2012年7月のブログ記事

2012年7月31日

9月号の印刷所入稿日・・・

トウモロコシ↓

時計草の実vol.1

夏?俳人なら秋というべきか(でも、実感は暑い盛りだよね)、のお盆進行のために、いつもよりスケジュールがタイトになっている。

 つまり、お盆の印刷所は休みなので、そのしわ寄せが、その前にくるというわけ。

 基本的には、本日、すべてを入稿しなければならない。

 もちろん、ボケ気味の愚生などより、はるかに大変なのはスタッフの女史たちである。

 オシロイバナ↓

オシロイバナvol.1

ネコジャラシ↓

ネコジャラシvol.1

| コメント(0)
2012年7月30日

蝸牛忌・・・

時計草とその実↓

時計草とその実vol.1

  本日、7月30日は蝸牛忌、昭和22年、幸田露伴が亡くなった日だ。

    弥生なり火なき炬燵もあつくるし    露伴

 少し調べたら、歌人の伊藤左千夫、さらに谷崎潤一郎、また、僕の世代では忘れることの出来ないべ平連の小田実が今日亡くなっていた。

    堤燈にさはりて消ゆる春の雪     潤一郎

    さびしさの極みに堪へて天地(あめつち)に寄する命をつくづくと思ふ   左千夫

 実は、大谷崎にまつわる思い出が少しある。

 僕はかつて京都に3年間住んだことがある。それも百万遍の十字路の近くだった。

もう42~3年は前のことだ。

 まだ市電も走っていた。百万遍からは歩いても近かったので、散歩がてらに哲学の道(まだ整備されていない)と法然院の四季、とりわけ紅葉は見事だったと記憶している。

 谷崎の墓は法然院にあり、当時は側の銀閣寺には行くが、法然院には訪れる人も少なかった。拝観料ももちろん無料。院の奥の墓地に大谷崎の墓があった。

地味な墓だったが、今思い出すと、墓石に「寂」と彫られていたように思う。

 

或る冬の日のこと、雪が降っていた。雪景色もまた見事だった。

その雪の中、墓の前にいたご婦人が松子夫人だった。

かの「細雪」のモデルで、三人目の最後の妻(有名な話しだが、谷崎は最初の妻を佐藤春夫に譲っている)である。

谷崎は松子にちなんで倚松庵としていた。

時計草の実vol.2

| コメント(1)
2012年7月28日

豈(あに)句会訪問記・・・

豈(あに)句会vol.1

 本日、7月28日(土)、白金台いきいきプラザに第107回豈の句会を訪ねた。

 二ヶ月に一度の句会だから約18年の歴史がある。

 同人誌「豈」(発行人・筑紫磐井)の創刊は1980年だから、今年で創刊33年になる。がしかし、25周年も30周年も、何もしないで、いつも時代の最後尾をよたよた歩いて来た感じだ。

 かつて、そのことを同人だった仁平勝は「時代と寝ない」と言った。

 ともあれ、真夏日の豈の会はいつもは名披講の酒巻英一郎(やむない用事で)をはじめ欠席が目立ち、いつもより少し少ない9名のちょうどいい人数で十分に論議が尽くせる句会となった。

 ともあれ 高点句から以下に紹介しておこう。

    手を入れて水のかたさを隠したる     大井恒行

    ヒルガオは顔をだしたりして過ごす    鈴木純一

    ひと夏の草書体の服のひと        早瀬恵子

    重信忌もっとも赤きバラを選る       福田葉子

    空蝉に臍の緒もあり出来不出来     小湊こぎく

    虹二重額田王眸の濡れて         坂間恒子

    黒揚羽景を一瞬翳らせり          脇田千鶴

    〇を綴じ夏の太陽追っかけるな      岩波光大

    俳句学なし加齢なるわらべ唄       川名つぎお

次回は9月22日(土)午後1時~5時、白金台いきいきプラザ(地下鉄・南北線白金台駅下車徒歩1分)の予定。豈同人以外の参加も自由とのことである。豈もいまや高齢化の波に抗しがたいようだ。若い人の参加が今後の活性化には必須のようである。

サボテンの花↓

豈(あに)句会vol.2

豈(あに)句会vol.3

| コメント(0)
2012年7月27日

ネットTV・・・

ネットテレビ取材石橋vol.1

 ネット取材中↑

 弊社のネットTVは、弊社ホームページから、入ってみることができる。

 「俳句界News」の部分をクリックすると、現代俳句協会、俳人協会、海程50周年などの記念会などさまざまな項目がある。だいたい5~10分程度なので、気楽にみられる。加藤郁乎追悼画像もあった。

 もとより、興味がなければ見ることもないが、興味をもたれた部分だけでも見てはいかがでしょうか。

 最近、新しい画像がアップされてないなと思っていたら、九州本社から、ネットテレビ事業部の石橋尚彦が諸書籍(句集)の誕生までを映像に納めるとかで、東京支社の書籍制作場面を撮影して行った。

