25年「自鳴鐘」で横山白虹に師事した。以来今日95歳まで62年の句歴を誇る。その間、当然ながら、数人の敬愛すべき俳人にもまみえている。例えば、山口誓子(天狼)、鈴木六林男(花曜)など。

 全句集巻尾には、『白光』収載の白虹による「共に歩む抄」も再録されて、当時の安太郎俳句の鑑賞文も味わうことができる。

句は編年体で収められているので、そのまま大山安太郎の句の足跡をたどることもできる。

 全句集に付された跋文の和田悟朗「過ぎゆく雲」、寺井谷子「光遍く」は、大山安太郎の句の見事さのみではなく、その人物像をも彷彿とさせる愛情あふれる懇切なものである。従って、お二人の跋は、大山安太郎俳句のファンをさらに増やすにちがいない、と思われる。

 愚生が、このブログで、句集紹介の屋上屋を重ねても遠く及ばないどころか邪魔になるだけ、といってもいいくらい素晴らしい跋なのである。

 是非直接手にとって読んでいただきたい全句集の所以である。

 閑話休題・・余談ながら、大山安太郎は、『西日本反核平和詩歌句集』創刊の1984(昭和59)年、第一集「火の遠景」から第十一集「蟻のいのち」まで、毎年参加されている。全句集句歴には記されていないが、こうしたことも見逃せない句業のひとつだろう。

     まなぶたを閉ぢても月の鶴歩む       安太郎

 大山安太郎は第一句集出版後に現代仮名遣いに転じている。

       〈祝 寺井谷子様御結婚〉

    いまこころ触れあうひばりの高さにて

    もうろうたる頭脳柳に一葉なく 

    さくら狩りさくらの中にいて迷う

    ベッドの舟ふんどしを帆にいずかたへ

    わが激痛に百の向日葵が笑っている

    妻と二人寿命大事に寒北斗

    原発炉心溶融の空鳥帰る 

 大山安太郎が出会った方々を追悼した句があるが、その中から、いくつかの句をあげ、最期に小生の好みの句三句を紹介してこの稿を閉じよう。

      悼 橋本多佳子 五月二十九日

    橋の行手雨中に消えて多佳子なし       

      八月十三日父の死

     父焼かれゐるにラムネの瓶握る

      横山白虹先生ご逝去

    逝かれし師銀杏金色(こんじき)の葉を散らす

      八月二十日逝く 九十九歳

    うろこ雲のなか行く母の骨抱きおり            

      悼 穴井太氏

    みまかるや寒の夕日を領したもう

      悼 東山魁夷氏

    「道」一枚残し青野を逝かれけり

      悼 鈴木六林男 十二月十二日

    師の名呼臘月玄海の闇に向き

      悼 長谷川陽三画伯

    パレットに虹を残して逝かれけり

 

    幹はまだ闇にねむれり朝桜

    わが罪の鯖火となりて燃えつづく

    闇なれど花への道を歩きおり

 

大山全句集vol.2

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2012年1月10日

府中市図書館の「俳句界」・・・

陳列-俳句界1月

 昨日は会社は休みなので、自宅近くの府中市図書館に関川夏央『子規 最期の八年』(講談社)を返しに行ったついでに、わが月刊「俳句界」1月号の陳列を確認した(上の写真)。それと、しばらく各出版社のPR誌に眼を通した。「本」「波」「ちくま」「みすず」「春秋」など、お目当ての連載もののチェックをした。「波」ー永田和宏の河野裕子、「ちくま」ー前田英樹の新陰流剣法論など、あっという間に時間が経つ・・・何もしないでフラフラしていると、山の神に叱られる???・・・

 さて、本日は、2月号の部数交渉でトーハン、太洋社、大阪屋と取次ぎを廻ったが、意外とすいていて、帰社予定時間午後2時半前、2時近くに帰社と相成った。

 太洋社では、小生が定年(会社解散)まで勤めていた職場の若者・岡田浩徳(現・早川書房)に偶然に出合った。不思議なもので、今回が二度目の偶然、以前は痩せ男だった彼が、立派な恰幅になっていたので、声を掛けられるまで分らなかった。いい青年になっていた。

 編集長・林は午後から俳人協会の新年会に出かけている。

 午後6時半に印刷所に2月号校正戻しを終えて、まずは一段落。

蝋梅上野夕景vol.1

蝋梅上野夕景vol.2

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2012年1月 6日

1月号「俳句史にみる表現革命」好調・・・

浅草葱畑vol.120106

 昨日は各取次仕事始め式という事情を知らず、〈お呼びでなかった〉ので、本日の出直し交渉となった。

 とりあえず、日販と栗田出版販売に行った。

 日販では、1月号・特集「俳句史にみる表現革命」仕入れ部数は、小社としては過去最高だったのだが、第一週目の書店消化率は、部数増にもかかわらず、これまでの数字を上回り、出だしの売上げは好調のようである。

