2012年8月のブログ記事

2012年8月31日

大串若竹句集『風鈴』・・・

大串若竹句集『風鈴』vol.1

 『風鈴』は、『邯鄲』に次ぐ著者の第二句集。

 古稀を記念しての句集である。従って、発行日は著者の誕生日の9月7日となっている。

 第一句集は句歴50年(平成19年)を記念して上梓されたというから、いまや句歴は55年のベテラン俳人である。

 それでも、明確に、俳句に対して志を立てられたのは、平成7年、「百鳥」(主宰・大串章)に入会されることによってらしい。句姿はいい。

 句集名は次の句からである。

     風鈴の百の音色の一つ選る     若竹

 松内佳子の懇切な跋文によると、「句集名そのままの心和むような一巻である。中でも孫誕生とその成長に注ぐ若竹さんの慈愛に満ちた作品の数々は、『風鈴』の主旋律となって一巻を貫いているようだ」と記されている。

 確かに、

    万緑や子はせがむtき身を揺する

 には、その佳汁は疑うべくもないが、そればかりでなく、次掲の句などには、柔らかいばかりでなく、しなやかにして、感受の見事さをみせている。

    春めくや雫のやうな耳飾り

    蛤を売る釣銭の水びたし

    美しく老いうつくしき花を見に

    口あけて顔のなくなる燕の子

    薬飲むための水飲む敗戦日   

 また、巻頭の句、

   黒々と山赤々と初日の出

 も捨てがたい句だ。その他のいくつかの印象深い句を最後に上げさせていただこう。

   父よりもたくましくなり耕せる

   筆まめな父の無口や白秋忌

   弁当を広ぐれば花飛んでくる

   捕はるる隠しカメラに蜘蛛の囲に

8月31日の花vol.1

 閑話休題・・・

   そういえば、大串章主宰の句集『山河』に、若竹氏の第一句集『邯鄲』に、まるで挨拶されたような一句を発見した。

   邯鄲の声を一会の絆とす      

 同句集には、ちょっと変わった、自らを励ますような愛唱の句もある・・

   法師蝉鳴くこれからだこれからだ

 

8月31日の花vol.2

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2012年8月30日

柏柳明子さんの受賞を祝う会・・・

花束を抱える柏柳明子氏↓(左は齋藤朝比古氏)

柏柳新人賞お祝い会vol.1

 昨夜、神保町の銀漢亭で、第30回現代俳句新人賞を受賞した「柏柳明子さんの受賞を祝う会」があり、三輪初子女史からご案内をいただき、参加させていただいた。

 第30回現代俳句新人賞は今年30回の節目を迎えて、昨年は初の受賞者なしだったが、本年は応募者のレベルも高く、実力は伯仲していたと思われたが、票決の運も含めて、中内亮玄「ゲルニカ」との二名受賞となった。この新人賞は現代俳句協会員だけでなく、会員以外も応募できるよう門戸の開かれた新人賞だ。先日、出たばかりの「現代俳句」9月号に詳細が出ているので、興味のある方はご覧いただきたい。

      てのひらのやはらか春の星ほどに       明子

      一本は転校生の桜かな

      鏡花忌のMRIへ四肢潜る

      銀河系ピアノのペダル踏む素足

 柏崎明子氏は、1972年神奈川県生まれ。「炎環」石寒太に師事。「炎環」所属で現代俳句新人賞を受賞したのは、浦川聡子氏についで二人目ということだった。

 会場には「炎環」主宰の石寒太氏も参加され、「炎環」編集長・丑山霞外氏に初めてお会いした。

 会場では、それぞれの祝句が齋藤朝比古氏によって披露されたり、花束が渡されたり、大賑わいだった。

 愚生は久しぶりに麻里伊女氏や、菊田一平氏、寒太氏とも少しお話できて嬉しい時を過ごした。

 因みに愚生の下手な祝句は、

    柏手も柳腰なる明るき子     恒行

右・石寒太氏↓

柏柳新人賞お祝い会vol.2

銀漢亭主人・伊藤伊那男氏↓

柏柳新人賞お祝い会vol.3

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2012年8月28日

名編集長座談会・・・

名編集長座談と夕景vol.1

 昨日、本誌11月号「元気な結社に名編集長あり」(仮題)の座談会を、市ヶ谷・アルカディアで行った。

 忙中、猛暑の最中、三名の結社の編集長・小林貴子(岳)、髙柳克弘(鷹)、佐藤明彦(童子)各氏にお越しいただき、充実した座談となった。

 内容については、後日の本誌を楽しみにしていただくとして、元気な結社というのは、編集長はもとより、なんといっても主宰の元気がその源であるということは、ほぼ間違い無いようである。