 そのうち「丁寧な本作り」とでもいうようなタイトルでアップされるのかも知れない。

 楽しみに待つことに・・・

サルスベリ↓

百日紅22sarusuberi.jpg

 昼の休みに、高田馬場芳林堂書店に行って、「俳句界」8月号の動きをチェック。棚に一冊あった。他の俳句関係誌では、「俳句」が3冊、「俳壇」1冊残っていた。

 昨日、校正用に子規『仰臥漫録』(岩波文庫)を自宅で探したが見つからず、買ってきた。

 ついでに倉阪鬼一郎『怖い俳句』(幻燈舎新書)も買った。

 「怖い俳句」というタイトルながら、倉阪鬼一郎の俳句コレクションの中から、掘り出してきたアンソロジーで、俳句の持っている魅力の扉が、また一つ開かれた感じだ。おススメ本である。

今日の編集長・林は「鴻」の取材で午後から不在です。

ムクゲ↓

百日紅ほか7月芳林堂vol.2

| コメント(0)
2012年7月26日

昨日は秋元不死男忌・・・

7月の花 馬vol.1

 昨日は中尾寿美子について、齊藤愼爾氏にインタビューをしたことを書いたが、

 その日、7月25日は秋元不死男忌だった。没後35年である。

 中尾寿美子も齊藤愼爾も不死男「氷海」門である。

 不思議な縁を感じた。

 その秋元不死男は昭和52年7月25日に没した。享年75。

 横浜市に生まれ、本名は不二雄。旧号は地平線。

 昭和5年嶋田青峰主宰「土上」に拠り、新興俳句運動の一翼を担った。

 東(ひがし)京三の名で、評論を書いた。生活に即したリアリズムを提唱。

    (さむ)や母地のアセチレン風に欷(な)き       不死男

 昭和16年2月、治安維持法違反で、いわゆる新興俳句弾圧事件によって検挙され、約二年間獄中にあった。

 戦後、山口誓子「天狼」により、天狼東京句会を母体として「氷海」を発行した。

 門下に清水径子、上田五千石、本宮鼎三、中尾寿美子、藤井亘、鷹羽狩行、秋澤猛などがいた。

 没時は、俳人協会副会長を務めていた。

 今日の編集部は、スタッフ松本は、対談のまとめで自宅作業だった。

7月の花 馬vol.2

| コメント(0)
2012年7月25日

中尾寿美子についてインタビュー

齊藤慎爾氏インタビューvol.1

 齊藤愼爾氏↑

  昨日、本誌10月号、魅惑の俳人・中尾寿美子について、齊藤愼爾氏にインタビューをした。

 中尾寿美子は1914(大正3)年佐賀県生まれ。

 現代俳句事典によると、〈1954(昭29)年、高木てい子指導「若杉俳句サークル」入会。翌年「石笛」句会に出席、高木風駛(ふうし)に師事。のち「水明」に入会、同人となる。59年「氷海」に同人参加」、秋元不死男に師事。不死男没後、「狩」同人を経て79年、清水径子とともに永田耕衣の「琴座」入会、同人となる。句集に『天沼』『狩立』『草の花』『舞童台』『老虎灘』、遺句集に『新座』〉とある。

 齊藤氏が、俳句をはじめて、「氷海」に参加したのは55(昭30)年、高校生のときだ。59年に第8回氷海賞を受賞する。その「氷海」賞の選考委員は、秋元不死男はもちろんだが、中尾寿美子も選考委員の一人だったという。

 齊藤氏は5年ほどで俳句の中断期に入ってしまう。編集者生活のときに改めて中尾寿美子の句の良さ、存在が浮上してきたとのことだった。

  仏壇の水の減りゆく蝶の昼      寿美子

  一瞬のわれは襤褸や揚雲雀

  天元に白桃ひとつ泛びゐる

詳細は本誌11月号のお楽しみとしていただきたい。

まだ青いアケビ↓

青いアケビ.JPG

 今日の編集部の編集長・林とスタッフ松本は、来年4月の「読者の集い」の会場・京王プラザホテルに打ち合わせで出かけている。

まだ青いイチジク↓

7月の花 馬vol.3

| コメント(0)
2012年7月23日

小谷野三千世句集『紫のワルツ』・・・

句集『紫のワルツ』

 句集名は、

     紫のワルツ踊らむ藤の花      三千世

 の句から。藤の花の句はほかにも、

    身の内に残照を飼ふ藤の花

    紫の晴着に抱かる藤の花

 藤の花は作者自身のアナロジーとしても読める。そう読めばたおやかな女性が浮かんでくるだろう。

 著者「あとがき」には、芭蕉の『おくの細道』の暗唱法を師・五島瑛巳に学び「八十歳も過ぎた私も暗唱できるようになりました」とあるから、努力家でもあり、すでに人生において多くのものを身につけておられるのではなかろうか。俳句は、師の五島瑛巳に平成19年にまみえたとあるが、その以前に「海坂」でも句法の基本を学ばれていたであろうから、大きな花を咲かせる素地は十分にあったのだろうと思われる。

