2012年4月のブログ記事

2012年4月29日

「蛮」創刊5周年記念祝賀会・・・

「蛮」創刊5周年記念祝賀会vol.1

 本日、ヨコハマプラダホテルにおいて「蛮」5周年記念祝賀会が開催された。「蛮」が創刊される前5年刊は超結社句会「熱刀倶楽部」の5年間があるので、実質10年を経過している。

 当初は同人誌として出発した「蛮」も全国各地に支部ができ、鹿又英一(写真上)主宰誌への脱却と決意を披露していた。

 この5年間で50名から150名の同人体制ができ、さらなる飛躍を期していた。

 開会宣言は金子弓湖編集長が行い、祝いの舞を関西支部長の清島久門氏が「松の緑」を舞った(写真中)。氏は飛鳥流の名取りで飛鳥愛若(あすかあいわか)だそうである。

「蛮」創刊5周年記念祝賀会vol.2

 来賓の挨拶は現代俳句協会神奈川の会長・森田緑郎、現代俳句協会幹事長・前田弘、俳誌協会、軸主宰・秋尾敏、横浜俳話会・大関洋、そして「豈」発行人の筑紫磐井各氏が行なった。

 乾杯は中井昌太氏。さらに余興は「蛮」同人・市野恵邨、高越研次各氏。日本舞踊は中川良志こ氏など、鹿又英一氏の性格を反映して、楽しく、元気のあふれる会となった。

「蛮」は実にふところが広く、有季・無季・定型・自由律・川柳などあらゆる俳句の可能性を排除せずに同居させてきた。

 これからの飛躍が益々期待されるところだ。

「蛮」創刊5周年記念祝賀会vol.3

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2012年4月27日

入稿日・・・

道の花上野ほかvol.2

 明日から、連休にはいるので、待ったなしで今日は、少し遅くなっても、印刷所に原稿の99%を入れなければならない(スタッフは、優雅を装いつつも血走っている?)。

 ちまたは連休だが、この季節には祝賀会が目白押しで、ゴールデンウイークの出だしはすでに両日、「蛮」「悠」の記念祝賀会が入っている。

連休が明ければ、すぐに6月号の取次ぎとの部数交渉が待っている。

 愚生の定年前の職場がサービス業だったので、当時は「世間様が遊ぶときには休まず働く」ということになっていた。従って、ゴールデンウイークも、盆も正月もまともには休めなかった。

とはいうものの、平日の休みもまた捨てたものではない。何処に行っても混雑はない。

 しかし、友だち付き合いの場合は、休日がすれ違うので、ままならない。

 いすぜれにしても、浮かれることなく平常心で日々を過ごすという心持が、平安を保つには一番いい。

 5月はさしずめ「美(うるわ)しき天然」の時期だ。

   空に囀る鳥の声

   峰より落つる滝の音

   大波小波滔々と

   響き絶えせぬ海の音

道の花上野ほかvol.3

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2012年4月26日

5月号発売中・・・

2012年5月号

 昨日、25日(水)は本誌5月号、全国主要書店発売の日だった。

 特集は「小説になった俳人たち」で、松尾芭蕉(中山義秀)、尾崎放哉(吉村昭)、橋本多佳子(松本清張)、小林一茶(藤沢周平)、正岡子規(司馬遼太郎)、杉田久女(田辺聖子)、永田耕衣(城山三郎)、井原西鶴(大谷晃一)、芭蕉門人(芥川龍之介)、鈴木真砂女(丹羽文雄)。他にも、諸九尼、山頭火、富田木歩などの候補もあったが見送った。

 もっともページ数が多いのは、「鉄道で行く!初夏の名句めぐりの旅」。北海道から九州、までご当地俳句と観光スポット案内という趣向だ。

 さらに、前月号の好評だった「知られざる黄金の大正俳句・第2弾」、実は第3弾も6月号で予定されていたが、大部のページになりすぎるので、予告を違えて7月号に原稿は仕上がっていましたが掲載延期になりました(お詫びします)。

