2012年6月22日

佐久間慧子『夜の歌』・・・

夜の歌vol.2

 佐久間慧子氏といえば、かつて森田峠氏が、「カトリックの信仰に根ざした生活俳句に特色がある」と記してあったことを思い出す。

    聖母月わが天職に皿洗ひ      慧子

 第一句集の名も『聖五月』だ。第二句集『無伴奏』で、第10回俳人協会新人賞を受賞している。衆知のように青畝「かつらぎ」門である。句の方向性は、一貫して変わっていない。従って、本句集も信仰生活をうかがわせる句が多い。

    野の草を活けもす聖霊降臨祭(ペンテコステ)かな 

    ハライソは如何な国なる春夕焼

    夜の新樹われを赦せる聖母立つ

    大天使ガブリエルかも冬の星

    花下の碑はピリピ三章二十節

 門外漢の愚生には、よく分らないところもあるが、「ピリピ三章二十節」は、神の存在、神によってすべてが有ることを示し、人間は神によって造られ、神のかたちに似せて造られた特別な存在であり、心の満足はまさに神に依らなければ自分で自分を満たすことはできない。逆に、不自由なことがあったり、逆境の中にあっても、神によって私たちは満ち足りた生き方ができる、ということが記してあるらしい。

逆境とは、夫君の死去もその一つと言えなくもない。その意味で次の句は印象深い。

    遺りしはステッキなりし人の秋

        夫逝く

    イエスにも似たる主治医や九月尽

 句集名の由来は次の句からであろうか。

    寒き日や誰ぞうたへる夜の歌

 句集 「あとがき」には「照る日、昃る日の歳月の中で俳句と共に歩いてきました。話し相手が欲しいときは、レコードを聴いて元気をもらいました」とあるから、さしずめ「夜の歌」はマーラーかも知れない。愚生なら若き日の「夜のガスパール」というところか?

 慧子氏のこうした心境ゆえか、音楽に関わっている句もかなり詠まれている。

    夏蝶にハチャトリアンの楽の欲し

    彼岸僧バッハが好きと言ひにけり

    人に逢ふごとく聴く楽冬の夜

    猫抱いて踊るタンゴや春の宵

次の句は、神の言葉のしずくとも思える佳吟。

    御空よりまた一しづく滝凍つる

季節は異なるが、かの「美しき天然」の調べ、

    ♪ 空に囀る 鳥の声

      嶺より落つる 滝の音

      大波小波 とうとうと

      響きたえせぬ 波の音

 のフレーズを思い起こした。    

 最期に、さりげないユーモアが隠されている趣のある句を上げておきたい。

    へうたんの尻ひんやりと垂れにけり

    蚕豆もわれもおたふく顔なりし

雨の子どもvol.1

雨の子どもvol.2

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