 そのあたり、著者の人となりについては、序文において五島瑛巳氏が詳しく、愛情深く記している。それに応えるように、

    若き師はわが料理美味いとぞ

と句に詠み、

    吐月峰(とげつぽう)虫燦々と師の仏画

とも詠む。この句には、次のように「注」が付してある。

   吐月峰・・・静岡市にある宋長住いの庵「柴屋寺」に、

         師・五島瑛巳が巨大杉板に岩絵具で描いた仏画  

         〈白龍と赤い仏〉が奉納されている。

また、止むを得ないこととはいえ、亡き夫を詠んだ句も多い。夫恋の句集の側面も見逃せない

なかなか切ない。

    共に老い夫(つま)は逝きけり初螢

    亡夫来よわが白髪の春の琴

    浮寝鳥ふたりぐらしの老いもよし

    一徹の夫に頼らる老いの春

    湯豆腐やけんくわも少し六十年

    亡き夫とふらここ漕ぐや花の昼

 何れも捨てがたい句ばかりである。次の句には、大いに楽しませてもらった。

   東京には今年の夏はまゐりません

 この句は、間違いなく、シャンソンの「想い出のサントロペ」の日本語訳「この夏はサントロペにはまいりません/お借りしたあの家にはもうまいりません/この夏はサントロペにはまいりません/他のどなたかにどうどお貸し下さい」の一節を拝借して一句をなしていると思われ、諧謔味のある句となっている。この唄を愚生は、若い頃、30年以上前に金子由香利のレコードで何度も聞いた想い出がある。まだ、「銀巴里」があった頃のことだ。元唄は確かコラ・ヴォケール。

 最後に、いくつか愚生の好みの句を上げさせていただこう。

   月光におぼれつつ行く膝がしら

   向日葵は土の力を己にまとふ

   初鏡八十路の紅を愛しみて

   足りてなほ憂きこと多し鰯雲

 ヘビイチゴ↓

浅間山の花vol.4

 今日の編集部・林編集長はスウェーデン大使館にトーマス・トロンメルと俳句についてのインタビューのために出かけている。

キジバト↓

浅間山の花vol.5

| コメント(0)
2012年7月20日

本誌8月号見本出来・・・

8月号

 本誌8月号(7月25日発売予定)の見本ができてきた。

 別冊付録は「方言俳句傑作選」。

 辺見庸氏が『大道寺将司全句集』特集について、「読書人」や自身のブログで紹介していただいたので、

前評判がよく、書店からの事前注文も舞い込んでいる。

 そのまま、実売に直結してくれれば、嬉しい。

 予想以上で、すでに在庫僅少である。

 そのほか永田耕衣の新発見原稿の掲載。

 敗戦・復興を俳句はどう詠んだか?など盛りたくさんの内容で自画自賛?。

 

__フェルメール.JPG 

 今日の林編集長は、山下美典氏の撮影で関西へ出張である。

 9月号はお盆休み進行で印刷所のスケジュールはタイトになっていて、仕事はハードになりつつある。

 外はけっこうな雨足で、涼しい感じだ。

 夏の暑さはない。

オシロイバナ↓

おしろい花vol.1

| コメント(2)
2012年7月19日

紫陽花忌あれこれ・・・

6月の花vol.3

紫陽花忌にも色々ある。

 一昨日の7月17日の石原裕次郎の紫陽花忌は結構有名かもしれない。

 この日は、「東京の日」でもある。

 慶應4年旧暦7月17日(1968年9月3日)、明治天皇の詔勅によって、「江戸」が「東京(とうけい)」に改称された日なのである。

 また、詩人の津村信夫が昭和19年6月27日に亡くなって、この日を紫陽花忌としたらしい。兄は映画評論家の津村秀夫。津村信夫には『戸隠の絵本』や「戸かくしの姫」という詩もあるらしいが、愚生は読んだことはない。

 6月26日は小説家の林芙美子の紫陽花忌。

 福岡市の選擇寺(せんじゃくじ)では、毎年6月27日、江戸期580体の無縁墓を悼み、19歳で亡くなった名妓・雪友の命日に、博多人形を奉納しているらいし。

 あと一つを紹介しておくと、吉井勇が「紫陽花忌とは多佳女忌のことなるか あはれあはれ思ひ目つぶる」と詠った磯田多佳の忌である。

 多佳は紫陽花がことのほか好きだったという。

 10代で芸妓だった多佳は23歳で祇園「大友(だいとも)」の女将となり、吉井勇や夏目漱石、谷崎潤一郎らと親交があったといわれ、戦争末期に強制疎開させられ、お茶屋も廃業に追い込まれる。

