2012年10月のブログ記事

2012年10月31日

増田斗志句集『今年竹』・・・

句集『今年竹』vol.1

 句集名は、

     今年竹触れ合ふことを覚えたり     斗志

の句からと著者「あとがき」にある。

さらに「句集を編むに至ったのは、今年二月にダイヤモンド婚とも言われている結婚六十周年を迎え、その自祝の意に依るものであった。傘寿を越えた今なお、充実した作句活動が続けられることに大きな喜びを感じている。と同時に、平素よりの句友からの温かい声援を感謝しているところである」とも記されている。

自祝の意のあるところ、その妻を詠んだ句をいくつか上げさせていただきたい。

     菜園は妻のステージ夏に入る

     鬼やんま妻に捨て目を呉れてをり

     日盛りの足音妻にまぎれなし

     春眠のなかの往き来に妻のこゑ

     老妻に迸(ほとばし)る汗ありにけり

     われ黙し妻食ふ初さんま

     人日の妻にとどかぬ棚いくつ

     一月の妻に真白き糸切歯

  中でも二句目の中七・下五「妻に捨て目を呉れてをり」のフレーズは、軽い嫉妬もあるようで面白い。

しかし、鬼やんまがたとえ男性であったとしても、いささかも動じる様子がないのは、これも歳月の積み重ねの自信とでも言えようか。まして、「捨て目」などと、いまどきの若い人には到底思いつかない措辞だ。さすがに年齢と句歴を重ねた渋味のある色が感じられる。

 また、

     恋螢ともるに間合ひながかりし  

 の趣も捨てがたく、その伝でいけば、冒頭の句の「触れ合ふことを覚えたり」も、いのちの輝きというか生命としてのエロスが表現されているようにも思える。  

 句集全体としては、自在の境地、自在の言葉遣いが魅力的な一本、ということができようか。

 その魅力を愚生の好みの句として最後に上げさせていただきたい。

     炊きあげしご飯のやうな花の山 

     着ぶくれて絵になつてゐる媼かな

     掌はあやうき器花の種

     「われを捨てる遊び」に俳句龍の玉

     星の子も入れて帰りぬ螢籠  

     佛心も鬼心も大事雲の峰   

     今年竹この世の端が見えますか

     一つ家に小声大ごゑ萩の花

     筋書きの無き世よかりし初硯

上野vol.1

上野vol.2

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2012年10月30日

長島衣伊子氏来社・・・

長島衣伊子vol.1

 昼過ぎ、長島衣伊子氏(「朴の花」主宰、写真上)が、神田の古本祭りに仲間と行かれる途中、高田馬場の古本屋にも立ち寄るついで、と言っては語弊があるが、たぶん、わざわざ会社に寄って下さったのだ。

 しかし、句会の仲間がいるからと、すぐに辞された。

 愚生はちょうどその頃、昼にするので、いつも通り、昼食の散歩に、馬場口から早稲田大学方面に歩いて最初の古本屋、近代文学で有名?な平野書店の100円コーナーを覗いたあと、いつもの句集のコーナーを見るべく店内に入った。

 店の奥に赤い帽子をかぶった後姿の女性が見えたので、もしやと思ったら、さっき会社を訪ねて来られた長島衣伊子氏だった。

 気配に振り返った衣伊子氏と、まあ~・・と声が出て、そこで、いつも持ち歩いているデジカメでパチリ。

 せっかく本を探している邪魔をしては、と思い、すぐに失礼した。

 平野書店を出て、歩き始めたところで、今度は、矢島康吉氏(写真下)にお会いした。

 ここでも、ついでにとばかりに、店の前で写真を撮らせてもらった。

 愚生は、坂下まで下って、現世書房の100円コーナーで『どうしやうもない私 [わがー]山頭火伝』岩川隆(講談社)を買った。

矢島康吉vol.2

矢島康吉vol.3

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2012年10月30日

伊藤希眸句集『歳旦』・・・

句集『歳旦』

 『歳旦』は、『希眸』『三猿』に続く伊藤希眸の第三句集である。

 序文は現在の師、豊田都峰(「京鹿子」主宰)。

 伊藤希眸は、昭和48年「京鹿子」に入会し、先代の丸山海道に師事してから「京鹿子」一筋、40年近い歳月を閲したことになる。

 いわば、その集大成としての第三句集であるが、その句風は、丸山海道が「遊行性は、どうやら作者の資質」(「希眸」序文)と記した道を、ますます遊行の趣を加えながら、自在な表現の域に至っているのではなかろうか。

