2012年9月18日

眞鍋呉夫さんを偲ぶ会・・・

眞鍋呉夫偲ぶ会vol.1

眞鍋呉夫偲ぶ会vol.2

眞鍋立彦・眞鍋優・檀太郎各氏↑

 昨、9月17日(月・祝)、アルカディア市ヶ谷で「眞鍋呉夫さんを偲ぶ会」が行われた。

眞鍋呉夫さんは、去る6月5日、92歳で亡くなられた。

 77歳のときに生前葬も行われており、ご遺志もあって葬儀は身内の方だけだった。俳号は天魚。

 偲ぶ会は、生前葬の司会もやられた須藤甚一郎氏、開会の辞は近藤洋太氏。

 献杯は伊藤圭一氏が杯を奉げ、偲ぶ会は款談に入った。

 その後、粟津則雄、司修、辻井喬、檀太郎、谷崎昭男、織坂幸治、村上玄一、山地春眠子、正木ゆう子、下山光悦、岩城久治各氏などによる 眞鍋呉夫氏の思い出が語られた。

 愚生の思い出としては、最初にお会いしたのは20年くらい前であろうか、40歳を少しでたところだったような気 がする。

 関口芭蕉庵で行われていた連句の会に浅沼璞氏に連れられて出かけたときである。

 そのときに、大場鬼奴多、万波鮎両氏にも初めてお会いした。

 愚生は見学するつもりだったが、作りなさいと言われ、捌きを受けた。最後は高田馬場の居酒屋までお付き合いさせていただいた。

 次にお会いしたのは、『雪女』で歴程賞を受賞されたとき、そして、静岡での句碑開き。

 また、いつだったか、まったく日時は忘却してしまったが、やはり浅沼璞と二人で、今度はご自宅にお邪魔した。

 そのときは、奥様の手料理、漬物がとても美味しかったのを覚えている。手作りの梅干か漬物の土産まで持たせていただいたように思う。

現在の仕事に入ってからは、正木ゆう子と眞鍋呉夫の雪女対談でのお席、そして、蛇笏賞受賞のときにお会いしたくらいだ。

 眞鍋氏の最新刊『天馬漂泊』を送っていただいていたので、てっきりお元気に違いないと思っていたので、愚生にとっては突然の訃報だった。

芭蕉のこともそうだが、愚生との話では、不戦論の次に保田与重郎の「絶対平和論」は素晴らしいので、読んでなければ、是非読みなさいと仰っていたのが印象に残っている。

 司会の方の披露によると、眞鍋呉夫の辞世に近い句は・・・・

    死に水は三ツ矢サイダー三口半      天魚

眞鍋呉夫偲ぶ会vol.3

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