 その「大友」の跡地に「かにかくに祇園は戀し寝るときも枕の下を水のながるる」吉井勇の歌碑が建っている。

浅からぬ縁だろう。

    わが胸のうちにも浪の音聴こゆ暗くさびしき海やあるらむ      

    しらたまの女身に緑うつるとき山のいで湯はほのかなるかも

 多佳は『祇園の女ー文芸芸妓磯田多佳』杉田博明著にもなっている。

 小誌5月号「小説になった俳人たち」で松本清張『月光』の羽島悠紀女(モデル・橋本多佳子)の芸者説はこのあたりに源流がありそうだが、実際は女将の多佳と多佳子はちょうど10歳ほど違う。

多佳は明治12年祇園に生まれ、祇園一力亭の女将・おさだは実の姉である。

34回埼玉現俳協vol.2

| コメント(0)
2012年7月18日

辺見庸氏、「俳句界」を紹介・・

ムクゲ↓

7月の花馬vol.3

 先週末発売の「週刊読書人」(7月13日・第2947号)で、辺見庸氏インタビュー「いま、なぜ『滅亡』なのか」のインタビューのなかで、「『棺一基 大道寺将司全句集』のこと」のなかで、次のように述べている。

  近く「俳句界」(注*8月号)という俳句の雑誌が『棺一基 大道寺将司全句集』を特集するんだけど、 

 画期的ですね。ただ、一部を除いて、この句集の力についてメディアはしっかり報じるのを避けている

 ようにも見える。このおよび腰はなんだろうね。まあ、これも「おのずからのファシズム」かなとも思う。  

 彼の句集一冊だすにしても、外圧、内圧が非常につよいということを感じた。そのことをもっとも考えな

 きゃいけない出版人やマスコミが考えていない。というか組織のなかに潜って顔を隠す。出版に堂々

 と反対した若い編集者の不見識よりも、刊行を断りながら組織に隠れている出版社幹部や議論を避

 ける中堅編集者のほうに、藤田のいう日本ファシズムの「矮小性」、つまり卑怯さを感じるな。言論と

 いうものはこの程度のことかと思うね。

この語りの直前には、言葉に対する表現意思についても、次のように、しごく真っ当に述べている。それは、

  彼が逮捕されてから三十七年もの時間、空間は違っていたわけだけれど、いつの間にかわれわれ

 「非犯罪者」のほうがなにか視えないけれどとてつもなく重い罪を犯して、「犯罪者」と言われる人間 

 の内面のほうが深く澄んでしまったというかな、この逆説にたまげるんです。そのことをずっと考えて

 いる。彼が猫の額ぐらいの狭い場所で世界のすべてを想像し、三十七年間狂わずに句作において表

 現を深めえたということについて賛嘆するし、彼のほうが言葉の深みにおいてよほど正気に思えてく

 る。

 いずれにしても、興味のある方は「読書人」発売中なので、本屋で立ち読み?でもして下さい。

 このインタビューのきっかけにもなった辺見庸の新刊『死と滅亡のパンセ』には、書き下ろし数編が加えられていて、読み応えというか、最近の辺見庸の語り口が、こちらの胸に響き震えるような感触になってくるのにも、少し驚いている。

 あえて私たちはという言い方を許してもらえるならば、たしかに震災以後も、私たちは生き延びることばかりを考えているように思える。それが悪いと言っているのではないが、あまりにあきらかな滅亡についてきちんと考えようとしていないのかも知れない。思考停止に陥っているとでもいえようか。まして未来はばら色などであるはずがない。

ナデシコ↓

7月の花馬vol.4

| コメント(1)
2012年7月17日

甲斐の鮎届きて甲斐の山蒼し・・・

 府中の森公園にて↓

7月の花馬vol.1

 本日は、掲出句の作者・水原秋桜子の忌日である。亡くなったのは1981年、三十三回忌になるはずである。さらに遡ること40年の本日は、川瑞茅舎の亡くなった日でもある。

 茅舎は、有名な虚子の序「花鳥諷詠真骨頂漢」に尽きる。

     金剛の露ひとつぶや石の上       茅舎

     尾をひいて芋の露飛ぶ虚空かな

     新涼や白き手のひらあしのうら

     冬晴れをすひたきかなや精一杯

 2句目、「尾を引いて芋の露飛ぶ」は果たして写生だったのだろうか。しかも虚空である。しかし、このように書かれていると、確かに尾を引いて芋の露が飛んだと思えるから不思議だ。