魅惑の俳人は寺山修司。

佐高信の「甘口でコンニチハ!」は神田香織(講談師)。

「速報!第14回俳句界評論賞」、昨年に倍する応募にも関わらず受賞作なし。佳作2編が選ばれている。選考委員は筑紫磐井・仁平勝両氏による選考はこれで終了。第15回からは、中岡毅雄・坂口昌弘両氏になる。

 俳句界NOWは檜紀代。セレクション結社は「海」。私の一冊は澤井洋子。

 特別作品21句は、藤木倶子・山﨑十生。

 これも好評、新企画の連載「おとなのエッセイ」は俳人以外からは小池昌代・林義勝。

 そのほか連載は山本安見子・大牧広・今井聖・矢島康吉等など、盛り沢山。

ポピー大根vol.1

 今日の編集部・・編集長・林、スタッフ松本は、取材で林義勝写真展、鳩居堂画廊の右近正枝書展「伊勢物語の世界」に出かけている。午後帰社予定・・・。

<ポピー大根vol.2

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2012年4月25日

藤原月彦句集『貴腐』・・・

道の花上野ほかvol.120425a

 藤原月彦は1952年生まれ、1973年「俳句研究」50句競作に応募するために俳句を書き始めた。第一句集は『王権神授説』である。『貴腐』の跋は中島梓が書いている。

 ご存知の方も多いと思うが、俳人・月彦は歌人・藤原龍一郎のことだ。

 (小誌「俳句界」でも巻頭三句鑑賞を連載していただいていた)。

 寺山修司のように俳句から短歌に転身したようにおもわれがちだが、そうではない。

 もともと、短歌を書いていたのだ。小生の記憶に間違いがなければ、早稲田短歌会に入りたくて、慶應大学を辞めて、早稲田大学に入り直した。

例によって小生は昼の食後の散歩で馬場口から下って、古本屋の100円コーナーへ。あろうことか、『貴腐』があった。山本健吉俳句読本もあった。月彦とは同志のようなものだったから、『貴腐』は売らずにとってあるが、躊躇なく買った。

中の句にチェックが入っている。箱も少し痛んでいるが、差し支えはない。

当然といえば当然だが、俳句に命を燃やしていた俳号・月彦では、藤原龍一郎は、いま、俳句を書いてはいない。その懐かしい『貴腐』の句、

     夏寒し壺の中にも幾山河         月彦

     わが影も晩年に入る籾ぼこり

     敗走や父のラバウル亡兄(あに)のパリ

     晩春の水にわれなき世界あり

     誰もゐぬ部屋にも椿落ちにけり

     残像のわれとわが逝く秋彼岸

     晩春の鳥が人語を発しけり

     妹よなぜ麦秋に血を流す

 月彦29歳のときの第二句集である。それにしても早い晩年意識ではなかろうか。

 ともあれ、いまは俳句の方は、俳号・媚庵(びあん)で楽しんでおられるようである。

 媚庵は、『日々の泡』のボリス・ヴィアンに由来するらしい。俳句は日々の泡のようなのかも・・・

 

    無頼派と呼ばれることもなき日々を悔まざれども終に唾棄せよ     龍一郎  
    フジワラちゃんと呼ばれることもうべなえばああなまぬるき業界の風

貴腐vol.1

道の花上野ほかvol.120425c

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2012年4月24日

思えば4月は残酷な月・・・

ぜんまいvol.1

 今月の偏編集部は、5月のゴールデンウイークを控えて、

 何時もの月よりも4,5日は早く、印刷所への入稿を全部済ませなければいけないので、

 相当に忙しい毎日、追い込みへの鞭が入っている状態だ。

 つまり、今週末27日には、実質ゴールに入るのだ。

 確かに、自然は新緑とともに、ものみな生気があふれる季節に入っている。

 なぜかそれは、憂鬱なときでもある(愚生だけかな)。

 エリオットは「荒地」で、

   4月は残酷な月で、死んだ土地から

   リラの花を咲かせ、記憶と欲望を

   混ぜこぜにし、鈍った根を

   春雨で生き返らせる

   ・・・・   (吉田健一訳)

思えば、4月は残酷な月???

