2012年3月 1日

これって類句・・・・

雪だるまvol.02

 読者の方から、本誌昨年12月号特集「これって類句!?~類句判定します~」の反響はいかがですか、というお便りをいただいた。

 内容は涙ぐましくも、その方の入賞句が類句として、最近になって入賞取り消しの通知が来た、という経過を記したものだった。本人は、そのことよりも、それにまつわる思い出話を聞いてほしいというようなものだったから、安心した。

 もとより、この方が、最初から入賞を狙って、類句を作ったということではないことは分った。しかし、その元句となった俳人にはなみなみぬ思い入れと思い出が詰まっているのだった。

 秀逸に入賞した句は、

    水打って女将の貌となりにけり      英夫

 である。一方類句と指摘された元句は、

    水打つてそれより女将の貌となる     真砂女

 で、真砂女第六句集『都鳥』の昭和63年作の句とあるので、先行している句でもあり、入賞取り消しそのものは止むを得ないところだろう。

 俳句大会事務局の方も粋で、昨年10月の大会だったことから、随分月日も経っており、取り消しにしたものの、商品などの返却はしなくてもいいという通知を本人にしている(本年2月14日)。

 英夫氏は15年ほどまえに定年退職後に地元の小料理屋で開かれる句会に参加して、その縁で真砂女さんの「卯波」に行って、句集にサインをしてもらったり(それが宝だそうだ)、今度の類句問題も、小誌特集の加藤瑠璃子「・・大した句でなければ問題にならないと思う」を読んで、「問題になったのだから大した作品だったのかな~」と思ったり、嬉しいやら嬉しくないやらと複雑な心境なのだという。

 ともあれ、便りの最期には、「ボケ防止のために、俳句が駄目なら、川柳へ、それも駄目なら、七七付けて短歌はどうか、今後もめげずにチャレンジしていくつもり」と前向きである。

 そういわずに、俳句もまだまだ頑張って下さい。

 愚生などは、大昔「冬菊のまとふはおのがひかりのみ」秋桜子に、「春菊のまとふはおのがひかりのみ」などと句会に出したり、「冬の波冬の波止場に来て帰す」加藤郁乎に、これはジョークだが、攝津幸彦は「冬の波春の波止場に来て帰す」の方がいいなどと嘯いていたこともあるくらい。

 5・7・5は余りに短く、人の考えることは、結構似ている。従って、類句、類想を免れるには相当の努力がいるし、万一類句だということが判明したら、それは先行作品を残せばいいだけである。先行句があれば、潔く句を捨てるだけのことだ。それでいいと思う。

そこに玄人と素人の別はない。

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取り消されたことは未だ一度もないが投稿した後にそういえばよく似た句があったなと思うことがある。類想を恐れていては俳句は出来ない。一昨年巻頭になった句が「虚子に似た句だが・・・」と前置きして句評を頂いたことがある。良い句を読むと頭の片隅に残っているのであろう。

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