 茅舎は三十歳を越えて病のために画家を断念した。

 絵筆の代わりに、言葉によって写生したのではなかろうか。

(読者より・ひまわり)↓

20120717085527ひまわり.jpg

7月の花馬vol.2

| コメント(0)
2012年7月13日

星野光二句集『光年』・・・

星野光二句集『光年』vol.1

     光年来て光のうるむ春の星      光二

 句集名ともなった句である。その名も「光二」なら、「光年」という言葉も大好きなのだそうである。

確かに宇宙的であり、人事を超越したところがある。

 光年を来れば、光もさもありなんと思える。それが春の星であるのも見事であろう。

     石榴裂け地球の青き空濁す

 地球の青き空とは、これまた地球の原初すら思わせる青空であり、赤く裂けた石榴の実との対照もあざやかに極まっていよう。

        紗一逝く

     門灯の真昼に淡し風知草 

       明世逝く

     明世逝く朧に浮かぶ夫婦句碑

       紫黄逝く

     拍子木の相棒悼み秋暑し

紗一、明世は、言わずと知れた、星野紗一に星野明世。

     夜桜や此の桶は此の馬のもの       紗一

     今はもう飛びこせぬ溝曼珠沙華       明世

の句などを思い起せば、光二氏の神馬の句「小春日の陽が撫でてゐる神馬の像」「日雷神馬の像のたぢろがず」 や曼珠沙華の句「恐るべし万の蜂起の曼珠沙華」「戯れば裾に火の付く曼珠沙華」のどこか遠くで響き合っているのかも知れない。

 話は私的になってしまうが、紫黄、すなわち山本紫黄句集『瓢箪池』が届いた、まさにその時に、紫黄訃報に接し驚いたことを思い出す。紫黄氏に最初にお会いしたのは、どこであったか、もう記憶の底をたどっても明確には思い出せない。愚生が二十歳代のはじめ、俳句評論の句会?もしくはその関係の集まりであったようにも思う。その後、愚生が氏に再会を果たすのは、たぶん、愚生40歳代後半の頃ではなかろうかと思う。晩年の高柳重信に再会したのもその頃だったからである。

 「俳句はよれよれでかっこいいものーーこれが昔からのわが旗印」というのが山本紫黄の言である。

   生別も死別もいづれ春の水        紫黄 

光二氏の悼句「拍子木の相棒悼み」とは、まさに切ない。

「俳句はよれよれでかっこいいもの」・・紫黄氏の風貌もそうであったか、なかなかダンディーであったように思う(特に会話がね・・)。

最後に『光年』の愚生好みの句をあげささせていただきたい。

   花も葉も艶めく雨後の七変化

   この道は翁の勧め合歓の花

   寒鮒の泥臭き水吐かせをり

   あつあつの鯛焼にまだ脈のあり

   ポケットの数の寂しき更衣

   細き肢のどこが筋肉あめんぼう 

   住職の未だ普段着でゐる白障子

   時刻表になき貨車過る時雨駅

浅間山の花vol.3

| コメント(2)
2012年7月12日

堀本裕樹氏来社・・・

堀本裕樹氏来社vol.1

 昨日、午後7時ころ、第2回北斗賞「熊野曼陀羅」の堀本裕樹氏が来社された。

 北斗賞受賞者(150句)は句集を出版することになっていて、通常は4月~5月刊行だが、今回は特別に、堀本氏の第一句集として、句を追増して特別仕様で、8月下旬~9月上旬に刊行することになり、その装丁の打ち合わせのために装丁家の仁木順平氏を同伴で来社されたのだ。

 序文は鎌田東二氏、帯文は中上紀氏と、いわゆる熊野には縁のある方々である。

 熊野を主題にした楽しみな句集になることは間違いない。

 和歌山県生まれの堀本氏が中上健次に惹かれ、熊野大学での縁で、熊野を詠み続けるというのも興味深いものがある。

 健次の『枯木灘』は路地の光と影があざやかで、まさに存在することの怒りを覚えるような感触があったことを、いま思い\出す。

 ともあれ、健次ではない堀本裕樹節が期待される。

    秋蝉の尿きらきらと健次の忌      裕樹

    行き倒れし者蟋蟀に跳び乗らる

    火焔土器よりつぎつぎと揚羽かな

月下美人と猫(読者より)↓

_月下美人と猫.JPG

 

 今日の編集部は、編集長・林は九州本社出張、スタッフ・松本は「私の一冊」で菊地一雄「往還」主宰の、三東は「俳句界NOW」で青柳志解樹「山暦」主宰の、それぞれグラビア撮影に同行している。