 

道の花上野ほかvol.1

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2012年4月23日

俳句文学館へ・・・

道の花上野ほかvol.00

 今日は一日降り込められてしまった。

 それでも、6月号の特集の資料を探しに、俳句文学館に行った。

 新大久保駅から歩くと少し遠いので、高田馬場から遠回りになるが、新宿乗換で大久保駅経由にした。

 雨がけっこう降っていたので、濡れる距離を短くしたかったのだ。

 今朝、大道寺将司全句集『棺一基』がアマゾンから届いた。

 実は、高田馬場芳林堂で立ち読みしていたのだが、NHKで辺見庸が取り上げた翌日になくなってしまったので、やむなく、アマゾンに申し込んだ。注文は受け付けてくれたが、今までかかってしまった。

 第一句集『友へ』は、愚老がかつて図書新聞に書いているので、それなりに追っかけてはいるのだ。

 出口善子「六曜」の創刊号から、大道寺将司は同人だったので、誌を恵まれるたびに眼は通していたという程度だが、読んではいた。

 もちろん、第一句集からの着実に俳句としての表現は練りこまれてきているという印象だった。

 三菱重工業爆破事件、パルチザン伝説、確定死刑囚であり、どうしても特別視してしまいそうだが、  

 俳句作品は俳句作品として淡淡と読んできたつもり。

 何気ない作品をあげておこう。

    病室に歩数を重ね去年今年        将司

    新玉の年や原発捨てきらず

    "ありがと"と亡き母に女児辛夷咲く

    気紛れにマスク外してしまひけり

    草萌や死の告知めく病舎入り

道の花上野ほか vol.2

 

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2012年4月18日

念ずれば花ひらく・・・

道々の花4月vol.1

 昼休みによく行っていた蕎麦屋がなくなったので、新たな蕎麦屋を探していたら、

 和服の女性が座っている古書店の100円コーナーで「牧神」2号(1975年5月刊)という雑誌を懐かしくなって買ったら、加藤郁乎氏の童話「トラ」が載っていた。

 さらに『自選 坂村真民詩集』も100円で・・・

 改めて、「念ずれば花ひらく」をパラパラとめくり、「わたしは墓のなかにはいない」という詩行にぶち当った。

 

坂村真民vol.1

  

  わたしは墓のなかにはいない。

  わたしはいつもわたしの詩集のなかにいる

  だからわたしに会いたいなら

  わたしの詩集をひらいておくれ

  

  わたしは墓を建てるつもりで

  詩集を残しておくから

  どうか幾冊かの本を

  わたしと思うてくれ

  

  妻よ 三人の子よ

  法要もいらぬ

  墓まいりもいらぬ

  わたしは墓の下にはいないんだ

 

  虫が鳴いていたら

  それがわたしかも知れぬ

  鳥が呼んでいたら

  それがわたしかも知れぬ

  魚が泳いでいたら

  それがわたしかも知れぬ

  花が咲いていたら

  それがわたしかも知れぬ

  蝶が舞うていたら

  それがわたしかも知れぬ

 

  わたしはいたるところに

  いろいろな姿をして

  とびまわっているのだ

  墓のなかなどに

  じつとしてはいないことを知つておくれ

 

チユーリップ.jpg

 今日の編集部は、5月ゴールデンウイークの余波で、来週末に大山場を迎えるので、早くも編集長・林は会社で徹夜・・・

愚老は、もちろん寄る年波には勝てないので、早々と退社・・(許されよ)。

 

道々の花4月vol.2

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2012年4月16日

神々のあくびが桜を枯らすのか 番矢・・・

 

馬場界隈春vol.1

 今日の編集部は、6月号の特集「現代俳句のフロンティアたち」(仮題)のために、林編集長とスタッフ松本は、夏石番矢氏のお宅にインタビューに出かけた。夏石氏が中心になって運営をしている世界俳句協会のことについて色々おうかがいする予定になっている。

 下の写真は22~3年前の青年・夏石氏である。たまたま愚生が撮ったものだと思う(笈底から出てきた)。まだ世界俳句協会の活動をする前のことである。たぶん、第四句集『神々のフーガ』を刊行された頃だ。懐かしい限りだ。