 巻頭の句は、句集名ともなった、

    歳旦の飛翼の削るあかね雲       希眸

 遊行とは、情念を隠しているものかも知れない。

    息止めて雪庇くぐりぬ火を恋ひぬ  

    乱心か愉悦か蛇は衣を脱ぐ

 また、「自由奔放に遊行の世界に遊んで見せる」(同前)には、

    月へ行く土産(つと)は手乗りの白うさぎ  

    大花野つばさだんだん欲しくなり 

    韋駄天に加速つきたり山に雪

    身幅には嵌らぬ齢晩白柚(ばんぺいゆ)

    万国に太陽ひとつ青葉冷え

    大根の白さと重さ叩きけり

 もちろん、格調の髙く、句姿の整った句もある。

    山風の父と打ちあふ大氷柱

    凍て瀧の凍つる声聞く瀧のまへ

    凍て瀧は天空ささへゐて寡黙

    天空へ穴あけてゆく鷹柱

    御題は「笑み」倭の寒のやはらげり

    塩竈ざくら神はいくつも名を持てり

 あるいはまた、伊藤希眸自身が覗き見る光景というものも、おのずから句に現れているものもある。

 それは、ふと振り返る景であったり、歩いている途中の景であったり、少し人間的な瞬間を垣間見せたりもする。

   妣と母寒露の門で行き違ふ

   消されたい霧に消されずまた歩く 

   鹿の影いまは雪崩の外にゐる

   乗込鮒天地返しの水けむり

   藪に雪ばさりと落ちる日のひかり

   増の眼の奥に人の目紅葉冷ゆ

  「増の眼」の増とは、田楽能の能面で、増阿弥の気品ある女面のこと。

 いずれも「優れた感覚や詩情への傾斜の澄明度が卓抜した資質を見せてくれる」(同前)のである。

  最後に、既刊の第一、第二句集から代表句を引いておきたい。

   秋櫻はひふへぽんと靴占す        『希眸』

   三猿の手に自由なき杉花粉        『三猿』

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2012年10月26日

ハロウィンが近い?・・・

ハロウインvol.1

 街を歩くと、いたるところで、例の、カボチャ・・、ジャックランタンをよく見かける。

最近は住宅街でも、子どものいる家などでは、玄関に見かける。

10月31日が、そのお祭りの日らしいから、もうすぐというわけだ。

まあ、ケルト人の行う古代の死者の祭りと収穫祭に縁があるという。

民俗行事で、本源的にはキリスト教などとは関係ない、という。

ケルト人の1年の終りは10月31日で、この夜は死者の霊が家族を訪ねたり、精霊や魔女が出てくると信じられていたのだ。

悪魔祓いというか、仮面をかぶって火を焚いて魔除けをおこなっていた、ようするに魑魅魍魎を追い払う行事だった。

翌日の11月1日は、諸聖人の日(万聖節)らしい。

ちょっと待って、確か西東三鬼の亡くなった日(4月1日)は、万愚節だったよな・・・今度は「愚」ではなくて「聖」。

ひょっとしたら表と裏・・・。

ところで、今日の編集部・林編集長は、朝から「いには」と夕刻からは「雪解」の取材で、一日お出かけである。

茶の花↓

滄浪小金井vol.1

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2012年10月24日

追悼 北杜夫・・・

茂吉vol.1

 今日、24日は、昨年北杜夫が亡くなった日だ。

 先日、小誌に「ふたりの母」を連載中の山本安見子さんから、世田谷文学館2F、齋藤茂吉生誕130年記念〈追悼 北杜夫〉「齋藤茂吉と『楡家の人びと』」展(10月6日~12月2日)の招待券をいただいた。

 この展覧会もさることながら、じつは同館1階で同時開催中(10月6日~2013年4月7日)の「世田谷の詩歌と山本健吉」展に、出かけてね・・ということだと思う(企画展チケットで観られる。山本健吉展のみだと一般200円(65歳以上100円)。

気候もいいし、世田谷文学館からは蘆花公園もすぐだし、是非、皆さん出かけて見て下さい。

ピラカンサ コンサートvol.1

 