 「岳」は宮坂静生、「鷹」は小川軽舟、「童子」は辻桃子各主宰のカリスマ性はもちろんだが、俳句に向かう姿勢が究極的に熱いということが共通しているように思われた。なんといっても良い俳句作品を生み出そうとするエネルギーが結社の発展の原動力になっている。

 因みに「鷹」は2年後に50周年、「岳」は来年35周年、「童子」は今年創刊25周年を迎え、それぞれが成熟し、かつ分厚く俳人を生み出し続けている。

くまざわ書店イトーヨーカドー武蔵小金店の「俳句界」9月号↓

名編集長座談と夕景vol.2

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2012年8月23日

上野弘美句集『木曾青嶺』・・・

木曾青嶺vol.1

 句集名は、

    木曾青嶺阿六櫛の名世に残り     弘美

 の句から。

 阿六櫛(おろくぐし)は、木曾地方の名産品でみねばりの木から作られるという。

 その名の由来は、大きさが六寸あったからという説や、もっとも有名なものは元禄年間に、

 頭痛の持病に悩んでいた村娘のお六が、御嶽山に願をかけたところ、みねばりの木で作った櫛で髪を梳かしなさいというお告げをもらい、そのお告げに従って、櫛を作り、髪を梳いたところ、たちまち頭痛がしなくなったという伝説らしい。

 著者が木曾の青嶺に惹かれ、たびたび木曽路を訪れておられるのだろう。

  他にも木曾を詠まれた句は多い。例えば、

      行き着きし駅舎を叩く木曾驟雨

     澄みきつて木曾源流の朴の花

     六月の日矢瑞々し木曾の嶺々

     木曾川の闇こそ浄土魂送り

     木曾古道木漏れ日よぎる黒揚羽

     桐の花木曾路は雲の湧きやすく

     子規句碑に緑深まる木曾の風

 上げれば切りなくある。

いずれにしても、三句目の「六月の日矢瑞々し」のように、向日性を宿した句姿に特徴があるようである。

それは、

     不器用な生き方もよし寒牡丹

の句にある著者の姿勢に通じているのかも知れない。

     少年の跳ぶ春水を眩しめり

にも、「春水を眩しめる」、心根の清しい姿をうかがうことができる。

最後に、印象に残った句のいくつかを紹介したい。

     戦争を知らぬ子ばかり初蛍

    花へ押す卒寿の母の車椅子

    大泣きに母を追ふ子や秋彼岸

    猪罠や田にのしかかる山の影

    生まれたる仔牛に力雲の峰

    みちのくや芽吹きの囲ふ無人駅

    曼珠沙華日和といふがあらば今日

 

8月18日の花vol.1

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2012年8月22日

伊藤希眸氏来社・・・・

伊藤希眸氏来社vol.1

  伊藤希眸氏が午後、猛暑のなかを、近刊予定の句集『歳旦』の打ち合わせのために、担当スタッフTを訪ねてきて下さった。

 希眸氏は「京鹿子」同人で、すでに『希眸』『三猿』の二冊の句集をお持ちで、このたびの句集は第三句集にあたる。

 海道賞受賞作家の長い句歴にも関わらず、これまでの殻を打ち破って新境地を開くべく奮闘しておられる。

 今日のお話に、かつての鈴鹿野風呂時代の「京鹿子」の重鎮、名和三幹竹の風体のことや山口誓子の講演のことなど、興味深いお話をされて帰られた。

 今回の句集では豊田都峰氏の序文と帯には次の句が入る予定である。

      凍瀧の凍つる声きく瀧のまへ       希眸 

口語俳句フォーラムvol.2

 

 閑話休題・・・正津勉著『忘れられた俳人 河東碧梧桐』について・・・  

 2ヶ月ほど前の新著だが、本年の俳人伝としては出色と思われる。

 何しろ語りが熱い。

  「ひるがえって明治このかた、俳句史のみならず碧梧桐ほどに絶望的なまでに無理解にさらされた文学者はまたとない、と 

 いうまったく余人にはわからんない、ひどくわりない事情があることだ」と述べる。

 子規の志をもっとも忠実に貫いた碧梧桐。もし碧梧桐なくせば「自由律俳句の尾崎放哉、種田山頭火はいなかったろうし、そのつながりから同期のプロレタリア俳句の栗林一石路、橋本夢道もいなかったのでは、といっても誤りではない」と。

