2012年6月のブログ記事

2012年6月29日

鎌田保子句集『矢車草』・・・

鎌田保子句集『矢車草』

 句集名は次の句から、

     矢車草文学少女でありし頃       保子

 序文は大牧広氏。氏は「矢車草は透明感のある花弁を持っている。その透明感とかつて文学少女であった著者、よくわかる。矢車草はいよいよ著者にふさわしいと思うのである」と記し、また「明るい、やわらかい中に著者の凛とした姿勢がある」とも述べている。いずれにして愛弟子なのだ。

    早春の深川飯屋猫真白

 掲句の上五中七の措辞に疵はない。意表を突いているのは座五「猫真白」だろう。いくつかの猫の種類もあるのだろうが、真黒でもよくいないし、三毛の猫でもピントこない。白い猫でもまだ不足だろう。猫真白はわざと施した疵かも知れないが、それが、一句をよく立たせることになっている。佳吟である。

    一片の雲百万本の曼珠沙華

   老人の今も身を責め敗戦忌

   終戦日東京ローズの声流る

   羅を着て母に似し裾捌き

   立ち入らぬ筈の話も菜種梅雨

 こうした、句を傍に置いて、なお、夫を詠んだ句には、切なくもある。夫恋の側面を見逃せない句集でもある。

   新走り夫に供へてより吾も

   角火焚く夫に似てきし子の背中

   焼き茄子の腕上げしいま夫は亡く

   夫の背に草矢放ちて許しけり

   夫ありてこそのの浴衣と思ひける

   絨毯の焦げしは亡夫の座すところ

   夫逝きてよりは蛍の夜を避けし

   蛍火を追へば夫追ふ心地して

   菜飯供へ少し意地悪したる悔い

 菜飯の句は、前出の句、

   菜飯かと不満気な夫懐かしき

 に対応している句である。ご主人、菜飯はあまり好みでなかったのかも知れない。それでも、体に良いからと食べさせていたのだろう。ご主人は不満気だが、まんざらでもない男(夫)の顔が浮かぶ。

 生前と同じように、ぐずぐず言わないで、食べてね、と供えたのである(少し気が引けたのか)、ゴメンネと親しく語りかけている。

 作者は、静かだが、憤ることも忘れていない。

   まさに悪魔三月の地震黒津波

   肩触れて会釈もあらず駅寒し

 最後に、本句集にさまざまな趣向はあるものの、趣がある句、少し諧謔のある句を上げておきたい。

   葛湯吹く老女は淡い恋をせり

   春の雷あれはなかつたことにせむ

   雪女郎なら私もう融けてゐる

   転居して四日目兆す春愁

   水滴を出さるるトマトかな

 

6月中の花 芸大vol.6

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2012年6月28日

大道寺将司全句集『棺一基』・・・

6月中の花 芸大vol.7

 現在、本誌8月号(7月25日発売予定)は、印刷所入稿に向けて、第三コーナーを回って、ホームストレッチに差し掛かって、鞭が入っている状態だ。

 確定死刑囚・大道寺将司全句集『棺一基』を読む、という特集が中にある。

 圧巻は、辺見庸インタビューの中味だ。是非、多くの人に一読していただきたい。

 思えば、第一句集『友へ』(ぱる出版)が出たのは、2001(平成13)年だった。

 その時の序文は辺見庸、解説は齊藤愼爾だった。

 辺見庸は、その序の最後に『友へ』の表題は、辞世めくとして好まないと記し、

 「大道寺は生きて、生き抜いて、これから万もの俳句を詠みつづけなければならない。そうさせないものを。私は憎む」と書いている。

 解説の齊藤氏は俳人だけあって、大道寺将司の言葉に踏み込んでいる。例えば、次のように・・・。

  大道寺氏の記す「イヌフグリ」や「桜」はあのイヌフグリや桜ではない。花鳥諷詠派の湿った風土感  

 情によって愛される牧歌的風景にそよぐ草花ではない。いうならばそれは、「反風土的幻想」が創出 

 したオブジェのようなものとして存在する。

 また、

   存在自体が違法性としてあるような〈精神の違法性〉―私は自分の〈生〉と俳句をかく仮構し、自 

 立していこうとと考えている。唐突を承知で言えば、私が死刑制度に反対するのは死刑制度はこうし

 た人間の尊厳に対する侮蔑、無知を本質としているからである。人類史の最後の汚点である。

 とも記している。

   在日を生くる友あり雁来(きた)る         将司

   東京拘置所で永山則夫君ら二名の処刑があった朝

   夏深し魂消(たまぎ)る声の残りけり 

 第一句集から十余年、句境の深まりと、句の表現力ははるかに高まっている。

 全句集の序文で、辺見庸は「本書の上梓を望んだのは、正確に言えば、著者である大道寺将司ではない」「僭越にもわたしが勧めた」と記し、病舎に移された見舞に、大道寺将司ががん(多発性骨髄腫)を患い、痛みは尋常ではなく、一時は自力での歩行も困難になった、と述べたあと「もともと痩身の男が骨と皮だけになって、背骨もくの字になっていた」と記している。

    棺一基四顧(かんいっきしこ)茫々と霞けり

    紅(くれなゐ)のいとも愛(かな)しき枯木の芽

       病舎に移される

    草萌(くさもえ)や死の告知めく病舎入り

  3.11以後に詠まれた句もある。  

    原発に追はるる民や木下闇(こしたやみ)

