山咲一星『桜の国に』・・・

句集名は、
麻酔覚め桜の国に今もどつた 一星
からのもの。氏の第二句集である。「あとがき」には、次のようにある。
今回の作品は心に期すものがあり、「雲母」「白露」「星嶺」に発表した
作品のみに限った。師飯田龍太・師廣瀬直人、二人の選を経たものと、
主宰として「星嶺」に発表した自選のみである。(中略)従ってもう一人の
大切な師勝又木風雨の「北の雲」作品群は、今回は凍結し、それだけで
俳人としての最後の一集を編みたいと考えている。
つまり、「北の雲」作品群は、いまだ筐底にねむっているというわけだ。
生まれは北海道、現在は長野県野澤温泉村に住まわれている。必然的に望郷の思いは深い。犀星ふうに、故郷は遠きにありて思うものだとすれば、一星氏は、うさぎ追いしかの山、こぶなつりしかの川の高野辰之の唱歌「故郷」にその思いを託している。
辰之の唱歌「故郷」青山河
辰之の湯に闇よりの隙間風
あるいはまた、次の句には望郷の念と合わせて、母恋の思いをうかがうこともできるだろう。
母の顔知らず異郷に赤のまま
一星氏自らは病からの帰還をはたされたが、妻を亡くされている。句も切ない。
癌告知すず虫妻を守らねば
小六月柩の影の行く小径
次の句は絶唱である。
たましひの一つが星に温め酒
現世に執すれば、なお無常の感も深い。
病みてなほ六腑熱燗ばかり恋ふ
捨てきれぬ顔を洗ひて初鏡
海に堕つときの繚乱夏の蝶
飛花落花訣れはいつも唐突に
余所者と言はれて生きて猫じやらし
生前も死後もこの場所落葉焚く
とはいえ、一星氏の眼差しが社会的なものから逃げているわけではな
い。現実に生きるということは、たぶんそうした様々なことを引き受けざるをえないということでもある。
蠟涙を爪で剥がして業平忌
枯野いま己がゆく道あからさま
負け戦彼の日も背高泡立草
爪赤き子ら屯して敗戦忌
豊作も凶作もなし原発の村
夏陽炎生きても地獄死も地獄
いずれ混沌のうちに生き続けるほかに術はない、ということかも知れない。

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