 最後部分では石川九楊の碧梧桐の書についての評文をもかかげている。「碧梧桐の書は、まさに近代に抜きん出た表現である。ということはすなわち、碧梧桐が残した俳句表現も近代文学史上に傑出した意味をもっているのだと、これは書の方から見て確実にいえるのである」と。

 けだし、これらの正しさは、これから証明されるのを待たれていると思う。

ご一読あれ!

口語俳句フォーラムvol.3

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2012年8月21日

こまつ座「芭蕉通夜舟」

img06151.jpeg    19(日)、紀伊國屋サザンシアターで、こまつ座&坂東三津五郎さんによる"ほぼ一人芝居"「芭蕉通夜舟」を、俳句仲間と観てきました。期間中の前売券はすでに完売、ロビーに豪華な花があふれ、着物姿のご婦人方であでやかな雰囲気です。
 舞台は、出仕から葬儀までを連句にみたて36の場面で演じていくもの。一筋を追い求めてゆく姿に、一人芝居が生きてきます。
 後に俳聖と呼ばれる芭蕉の、女好きで、みえっぱりで、今のわたしたちと同じように迷い悩む姿には親しみが湧きます(「高き心を悟りて俗に帰る」ということ?)。語りかける相手や、とりまく人々も目に見えるように浮かんできて、見終えたとき、やっぱり芭蕉はすごい人だったんだなあと思えるのは、演技力ならではでしょう。おもしろおかしくそしてせつない1時間半でした。それにしても大事な文台が最後はあんなことに...!。 (スタッフT)

    夏深し廻り舞台を軋ませて  優美子
    身に入むや旅人の声背より  亜由美

 

 

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2012年8月21日

妹尾健氏来社・・・

妹尾氏来社vol.1

 昼頃、上京された妹尾健氏が、挨拶かたがた来社された。

 氏には2年ほど前、小社より句集『洛南』を出していただいている。

    風の息樹の息渡る春の川       健

    黙祷の涙拭はず父の夏

    若き人巧みに語る秋時雨

 今日は、某大学通信教育のスクリーングに来られた由、つまり、定年退職後、再び勉強しようということらしい。

 もともと、研究熱心な方だから、上京するたんびに俳句文学館や、神保町の古本街を訪ねられていた。

 今回は一週間近くの滞在だったらしいが、大阪の暑さはもっと厳しい、今日までのところ、東京のほうがまだ過ごしやすいと言っておられた。

 ともあれ、彼よりは若い教授に教えを請うて、かつ受講者の学生のほとんが若い人たち(娘や息子くらいの)だろうから、なななか人生も楽しみがある。

 また、妹尾氏には評論集『俳句との遭遇』(昭和61年)、『詩美と魂魄』(平成7年)、『妹尾健 俳句評論論文選1、Ⅱ』(平成16~17年)が」ある。現在は「草樹」編集長で、「豈」同人でもある。

アサガオ↓

口語俳句フォーラムvol.1

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2012年8月20日

第21回口語俳句フォーラム・・・・

第21回口語俳句フォーラムvol.1

 先週8月18日(土)、江東区・芭蕉記念館に於いて、第21回口語俳句フォーラムが開催された。

 主催は口語俳句協会、テーマは「3.11以後の俳句」。

 パネリストは、鹿又英一(「蛮」代表)、木村聡雄(国際俳句交流協会理事)、田中千恵子(「俳句人」編集長)、前田弘(現代俳句協会幹事長)の各氏、司会は田中陽氏(口語俳句協会)だった。

 当日俳句された資料「俳句原点 2012-8」132号(口語俳句協会)には、各パネリスト自己紹介と「3.11以後の俳句について」「口語俳句についての提言」が纏められている。

 

俳句原点vol.1

 そこには各パネリストの発言要旨が記されているが、鹿又氏のみが、「震災俳句は自身では作らない」との立場だったが、もちろん他の俳人が詠むのはかまわないというものであった。いわば、3.11以後だからこそ、自らの使命は「自らも自然の一部であり、『自然に生かされていること』への感謝を五七五で表現することを広めることだ。それが私のするべきこと」と述べている。