 率の数字だけなら栗田出版販売も出だし好調だった。

 この伝で行くと採集的な売上げ数字も期待できそうである。

下の写真は本日の日本経済新聞コラム。

日経記事vol.120106

浅草葱畑vol.1201062

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2012年1月 5日

取次各社は仕事始め式・・・

トーハン新年vol.1

 今日と明日で各取次ぎを回り、2月号部決交渉をしようと、勇んでトーハンに向かったが、いつもと様子が違う。

 ぞろぞろ出版各社のお偉いさんを筆頭に数人が・・・中には自社の宣伝用  

 看板を抱えた人もいる。

 窓口には社員が整列をしていて、ちょっとものものしい。

 おそるおそる聞いてみた。

 あのう「今日は、部決は?・・」

 「ありません、明日からです」

 なんと、空振り、お呼びでない・・・

 そういえば、年賀の品物らしいものをもっている人もいる。

 どうやら、本日は出版社各社の取次ぎ挨拶廻りが一斉に行われているらしい。

 ようするに大々的に仕事始め式というわけだ。

 仕方ない。出直しで、明日と来週早々に、再度来ることにして、会社に戻ることにした。

 思えば、昔、まだ、小生が本屋の定員だった頃、1月10日前後に書店のために「市会」などというものが開催され、そのときには全国から書店経営者や店員が取次ぎ各社に来て仕入れをしたり、賀詞交換をしたものだった。また、お酒、食事が振舞われたり、お土産をいただいていて、その日を楽しみにしていた記憶がある。

 勿論、大手の版元は、営業社員を書店の接待に当たらせていた。

写真下の木は椨(たぶ)の木。

浅草葱畑vol.1

浅草葱畑vol.2

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2012年1月 4日

今年も「俳句界」をよろしくお願いします。

 

 

RIMG0202.JPG

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あけましておめでとうございます。

大晦日に続き、編集長の林がまたまた書きます。

今年はなるべく時間を作って、ブログを書きたいと思っています。

(まあ、今日は仕事始めで、比較的のんびりしているので、今後どうなるかはわかりません・・・。)

 

年末年始の12月30日~1月2日まで奈良で過ごしました。

(もちろん一人です・・・)

30日はならまちあたりを散策し、31日は山の辺の道、1日は竹内街道を歩いてきました。

山の辺の道も、竹内街道も日本最古の官道といわれている由緒ある道です。

山の辺の道はもう十回以上歩いていますが、竹内街道は初めて。

司馬遼太郎さんが愛した道で、司馬さんの名著『街道をゆく』を持ち歩きながら歩きました。

 

帰りには、新幹線で財布を落としてしまい、大慌てしてしまいましたが、(スタッフ松本いわく「編集長、今年も変わらないっすね~(笑)」)無事、出てきました。

3日は休養するつもりで、1日家から出ないつもりだったのですが、財布を取りに、東京駅まで行ってきました・・・(往復3時間半)。

 

今日からまた心機一転がんばります。

今日は2月号表紙の入稿作業、目次作成、メール一行詩の選句・入稿などをやっています。

1月号からの新しい表紙は見ていただけましたか?

ちょっと絵画的な書ですよね。

今年はそれにあわせてカラフルな表紙になっています。

 

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2012年1月 4日

仕事始め・・・

 

浅草葱畑 090.jpg 

 今日から仕事始めです。

 朝の電車はまだ通常通りのラッシュにはなっていませんでした。

 本日4日までは休みというところも多いのかも知れません。

 仕事始めの第一歩は、まず、年末年始(年賀状を含む)の郵便物の整理。

 どれどれ、ふらんす堂の山岡ブログを覗いたら、むむ~2日から仕事しました・・と書いてある(仕事依存症?になっちゃったかな~、他人事ながら心配です・・)。

 と、まあ、敵状視察?はこのくらいにして、愚老も少し気合を入れなければ・・・。

  2月号最後の原稿は年末締切の「め~る一行詩」の選句と評ですが、今回は愚老ではなく、ちょっと余裕で奈良で正月を過ごした林編集長が久々の辣腕をふるうことに・・(編集長は帰路の新幹線で財布を落としたそうですが、2日後無事に戻ったそうで、良かったです。なくなったと思って本日はスタッフに大盤振る舞い?・・期待しましょうか?)。

 愚老は明日、明後日の2月号取り次ぎ搬入部数交渉のための準備。3月号現代俳句協会特集に着手しましょう。

 それでは、本年も俳句界をご贔屓に、よろしくお願い申し上げます。

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2012年1月 1日

謹賀新年・・・

干支高島屋vol.1

 明けましておめでとうございます。

 本年もよろしくお願いします。

 年頭に1句献上!

    落し子の天にのぼるよ春よ来い        恒行

 

干支高島屋vol.2

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