 さびしく、愚生一人の雑誌編集部なのである。

ミズヒキ↓

ミズヒキvol.3

| コメント(0)
2012年7月11日

8月号校了・・・

浅間山の花vol.1

トラノオ↑

 今日の編集部は、本誌8月号(7月25日発売予定)の折丁の校正をして、校了・・・。別冊付録「方言俳句傑作選」も同時校了だった。

 編集長は午後、企画会議をやったあと午後3時に、九州本社出張で飛行場に向かった。

 外は梅雨の晴れ間、天気予報は、はずれて陽射しが燦々と降り注いで、真夏の感じになってきた。

 愚生は、予期したとおり飛蚊症で、眼科医に「放って置いて下さい」と言われて終わり。

 因みに8月号の主な特集は、「日本人と七五調」で、佐高信、加藤登紀子に加えて、佐々木六戈、関悦史など・・

 「大道寺将司全句集を読む」で辺見庸インタビュー、倉橋健一のエッセイ。

 また、「敗戦・復興・俳句」ではエッセイに考古学者・森浩一、思想史・渡辺京二など。

 佐高信の甘口でコンニチハ!では雨宮処凛。

 「おとなのエッセイ」では、佐木隆三、畑正憲、南伸坊など俳人以外の多彩な執筆陣。

 そうそう、第12回山本健吉文学賞の発表もあります。

 乞うご期待!というところ・

ホタルブクロ↓

浅間山の花vol.2

| コメント(0)
2012年7月10日

岩渕真智子『レモン』・・・

岩渕真智子『レモン』vol.1

 句集名は、

    みぞおちの辺りが孤独レモン買う       真智子

から、レモンといえば、梶井基次郎の『檸檬』に、気が向いてしまうが、

上句「みぞおちの辺りが孤独」によく、響いていよう。

(檸檬は爆弾の比喩でもあったのだから)

「序に代えて」で谷口亜岐夫氏が懇切に書かれておられるので、これ以上の筆は、屋上屋を重ねるのみで、いささか心もとない。

で、敢えて記してみるに、『レモン』は、やむを得ぬ事情を宿した〈子恋〉の句集ともいえる。

       平成十六年二月 長男事故死

     満面の笑みの遺影や春愁い

     成人の子もまた子なり熱帯魚

       亡き子を思いて

     冬すみれ長子天より戻るかも

     花野から君が戻ってくる気配

     プーさんを飾り亡き子と冬に入る

     成人となりても我が子つくづくし

     戻らない息子が夏山おりてくる

     逝きし子の部屋にも飾る初暦

     丁寧に組み立てている茄子の馬

     盆灯籠かたみの時計遅れがち

     寒林に上目遣いの長子居て

 最後の〈寒林〉の句は、「付録」として、(「氷原帯」入会以前の作品〉収められているが、

 実は、平成17年2月3日、つまり長男翔一郎氏の一年忌に遺稿をまとめた写真入りのアルバム仕様の本『カーテンコール』(小社刊)として出版された中に収められた真智子氏の句でもある。

 その本には、母・真智子氏の句とエッセイ、長男・翔一郎氏の高校時代のシナリオや、彼の小学校、中学校ハリウッド美容学校での小文、加えて、成長記録ともいえる家族写真などが収められているA4判の大冊だが、さすがに遺稿集の趣と相俟って、胸を熱くさせる。

カーテンコールvol.1

 話を元に戻して、最後にいくつか、愚生好みの句を上げさせていただきたい。

    無言という許しもありぬ春隣り

    縁うすき人だけ残り桜山

    立春や過去のことではもう泣かぬ

「もう泣かぬ」 とは、切ない決意のようなものだが、また、泣いてしまうのであろう。

   白シャツが風を切ってる次男坊

 「次男坊」には長子の分まで十二分に人生を生きてもらいたいとおもうのは、作品を離れた愚生の気持ちである。

 因みに、著者は昭和28年北海道生まれ。「氷原帯」「歯車」同人。 現代俳句協会ジュニア研修部副部長、国際部員。

ヤマユリ↓

現代俳句協会ジュニアvol.3

| コメント(1)
2012年7月 9日

七夕祭り・・・

四季俳句大賞七夕祭りvol.1

 先週末、7月7日(土)、市ヶ谷のホテルグランドヒル市ヶ谷で、「俳句四季大賞」宮坂静生『雛土蔵』の贈呈式と「俳句四季」全国俳句大会・七夕祭が行われた。

写真は大賞の宮坂静生氏と特別賞の三田きえ子氏。

全国俳句大会の大賞は、

   大阿蘇の風を捉へて凧揚がる      黒木豊(蕗)

 七夕祭、昨年は大震災で行われなかったので、二年ぶりの開催だった。

 

四季俳句大賞七夕祭りvol.2

 授賞式の講演は村上護氏が「『子規全集』の思い出」と題して、講談社版「子規全集」全25巻の仕事を手伝った思い出を語られた。

浅間山の花vol.1

| コメント(0)
2012年7月 8日

第3回田中裕明賞授賞式・・・・

第3回田中裕明賞授賞式vol.1

 7月8日(日)小石川後楽園・涵徳亭に於いて、第3回田中裕明賞の授賞式が行なわれた。

 林編集長代理として、出席させてもらった。

 取材なので、さしてのんびりもできなかったが(しかも、一言有りだったので)、

すでに生前の田中裕明を直接知る人もすくなくなり、そういう意味では、夫人の森賀まり氏、次女のあさき三女のいつみ両氏もすっかりいい娘さんになられて感慨は一入だった(裕明氏が亡くなったとき、いつみ氏は小学5年生だった。写真は関氏を囲んで、後右より森賀まり、三女、次女)。