    生者より死者に親しきゐのこづち 

 大道寺将司は、1948年釧路生まれ、東アジア反日武装戦線"狼"のメンバー、1974年三菱重工業本社ビル爆破事件により75年に逮捕され、1979年政治的活動家としては戦後初の死刑判決を言い渡された。確定死刑囚となったのは1987年。

現在、俳句作品は季刊俳誌「六曜(むよう)」(主宰・出口善子)に発表している。

    花影や死は工(たく)まれて訪るる

小金井街道の花6月vol.7

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2012年6月27日

芳林堂書店高田馬場店・・・

小金井街道の花6月vol.4

 昼、食事休憩のとき、高田馬場駅前の芳林堂書店に行った。

駅前立地で4階に別れている全フロアーを合わせると550坪の広さらしい。

いつもは、「俳句界」の発売日に偵察に行くのだが、今日まで延びてしまった。

定期刊行の雑誌の場合、発売2~3日から一週間で売れ行きの決着がつく感じだ。

昼休みで食事もしなければならないので、時間をとって店員氏に尋ねるわけもいかないが、

総合文芸誌の棚の各俳句雑誌の残り部数を確認した。

わが「俳句界」は一冊。「俳句」は2冊、「俳壇」一冊、「俳句四季」一冊という店頭在庫だった。

たぶん、わが社は一冊は売れているはずだ。「俳句」は3~4冊は売れている感じ。

来週はもう8月号の部数を決めに取り次ぎに行かなければならない。

8月号には別冊付録「方言俳句傑作選」が着く。

その表紙初案がデザイナーから来た。

小金井街道の花6月vol.5

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2012年6月26日

淵脇護『鶴の天』・・・

淵脇護『鶴の天』vol.1

 『鶴の天』は淵脇護氏の第4句集である。

 句集名は、「本集に鶴の句を多数収録したことと、辺見じゅんさんの忌日である『夕鶴忌』にあやかって」いるという。

 巻頭に師の角川源義の源義忌(10月27日)を置き、巻尾には、辺見じゅんの夕鶴忌(9月21日)を配している。

     源義忌海峡あをく鶴来る              護

     源義忌未(ま)だままならぬもどき芸

     父恋へば野の明るしよ夕鶴忌

    幾千のこゑ野に満てり夕鶴

 淵脇護氏は、源義死後、角川照子、角川春樹を師とし、結社「河」一筋に歩んでいる。特に「角川春樹『河』主宰には、若いときから、同志として、筆舌に尽くしがたい指導、助言をいただいてきた」(「あとがき」)と記している。 

    稲滓火(いなしび)を鶴遠巻きに夜が来る

    地下室へ闇なまぬるし虐殺忌

    虐殺忌メトロの出口5はどこか

    残る歯の四、五本で噛み敗戦忌

    はりつけもころびも島の朧なり

 一句目、「稲滓火」は、なかなかお眼にかかれない季語である。

 愚生は不勉強にしてはじめて知った。少し調べてみると、藁屑をもやす「いやしび」は長野県諏訪地方の方言と同じ言葉らしい。辞書にはないが、ただ、俳句には、いくつか例があって「稲屑火」(いなしび)と書いたり、掲出句のように「稲滓火」と書いたり表記も分かれている。

 「稲屑火(いなしび)の神代のごとく闇に燃ゆ」清水テツ(昭和38年「火燿」11月)、「稲屑火の煙り山這ふ犬の葬」田川速水(「河」・昭和57年1月)や「稲滓火や水のごとくに阿弥陀仏」角川春樹(『補陀落の径』・昭和59年)など、稲刈り脱穀などを終えて田のなかで、夕べに藁屑を燃やしている光景だろう。結社「河」ではよく使われた季語なのかもしれない。

 思えば、愚生が育った頃の農村の光景である。

次の「虐殺忌」も、世界の多くの虐殺のなかで、どの虐殺を表現しているのか、特に若者には忘れ去られている忌日ではないだろうか。だれあろう「蟹工船」を書いた小林多喜二が官憲に虐殺された2月20日である。

次の「敗戦忌」も「終戦日」と表記しないところに、著者の思いが込められているのである。「残る歯の四、五本で噛み」の措辞は痛切でる。

 それは、著者が「あとがき」に次のように記していることからも窺える俳句にむかう姿勢を彷彿とさせるのである。

  俳句は結局「何をどう詠むか」にかかっている。何を詠むか、それは日本古来の自然と人間のなかに存在する「いのち」と「たましひ」だ。

そうした中でも、私の好みの句をいくつか上げたい。

    生涯を目鼻もらへず紙雛

       実母と継母二人

   ほうほたる三人のどの母もなし

 最期にあげたいのは、美しき日本の風景も生活も奪われてしまった嘆きの深い句である。

   星まつり被曝疎開の子らいづこ 

小金井街道の花6月vol.6

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2012年6月25日

菅原孤秋『絆』・・・

菅原孤秋『絆』vol.1

  祈るかたちに手をにぎりおり花の冷え    孤秋

「恩師・巽巨詠子倒れる 二句」の前書をもつうちの一句である。

病床の師の手を両手で握る。まさにそれは合掌の形であり、文字通り祈るかたちである。

佐藤鬼房の句集『潮海』に巽巨詠子を詠んだ句がある。

    ゴム長のかの風狂よ羽後とんぼ      鬼房

 羽後とは一部が山形にかかるが大部分が今の秋田県のことだ。鬼房の熱い友情が感じられる句だ。

 その巽巨詠子が、著者・菅原孤秋の師である。

 昭和23年16歳のときに、その師より俳句のてほどきをうけた。著者略歴によると、昭和21年に下浜郵便局に就職とあるから、14歳のときにはすでに就職されていたのだ。

 職場で俳句を続けてこられたことも分る。

 それ以来倦まずに仕事をされ、同時に俳句を作り続けられて来られたこともうかがえる。

 退職後は秋田刑務所の受刑者に俳句の指導をしておられる。

 「あとがき」で「見たこと、感じたことをその日その日の日記がわりに書きつづけた結果」と謙遜しておられるが、その淡淡とした書きぶりは、鬼房に「かの風狂よ」と言われた師風なのかも知れない。