 木村聡雄氏は「この新たな状況においては、もはや現代俳句を自然詩と定義することは難しく、20世紀末から行われている有季の問題も改めて検討されねばならないだろう。今や俳句は、その主題領域をあらゆる面に広げて行く必要に迫られている」と国際派らいし発言を」されている。

 また、田中千恵子氏は「現地での体験者かどうかなどの資格を云々することはない。その作品が自分の思いを述べる、記録する段階にとどまらず、現在から未来において、その一句で大震災や原発事故のすべてを語るような作品が生み出されなければならないだろう」と結語する。

 前田弘氏は「『書かない』『書けない』『書きたくない』という思いの中で、『書かないと前ヘ進めない』という悪魔のささやきが聞こえてきた」とう。いわば日常的な意識下での俳句表現行為のありようを見つめている発言に終始されていた。

       なにもかも失くしよい顔ありがとう   弘

 司会の田中陽氏も苦心されていたようだが、もともとが困難な課題での討論なので、純然たる文学的表現行為の問題と被災の有無によるという倫理的な問題とが混交されたりして、結論を導くと言うよりは、こうした、問題意識の下で、俳句について語り合われるという端緒を開いたという意義を認めたいと思う。

閑話休題・・・

8月20日(月)の朝日新聞「風信」は、

ハルツォーク洋子句集『国境』(小社刊・2800円)

    毛布掛け猫眠らせる北帰行く    洋子

サボテンの花↓

第21回口語俳句フォーラムvol.2

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2012年8月17日

俳句文学館へ・・・

カラスウリの花↓

8月17日の花vol.1

  調べもので、先日の国会図書館に続いて、猛暑の中、俳句文学館に行った。

 休館日明けとあって、利用者は多かったようだ。

 いつも俳人のどなたかにお会いするのだが、今日も4~5人の方にはお会いした。

 もちろん、私語は禁止されているので、しずかに挨拶だけした(ほんとは、少しゆっくりお話できるといいのだが・・)。

 

 閑話休題・・

 本日の讀賣新聞コラム「四季」長谷川櫂は、小社刊の佐久間慧子『夜の歌』より、

      へうたんの尻ひんやりと垂れにけり     佐久間慧子

 の句が掲載されている(2012.8.17)。

フヨウ↓

8月17日の花vol.2

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2012年8月16日

いわゆる夏富士・・・

 

ハマナスの実.JPG

ハマナスの実(読者より)↑

 今朝、通勤途中の中央線から、富士山が見えた。

 黒い富士山、いわゆる夏富士だ(暦の上では秋だが)。

 昨夜から風があったので、水蒸気も吹き飛ばされて、富士の姿もよく見えたのだろう。

 冬はともかく、暖かくなってから、特に今の季節は、富士山はほとんど見えない。

 今日は猛暑日かも知れない。

 今日の編集部は、スタッフの1名を除いて全員が揃い・・・

電車の中のトンボ↓

電車のトンボvol.1

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2012年8月14日

国立国会図書館へ・・

国立国会図書館vol.1

 「風景の舞奏」松本勉↑

 実にン十年ぶり?くらいに、調べ物のために国会図書館に行った。

今年4月から、登録利用者カードが必要になり、お盆や夏休み中はその申請だけでも混んでいるという噂だったので、午前10時過ぎには、国会図書館に到着したのだが、新規の申請者、また旧いカードの取替えで、すでに3~40人は並んでいた。どんどん処理されていくのだが、それでも入館するまでに小一時間を費やしてしまった。

雨足も強かった。

発行されたカードには利用者ID、利用者氏名が書かれてあるが、それ以外に、それぞれのパスワードを登録しなければならなかった。

これで、次回からはすんなり入館できる。

しかし、パソコン操作に弱い年寄りにはそれだけでストレスだ。

おまけに、マイクロフィルムからの閲覧だと眼も疲れる。

ぶつぶついいながら、目的の資料にあたれればいいが、愚生の求めたものは、別に憲政資料室のみの扱いということで、そこは許可制なので、それも申請して下さい・・・ということで、やっとお目にかかったが、目当ての雑誌は創刊時の2年分4冊しかなかった。