次女・田中あさき氏は8月7日(火)~12日(日)、同時代ギャラリー(京都市中京区三条通り御幸町角1928ビル1F)で「水彩空想画展」を開催する(お近くの方は是非ご覧下さい)。

 裕明賞は第1回が髙柳克弘氏、昨年第2回が受賞者なし。そして、今回の第3回は関悦史『六十億本の回転する曲がつた捧』(邑書林)、田中裕明賞に相応しい句集だった。

 関氏は小社第11回俳句界評論賞を「天使としての空間ー田中裕明的媒介性についてー」で受賞し、第29回現代俳句評論賞佳作に「他界のない供犠ー三橋鷹女的迷宮についてー」が選ばれ、すでに若手の批評家としての筆力はとみに高く、加えて、そのマシンガンのような口舌は、若くしてすでに伝説になりつつあるほどだ。

 一言の挨拶で、小生はとっさの思いつきで、新陰流兵法の「截合(きりあい)口伝書」から柳生宗厳の「心は万境に随って転ず」を引用、関氏の作品は「言葉は万境に随って転ず」とすれば、関氏の作品世界をアナロジーできると、いい加減に述べてしまった。

 すでに著名となったいくつかの俳句は、

    金網に傘刺さりけり秋の暮      悦史

    人間に空爆のある雑煮かな

     ヘルパーと風呂より祖母を引き抜くなり

    年暮れてわが子のごとく祖母逝かしむ

    皿皿皿皿皿血皿皿皿皿

    ブルーシートも土嚢もたりぬ春夕立

    セシウムもその辺にある花見かな

    福島の子供の習字「げんし力」

    足尾・水俣・福島に山滴れる 

第3回田中裕明賞授賞式vol.2

| コメント(0)
2012年7月 6日

別冊付録「方言俳句傑作選」・・・

別冊付録「方言俳句傑作選」

 8月号には別冊付録「方言俳句傑作選」が付く。

本誌では久しぶりの付録である。

本誌の過去3回の方言俳句の入選作が掲載されている。

各地方別に構成されている。

例えば、北海道・・・

    ほつちやれの漂ふ水に雪が降る     阿部仁郎

     *ほっちゃれ=産卵放精を終えた鮭

     九州・沖縄・・・

    仮の夜はなんくるないさ浮いて来い     鳩山博水

     *なんくるないさ=なんでもないさ、うまくいく

  といったような具合である。

 今は印刷所から出てきた8月号ゲラ(付録も)をひたすら校正している。来週月曜日に印刷所に戻す。

 ホームストレッチのゴールまであと少し・・

34回埼玉現俳協vol.1

| コメント(0)
2012年7月 5日

岸本マチ子氏来社・・・

岸本マチ子氏来社vol.1

 8月号の各取次ぎとの仕入れ部数交渉2日目から帰社して来ると、岸本マチ子氏が来社されていて、

「私の一冊」のグラビア撮影が終わったところだということだった。

その一冊は、小生にとっても実に懐かしい金子兜太著『今日の俳句』(光文社カッパブックス)だった。

その本が発行されたのは昭和40年、ベストセラーになった。

現代俳句にとってのバイブルのような本だった。

愚生の世代はその本によって、戦後の俳人たちを知り、句を覚えた。

   果樹園がシャツ一枚の俺の孤島     金子兜太

   ロシア映画みてきて冬の人参太し     古沢太穂

   怒らぬから青野でしめる友の首       島津 亮

 また、岸本マチ子氏の句で第一番に上げたいのは次の句だ。

  うりずんのたてがみ青く青く梳く        マチ子

 聞けば、わざわざ撮影のためにのみ上京されたとのこと。

 沖縄那覇空港を午前8時に発たれ、これから、羽田からまた飛行機に乗られる・・日帰りとのことだった。

 恐縮の限りだ。

 その他「沖縄歳時記」をいま執筆中で、これも本にしたいということ.楽しみである。

ヒルガオとバッタ↓ 

昼顔とばったvol.2

 

閑話休題・・下の写真は丸善御茶ノ水店の「俳句界」。

丸善vol.1

| コメント(0)
2012年7月 4日

8月号部決・・・

ノウゼンカズラ↓

神楽坂 7月花vol.1

 本日から、トーハン、日販など各取次ぎ会社と8月号の仕入れ部数についての交渉が始まる。

 昔は窓口で交渉は人間関係が良好だと、それなりの融通が利いたが、最近はコンピューターのおあ蔭で、

いくら売れたか、返品の数まで、画面上に現われるので、数値がはっきりしていて、事実上、交渉の余地など残されていないのが現状だ。

 書店においても、ポズレジがリアルタイムに店頭在庫、過去の売れ行きが示すので、担当者の采配の幅が少なく、回転率の悪い本(商品)は、ほぼ自動的に返品になってしまう。

 総合文芸誌の棚が見る影もなくなっているのは、金太郎飴的陳列の書店ではもはや常識で、

 読者ももはやそういうところには足を運ばない。

 悪循環が繰り返され、結果として淘汰されている。

 仕入れ窓口でも、総合文芸の窓口は、もはや他の趣味、実用雑誌との共用扱い。

 雑誌がそうであれば、書籍のジャンル棚だってそうである。

 もはや、俳句関係書籍を置いてある書店はごく限られた書店のみになっている。

 俳句のみでなく、文芸そのものがマイナーなジャンルとなってしまった。

 嗚呼!