 谷口亜岐夫氏が懇切に序をしたためて、なかでも父、母、妻を詠んだ作品が多いことも特性と記されているが、それらは、著者の愛情のなせる業だと理解できる。

     降る雪や父の語尾より昏き沖

     かまくらやいつも濡れ手の母がいる

     母が逝きうさぎの目より赤い月

     妻というおんなを待てりおぼろな夜

     母が歩いた後ろもっとも暖かい

     春愁や言葉をもたぬ妻といる

  父も母もとりわけ妻は、著者の心中に今もありありと生きている。

 最期に小生の好きないくつかの句を上げよう。

     墓標の雪払いなにから語ろうか

     咲くために昇る花火や誰か死に

     立春の水もち上げて顔洗う

     土下座して蟇がいるなり敗戦日

     敬老日軍歴のない俺にもくる

     履歴書に空欄があり敗戦日

     別れからはじまる余生春の暮

紫陽花↓

小金井街道の花6月vol.2

ところで、本日は、7月号の発売日である。

特集は戦火想望俳句ならぬ震災想望俳句。

よろしくお願いします。

 

銀梅花↓

小金井街道の花6月vol.3

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2012年6月22日

佐久間慧子『夜の歌』・・・

夜の歌vol.2

 佐久間慧子氏といえば、かつて森田峠氏が、「カトリックの信仰に根ざした生活俳句に特色がある」と記してあったことを思い出す。

    聖母月わが天職に皿洗ひ      慧子

 第一句集の名も『聖五月』だ。第二句集『無伴奏』で、第10回俳人協会新人賞を受賞している。衆知のように青畝「かつらぎ」門である。句の方向性は、一貫して変わっていない。従って、本句集も信仰生活をうかがわせる句が多い。

    野の草を活けもす聖霊降臨祭(ペンテコステ)かな 

    ハライソは如何な国なる春夕焼

    夜の新樹われを赦せる聖母立つ

    大天使ガブリエルかも冬の星

    花下の碑はピリピ三章二十節

 門外漢の愚生には、よく分らないところもあるが、「ピリピ三章二十節」は、神の存在、神によってすべてが有ることを示し、人間は神によって造られ、神のかたちに似せて造られた特別な存在であり、心の満足はまさに神に依らなければ自分で自分を満たすことはできない。逆に、不自由なことがあったり、逆境の中にあっても、神によって私たちは満ち足りた生き方ができる、ということが記してあるらしい。

逆境とは、夫君の死去もその一つと言えなくもない。その意味で次の句は印象深い。

    遺りしはステッキなりし人の秋

        夫逝く

    イエスにも似たる主治医や九月尽

 句集名の由来は次の句からであろうか。

    寒き日や誰ぞうたへる夜の歌

 句集 「あとがき」には「照る日、昃る日の歳月の中で俳句と共に歩いてきました。話し相手が欲しいときは、レコードを聴いて元気をもらいました」とあるから、さしずめ「夜の歌」はマーラーかも知れない。愚生なら若き日の「夜のガスパール」というところか?

 慧子氏のこうした心境ゆえか、音楽に関わっている句もかなり詠まれている。

    夏蝶にハチャトリアンの楽の欲し

    彼岸僧バッハが好きと言ひにけり

    人に逢ふごとく聴く楽冬の夜

    猫抱いて踊るタンゴや春の宵

次の句は、神の言葉のしずくとも思える佳吟。

    御空よりまた一しづく滝凍つる

季節は異なるが、かの「美しき天然」の調べ、

    ♪ 空に囀る 鳥の声

      嶺より落つる 滝の音

      大波小波 とうとうと

      響きたえせぬ 波の音

 のフレーズを思い起こした。    

 最期に、さりげないユーモアが隠されている趣のある句を上げておきたい。

    へうたんの尻ひんやりと垂れにけり

    蚕豆もわれもおたふく顔なりし

雨の子どもvol.1

雨の子どもvol.2

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2012年6月21日

「7月号」出来、取次ぎ搬入・・・

7月号表紙

 本誌7月号が出来てきた。午前中に、各取次ぎ会社に搬入が終わっているはずで、25日(月)には全国書店店頭に並ぶ予定である。

 特集は「震災想望俳句の是非」、タイトルからして、かつての戦火想望俳句を下敷きにしていることはみてとれる。

 文芸としての表現の自由の問題と倫理観との混交、すでに理論的には決着が着いていそうな問題だが、必ずと言ってよいほど繰り返される問いがそこにある。とりわけ、3.11以後の社会は、原発事故を含めて、その根底から今後の在り様を問われている。であればこそ、どのように対処するかは別にして、自らが

