2012年6月25日

菅原孤秋『絆』・・・

菅原孤秋『絆』vol.1

  祈るかたちに手をにぎりおり花の冷え    孤秋

「恩師・巽巨詠子倒れる 二句」の前書をもつうちの一句である。

病床の師の手を両手で握る。まさにそれは合掌の形であり、文字通り祈るかたちである。

佐藤鬼房の句集『潮海』に巽巨詠子を詠んだ句がある。

    ゴム長のかの風狂よ羽後とんぼ      鬼房

 羽後とは一部が山形にかかるが大部分が今の秋田県のことだ。鬼房の熱い友情が感じられる句だ。

 その巽巨詠子が、著者・菅原孤秋の師である。

 昭和23年16歳のときに、その師より俳句のてほどきをうけた。著者略歴によると、昭和21年に下浜郵便局に就職とあるから、14歳のときにはすでに就職されていたのだ。

 職場で俳句を続けてこられたことも分る。

 それ以来倦まずに仕事をされ、同時に俳句を作り続けられて来られたこともうかがえる。

 退職後は秋田刑務所の受刑者に俳句の指導をしておられる。

 「あとがき」で「見たこと、感じたことをその日その日の日記がわりに書きつづけた結果」と謙遜しておられるが、その淡淡とした書きぶりは、鬼房に「かの風狂よ」と言われた師風なのかも知れない。

 谷口亜岐夫氏が懇切に序をしたためて、なかでも父、母、妻を詠んだ作品が多いことも特性と記されているが、それらは、著者の愛情のなせる業だと理解できる。

     降る雪や父の語尾より昏き沖

     かまくらやいつも濡れ手の母がいる

     母が逝きうさぎの目より赤い月

     妻というおんなを待てりおぼろな夜

     母が歩いた後ろもっとも暖かい

     春愁や言葉をもたぬ妻といる

  父も母もとりわけ妻は、著者の心中に今もありありと生きている。

 最期に小生の好きないくつかの句を上げよう。

     墓標の雪払いなにから語ろうか

     咲くために昇る花火や誰か死に

     立春の水もち上げて顔洗う

     土下座して蟇がいるなり敗戦日

     敬老日軍歴のない俺にもくる

     履歴書に空欄があり敗戦日

     別れからはじまる余生春の暮

紫陽花↓

小金井街道の花6月vol.2

ところで、本日は、7月号の発売日である。

特集は戦火想望俳句ならぬ震災想望俳句。

よろしくお願いします。

 

銀梅花↓

小金井街道の花6月vol.3

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コメント(2)

  

情のある句が沢山ありますね

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