今日の編集部は、スタッフ松本が、セレクション結社で「牡丹」辻美智子氏に取材で名古屋出張。

山本vol.1

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2012年10月23日

岸本尚毅氏インタビュー・・・

岸本尚毅氏vol.1

     爽やかに俳句の神に愛されて    裕明

 昨夜、1月号魅惑の俳人・田中裕明について、岸本尚毅氏にインタビューを小社で行った。

 仕事の帰路にわざわざお越し下さったのだ。

 インタビュアーは編集長・林。

 田中裕明との出会いや交流などをお話された(波多野爽波についても・・)。

 中身については来年1月号のお楽しみ・・・

 編集長は俳句の方法についても興味深く聞いていた。

愚生はと言えば、第5句集『夜の客人』が元旦に送られてきたときの、さきに「攝津幸彦を失い、今また田中裕明を失った」というショックが大きかったことを思い出していた。

今、その句集を開くと、挟み込みのハガキ大紙片に、賀詞、

   新しき年の始の初春の/今日降る雪のいや重け吉事

                               大伴家持

       年の初めに皆様のご多幸を/お祈り申し上げます

         平成十七年 元旦

                          田中裕明

                          森賀まり

とあり、その直前の暮れの12月30日に、愚生にとっては突然、晴天の霹靂ともいうべき逝去の報があったばかりだったので、句集に添えられた年賀の挨拶が堪えがたかった。その帯には、

       空へゆく階段のなし稲の花

しかも、その句集「あとがき」には、

   さあ、長い長い厄年はこれで終わりにして、気持を入れかえて、俳句と人生に取り組みたいと思います。

           平成十六年 秋

                                 田中裕明

そして、愚生が、ふらんす堂の追悼文集にアンケートで答えた、もっとも好きな裕明の一句とは、

      たはぶれに美僧をつれて雪解野は

だった。 

ミズヒキ↓

ミズヒキvol.1

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2012年10月22日

11月号見本出来・・・

俳句界11月号見本

  11月号(10月25日発売予定)の見本誌が出来上がってきた。

 今月号のお買い得は、なんと言っても、小社初めての俳句手帳「俳句ダイアリー」(冬・新年、11月~2013年1月)が別冊付録として付いていること。次の刊行は2月号で(春・2~4月)である。

 是非、お役に立てていただければ幸甚です。

 特集は「名鑑賞が生んだ名句」。例えば子規「鶏頭の十四五本もありぬべし」では斎藤茂吉『正岡子規』、秋桜子「冬菊のまとふはおのがひかりのみ」では波郷『名句鑑賞』などなど・・・。

 また、特集「元気な結社に名編集長ありでは、小林貴子(「岳」編集長)、佐藤明彦(「童子編集長)、髙柳克弘(「鷹」編集長)の座談会をメインに佐怒賀直美「橘」、渡辺誠一郎「小熊座」、藤井綸「人」、日下野由季「海」、小山いたる「港」、津森延世「白桃」、吉田功「麦」、内海良太「万象」の各編集長が登場する。

 特別作品21句は黒田杏子、坪内稔典。

 インタビュー「黛まどかの今」。

 おとなのエッセイは、色川大吉、牛次郎、泉麻人、粟津則雄。

 そのほか魅惑の俳人は原裕。

 佐高信甘口でコンニチハ!は三味線漫談家の三遊亭小円歌。

 グラビアのNOWは、島津余史衣。セレクション結社は佐久間慧子。

 私の一冊は加藤房子(柿本多映『花石』)。 

 第3回北斗賞速報など・・・

 記事満載。よろしくお願いします。

ホトトギス↓

ホトトギスvol.1

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2012年10月19日

溝口直『大都会』・溝口博子『ムーミン村』・・・

『大都会』と『ムーミン村』

 溝口博子『ムーミン村』は、絵本仕立ての句集である。

 従って、各ページには絵が描かれている。

    青空を独り占めしてねこじゃらし    博子

    福耳が自慢の亡父のちゃんちゃんこ

    水の上ばかり見ている金魚かな

 作者・溝口博子は溝口直の妻であり、「74歳で食道癌が見つかり、大手術を行ったが、その一年後他界した」とあり、自らの絵本句集を手にすることなく急逝された。

 夫の溝口直の句集『大都会』は、テーマ別に編集された句集で、サイズも文庫本、手にとって読むには手ごろだ。そのテーマ別の「妻」の章に、妻の闘病を詠んだ句も収められている。