問い続けるべき課題として存在していよう。

 その他の特集では、夏休み「こども俳句の大競詠」。

 好評の「おとなのエッセイ」は「さようなら」。津本陽、町田康、篠田正浩、楊逸、小島一慶、西部邁の各氏。

 魅惑の俳人は中村汀女ー小川濤美子インタビューに村上護氏。

 小特集「楸邨追慕」。山本健吉文学賞速報(来月号で選考経過を含め詳細発表)。

 佐高信の甘口でコンニチハ!は染色家の吉岡幸雄。俳句界NOWは深見けん二。

 セレクション結社は「岳」。私の一冊は豊田都峰。さらに大正100年企画知られざる黄金の大正俳句第3弾(全3回最終)。

 その他、好評の連載大牧広「俳句・その地平」、山本安見子「ふたりの母」、坂口昌弘「平成の好敵手」、

今井聖「小説・受験巡礼」、矢島康吉「筝漏亭日常」。

 充実の投句コーナー(9月号からは、秀作、佳作の選が増える)。

 第14回俳句界評論賞佳作は水之森果林「芥川龍之介の『死』と『風狂』について」全文掲載。

 などなど、乞うご期待!

6月中の花 芸大vol.1

 今日の編集長は、9月号魅惑の俳人・百合山羽公に関するインタビューを鈴木裕之氏に静岡出張・・・

6月中の花 芸大vol.2

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2012年6月20日

澤井洋子『白鳥』・・・

白鳥vol.1

 句集名は、澤井我来の序句(句集には色紙の写真入り)、と洋子氏の句、

    白鳥の翼の内は熱からん        我来

    白鳥の旋回の視野吾のゐて       洋子

から、名付けられている。我来の句、白鳥の翼の内が熱いとは、秘めたるものの心魂の熱さであり、想像力のなせる伝説的な白鳥でもあり、すでに具体としての白鳥を超えた白鳥となっている。そこではヤマトタケルの白鳥では理に落ちて野暮というものであろう。ほかにも我来には、「白鳥のひそめるごとし初日記」という句もある。が、こちらは、初日記への意外と端的な感懐である。

 ともあれ、掲句はその熱き志のなかに、包まれている吾(洋子)がいるということであろう。自ずと父を詠んだ句が多くなるのもムベなるかなというところ。いずれも捨てがたい。

   父よりの良夜の電話短かり        洋子

   父看取る夜霧の奥の冬灯

      我来白寿祝賀

   はたた神父の肋骨一つ減り

   声太く父のよこせし初電話

   百歳の父を寿ぎ年明くる

   父がくれし一本の杖山笑ふ

      父百三歳なれば

   長寿番付横綱の父敬老日

   断片の父やさしかり零余子飯

     七月十三日  

   祇園祭父の柩の通り過ぐ

   亡父の杖にわが名と住所秋の暮

我来氏は105歳の天寿をまっとうされた。 

とはいえ、洋子氏の真骨頂はほかのところにある。例えば、

   白露の無数の光畏れけり

   さるすべり落葉つくして人めきぬ

   沙羅落花刹那の音を胸ぬちに

   振り向けば島影なべて霧の中

 いずれの句も下五の断定に、一句全体をを飛躍させるファクターを打ち込んでいよう。

 そのほか、句中の「大」の用法は、句柄を大きくすると同時に、そこに作者の世界観が表出されているように思われる。

   大白鳥浮雲となりふり向かず

   吾に向き大向日葵の枯れはじむ

   大蛇首に女の胸の豊かなり

   枯れきつて大向日葵と思はれず

   働く手ばかりかざしぬ大火鉢

 最期に小生の好みの句をいくつか上げさせていただきたい。

   恍惚と人嘆きをり涅槃像

   地震九年鎮魂の雪降りしきる

   女兵士の遺影一葉敗戦忌

   古書店に挟まれてゐる寒紅屋

   鴨百羽ゐて逆行の鴨一羽

  いずれも佳吟にちがいない。  

まいづる草↓(読者より)

まいづる草.JPG

6月白夾竹桃・栗の花ほかvol.5

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2012年6月19日

台風接近?・・・・

6月中の花 芸大vol.3

 外は雨風が強くなっている。

 編集長は明日、9月号のセレクション結社「草笛」(代表・太田土男)の撮影に出かけなければならないが、台風直撃となれば、延期するしかないので、一刻も早く、台風が逸れてくれるのを願っているという様だ。

「草笛」は岩手を中心とした超結社誌、平成23年に創刊60周年を迎えた。

    アテルイを総大将に稲ぼっち           土男

 明後日は、同じく9月号の魅惑の俳人・百合山羽公に関してのインタビューを鈴木裕之氏(「海坂」共同主宰)にするために静岡に行く予定になっている。羽公は、浜松生まれ、24歳にしてホトトギスの巻頭。秋桜子と行を共にし、馬酔木に拠った。昭和21年「あやめ」を創刊し、25年「海坂(うなさか)」と改題し、20年来の友人であった相生垣瓜人と共同主宰となった。

     白鳥のごときダンサー火事を見て        羽公

     梅漬けて余りし塩も青々し 

 

6月白夾竹桃・栗の花ほかvol.6

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2012年6月18日

小浜史都女『管玉』・・・

春りんどう↓(読者より)

春りんどう.JPG  

  副葬の管玉青しも虎落笛      史都女(しづじょ)

 この句の「管玉」は吉野ヶ里遺跡の副葬品のこと。

 著者「あとがき」に「二千年を越えてもなお、色褪せることのなき藍色の美しさ、磨けばもっと光るであろう」と記しているが、この思いは自身への激励ともとれる。

 また跋の伊藤通明氏は、謙遜まじりに「私には、史都女さんほどの写生力はない」とも記している。

 その史都女氏は、西本一都門であり、通明氏の師・安住敦の親しい友人であったというから、平成十八年に「白桃」(伊藤通明主宰)に入会したのも浅からぬ縁ゆえなのかも知れない。

