2012年6月26日

淵脇護『鶴の天』・・・

淵脇護『鶴の天』vol.1

 『鶴の天』は淵脇護氏の第4句集である。

 句集名は、「本集に鶴の句を多数収録したことと、辺見じゅんさんの忌日である『夕鶴忌』にあやかって」いるという。

 巻頭に師の角川源義の源義忌(10月27日)を置き、巻尾には、辺見じゅんの夕鶴忌(9月21日)を配している。

     源義忌海峡あをく鶴来る              護

     源義忌未(ま)だままならぬもどき芸

     父恋へば野の明るしよ夕鶴忌

    幾千のこゑ野に満てり夕鶴

 淵脇護氏は、源義死後、角川照子、角川春樹を師とし、結社「河」一筋に歩んでいる。特に「角川春樹『河』主宰には、若いときから、同志として、筆舌に尽くしがたい指導、助言をいただいてきた」(「あとがき」)と記している。 

    稲滓火(いなしび)を鶴遠巻きに夜が来る

    地下室へ闇なまぬるし虐殺忌

    虐殺忌メトロの出口5はどこか

    残る歯の四、五本で噛み敗戦忌

    はりつけもころびも島の朧なり

 一句目、「稲滓火」は、なかなかお眼にかかれない季語である。

 愚生は不勉強にしてはじめて知った。少し調べてみると、藁屑をもやす「いやしび」は長野県諏訪地方の方言と同じ言葉らしい。辞書にはないが、ただ、俳句には、いくつか例があって「稲屑火」(いなしび)と書いたり、掲出句のように「稲滓火」と書いたり表記も分かれている。

 「稲屑火(いなしび)の神代のごとく闇に燃ゆ」清水テツ(昭和38年「火燿」11月)、「稲屑火の煙り山這ふ犬の葬」田川速水(「河」・昭和57年1月)や「稲滓火や水のごとくに阿弥陀仏」角川春樹(『補陀落の径』・昭和59年)など、稲刈り脱穀などを終えて田のなかで、夕べに藁屑を燃やしている光景だろう。結社「河」ではよく使われた季語なのかもしれない。

 思えば、愚生が育った頃の農村の光景である。

次の「虐殺忌」も、世界の多くの虐殺のなかで、どの虐殺を表現しているのか、特に若者には忘れ去られている忌日ではないだろうか。だれあろう「蟹工船」を書いた小林多喜二が官憲に虐殺された2月20日である。

次の「敗戦忌」も「終戦日」と表記しないところに、著者の思いが込められているのである。「残る歯の四、五本で噛み」の措辞は痛切でる。

 それは、著者が「あとがき」に次のように記していることからも窺える俳句にむかう姿勢を彷彿とさせるのである。

  俳句は結局「何をどう詠むか」にかかっている。何を詠むか、それは日本古来の自然と人間のなかに存在する「いのち」と「たましひ」だ。

そうした中でも、私の好みの句をいくつか上げたい。

    生涯を目鼻もらへず紙雛

       実母と継母二人

   ほうほたる三人のどの母もなし

 最期にあげたいのは、美しき日本の風景も生活も奪われてしまった嘆きの深い句である。

   星まつり被曝疎開の子らいづこ 

小金井街道の花6月vol.6

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