   月光を堪え忍ぶ山ここへ来い       番矢  『神々のフーガ』

   月光に震えているのは橋だけか

   君がためうしろの海をたち割らん

   海の飛沫がときには見せる母の骨        『人体オペラ』

   光の阿呆に呑まれてしまえ両拳

 その後の氏の活躍については、6月号をお楽しみにしていただきたい。

夏石番矢vol.1

馬場界隈春vol.2

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2012年4月13日

「俳句さく咲く!」・・・

NHK 020.jpg  

 昨日、NHK・Eテレ新番組(4月29日スタート)の取材会があって、小社スタッフの三東有紀が取材に出かけた。

 番組は、宇多喜代子氏が、若手のミュージシャン・芸人、アイドルなどを迎えて、全国の若者から投稿された「俳句にしたいエピソード」を皆で完成させるというものらしい。なかに3分間の連続ドラマ「俳句王子への道」などというのもあるらしい。

 すでにして老兵はさるのみの愚老などは、若いタレントの名前などいくら言われてもちんぷんかんぷんだ。俳句王子は秋元龍太郎、王子のライバルは真山明大、王子のマドンナの恋人は柾木玲弥だそうな・・・。

 ともあれ、宇多喜代子氏は「若い人たちのための俳句の窓口になりたい」と抱負を語っておられたという(泣けてきますねェ)。ちなみに4月29日の学習テーマは「定型」。スタジオは「桜」の題詠らしい。

 短歌の方は「短歌de胸キュン」だそうである。比べると「俳句さく咲く!」は少し地味だなあ。若者の胸キュンとはならないのかな~。歌人は左伯裕子氏、近藤芳美に師事し「未来」所属の団塊世代歌人。

 それにしても、今も昔も若者といえば、恋の歌、恋の句とは、これいかに・・・。

庭パンダvol.01

庭パンダvol.02

 

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2012年4月12日

「鏡」第4号・・・

市ヶ谷花見vol.1

 過日、3月19日(月)に八田木枯氏が逝去された(本誌5月号〈4月25日発売〉トピックスに訃報記事)。

 送られてきた「鏡」(編集発行人・寺澤一雄)第4号には、同人だった八田木枯氏の遺作「幕下ろす」14句が掲載されている。同号にはほかにも「八田木枯戦後私史 2」と題した中村裕を聞き手にしたインタビューも掲載されている。私史とはいいながら、俳句史に対する怜悧な、かつ率直な物言いは現俳壇には失われて久しいものだ。当然ながら、八田木枯の歩んできた同時代の有りようも浮き彫りになったもので、以後が聞けないのが残念である。

     寒鮒釣り全生涯の幕下ろす           木枯

 20年前くらい?たしか市ヶ谷から飯田橋の間の土手で、毎年「花筵有情」の看板を掲げて、一日中花見の会をしておられたことがある。参加する人は、夜桜まで、どの時間でも立ち寄ればいいのであった。

 今でも、この季節になると、この会を思い出す。当時、木枯氏は,今は若い人たちが準備をして、場所とりまでしてくれているので助かると仰っていたのを思い出す。その看板は福田葉子さんがいまだにお持ちになっていると先日仰っていた。

 そこでは、多くの俳人の方々にお会いすることができた。三橋敏雄、山本紫黄、松崎豊、大高弘達など鬼籍に入られた方も多い。木枯氏も天上での「花筵有情」をしておられるかもしれない。

 ご冥福を祈る。「鏡」4号より数句。

      インバネス戀のていをんやけどかな     木枯

      鶯もゆめうぐいすのこゑもゆめ

      南無妙法蓮華経鶯の隠れ啼き

      猫に道あり戀に路あり道は狭に

      我を置き去りに我去る墓参かな

      寒鮒を釣れなくも釣る男かな

馬場界隈春vol.1

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2012年4月11日

五十嵐哲也『復興』・・・

五十嵐哲也『復興』

 五十嵐哲也句集『復興』は、氏の『花柘榴』『花ミモザ』に続く第3句集。

 「あとがき」に、「近々生田神社に/復興を称へて長き御慶かな/の私の句碑が建つ予定、東日本大震災・大津波から早く起ち直って欲しいとの思いをこめて句集名を『復興』とした」とある。