   馬鈴薯にむらさきの芽や春の地震

      母危篤

    眼で聞きて眼で応へゐる寒さかな

   花の闇その先もまた花の闇

   大根の穴大根より多かりし

   島閉ぢるかに冬耕の終りたる

   日ごと減りどつと減る春の鴨

   鬼打豆あてがはれたりそれを撒く

   酒の銘は「鍋島」蔵に木の芽張る

 本句集『管玉』は、著者の「『壺の口』『菊芽挿す』に続く第三句集であり、平成十七年から二十四年春までの作品を収めたもの」という。従って、「三月十一日」の前書を付した次揚句も収められている。

   蝙蝠の逃げ込んできし春の地震

 

 史都女氏を中心にして進められている吉野ヶ里全国俳句大会は、佐賀県最大の俳句大会になっているとのことである。

   小浜なる史都の女(むすめ)の管玉よ       恒行

 

時計草↓

6月中の花 芸大vol.4

時計草の実↓

6月中の花 芸大vol.5

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2012年6月15日

企画会議・・・

6月の花 国立博物館vol.3

 昨日、本日と連日の企画会議。

 8月号の内容、進行の確認と10月号の案・・・

 社長からの意見、さらに、われれれスタッフの意見などを集約し、編集長が最終案にして、社長のゴーサインまで漕ぎつける。

 勿論、原稿依頼以後もあれこれと修正が加わる。

 いずれにしても、すぐに次の号に取り掛かるという繰り返しだ(月刊誌だものね)。

 まだまだ、先の話だが、来年4月30日に新宿・京王プラザホテルで、山本健吉賞の贈賞式、小社創立10周年の祝賀会などを行うことがほぼ決った(予定)。

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6月の花 国立博物館vol.4

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2012年6月13日

7月号校了・・・・

6月の花 国立博物館vol.1

 本日午前中に7月号が校了になった。順調にゆけば、発売(6月25日)を待つばかりだ。

 今日の編集部・林編集長は朝から直行で、現代俳句協会横浜支部の句会に取材に出かけている。

 外は梅雨の晴れ間というところだが、気温は高くなく、過ごしやすい感じだ。

唯一者vol.1

 ところで、京大俳句会の大月健氏から、彼が編集・発行している「唯一者」第12号というのが、編集長と小生宛に送られてきた。

 彼は辻潤の研究家でもあるが、「京大俳句」の復刊を目指して開始された京大俳句会の句会も,

すでに4年目に入っているという。

 この句会の成果とおもわれるが、中に俳句作品も掲載されている。清水光雄「原発の俳景」、中島夜汽車「春力士」から・・・

    E=mc2(ちいさい2です)の方程式を恨む鮎          光雄

    原発をののしる声や茸狩

    セシウムの薪燃やさぬ大文字

    加茂川を春のピアノが流れをる              夜汽車

    梅ヶ香に美(は)しき力士の訛かな

    むらさきの山口小夜子しぐれせり

 ともあれ、「唯一者」本号の目玉は、『尾形亀之助全集』未収録詩「三月」と散文の掲載。さらに「『社会貢献』とファシズム」と題して、京大北部祭典で行われた池田浩士氏の講演記録である。ボランティア活動が、ファシズムを呼び込んだ歴史について語り、冷静な警鐘を発している。

 当の大月氏は毎月の句会のための3句がやっとだと便りされているが、愚生は、もっと怠惰で、2ヶ月に一度の豈句会の3句しか作らず、もっぱら、俳句を作らない俳人、いや俳句を作れない廃人・・と言われて久しい。

一念発起して一日一句でもめざそうか・・・・嗚呼。

茱萸↓

6月の花 国立博物館vol.2

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2012年6月12日

福田洽子『星の指輪』・・・

星の指輪vol.1

『星の指輪』は父恋、母恋、夫恋の句集である。

それは、著者が「あとがき」で少し触れていることだが、軍属だった父、それゆえであろうか、戦後に困難な生活を余儀なくされ、「転々とした私には故郷といえるものはありません」と呟かせる。