    土筆摘む昼餉は卵とぢならん      直

    着膨れてますます母に似てきたる

    妻病んで病院食の冷奴

 直氏の父も俳人で溝口紫浪(明治29年生、92歳で没)、産婦人科というのも同じ、つまり直氏は、俳句も仕事も父の後を歩いてきたというわけだ。

 この句集を開巻してすぐ、父と息子の句が対句で併載されている。

 うらやましい限りだ。

    子を思ふ心冬日のやはらかく      紫浪

    父思ふ日のぬくもりや日脚のぶ     直

 仕事の句もある。

    ミレミアム・ベビー生まれて初明かり

    今日よりは秋の山行く検診車

 カメラの苦手な直氏は、替わりに俳句を詠んだ。学会でマドリッドに行き、そこで句作が始まったという。

 趣味も多彩だが、映画に関しては俳人協会の「俳句文学館」に「銀幕の季語」たちというエッセイも連載されている。

    欲望といふ名の電車夏果つる

    夏場所や返り咲きたる寺尾関   

 猫も飼われている。

    大根の花に埋もれて猫の墓

 テーマ「時代」には世相も反映されいる。

    放射線洩れて無残や春野菜

    長崎は坂多き街原爆忌

 さしずめ、句集名は、次の句からであろうか。

    春泥もある新宿といふ大都会

 旅の句もある。

    夏の灯やどこの国にもコカコーラ

 多彩な句、多彩な人生も「心」を最終章に置いているのは、この二冊のおしどり句集の心根を表しているように思える。

    水澄みてをれば心も澄みてをり

    星流れ星に占ふことばかり

    人愛せ人の子愛せ良寛忌  

花水木の実vol.1

花水木の実↑

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2012年10月18日

渡邊たけし句集『野仏』・・・

句集『野仏』vol.1

 句集名は、

     笹鳴や野仏おはすどんづまり      たけし

から、洛北野仏庵での句だそうだ。

序文は実に懇切で、かつ師情あふれる玉文で加古宗也氏の手になる。

     灸花六七十は青二才

     人は皆塞翁が馬菜の花忌

菜の花忌は、司馬遼太郎の忌日で2月12日、司馬の『街道を行く』の挿絵を描いたのが須田剋太で「六七十は青二才」という言葉を好んだらしい。

 妻の看病の句が胸を打つ。

    看取りとは贖罪に似て花ざくろ

    吾亦紅ともに過ごすを忘れゐし

    回診に妻の御慶はじやんけんぽん

    看る人に妻のあかんべ鬼やらひ

    朝顔や妻の爪切る縁の先

    鳥渡る妻の訊ねる空の丈

 そのほかにも、切ない句がある。

     甘えっ子の妹逝く

    美しき骨かさりと音をたてて冬 

     妹に次いで兄逝く

    また一人離(か)る備後路の月白に

    ふるさとやふと栗打ちの兄の声

そうしたなかでも、いわゆる俳味のある句があり、ほっとする。

    幼な子に少し法螺ふく橋涼み

    男郎花侠気のどこか痩せ我慢

    恐妻家愛妻を言ふ黍嵐

    齢なみですと言はれても芥子坊主