 

神楽坂 7月花vol.2

 今日の編集長は「千種」(代表・加藤房子)の俳句大会取材で、明日まで箱根に出かけている。

ヘクソカズラ↓

神楽坂 7月花vol.3

| コメント(0)
2012年7月 3日

入稿・・・

 たなばたかざり.jpg

地蔵.jpg

 

 8月号(7月25日発売予定)の印刷所への入稿日だ。

馬場はホームスチレッチの直線に入っている、というところ。

昼食事休みに早稲田方面へ子育て地蔵尊に七夕の子供たちの短冊がたくさん飾られていた。

別名、願いの叶うお地蔵さんというらしい。

明日は8月号搬入部数決定のための、トーハンなど各取次ぎ回りが始まる。

 タチアオイ↓

20120703134610.jpg

 

閑話休題。

数日前から、どうやら飛蚊症??? 左目にいくつかの黒い影がちょこまかして五月蝿い感じだ。

加齢のせいらしい。治ることはないらいし。

キキョウ↓

34回埼玉現俳協 7月花vol.1

| コメント(0)
2012年7月 2日

第34回埼玉俳句大会・・・

第34回埼玉俳句大会vol.1

 6月30日(土)、川口総合文化センターリリアで、埼玉県現代俳句協会(会長・桑原三郎)は、第34回埼玉俳句大会を開催した。

 当日は、事前投句の作品の成績発表と表彰、また、当日の席題「本」「自」句の選句結果、表彰も併せて行われた。記念講演は「有季と無季ーあるいは私の俳句入門」と題して大井恒行が行った。

 司会は、大会副実行委員長・平田らた、開会の言葉は埼玉県現代俳句協会副会長・児山正明、実行委員長挨拶は杉本青三郎各氏。会長挨拶と大会句の講評は桑原三郎(上の写真)会長が行い、さらに天気もいいので、一日楽しんで下さいと挨拶。

 当日席題句の入選作品の講評は山﨑十生、星野光二、児山正明各副会長がおこない、表彰は桑原三郎会長が行った。

 閉会の言葉は、埼玉県現代俳句協会副会長・星野光二氏。

 ちなみに、第34回埼玉俳句大会の表彰は以下の通り。

・埼玉県知事賞   途中下車して囀りに加わりぬ       金子 功

・埼玉県教育長賞  蒲公英の絮を飛ばして母になる     山之上友江

・埼玉県芸術文化祭実行委員会長賞 白魚食べ水晶体になつてをり 折原野歩留

・  同 奨励賞   げんげ田に指切りの指置いて着た     杉本青三郎

・            花は葉にまだ強がりを言っている       沢井三柳

・            無花果を割ればアメ横の雑踏         渡邊氣帝

・毎日新聞埼玉支局賞 自転車で出て来る海市の郵便夫     渡辺舎人

・埼玉新聞社賞   身の内に隠沼いくつ青き踏む         下山田禮子

・現代俳句協会賞  象を買う約束春の雪が降る           田中美佐子

 

 夕刻からは、懇親会が行われ、さすがに地元の方々が多く、和気藹々のうちに終了した。

 愚生はさらに、山﨑十生、平田らた、杉本青三郎、稲垣恵子各氏とお茶を呑み、午後八時近くにお別れした。

 

第34回埼玉俳句大会vol.2

 その折、川口駅前の文教堂書店(240坪)に立ち寄り、「俳句界」7月号ををチェックしたが、無念ながら置いてないようだった。さすがに「俳句」は、3冊あった。他の俳句誌は「俳句あるふぁ」が1冊あるのみで、本誌も含め、店頭在庫はゼロだった。

 さらに、乗換駅の赤羽ブックエクスプレス(45坪・駅構内)には、俳句関係の雑誌は全く置いてなかった。

次号8月号のチラシはもっていなかったので、店員氏には挨拶せず、店頭チェックのみで店をあとにした。

 さらに、昨日は上野駅におりたついでに明正堂アトレ店にもよってきた。悪い癖で、5~10分の時間があるとすぐに立ち寄って「俳句界」をチェックする癖がついてしまったのだ。チラシをもっているときはすかさず渡して、よろしくと挨拶。

 ちなみに、明正堂(150坪)では、「俳句」4冊、「俳句あるふぁ」1冊のみで、本誌を含め、他の俳句雑誌は全く置いてなかった。上野は駅中のブックエクスプレスには「俳句界」が置いてあるので、そちらへ行って下さい。

 

第34回埼玉俳句大会vol.3

| コメント(0)