ともあれ、マイクロフィルムの見方も教えてもらって、少ない目的だけは達したのであった。

お昼には6階のレストランで300円のざる蕎麦を食べた。メニューもなかなか豊富なので、昼食は安くすむ。自動販売機も街中よりは安かった。

帰社するために図書館を出ると、雨は上がっていたが、ムッとする暑さだった。

八月11日の花vol.2

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2012年8月13日

菊池淳『野鳥歳時記』・・・

野鳥歳時記vol.1

 本著の表紙絵は著者自身の絵で、「ホトトギス」。

 従って、本文中の挿絵も著者自身の手によるものである。

 全体では100種以上の鳥が描かれ、それにまつわるエッセイが付されている。

 表紙になったホトトギスは8月に配されていて、出だしは、次のように綴られている。

   朱夏の訪れを告げに、ホトトギスがやって来る。幾日も費やして南国から到着

   する遠来の友を心待ちし、出会いの楽しみを求めて思い思いの場所に人々 

   は出向いていく。

    

   卯の花のにおう垣根に/時鳥早も来鳴きて/忍音もらす夏は来ぬ。

   さみだれのそそぐ山田に/早乙女が裳裾濡らして/玉苗植うる夏はぬ。

                                「夏は来ぬ」佐佐木信綱

 末尾の文には、

   ユリ科の植物に同名の多年草がある。花びらの斑紋が鳥の胸班に酷似して 

   いることで名が付いた。二枚貝にも同名の貝があり、外殻に胸班状の斑紋が

   ある。アサリ、ハマグリの中身を食べるので嫌われ者である。

        夏山の百の緑を重ねをり    大井戸辿

とある。

 「欅」という俳誌に10年間連載されたものを纏めたと言う。全部で120話、労作である。著者は、昭和10年茨城県生まれ。俳人協会会員・日本野鳥の会会員。扉には、「父・菊地平八郎と母・さとに捧ぐ」と記されている。

ホオズキ↓

八月11日の花vol.3

ミントの花↓

八月11日の花vol.4

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2012年8月10日

お盆の一斉休日はありません・・・

ツユクサ↓

八月10日の花vol.1

 今日は西鶴忌、といっても旧暦の8月10日だから、ほんとはもう少し先の季節だ。

 辞世の句は、

     浮世の月見過しにけり末二年      西鶴

 元禄6年に、享年52で没した。

 ところで、印刷所などは明日からお盆休暇に入るが、小社は交替で休みを取るので、

会社は休まずの開店である。常に社員の誰かはいることになっている。

 通勤のラッシュがないので、体は少し楽かも知れない。

 ともあれ、残暑お見舞い申し上げます。

マツヨイグサ↓

八月10日の花vol.2

ブックファースト渋谷店の「俳句界」8月号 ↓

八月10日の花vol.3

 

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2012年8月 9日

9月号校了・・・

八月上旬の花vol.2

 ゴーヤ↑

 印刷所のお盆進行ということもあって、午前中に折丁を印刷所に戻して、

9月号は校了になった。

従って、今日の編集部はホッとしている。

とはいえ、すぐに企画会議と次号の確認事項の打ち合わせが行われた。

昨日、今日は少し暑さもやわらかな感じだ。

アザミ↓

アザミvol.1

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2012年8月 8日

立秋忌・・・・

 ユリ↓

ユリvol.1

 8月8日は前田普羅の忌日、立秋忌である。

 昭和29年の今日亡くなった。享年71。

 本名は忠吉。大正元年に「ホトトギス」に投句をはじめ、すぐに頭角をあらわし、虚子に「大正二年の俳句界に二の新人を得たり。曰く普羅、曰く石鼎」と賞賛された。

     人殺す我かも知らず飛ぶ蛍      普羅

     駒ヶ獄凍てて巌を落しけり

     春星や女性(にょしょう)浅間は夜も寝(い)ねず

モッコク↓

トベラ?