そのほか、たけし氏の心情のはっきりした句をいくつか挙げて、筆を置く。

    バンコク    ワイ=合掌

    ワイされてワイ軽くして風凉し

    食通は待つを楽しみ走り蕎麦

    爆死せし乙女が碑文虎が雨

    立志すでに死語となりしや春北斗 

大野鵠士 大垣vol.5

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2012年10月17日

美濃派獅子門41世・大野鵠士氏・・・

大野鵠士 大垣vol.1

        赤富士や言葉は白き矢と化して       鵠士 

 昨日16日(火)は、12月号「私の一冊」グラビア撮影のために、大野鵠士氏(「獅子吼」主宰)を大垣市に訪ねた。

前日の夜にカメラマン氏と現地に入って泊まり、午前中にカメラマン氏と散歩がてら、撮影スポットを探した。

大垣市は「芭蕉奥の細道結びの地」として、記念館に船町港跡と住吉燈台を保存して観光地になっているようだ。

大野鵠士 大垣vol.2

 題簽「おくのほ道」の文字もすれてかすんでいる↑

 大野鵠士氏の「私の一冊」が『おくのほそ道』(寛政元年 井筒屋・橘屋刊)だったので、撮影の合間に、その理由を尋ねたりした。

第一に、なんと言っても支考の師は芭蕉であるということ。

聞けば、獅子門では芭蕉を祖師と呼び、支考を師祖とよんでいるとのことだった。

芭蕉忌は、獅子門の各支社でも行われるが、支考忌だけは本部のみだそうだ。

追善興行のためにほぼ年間のスケジュールが決ってしまうようだ。

芭蕉は36句連ねる三六歌仙をこのみ、支考は24句を続ける「短歌行」を創始し、表合わせ8句というのも考案したという。

俳諧とは、興行を行うという芸能的な側面があり、連句を興行するさいのマナーや心得をしっかり伝え遺していきたいということだった。一定の作法、句を書き留める懐紙の書き方、懐紙を載せる文台の大きさ、また席の正面には芭蕉木像、背後の壁に菅原道真(天神)像、支考像の軸を掛けたり、香を焚いたりなど伝承されているとのことであった。こうした正式の進行は四世・田中五竹坊あたりで、ほぼ確立されていたという。こうしたもろろもろが口伝で道統に伝え遺されてきているのだ。

芭蕉は大垣に三度きているとのことだが、それは、廻船問屋の谷木因(たに ぼくいん)を訪ね滞在していたとのことだ。

大野氏との口伝という言葉から、剣道でも古流には口伝があって、新陰流(愚生も30歳代で10年位)の話題になり、大野氏の父上が柳生新陰流20世の柳生厳長師に師事しておられたと聞き、実は愚生の東京での転会(まろばしかい)の渡辺忠成先生はその厳長先生(老先生といっていた)に学ばれていたことがあるとお話しして、お互いに驚き感激した。

大野鵠士 大垣vol.3

 獅子門とは、蕉門十哲のひとり、各務支考の別号・獅子老人にちなんだ呼称で、大野氏は道統41世の宗匠を受け継ぎ、美濃派俳諧の始祖といわれた支考の流れを現在にまで伝え、俳句と連句を創作し、芭蕉忌、支考忌にはこれまで伝承されてきた正式(しょうしき)俳諧の追善興行を行っておられる。

