2012年3月15日

奈良比佐子自註句集『忘れ潮』・・・

自註句集『忘れ潮』

 「あとがき」に「私のこれまでの五十年以上に及ぶ俳句との係わりの中では、幾多の波風もありました。その中で、忘れ湖の小魚を覗いたように心に残るいくつかに、その折りの心情を綴った小文を添えてみました」とある。

巻首の句文は、

   一裸灯濃霧の海へ向きゐたり        昭31

       十九歳、東海村の療養所で俳句を始め、「馬醉木」の篠田

        悌二郎をむかえての句会で天賞となり色紙を頂いた記念の句。

 とある。一方巻尾には、

   哲学書読みやる朱夏の看取妻          平23

        九十にあと半年で兄が逝った。最期までしっかりしていた

        兄に、愛読書を読んでやる兄嫁に感謝するばかり。

 この間の年月の節目、節目に約280句と小文が収められている。たしかに奈良比佐子の人生模様なのだが、そこには、夫の句も、子の句も、孫の句も、概ねは幸福な面影をとどめている。どこか心温まる風情なのである。もちろん「あとがき」に記されたように、波も風もあったにちがいない。でもそれは、わざわざ人様に語ることもない、と観念されているのだろう。そこに気品がある。

 そして、日常の一こま一こまが句と文にさりげなく浮かんでくるのである。

   蝌蚪の水はたちの感傷すでに去る         昭37

      早稲田俳句研究会へ入り、郊外へ吟行した折の句。ここで

      夫となる奈良文夫を知る。背が高いが口下手だった。

 のろけを聞いているようだが、それは二十歳の頃のことだ。いいではないか。次の句「母と子の無言のゆる枇杷を剥く   昭37」の小文も泣かせる。いちいち上げるのも芸が」ないので、是非、手にとって、本書を読んでいただくのがベストである。

 いずれも句と小文は見事に照応し、句のみからでは伺いしれない背景を知ることもできる。それも、この句集を読む楽しみだろう。

  もう一つだけ例を上げてみよう。

    わが町のメーデーの列すぐ尽きぬ      昭53

          大きな工場も団地もなく人口十万人台の市だった。メーデ

          -の歌もなく照れくさそうに目を逸らして去って行った。

  最期に句のみを上げておこう。

    つひに戦火爛れしやうな寒没日         平3

    スピード籤硬貨でけづり秋曇           平4

 毎月二千円以内で籤を買っておられるようだ。ご本人はけづることに快感と言われているが、これもささやかながら楽しみなことにちがいない。

   娘を託す若者すぐ酔ふ生ビール         平7

   パパママの次は何言ふ今年竹           平12

 どうやら、自分たちのことは「オーパ、オーマ」と呼ばせているらしい。勝手な?ものです。まだパパママしか言えないのに・・・。

   見ゆる日は見倦かぬものに雪の冨士       平19

   八月六日二十五万へ鳩放つ             平20

 なるほど、そうです。そうよ・・・と言いたい。感謝と祈りの姿が思われる。

img120315

| コメント(0)

コメントする