2012年8月 6日

木田千女『千女随筆集』・・・

『千女随筆集』vol.1

  本日8月6日はヒロシマ忌、いわゆる原爆忌だ。

あの日から67年が経ったのである。

千女氏は、この随筆集に、戦争に関わる多くのエッセイを残している。

目次の項目を拾うだけでも「ヒロシマ」「敗戦忌」「沖縄」「原爆の句」原爆忌俳句大会」などがある。

元気な筆致だが、遺言めいてもいる。「あとがき」にもてらいなく記しておられる。

   とにかく八十八歳の随筆集を出すことにした。私の形見として何処かに置いて下さい。楽しい一生を   

  いただきありがとうございました。

また、「原爆忌大会」の部分には、末尾に自らの願いを切実に次のように記している。三年前のことだ。

   私も今、八十五歳。私がいくら叫んでも、もう力はない。私は一行詩で反戦を、反核を訴え続ける 

  しかない。六十四年前の大戦を、まるで関ヶ原の戦のように、日清、日露の戦のように物語として

  過去のものとなるのか。

   後何年かの私の作品は、若者に反戦を訴え続けてゆかねばならぬと、決心している。

      ガダルカナル小石が遺骨芋殻焚く      千女

 反戦、反核、いま、日本政府が原発を稼働したがっているのは、いつでも、原発を稼働させることによって核兵器をもつことができる材料を確保しておきたいからだろう。電力需要という隠れみのに隠されているのだ。平和利用という核の存在はありえないことが、無念ながらすでに現実に証明され続けている。放射能の災禍を科学技術が制御できるなどというのは科学の「希望の病」というに等しい幻想にしか過ぎないことは、少し考えれば分ることである。

 「大会賞」というエッセイでは、「緑陰に手話もて語る原爆忌 長谷川千代」を選んだ第33回原爆忌俳句大会に触れて「私は私の生ある限り、京都の原爆忌全国俳句大会の代表委員として任を全うしたい。そしてこの仕事をさせていただくことを誇りに思い、長生きしたいと思っている」。

 また、千女氏は「俳句即人間道」とも言う。

   俳句はそんなに上手くならなくてもよい。俳句を創ることは自分を磨き深めるための一つの道。俳  

  句は生きてゆく命の証である。

 ひねくれ愚生がやっかみ半分に思っても、確実に千女氏のみずみずしい魂はきっとこれから先を生きていく世代に伝えられるに違いない。そして、千女氏にもまだまだ健在ぶりを発揮してもらい、長生きをしてもらわなければ世の灯火が消えてしまうというものだ。

 本日の原爆忌に黙祷・・・・・

フヨウ↓

八月上旬の花vol.1

フヨウ白vol.1

| コメント(0)

コメントする