2012年5月 1日

植田郁一句集『暁闇』・・・

植田句集vol.1

 金子兜太の序文は、『今日の俳句』(光文社・カッパブックス、昭和40年9月発行、290円)からの評文を掲載したと句集「あとがき」にあるが、それは、その本の90ページから91ページにかけてのものだ(小生もかつて、バイブルのようにしてこの本を読んだ。いまは表紙もなくなって、茶色く変色しているが)。

 植田郁一には振り仮名が付してあるが、その前段には、次のように記されたあとに、本句集の序文相当の評文があるのだ。煩をいとわず引用すると「かくて、昭和後期・敗戦後になると、題材の幅はさらに広がる。すべてが社会的な題材だが、それを、いくつかの型に分けて、その模様をスケッチしてみる」。

   沖の一船全長明確に僕の一票    植田郁一(うえだいくいち)

 植田郁一は昭和6年、茨城県日立市生まれ。昭和22年には植田万象子「いはらき」「萬象」で俳句をかきはじめ、24年には西村白雲郷「未完」創刊に参加し、終刊まで。それを引き継いだ稲葉直「未完現実」同人。阿部完市も同誌同人だった。昭和37年に「海程」に参加している。

安西篤の丁寧な跋文(-光を求めてー)によると、著者の境涯を抜きには著者の俳句を語ることはできないところもある、という。

   なにも撃たず無用の杖を振る青年

   暁闇農夫牛馬覚まさず田を覚ましに

   寒灯に棺ひとつが父の財産

   送る人無く父の棺が吹雪きへ発つ

   生まれて来なければよかった妹よ灯の虫よ

   鼬消えた家族も消えた判決に

 妻子とも離れ離れになった。

   氷柱太る一家離散の鳩小屋に

   ゴキブリに死んだふりまで教えらる

   学徒出陣撃たるるなと父撃つなと母

   戦えない子を征かせ寒夜に母残る

   蛍を見たら抱いて下さい母上

   沖縄忌のない沖縄はどこにもない

   兜太を与太と与太を兜太と秩父ばやし

   蛇曲がる私少し行ってから曲がる

3.11以後の作と思われるのは次の句だ。

   核の汚染は濁る氷河となり動かず

ともあれ、多くの俳句の友を見送ってきて、当然ながら本句集にも実に多くの追悼句が収められている。例えば、小生の思い出もある稲葉直には、

   震え堪えているカタクリを見ごろとは

 阿部完市には、

   在りしころ北陸道を雨水のころ

また、村松彩石、

  灯籠揺れ灯に抱かれては放たれては  

 ともあれ、著者80歳を過ぎての第一句集は「海程」50周年を記念すべき句集の一本にはちがいない。

蛮と花vol.1

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