 その名の通り、句集一巻には地震の句が多い。しかし、それは阪神淡路大震災に被災されての地震の句である。さらに特徴的なことといえば、「ミモザ成長」の章立てもあるが、前句集につづきミモザの花明りに包まれている。

さらに本句集の特徴を上げれば、

   身に入むや詠みたる悼句数知れず          哲也

と、詠まれたように、実に多くの追悼句が収められていることだ。

    偲ぶ友みな善人や夕端居

    露の世や長寿夭逝身ほとりに

   余生とは忌日の多し鉦叩

   偲ぶ人増えし八十八夜かな

 など、嘆きは深い。ページを捲るごとに追悼の句が置かれているという態である。あまりの多さにざっと数えてみたら、50句以上もある。

 因みに最初の悼句と最期の悼句は、平成七年の

      悼 川島帰子氏逝去

    惜しまるる余寒余震になじみしに

 と、平成十九年の

      悼 安原春峰氏逝去

    共に老い共に残暑を耐へたるに

 である。五十嵐哲也氏自身も老いを見つめておられる。

 平成十二年には父母も亡くされている。父は言わずと知れた五十嵐播水。

      父逝く

    行く春の雑草園を見ず逝けり

     母死す

    夕顔の終の花見ず逝きにけり

 淡淡と詠まれているが、いずれも切なさがひろがる。

 句集巻頭は「阪神大震災 平成七年~十年」の章である。

 根底には、昨年の東日本大震災に続いている同質の光景が横たわっていたのだろうと思う。にもかかわらず無常観に後退することのない心情がうかがわれる。それが『復興』。

    地震なき地へ高々と鳥帰る

    被災せしことアトリエの黴にまで

    復興に遅速ありけり後の月

    地震より月日転がり極月に

    嘆くより謝すこと多き日記果つ

    芝根付き地震の緑蔭落着きし

    海開須磨に住み古り地震に耐へ

    地震の日は明日三寒の雲厚く(平成十二年)

    地震に耐へ抜きし父母なし寒の月

    

 地震にかかわりのある句をいくつかあげさせていただいたが、最期に、氏の本領である味わい深い句を、多くの句の中から、小生の好みに偏するかも知れないがいくつかを上げておきたい。

    谷越えてみたき余花あり空のあり

    ソーダ水小さき嘘は許されて

    黄は余生励ます色や石蕗日和

    耳遠くなり原爆忌祈るのみ

    天辺は鳥来るところ風五月

 

国立上野vol.1

国立上野vol.2

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2012年4月10日

5月号校了・・・

国立 上野vol.1

 校了で今月も一山越えたことになる。

 編集長は明日、豊田都峰氏グラビア撮影のために前日入りで京都に出かけた。

 撮影場所は「京鹿子会館」の予定だそうである。

 今年の遅い桜が、今は満開なのではなかろうか。

 明日からは6月号の準備に入ることになる。

 

国立 上野vol.2

 

 通勤の途中で、毎朝、府中側から小金井側の「はけの道」に続く坂道を登って、都立・滄浪泉園の側を通るのだが、半月ほど前から毎朝、鶯の鳴き声を聞きながら、その坂道を登っている。

 息切れしながらも我慢して登る。この坂が上れなくなったら会社勤めも終わりだな~と思いながら・・

こどもが道に落書きした絵も写真に収めた(下の写真)。

 

