2012年2月24日

河内静魚『夏風』・・・

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 青の地に、句集名、作者名と長塩道子氏のシンプルな挿画が白く抜かれているだけの実に柔らかな瀟洒な趣の句集だ。句は3句立て。帯もなく、当然に、今流行の自選句や推薦の句などもなく、それは、静かながら句を読んでくれというメッセージともいえる。

 季語というフィクショナルな世界を逍遥する感じの一本である。

   蝶生れまづ美しきものへ飛ぶ       静魚

 この冒頭の句もあくまでタブローのように、描かれた風景なのだ。

   人去つて冷ゆる早さや山の湖   

   たたまるる紙風船に遊び皺

   光らせて鋏使へば蝶来たり

   かたちなき春や風船ふくらます

   いわし雲なにか切りたき指鋏

 「人去って冷える早さも」、「遊び皺」も、わざと鋏を「光らせる」行為も、「かたちなき春」も、「指鋏」もどこか淋しげではある。でもそれは、およそ詩歌の根に横たわる寂寥のなせるわざであり、詠われ続けてきたものだ。

 その淋しさを抱いてしか詩人は生きることができない。「夏風」というタイトルながら、どこかに涼しい感じが伴っているのが慰めとなっていよう。

   閉ぢし口傷かとおもふ達磨の忌

   秋のなか一人のときは横になり

 静魚氏は、宮城県で生まれ、幼少から高校生まで、福島県相馬市で過ごされている。相馬市被災という詞書の句に、

   大津波巨大陽炎もたらしぬ

 この「巨大陽炎」とは、放射能のことだろう。ただ、陽炎ならば消え去ってしまえば、もとの風景が現れるが、放射能とは物によっては万年、億年もの時間に風景の根源そのものが犯され続けるのだ。そうした循環のなかに放りだされてしまった精神的風景は、どのように回復が可能なのだろうか。諦念のみが支配することになるのであろうか。

 詩歌人にもその行く末はまだ見えていない。たとえ、

  陽炎や津波は海の意志ならず

としても・・・。

  風のやうに考へを変へ冬支度

  若き日の透き間だらけや鰯雲

当然ながら、句は「鰯雲人に告ぐべきことならず」楸邨を踏まえていよう。愚生好みの趣の深い句をあげれば、

  塗膳にこぼれ酒あり春の暮

 だが、愚生は無念にも限りなく下戸に近い。あまり呑めないために憧れてしまうのかも知れない。

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コメント(6)

  

分かりやすい句ばかりでした。こんな句を作りたいと思います。
平明で余韻をる句とはこのような句でしょうね。

  

作者です。
生まれは、宮城県ですけど・・・

  

長塩道子こと、尾崎人魚です。表紙デザインは先生のお気持ちを代弁させて頂きました。「瀟洒な趣」とのお言葉、嬉しいです。
また、「夏風」を拝読し、我が眼に厚く張り付いてしまっていた何かが剥がされた思いが致しました。
季語を生かす。一瞬を切り取る。平明かつ余韻有る句。永遠の課題です。反省しきりです。

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