また、美濃派には、まだまだ顕彰されていい女性の江戸時代の俳諧師・田上菊舎、加賀千代女、哥川(かせん)などもいるとお話されていた。

大野鵠士 大垣vol.4

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2012年10月15日

銀座の雲と安井浩司展・・

安井展と花水木vol.1

 13日(土)安井浩司「俳句と書」展を少しゆっくり見たいと思って、寄った。

安井展と花水木vol.2

安井展と花水木vol.3

この書展に詰めておられた中村苑子の最晩年の弟子だった吉村毬子さんにコースターにさっと書かれた中村苑子のもの(下の写真)を見せていただいた。

その辺のものに何気なく書いて渡して下さるなんていいですね。

安井展と花水木vol.4

書展を出て某ブランドのウインドウに草間彌生・・・

安井展と花水木vol.5

 今日の編集部、愚生はこれから、明日の「私の一冊のため大野鵠士先生のところに、カメラマンと一緒に大垣出張・・。

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2012年10月12日

折丁戻しと・・

今日の編集部は、朝から辻桃子氏の密着取材で編集長は国立へ直行し、残るスタッフは11月の折丁を校正して印刷所に戻す・・・これで校了である。

攝津ヲ読むvol.1

 ところで、明日、10月13日は攝津幸彦・南風忌(南国忌)だ。

    秋雲の同士と呼びてそのひとり    堀本吟

没後16年を迎える。

去る9月8日(土)、兵庫県・神戸文学館に於いて、その攝津幸彦に関してのシンポジウムが行われた。

そのパンフレットが堀本吟氏から送られてきた。

タイトルは「1970-80年代 俳句ニューウエーブ〈攝津幸彦〉を読む」というもので、

パネリストは、大橋愛由等・岡村知昭・中村安伸・堀本吟各氏。

世代の異なる俳人たちによるシンポジウムで、具体的に、以下の攝津作品をめぐって論議がかわされたらしい。

攝幸彦は1947年兵庫県生まれ。母・よしこは桂信子主宰「草苑」の俳人だった。1996年に没した。享年49。

   ひとみ元消化器なりし冬青空      第二句集『鳥子』

   抛らばすぐに器となる猫大切に      第三句集『與野情話』

   ほとけおどけよる十一月のホットケエキ      〃

   幾千代も散るは美し明日は三越         『鳥子』

   きりぎりす不在ののちもうつむきぬ        〃

   露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな      第六句集『陸々集』

   比類なく優しく生きて春の地震(なゐ)    第七句集『鹿々集』

中村安伸は20歳代前半で攝津作品に出会ったが、回りの人に見せると分らないといわれ、その「わからない」ということに対する違和感を解消することが、大きな課題だったと述べている。

大橋愛由等は1984年に編まれた『俳句・1984』(南方社)の「あとがき」に富岡和秀が「マルクスは、世界を変革せよ、といった。ランボーは、生を変革せよ、といった。われわれは、俳句の変革を目指したいと思う」と記された、「われわれ」にいまだにこだわっているという。

わかろうとわかるまいと、攝津幸彦の作品は、それまでの俳句作品と似ていながら確実に新らしかったのだ、と言えよう。少なくとも、生前に現在のような名声はなかった(知る人が少なかった)。

ともあれ、愚生は、今回のシンポジウムでは話されなかった、評価の割れた句、

   国家よりワタクシ大事さくらんぼ

   祈りとは膝美しく折る晩夏

   チェルノブイリの無口の人と卵食ふ

   南国に死して御恩のみなみかぜ

などの句が好きである。

10月7日上野vol.2

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2012年10月11日

渡辺過雁句集『鷹柱』・・・

句集『鷹柱』

 句集名は次の句から、

     底抜けの天に立ちたる鷹柱     過雁

 著者は大正14年三重県生まれ。本名、渡邉瞳。

 『鷹柱』は『天日』に続く第二句集である。

 俳号「過雁(かがん)」は、山口誓子の命名によるというから、それだけでも羨ましい。

 俳号のもとになった誓子の句は、「わたる雁河原を天に横切りたり」からだそうである。

 誓子の『激浪』にはほかにも「雁わたる海なき県を海に出で」の渡雁の句がある。

 著者はかつて国立結核三重療養所で長い療養生活を送っている。

 一時期、結核の治療に、肋骨を切ってピンポン玉くらいの合成樹脂玉(ブロンベ)を入れる手術が行われた。

 のちにそれはよくないと、再びそのピンポン玉様のものを取り出す再手術も行われた。石田波郷もそうした手術を受けていたと思う。

 10個入れたその玉が摘出手術のとき、ついに最後の一個が残って今も著者の体内に残っているという。

 掲出の句の鷹柱は、秋、南方に渡る鷹の類(とくにサシバ)が上昇気流をとらえて登っていく様子を捉えた秋の季語だが、 柱状に集まった多数の鳥のこともいう。

   雲の間を寒三日月の刃が移動  

   潰(つい)えざるものなし大蓮田

   秋の富士林武の雲が飛ぶ

   信長の城夜桜に炎上す

   土手歩く誓子の羽織るインバネス

   よく動く十指老師の松手入

   アメンボの水上スキー休みがち

いずれの句も誓子に師事というだけあって、いわゆる「写生」によってもたらされた現実の景に、「構成」という操作を経て世界を創造しているのである。それを誓子は「写生構成」の方法と考えていた。また、『激浪』は戦争直後の誓子が句の求心的傾向を深めた時期でもある。