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2012年8月 7日

9月号校正戻し・・・

エンジュ↓

エンジュ

 本日、9月号の印刷所への校正戻し・・・

9月号の山は越えた感じだ。

残念なのは、磯貝碧蹄館「握手」終刊の報が入ったこと。

碧蹄館氏には、少しばかりの恩義がある。

愚生がまだまだ若い頃、出版記念会に招待いただき、あげくに、上手く喋れもしない愚生の一言の指名まであずかったことがある。

まだまだ、お元気で、パワーあふれるお人だと思い続けていたので、体調十分ではないのだろうかと少し考えさせられた。

 先日、同じ「握手」の糸大八氏を失ったばかりでもある。

    木枯しのたかが一ト瓶ではないか     大八
オシロイバナ↓

オシロイバナvol.2

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2012年8月 6日

木田千女『千女随筆集』・・・

『千女随筆集』vol.1

  本日8月6日はヒロシマ忌、いわゆる原爆忌だ。

あの日から67年が経ったのである。

千女氏は、この随筆集に、戦争に関わる多くのエッセイを残している。

目次の項目を拾うだけでも「ヒロシマ」「敗戦忌」「沖縄」「原爆の句」原爆忌俳句大会」などがある。

元気な筆致だが、遺言めいてもいる。「あとがき」にもてらいなく記しておられる。

   とにかく八十八歳の随筆集を出すことにした。私の形見として何処かに置いて下さい。楽しい一生を   

  いただきありがとうございました。

また、「原爆忌大会」の部分には、末尾に自らの願いを切実に次のように記している。三年前のことだ。

   私も今、八十五歳。私がいくら叫んでも、もう力はない。私は一行詩で反戦を、反核を訴え続ける 

  しかない。六十四年前の大戦を、まるで関ヶ原の戦のように、日清、日露の戦のように物語として

  過去のものとなるのか。

   後何年かの私の作品は、若者に反戦を訴え続けてゆかねばならぬと、決心している。

      ガダルカナル小石が遺骨芋殻焚く      千女

 反戦、反核、いま、日本政府が原発を稼働したがっているのは、いつでも、原発を稼働させることによって核兵器をもつことができる材料を確保しておきたいからだろう。電力需要という隠れみのに隠されているのだ。平和利用という核の存在はありえないことが、無念ながらすでに現実に証明され続けている。放射能の災禍を科学技術が制御できるなどというのは科学の「希望の病」というに等しい幻想にしか過ぎないことは、少し考えれば分ることである。

 「大会賞」というエッセイでは、「緑陰に手話もて語る原爆忌 長谷川千代」を選んだ第33回原爆忌俳句大会に触れて「私は私の生ある限り、京都の原爆忌全国俳句大会の代表委員として任を全うしたい。そしてこの仕事をさせていただくことを誇りに思い、長生きしたいと思っている」。

 また、千女氏は「俳句即人間道」とも言う。

   俳句はそんなに上手くならなくてもよい。俳句を創ることは自分を磨き深めるための一つの道。俳  

  句は生きてゆく命の証である。

 ひねくれ愚生がやっかみ半分に思っても、確実に千女氏のみずみずしい魂はきっとこれから先を生きていく世代に伝えられるに違いない。そして、千女氏にもまだまだ健在ぶりを発揮してもらい、長生きをしてもらわなければ世の灯火が消えてしまうというものだ。

 本日の原爆忌に黙祷・・・・・

フヨウ↓

八月上旬の花vol.1

フヨウ白vol.1

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2012年8月 3日

東京堂書店神田本店へ・・・

サルスベリ 東京堂8月vol.1

 午前中、取次ぎの日販から栗田出版販売に9月号の仕入れ搬入部数決定交渉を行った。

 栗田出版販売が九段下に移転したので、かねてより、時間ができたときに足を神保町方面に伸ばしてみようと思っていた。

 実に久しぶりに東京堂書店神田本店に行った。

 改装されてから行っていなかったので、看板がBooks Toukyodoになり、窓際3階までPaperBook Cafeになっていたのには、さすがに時代の変遷を感じた。

 ともあれ、1F文芸誌の棚の「俳句界」をチェックし、ついでに雑誌担当者に挨拶をしようと思ったが、あいにく休憩で会えなかった。

 その昔、僕と同じ世代?で名物店員のHさんいう変わり者のの詩歌担当者がいたが、風の噂にあちらの世に逝かれたとも聞いていた(俳句も少しやっていたらしい)。昔は、神田の本屋といえば、三省堂も書泉もあったが、文芸詩歌の棚は、なんと言っても東京堂書店が圧倒的に強かった。ここに行けば、他の店に回る必要は感じなかったのだ。

サルスベリ 東京堂8月vol.2

 