国立 上野vol.3

 そう広い公園ではないので、入場料は100円。愚老はまだ2~3回しか入園したことはない。

 ただ、側の道を通るだけだが、ゆずりは、青木、桐、梅、桜、さまざまの花に出会うことができる。

 これからの季節、銀梅花はことのほか美しい。

 もっとも、夏は薮蚊の天下で、園の中を少しでも歩こうものなら、集中砲火をあびるようなものだ。

 この坂道にいたってけっこう刺される。

 たぶん、中の庭園の一番低いところにある池のせいで蚊がわいているのだろう。

 いつだったか、蛇の抜け殻もあったし、道には轢かれたトカゲ、ミミズなども見かけた。

「はけの道」に沿っていくと湧き水がある。たぶん断層の下に位置しているせいだろう。

活断層だったら、地震がきたら、少しあぶないような気もする。

ともあれ、いまは桜が満開だ。

国分寺海道沿いには、ヤマザクラもけっこうあるが、それはまだ咲いていない。

 

国立 上野vol.4

 

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2012年4月 9日

5月号校正・・・

国立 上野vol.01

 

 今日の編集部は、先週の関西出張から帰京した編集長をはじめ、久しぶりにスタッフ全員が揃った。

 とはいえ、5月号のゲラを校正して明日までに印刷所に戻さなければならないので、全員、ひたすら、寡黙に校正作業に取り組んでいる。

 暖かい一日だった。

国立 上野vol.02

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2012年4月 7日

始めれば何かが起こる・・・

西原天気

 6日(土)、本誌6月号特集「現代俳句のフロンテアたち」(仮題)のお一人、「週刊俳句」の西原天気氏にインタビューを行なった。

 国立駅で待ち合わせて、収録のために手配していただいた画廊喫茶 E())SOLA(俳画展案内はがき)に車で案内していただいた(何からなにまでお世話になりました)。

 その店に山口瞳陶板に本誌4月号のエロス特集の井伏鱒二の句が置かれていたので写真に撮らせていただいた。

 

西原天気vol.2

俳画展1

俳画展2

 「週刊俳句」は、インターネット上に紙媒体のような(雑誌)と同じような場を創って、今年創刊5周年を迎える。

 西原氏は「週刊俳句」に理念は無い、と仰っているが、インターネット上に、これまで毎週定期刊を維持してきて、いわゆる俳壇とは違う場を創造してきたことは確かであろう(ご本人はそのつもりはなく、仲良く共存すると言われている)。

 ある「場」、たとえそれがどのように小さな場だとしても(「週刊俳句」は小さいとはいえないが・・)、それを必要とする人がいるかぎり持続するという原理は健在だ。

 氏は、それをオープンな場にしたい、風通しのよい場にしたい、誰もが無理なく、お金をかけずに、大きな負担をかけずに、継続させること、そこに多くに人たちの小さな情熱が集まってくる場が出来た。求心力ではない遠心力で、かつ、なりゆきで行くと爽やかに語られていた。

 また、始めてみたら分かる。始めてみたら何かが起こる。何かを起こすために始めるのではない、とも仰っていた。熱く冷静な眼差しだった。

 ともあれ、6月号のインタビュー記事を楽しみにしていただきたい。

 帰りに、国立駅南口東西書店と目黒まで出たついでにアトレの有隣堂に寄ったが本誌はいずれも扱っていないということだった(東西では俳句関係の雑誌自体が無かった)。

 有隣堂では担当者にも会えたので4月号の書店用チラシを渡して、次号から注文をいただけるよう検討をお願いしておいた。

西原天気vol.3

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2012年4月 5日

栗田出版販売・・移転していた・・

 

栗田出版移転vol.1

 5月号の搬入部数交渉で朝イチは日販の窓口に行ったが、人数が少なかった割には、ここで一時間半を費やすことになった。

 あまりに長い待ち時間だったので、おかげで其の間に先日購入した海野謙四郎『花鎮めの里』をもう少しで読了というところまで行った。

 これで、日販から、板橋の小豆澤通りにある栗田出版販売まで行く間の電車とバスで読みきれるかもと思って、赤羽駅で蕎麦を食べて昼にする。

 栗田出版にたどり着いたのが午後一時少し前、普通なら、ちょうど午後の部の雑誌窓口に間に合っていいところなのだ。

 しかし、やっとたどりついた栗田出版販売には「本社移転の案内」が掲げられていた。

 (そんな・・ばかな・・移転の連絡あったのかな?と思いつつ)

 仕方ないので、移転先の神保町までとって返したのだった。

 写真は移転先の栗田出版販売の本社が入る住友神保町ビル。

 

花鎮め

  ところで、『花鎮め・・』はどうだったかって?