それでも、父と母は著者を含めた家族とその平安のために働き続けられた。

句集後半には夫を亡くされ、

    春愁やわが従順は夫のため      洽子

    夫のこと彼などと言ひ春酒場

    どこからも夫見ゆる家春障子

などの夫との幸せな時間を、共に過ごされていたと思われる睦まじい句から、一変して、

   夫逝きて地上は暗し松の内

   夫逝きて巣箱あらざる家を継ぐ

   夫逝きて決断ばかり冬至風呂

の句が眼前に現われると、一瞬、息を呑み込む。人生無常とはいえ、切ないものがある。それでも、

    父と夫の瞬き違ふ冬銀河 

の句にたどり着くと、書名の「星の指輪」のあり様が、父と夫の星の舜きに思いを託されていることを感触として感じることができる。 

 また、さすがに大牧広死の「港」で学ばれただけあって、社会的な眼差しを感じさせる句も多く収載されている。いくつかを紹介すると、

    原発悪に迂闊でありし夏あざみ

    脱穀の音や不戦を決めし国

    母の日や戦忌む母ふえて欲し

    軍隊を思はすコート遠ざけし

    子等の出兵ふと恐れたり礒祭

いずれの句も、今、住んでいる国自身が問われている問題ばかりだ。

ともあれ、巻頭の句、

    舌打ちのやうに歌いぬ揚雲雀

いかにも、そのように思われるが、一句が「舌打ちのやうに」の措辞で、全体が比喩的にも読め、いささか深読みを誘われる。秀句たるゆえんだろう。

6月の花vol.1

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2012年6月11日

「風花」60周年・小川濤美子米寿お祝い・・・・

小川濤美子米寿お祝いvol.1

 昨日、6月10日(日)、ホテルオークラ別館・アスコットホールで、「風花」60周年・小川濤美子主宰米寿のお祝いの会が行われた。

 来賓の祝辞は、俳人協会のゴルフの仲間(芭蕉会)とおっしゃる三田きえ子氏に続いて、高橋悦男氏、乾杯の音頭は柚口満氏。乾杯のシャンペンはホテルソムリエによるお祝いのシャンペンピラミッド(下写真)に注がれたシャンペンが配られた。

小川濤美子米寿お祝いvol.2

 小生のテーブルの左隣には小川晴子副主宰、右隣には俳句文学館の吉野洋子氏、また、久米正雄記念館名誉館長の久米和子氏、さらに酒井佐忠氏もおられ た。

 実は、小生は2ヶ月前に中村汀女に関して、小川濤美子氏ご自宅でインタビューをしたのが初対面で、今日が2度目であったが、実に気さくに話しかけていただいて、恐縮、さらに、一言挨拶せよと言われて、皆さんのようにはうまくしゃべれないし、打座即刻とことわって、例のごとく、名前を詠み込んだ一句を奉げた。

     はつ夏の波美しき小川かな      恒行

 会のお礼の挨拶で、濤美子主宰はわざわざ本誌7月号(6月25日発売予定)に、インタビューはよくまとまっているから、買って上げて下さいね、と宣伝までしていただいた。

 汀女の「風花」は、今、小川濤美子の「風花」に、さらにその娘の小川晴子の「風花」になり、新生しつつ受け継がれていくだろう。

小川濤美子米寿お祝いvol.3

6月の花vol.2

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2012年6月 9日

第9回「みなづき賞」ドナルドキーン氏・・・

件 ラベンダーvol.1

 6月8日(金)、山の上ホテル別館2Fにおいて、件(くだん)の会による第9回みなづき賞の贈賞式が行われた。受賞したのははドナルド・キーン氏、『ドナルド・キーン著作集第1巻 日本の文学』(新潮社)に対して。正賞は辻村史朗作品(般若心経の書軸)と副賞40万円。細谷喨々氏の実家のある山形から届いたサクランボの枝、氏は今年年末に聖路加国際病院を退職される前に、小児がんで亡くなった子どもたちの位牌を背に、四国八十八箇所の巡礼を満願されたとのことであった。黒田杏子氏もまた、現地で句会を開きながら西国、坂東、秩父百観音・四国八十八箇所の巡礼を20年の歳月をかけて満願されたということであった。

 受賞のキーン氏は新聞紙上などでご存知とおもうが、3.11以後に日本に帰化された。

 雅号は「鬼怒鳴門(キーン・ドナルド)」。三島由紀夫に「鬼院さま」と書かれたキーン氏は、「魅死魔幽鬼夫さま」と返したという。

 キーン氏は、「(被災者に)意識的に勇気を与えようとしたのではありません」「第二次大戦末期、上野駅で静かに順番を待つ人々をみて高見順が、この人たちと一緒に生きたい、一緒に死にたい、と日記に書いた。わたしも大震災で、同じ気持になった、私の心はすでに日本人です」と述べた。

 また、キーン氏は90歳、祝辞を述べた金子兜太氏よりわずかに年下、それをもって兜太氏はそれが私の自慢だと言って会場を沸かせた。

 件の会のメンバーは榎本好宏、櫂未知子、黒田杏子、西村和子、仁平勝、橋本榮治、星野高士、細谷喨々、山下知津子、横澤放川、今回は欠席の石田郷子各氏。

 星野高士氏は、第1回星野立子賞・星野立子新人賞を創設され、会場立ち話の折りに、本誌に次号1ぺージ広告の申し込みをいただいた。

件 ラベンダーvol.2

 

 会の途中ではあったが、隣に居られたふらんす堂山岡女史から、眞鍋呉夫氏の逝去の報がもたらされた。

 にわかには信じられなかった。というのも一ヶ月前くらいに眞鍋氏から『天馬漂泊』(幻戯書房)を恵まれたばかりだった。誤飲性肺炎とのことだった。いずれ偲ぶ会があるとのことであった。

 『天馬漂泊』は檀一雄生誕100年記念出版ということで、真鍋氏が加筆訂正を施して「文学界」(昭和54年5月)、「別冊文芸春秋」(昭和56年)、「群像」平成8年)の檀一雄、五味康祐などが描かれた小説。

 発行日は、本年、檀一雄の誕生日2月3日になっていた。

 ラベンダーに蝶↓

件 ラベンダーvol.3

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2012年6月 7日

国見敏子『幕間』・・・・

国見敏子『幕間』vol.1

 句集名は、次の句からのもの。

    幕間(まくあい)の昂りに似て末黒野は       敏子

 寡聞にして事実は不明だが、役者であるらしい?著者は、舞台の幕と幕の間に、独特な昂りが訪れることを経験されているのだろう。

 次の幕が上がるまでの、余人には、うかがいしれない心情だと思う。

 それが、春の野の草木を焼いたのちの黒々とした野に表徴されている。

 宮坂静生氏の懇切な序文によると、第一句集を『序幕』といい、その後23年間の句が、第二句集『幕間』に収録されているという。

 著者「あとがき」では終幕かも知れないと謙遜しておられるが、そう名付けられなかったところをみると、まだまだ、幕間に過ぎず、昂りをもって、第2幕以後も演じきろうとなさっているようである。 

