2012年7月18日

辺見庸氏、「俳句界」を紹介・・

ムクゲ↓

7月の花馬vol.3

 先週末発売の「週刊読書人」(7月13日・第2947号)で、辺見庸氏インタビュー「いま、なぜ『滅亡』なのか」のインタビューのなかで、「『棺一基 大道寺将司全句集』のこと」のなかで、次のように述べている。

  近く「俳句界」(注*8月号)という俳句の雑誌が『棺一基 大道寺将司全句集』を特集するんだけど、 

 画期的ですね。ただ、一部を除いて、この句集の力についてメディアはしっかり報じるのを避けている

 ようにも見える。このおよび腰はなんだろうね。まあ、これも「おのずからのファシズム」かなとも思う。  

 彼の句集一冊だすにしても、外圧、内圧が非常につよいということを感じた。そのことをもっとも考えな

 きゃいけない出版人やマスコミが考えていない。というか組織のなかに潜って顔を隠す。出版に堂々

 と反対した若い編集者の不見識よりも、刊行を断りながら組織に隠れている出版社幹部や議論を避

 ける中堅編集者のほうに、藤田のいう日本ファシズムの「矮小性」、つまり卑怯さを感じるな。言論と

 いうものはこの程度のことかと思うね。

この語りの直前には、言葉に対する表現意思についても、次のように、しごく真っ当に述べている。それは、

  彼が逮捕されてから三十七年もの時間、空間は違っていたわけだけれど、いつの間にかわれわれ

 「非犯罪者」のほうがなにか視えないけれどとてつもなく重い罪を犯して、「犯罪者」と言われる人間 

 の内面のほうが深く澄んでしまったというかな、この逆説にたまげるんです。そのことをずっと考えて

 いる。彼が猫の額ぐらいの狭い場所で世界のすべてを想像し、三十七年間狂わずに句作において表

 現を深めえたということについて賛嘆するし、彼のほうが言葉の深みにおいてよほど正気に思えてく

 る。

 いずれにしても、興味のある方は「読書人」発売中なので、本屋で立ち読み?でもして下さい。

 このインタビューのきっかけにもなった辺見庸の新刊『死と滅亡のパンセ』には、書き下ろし数編が加えられていて、読み応えというか、最近の辺見庸の語り口が、こちらの胸に響き震えるような感触になってくるのにも、少し驚いている。

 あえて私たちはという言い方を許してもらえるならば、たしかに震災以後も、私たちは生き延びることばかりを考えているように思える。それが悪いと言っているのではないが、あまりにあきらかな滅亡についてきちんと考えようとしていないのかも知れない。思考停止に陥っているとでもいえようか。まして未来はばら色などであるはずがない。

ナデシコ↓

7月の花馬vol.4

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八月号、待ち遠しいです。

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