 すずらん通りから表通りにでたら、「本と街の案内所」があった。

 ご自由にお持ち下さいのパンフ類(JNMBOUCHO古書店MAP)を手にして案内所を出た。

 外は、太陽が照り付けていたので、やけに熱く、「太陽が悪い・・」とつぶやくまえに、昼の食事をして帰社することにした。

サルスベリ↓

サルスベリ 東京堂8月vol.3

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2012年8月 2日

取次ぎ各社・9月号部決・・・

揚羽蝶石榴の実vol.1

 9月号仕入れ部数決めの交渉で、取次ぎ各社の仕入れ窓口へ・・・

 第一日目の感触は、いつもは6~7日のあたりで回るが、印刷所のお盆進行もあって、早めの今日2日、明日3日で回るので、書店店頭での第一クールの売れ行きの数字が確定していないのだが、それでも7月号(特集・震災想望俳句、こども俳句)は苦戦したようだ。従って9月号の決めの部数が伸びない。8月号(方言俳句別冊付録付き、大道寺全句集)は好調のスタートで、早くて数字が確定していないといいながら、一週目の7月号の売上率を越えていた。

 そういえば、昨日、すっかり写真を撮るのを忘れていたが、連載「筝漏亭日常」の矢島康吉氏が、近くにきたからと立ち寄って下さった。

 手には、愚生の『俳句ー作る 楽しむ 発表する』(西東社・たぶんもう絶版・・)を手にしておられる。

 きっと、古本屋の100円コーナーで、見つけられて、可哀そうに思われて買われたに違いない。

 署名をと請われたので、それではと、図々しく筆ペンで一句をしたためた。

   句は、

    されど雨されど暗緑 竹に降る      恒行

 矢島氏の毎号の話題と絶妙な筆致は、俳句界の多くの読者を魅了している。

杜鵑草↓

揚羽蝶石榴の実vol.2

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2012年8月 1日

中里夏彦・山口東人両氏が来社・・・

中里夏彦・山口東人両氏vol.1

↑左より、山口東人氏、中里夏彦氏、林編集長、愚生。

 中里夏彦氏は福島双葉郡から、昨年3.11以後原発5キロ圏内からの避難で、現在まで、家族は埼玉県加須市の旧高校での避難所生活が続くなか、家族を残して単身郡山に住んで、復興に取り組んでいる。

 テレビ東京「ガイアの夜明け」が3月に放映されたので、ご存知の方がおられるかも知れないが、地元密着のお店を展開してきた(株)マツバヤの総務部部長(中里範一)でもある。

 

 縁は異なものというが、社団法人・公開経営指導協会の山口勝治(東人)氏と仕事上で3.11を切っ掛けにして付き合いが始まったという。 

 中里氏が埼玉の避難所に家族に会いに戻ってこられた期間を利用して、山口氏ともども、小社に挨拶に見えたのだ。中里氏には、震災直後に二度ほど、原稿を依頼ししている。現在、同人誌「鬣」に被災記を連載されている。

 生まれた家も、先祖からの土地からも避難して、現在はまったく帰宅のめども立っていないという。これまで、4回自宅に戻ったことがあるそうだが、そこにいるだけで、放射能の線量計のアラームがなりはじめるので、長時間は滞在不可能ということだった。

 帰るべき家も農地も現存しているにも関わらず、ベールがかかったように、その部分が見えないのだという。

 帰れないということだけで、これらを受け入れて、今後にどういうアイデンティティーをもてるのか、少なくとも、子どもの今後の展望も含めて、まだ、まったく分らない、しばらく時間がかかるでしょうと言っておられた。

 少なくとも、自分の後半生の時間では,帰還は無理だと思うが、残り少ない人生の親の世代のほうが切実ではないかともおっしゃっていた。中里氏の最近の「鬣」43号からの多行俳句作品・・・

     帰還不能(きくわんあたはず)

          帆(ほ)

         (ひ)に熟(う)れて

    眼裏(まなうら)に        夏彦

 

    帰還不能

       眠るは

    朝日(あした)

    起き上がるため         夏彦

 

 また、山口東人氏には、本名、勝治での著書『三井物産技師ー平野勇造小伝』(西田書店)がある。

東人氏は「塵風」の同人でもある。第4号から・・・

   しばらくは冬の蝿飛ぶ社長室

   鶏頭の傾いて咲く官舎かな      東人

サルスべり↓

百日紅ほか7月芳林堂vol.2

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