 父恋母恋そして夫、すでに故人となられ、かつ幼少にして父を戦争で失い、母も著者が長じてまもなくの他界されたようで、およそ「青春はがむしやら雪の深轍」のように生き、そして、実に多くの句が、それらの死者のもとに奉げられているようにさえ思える句群である。

      十二月八日すなはち父の忌ぞ

 父の忌は第二次大戦の開戦日(昭和16年)だというのには、著者の無念と戦争批判が込められている。戦死公報による死は昭和19年10月29日、南太平洋ブカ島。著者は、まだ三歳で、父の思い出はない。

    青柿や父に習ひしなにもなく

    死して母はじめて化粧ふ天の川

    ぶらんこを蹴り父きらひ母きらひ

 上の句は恋するがゆえの「きらひ」である。

    雑炊がうまし戦は知らざりき

 戦火の野は、またしても末黒野、

    末黒野に立つやコソボは戦の火

 十二月八日にはほかの句もある。

    からつぽの野に立つ十二月八日

    十二月八日京菓子のがんぜなや

    十二月八日未明のファクシミリ

 同じ日だが、こちらはジョン・レノン忌、句集掉尾を飾る、

     水の上に鳥立ち上がるレノンの忌   

 最期に小生好みの句を上げておきたい。集中の第一は、

     祭なるくらがり売りの儚物(はかなもの)

 に指を屈する。次の句は涙ぐましい。

    誰も和さずわが青春の労働歌  

 そして、

    枯野行き電車よはじめから枯野

    引導を受くるは生者青嵐

    稗抜くや吾が為に泣く暇(いとま)なく

    ぼろぼろにならねば死ねず青嵐

    死ぬ前もかく冷たかり未草

 確かに宮坂静生氏の記されたように根底には「覚めた女性のさみしさやかなしみ」が・・・。

  読者の方から水芭蕉↓

水芭蕉.JPG

 閑話休題・・・

 昨日、レイ・ブラッドベリが91歳で亡くなったと新聞記事が出ていた。

 まつわる思い出は攝津幸彦の未完にして未刊句集「451句」である。

 攝津はブラッドベリのSF小説『華氏451』に想を得て、句集名も『451句』として、生前に予定していた。

 何よりも華氏451度というのは紙(つまり本)が燃え出す温度だそうである。

 その未刊となった「451句」から、

     地球二個ありて一個の蚯蚓鳴く      幸彦

     大砲も撃てざる君へ定家の忌

     蝉時雨もはや戦前かも知れぬ

     チウと泣く嫁が君とか君が嫁とか

     春ショール春の波止場に来て帰る

     生涯に使はぬ言葉茂りあふ

     芋煮たの秋刀魚焼いたの人死ぬの

     靖国の桜の上に暴るるもの

     糸電話古人の秋につながりぬ

ナデシコ↓

6月白夾竹桃・栗の花ほかvol.4

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2012年6月 6日

丸善御茶ノ水店・・・・

松の花 丸善御茶ノ水vol.1

 本日は取り次ぎ回り、部決交渉2日目。

 日販御茶ノ水を出たのが11時20分。これでは、先般、都心の九段下に引っ越してきた栗田出版販売といえども間に合わない(午前の部は11時半までが受付)。

 越して来る前までは小豆沢公園近くにあったので、どんなにスムーズに日販が終わっても11時半までに栗田出版にたどり着くのは無理だった。で、午後の開始13時までは、昼食を兼ねての移動時間に費やしていた。

 従って、移動に少しばかり余裕ができたので、丸善御茶ノ水店を覗いた。棚には写真のように「俳句界」6月号が面陳列にしてあるので、気分を良くして、名刺とチラシを渡して、少し営業でもしようかと思い、カウンターに「お忙しいところ恐縮ですが、雑誌担当者の方をお願いします」とたずねたら、「あいにく、昼の休憩に出たばかりです」ということで、仕方なく名刺とチラシを渡して下さいとお願いして店を出た。

 いつもは、丸善御茶ノ水店は、フリーマーケットのように、お店の前で雑貨などが売られているのだが、今日はまだ小雨が降っていて何も置かれていなかった(従って、太陽を金星が横切るのも全く見えない)。

 今日の編集部は、林編集長、三東とも体調思わしくなく自宅作業。松本は佐高信甘口でコンニチハ!はゲスト雨宮処凛の取材で出かけている。

下の写真は読者から送られてきた蕗の花。

__蕗の花.JPG

 松の花 丸善御茶ノ水vol.2

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2012年6月 5日

石原明『ハイド氏の庭』・・・・

ハイド氏の庭vol.1

 書名は、著者「あとがき」によると、

「昼間何処にでもいるようなサラリーマンの生活を送ってきた私をジキル博士に、夜居酒屋の片隅で俳句を作ってきた私をハイド氏に例えてみました」とあるから、ということと句集の各章立てが春夏秋冬、新年、季節なきの各庭からの命名だと、素直にそれに従いたいが、

集中、次の一句あたりは、著者の在り様を象徴的に表しているのではないかと思う。

     ハイド氏の肌荒れだしてイヌサフラン      

 昼間はみんなの尊敬を一身にあつめるサラリーマン・ジキル博士ならぬ石原明博士も、よるには、薬(酒)を飲んで残虐非道の醜い容貌のハイド氏(序文の花森こま女史命名のA.I氏?)に変貌する。彼の肌荒れがすすむと、イヌサフランだ咲いているのが目に入る。

イヌサフランの花言葉はあろうことか「懐かしい青春」あるいは「裸のあなた」「悔いなき青春」である。嗚呼!

