2012年7月25日

中尾寿美子についてインタビュー

齊藤慎爾氏インタビューvol.1

 齊藤愼爾氏↑

  昨日、本誌10月号、魅惑の俳人・中尾寿美子について、齊藤愼爾氏にインタビューをした。

 中尾寿美子は1914(大正3)年佐賀県生まれ。

 現代俳句事典によると、〈1954(昭29)年、高木てい子指導「若杉俳句サークル」入会。翌年「石笛」句会に出席、高木風駛(ふうし)に師事。のち「水明」に入会、同人となる。59年「氷海」に同人参加」、秋元不死男に師事。不死男没後、「狩」同人を経て79年、清水径子とともに永田耕衣の「琴座」入会、同人となる。句集に『天沼』『狩立』『草の花』『舞童台』『老虎灘』、遺句集に『新座』〉とある。

 齊藤氏が、俳句をはじめて、「氷海」に参加したのは55(昭30)年、高校生のときだ。59年に第8回氷海賞を受賞する。その「氷海」賞の選考委員は、秋元不死男はもちろんだが、中尾寿美子も選考委員の一人だったという。

 齊藤氏は5年ほどで俳句の中断期に入ってしまう。編集者生活のときに改めて中尾寿美子の句の良さ、存在が浮上してきたとのことだった。

  仏壇の水の減りゆく蝶の昼      寿美子

  一瞬のわれは襤褸や揚雲雀

  天元に白桃ひとつ泛びゐる

詳細は本誌11月号のお楽しみとしていただきたい。

まだ青いアケビ↓

青いアケビ.JPG

 今日の編集部の編集長・林とスタッフ松本は、来年4月の「読者の集い」の会場・京王プラザホテルに打ち合わせで出かけている。

まだ青いイチジク↓

7月の花 馬vol.3

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