 面白かったですよ。スーパーマンのような、超能力ともまがう力を発揮する北野爛水と名乗る絵師のお話です。

 時代は江戸、花鎮めの祭の三日前に旅の絵師・爛水が櫛流村(くしながれむら)に現われてから起る様々な出来事。名主の美貌の娘ふゆとの祝言にいたるまで、その爛水をサタン(人の魂を奪う)という魔物だったのではないかといぶかる娘・かさね。

あとは手とって読んで下さい。

 

栗田出版移転vol.2

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2012年4月 4日

恒例の取次ぎ会社廻り・・・

花4月vol.1

花4月vol.2

 昨日とは打って変わって晴天。

 しかし、冬型の気圧配置の影響で風は冷たい。

 それでも、道々、いたるところで桜の開花は進んでいた。

 本日は、5月号の各取次ぎの搬入部数決めの交渉日。

 3月号の売れ行きの数字はほぼ固まっている。

 3月号は、現代俳句協会特集で、全国に散らばる会員の方々が買い求めて下さったのだろう。

 これまでになく、売上げ率、実売数とも高かった。皆さんにお礼申しあげます。

 

花4月vol.3

 5月号(4月25日発売予定)の特集は「鉄道で行く!初夏の名句めぐりの旅」、「小説になった俳人」、「魅惑の俳人・寺山修司」、佐高信の「甘口でコンニチハ!」は神田香織(講談師)、「おとなのエッセイ・再会」には、小池昌代、林義勝、馬場駿吉など。特別作品21句は藤木倶子・山﨑十生などなど・・・。

 編集長は明日から関西出張。

花4月vol.4

 

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2012年4月 3日

春の嵐に『悠悠自適入門』・・・

サルノコシカケ vol.1

 春の嵐で、わが社のビルが風に揺れている。

 もちろん地震でも揺れる。

 帰宅困難者になる前に、社員の何人かは早退して帰宅した(賢明・・・)。

 愚生は帰路に当たる中央線が早々と強風によって運転を停止してしまったので、

 もはや、このまま嵐の過ぎ去るのを待つしかない。

 ちょうど5月号の印刷所入稿時期と重なって、仕事は十分にある。

 編集長は昨日は会社に泊まって、本日ももはや帰宅困難、二日続けての社内泊になることは確実・・・。

 さて、先日、社に送られてきた山﨑十生氏の句集『悠悠自適入門』。

氏には、先般まで本誌の投句欄に選者をお願いしていた。「紫」主宰でもある。

選集を除いて第八句集というから、愚生とほぼ同年代の俳人としては立派過ぎる句業である。

跋文は「Xなるものへの献辞」と題して酒井佐忠氏の適切懇切な御文である。

 十生氏最近の句境の深まりを感じさせる一本である。

    水打って黙祷の一分間長し        十生

    水火(ひめ)始まづ剃髪をもってせむ

    哀号の雛月光に速さ増す

    行水をしながら川を下りけり

    求道とは迷う道なり花吹雪

    極上の余白としての望の月

    冷奴崩れむとして身を震ふ

    転げないやうに踏ん張ってゐたる露

    立雛はいつも捨て身の構へかな

    瓦礫には困ったような夕焼だ

    波の花にもそれぞれの影のあり

    黒髪も血潮なりけり春疾風

    

 ところで、不意に気づいたことは、次の句、

    かいつぶり息整えてC点へ

 が、章を変えて、26ページとさらに50ページに収められていることであった。

 これまでも様々な趣向を重ねてきた十生氏ならでは、何かのたくらみで2句を同じ句集に入れ込んだのかもしれないと思ったが、真実はいかがだろうか。あるいは、単純なミスだったのか・・・しばらく謎を楽しむことにした。  

 というのも、この句集の章立てもすべて神社になっているくらいだもの・・・

 一、二をあげれば氷川神社、秩父神社・・・・調神社。嗚呼・・・

サルノコシカケvol.2

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