2012年6月28日

大道寺将司全句集『棺一基』・・・

6月中の花 芸大vol.7

 現在、本誌8月号(7月25日発売予定)は、印刷所入稿に向けて、第三コーナーを回って、ホームストレッチに差し掛かって、鞭が入っている状態だ。

 確定死刑囚・大道寺将司全句集『棺一基』を読む、という特集が中にある。

 圧巻は、辺見庸インタビューの中味だ。是非、多くの人に一読していただきたい。

 思えば、第一句集『友へ』(ぱる出版)が出たのは、2001(平成13)年だった。

 その時の序文は辺見庸、解説は齊藤愼爾だった。

 辺見庸は、その序の最後に『友へ』の表題は、辞世めくとして好まないと記し、

 「大道寺は生きて、生き抜いて、これから万もの俳句を詠みつづけなければならない。そうさせないものを。私は憎む」と書いている。

 解説の齊藤氏は俳人だけあって、大道寺将司の言葉に踏み込んでいる。例えば、次のように・・・。

  大道寺氏の記す「イヌフグリ」や「桜」はあのイヌフグリや桜ではない。花鳥諷詠派の湿った風土感  

 情によって愛される牧歌的風景にそよぐ草花ではない。いうならばそれは、「反風土的幻想」が創出 

 したオブジェのようなものとして存在する。

 また、

   存在自体が違法性としてあるような〈精神の違法性〉―私は自分の〈生〉と俳句をかく仮構し、自 

 立していこうとと考えている。唐突を承知で言えば、私が死刑制度に反対するのは死刑制度はこうし

 た人間の尊厳に対する侮蔑、無知を本質としているからである。人類史の最後の汚点である。

 とも記している。

   在日を生くる友あり雁来(きた)る         将司

   東京拘置所で永山則夫君ら二名の処刑があった朝

   夏深し魂消(たまぎ)る声の残りけり 

 第一句集から十余年、句境の深まりと、句の表現力ははるかに高まっている。

 全句集の序文で、辺見庸は「本書の上梓を望んだのは、正確に言えば、著者である大道寺将司ではない」「僭越にもわたしが勧めた」と記し、病舎に移された見舞に、大道寺将司ががん(多発性骨髄腫)を患い、痛みは尋常ではなく、一時は自力での歩行も困難になった、と述べたあと「もともと痩身の男が骨と皮だけになって、背骨もくの字になっていた」と記している。

    棺一基四顧(かんいっきしこ)茫々と霞けり

    紅(くれなゐ)のいとも愛(かな)しき枯木の芽

       病舎に移される

    草萌(くさもえ)や死の告知めく病舎入り

  3.11以後に詠まれた句もある。  

    原発に追はるる民や木下闇(こしたやみ)

    生者より死者に親しきゐのこづち 

 大道寺将司は、1948年釧路生まれ、東アジア反日武装戦線"狼"のメンバー、1974年三菱重工業本社ビル爆破事件により75年に逮捕され、1979年政治的活動家としては戦後初の死刑判決を言い渡された。確定死刑囚となったのは1987年。

現在、俳句作品は季刊俳誌「六曜(むよう)」(主宰・出口善子)に発表している。

    花影や死は工(たく)まれて訪るる

小金井街道の花6月vol.7

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6年前吉祥寺の自分の事務所にて脳梗塞発病。そのまま逝こうと思

ったが、朝6時頃より、五日市街道走る車の音に、生に未練募る

。三鷹杏林大学病院入院。浜松リハビリテーション病院入院。

40日で追いだされる。3年過ぎたころ。高血圧、下210、上2

60、入院、死が覗いてる。半月入院、怖かった。

後遺症で左半身不随。ヘルニアで右足激痛、両足不自由。

俳句知る。痛さ飛ぶ。4年、大腸ポリープ7か所。

1つ、大腸癌、悪性、リンパ腫可能性大。えん、エン。

9月15日、細胞精密検査結果。解放、無罪放免。

俳句と友に季節を過ごす。

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