2012年6月29日

鎌田保子句集『矢車草』・・・

鎌田保子句集『矢車草』

 句集名は次の句から、

     矢車草文学少女でありし頃       保子

 序文は大牧広氏。氏は「矢車草は透明感のある花弁を持っている。その透明感とかつて文学少女であった著者、よくわかる。矢車草はいよいよ著者にふさわしいと思うのである」と記し、また「明るい、やわらかい中に著者の凛とした姿勢がある」とも述べている。いずれにして愛弟子なのだ。

    早春の深川飯屋猫真白

 掲句の上五中七の措辞に疵はない。意表を突いているのは座五「猫真白」だろう。いくつかの猫の種類もあるのだろうが、真黒でもよくいないし、三毛の猫でもピントこない。白い猫でもまだ不足だろう。猫真白はわざと施した疵かも知れないが、それが、一句をよく立たせることになっている。佳吟である。

    一片の雲百万本の曼珠沙華

   老人の今も身を責め敗戦忌

   終戦日東京ローズの声流る

   羅を着て母に似し裾捌き

   立ち入らぬ筈の話も菜種梅雨

 こうした、句を傍に置いて、なお、夫を詠んだ句には、切なくもある。夫恋の側面を見逃せない句集でもある。

   新走り夫に供へてより吾も

   角火焚く夫に似てきし子の背中

   焼き茄子の腕上げしいま夫は亡く

   夫の背に草矢放ちて許しけり

   夫ありてこそのの浴衣と思ひける

   絨毯の焦げしは亡夫の座すところ

   夫逝きてよりは蛍の夜を避けし

   蛍火を追へば夫追ふ心地して

   菜飯供へ少し意地悪したる悔い

 菜飯の句は、前出の句、

   菜飯かと不満気な夫懐かしき

 に対応している句である。ご主人、菜飯はあまり好みでなかったのかも知れない。それでも、体に良いからと食べさせていたのだろう。ご主人は不満気だが、まんざらでもない男(夫)の顔が浮かぶ。

 生前と同じように、ぐずぐず言わないで、食べてね、と供えたのである(少し気が引けたのか)、ゴメンネと親しく語りかけている。

 作者は、静かだが、憤ることも忘れていない。

   まさに悪魔三月の地震黒津波

   肩触れて会釈もあらず駅寒し

 最後に、本句集にさまざまな趣向はあるものの、趣がある句、少し諧謔のある句を上げておきたい。

   葛湯吹く老女は淡い恋をせり

   春の雷あれはなかつたことにせむ

   雪女郎なら私もう融けてゐる

   転居して四日目兆す春愁

   水滴を出さるるトマトかな

 

6月中の花 芸大vol.6

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