かの吉岡実の「サフラン摘み」のサフランとはまったく種類の違う花だそうだ。アヤメ科サフラン、ユリ科のイヌサフラン。イヌが冠せられただけで、まったくちがう趣の花である。

それでも、共通しているテーマはある、少年(少年性)・・・。

     でたらめに土筆芽を出す男の子

     少年は汗からろくでなしとなり

     サフランや少年姉を持たざりき

     少年は耳から 芙蓉となりにけり

     少年は貌より孵化を始めけり

 ともあれ、小生好みの句をいくつか掲げておこう。

     戦には不向きな軍手松手入

     元旦や青空すでに傷のあり

     菜の花や明日より近き亡びかな

     乳飲みて哺乳類みな春眠す

     死んだのと浮いて知らせる金魚かな

     若菜摘むすめらみことはあらざれど

 栗の花↓

6月白夾竹桃・栗の花ほかvol.2

 今日の編集部の編集長は、星野光二氏のグラビア撮影に体調不十分スタッフ三東に替わって、急遽エースのリリーフ登板とあいなった。

 愚生は、朝から7月号の部数決めに取り次ぎ会社へ・・・     

 山法師↓

6月白夾竹桃・栗の花ほかvol.3

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2012年6月 4日

四ッ谷龍氏インタビュー

四ッ谷龍インタビューvol.1

 6月2日(土)、本誌8月号(7月25日発売予定)の魅惑の俳人・永田耕衣について四ッ谷龍氏にインタビューをした。

四ッ谷氏は若い自分から永田耕衣と親交があり、彼が転勤で神戸在住の折は、句会など、様々な場面で田荷軒・耕衣翁に親炙しておられる。

短い時間ではあったが、興味のあるお話がうかがえた。

是非8月号を手にとって読んでいただきたい。

四ッ谷氏は、本誌第3回北斗賞の選考委員でもあり、田中裕明賞の選考委員を務めておられる。

独自の視点がいつも光っている俳人だ。

先年上梓された句集『大いなる項目』には、「田中裕明と根津で作った句」というのも収められている。

    根津の裏道物影の淡々(あわあわ)と        龍

    白樫の射す日にこぼす落葉かな

    大学は無人衝羽根空木咲く

 また、「田中裕明の訃報」には、

    はばたきは雪後の空にとどまりぬ

 「悼・藤田湘子先生」では、

    師と弟子と相肖ざれども春灯

 さらに、

    亡き妻の名が口に出てすいかずら

 亡き妻とは冬野虹氏のことである。突然死だった。今年は没後10年、冬野虹論のために、四ッ谷氏は休筆宣言をされたそうである。

 二人で出されていた文芸二人誌「むしめがね」(不定期刊)は今、四ッ谷氏が一人で出されている。

    春庭(はるにわ)の汝(な)に掃き寄する空の青    虹

    庭の雪きのふは居りぬ空の青

下の写真はユリの木の花。

四ッ谷龍インタビューvol.2

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2012年6月 2日

Books Hanako・・・・

ブックスハナコvol.1

ブックスハナコvol.2

 花小金井駅近くのBooks Hanakoに偶然立ち寄った。

「俳句界」6月号が2冊置いてあったので、

小生は勤務時間外休日であるにもかかわらず、名刺とチラシを渡して挨拶をした。

お相手していただいたのは若い女性で清島英理さんという(たぶん店長さんだと思う)。

ただ、いただいた名刺には「ブックセンター 滝山グループ」とあるだけで肩書きはなかった。

丁寧に対応していただいて、角川「俳句」同様、一冊は買ってくださるお客様がおいでになるらしい。

有り難いことである。今後ともよろしくお願いしますと、店をあとにした。

この店に入ったのは、小生が昔から通っている歯医者が花小金井の駅前にあるからだ。

土日も診療日になっているので、再びここに来ることになったが、予約時間より少し早めに着いたので、

近くにあった本屋に入った、というただそれだけのことだが、何処にいっても、常に「俳句界」の店頭在庫を確かめているというけなげな社員の鏡?のような小生なのだ。

 

花と天道虫vol.4

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2012年6月 1日

第3回北斗賞締め切る・・・・

花と天道虫vol.2

 第3回北斗賞を5月31日(消印有効)で締め切った。現在のところ昨年より、少し少ないが21編が届いている。

今回の選考委員は稲畑廣太郎・四ッ谷龍・津川絵理子各氏。

これを、それぞれ文字入力して、無記名での選考を行っていただくことになっている。

第1回川越歌澄氏は小社、「この本この一句」コーナーでもしなやかな筆捌きで評文を書いていただいているし、

第2回の堀本裕樹氏は、句を加えて立派な句集にして刊行したいということで、本年夏には別仕様の句集として刊行される予定である。

さて、今日の編集部は7月号の印刷所への第一弾入稿日である。

来週は、早くも愚生は各取次ぎとの仕入れ部数交渉が始まる。

20120601140144茅野輪.jpg

花と天道虫vol.3

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