ともあれ、著者・過雁は誓子の門をたたいて65年の句歴を重ねてきた。

長い句歴のなかで、異色の作もある。阪神淡路大震災の時の句である。

   寒昴被災母子に灯を下さい

   被災者に命の寒の水賜はる

最後に小生の感銘句をいくつか挙げておこう。

   月下美人この世の白を闇に解く

   踏み入るをためらふ寒天小屋の湯気

   枯蓮田金輪際の枯れ世界

枯蓮田金輪際の枯れ世界

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2012年10月10日

大島知子句集『祈り』・・・

句集『祈り』

 句集『祈り』はなかなか切ない句集だ。

劈頭の句は、ご主人を亡くされた句から始まる。

    千両の紅鮮やかに一周忌     知子

 それでも、亡くなってから、さらに夫との対話が増えたはずである。

 ことさらに千両の赤い実は輝いて濡れているように見えたに違いない。

    千両も墓に供えて三回忌

の句もある。「あとがき」にも、次のようにしたためる。

  亡くなった人たちのことは月日がたっても忘れることはない。むしろ悲しみは深くなり、後悔するこ 

 とばかり増えてくる。逆に亡くなった人達から与えられた宝物は数を増してくる。

 ここ数年の間に、夫に続いて、妹、さらに逆縁でお二人の息子さんも亡くされ、父母も亡くされている。

 言葉も無い。

    夫も子もあの世にありて冬の月

    冬銀河その傍らに夫と子等

 ただ、介護の父には、元気つけられる句もある。

    父の日やパソコンほしと九十五

 これら、作者の事情については、序文を寄せた岸本マチ子氏が愛情深い筆致で連ね、「頑張ろうね、知ちゃん。いつだって何処にだって陽の当る道はあるのだから」と結んでいる。

 ともかく、残りの人生を生きてなければならない。多くの亡くなった人たちが見守っているのだから。

    諍いのできる倖せ青あらし

   天空に私の虹よ水を撒く

   ゆっくりと背泳ぎでゆく初泳ぎ

   屈託を誰にも言えず春時計

   母の日や母の遺影に知恵を借り

   妹の遺せし単衣袖とおす

   生姜湯を手に寄りそいて地震の夜

   被災せし友も集いて麦の秋

著者にとって『祈り』は、「ごめんねとありがとうを込めた句集名」なのである。

ハギ↓

ハギvol.1

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2012年10月 9日

安井浩司「俳句と書」展・・・

安井浩司「俳句と書」展vol.1

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 10月8日(月・祝)~14日(日)、銀座ギャラリー・ノアで、安井浩司「俳句と書」が行われている。

 8日には、銀座東武ホテルにおいて、オープニングレセプションが行われた。

 この企画はWeb情報誌『文学金魚』を運営する金魚屋プレス日本版(代表・斎藤都)が『文学金魚』のオープニングイベントととして「秋田の巨星、現代詩歌の巨人」(髙橋睦郎氏曰く)安井浩司氏が(ほとんど上京されることがない)、8~9日と二日間在廊されるとあって、ギャラリーは人であふれていた。

 氏は挨拶のなかで今回の「俳と書」展については、いろいろ考えたたけれども、強いて、今の心情をいえば「夢」、俳句を書くという最後の小さな「夢」であることに我ながら驚いている、と述べ、その小さな夢ですら、最近の俳句にはない。若い世代の人たちが誠の夢を育てるように小さな夢をがんばって書いていきたいと結んだ。

 駆けつけた能代高校時代の一年違いの先輩・武田伸一氏は、当時のあこがれだった三コージ(安井浩司・大岡頌司・酒井弘司)に触れながら、安井氏は一貫して ぶれず・媚びず・群れず の姿勢できたと評されていた。

 レセプションは鶴山裕司氏の司会で進行、乾杯の音頭は髙橋龍氏、出席者には、詩人や歌人の方も多くいて、江田浩司、大関靖博、川名大、小島俊明、酒井佐忠、高原耕治、髙橋睦郎、小澤實、中原道夫各氏などがそれぞれ挨拶された。

 最後に唯一の安井浩司の弟子と言われている豊口陽子氏から花束が贈呈された。

 また、スタッフの酒巻英一郎氏からは来る11月17日(土)に赤黄男・三鬼没後50年を記念して、彼らの業績を思い起こすささやか会をもつことになっているとのお知らせもあった。

 そのほか、若手の俳人では関悦史、高山れおな、九堂夜想、峯尾文世、表健太郎、吉村毬子、丑丸敬史各氏にお会いした。

 宗田安正、皆川燈、皆川勤、鳴戸奈菜各氏などには、実に久しぶりにお会いできた。

10月7日上野vol.1

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2012年10月 5日

取次ぎ回り2日目・・・

神保町交差点のガードレールvol.1

神保町交差点のガードレールの模様↑ 

11月号の仕入れ部数の取次ぎ交渉2日目・・

最後九段下の栗田出版なので、昼食はそのまま神保町まで足を伸ばした。

その神保町交差点で発見(はじめて気づいた・・)したのがガードレールの丸いスペースに本の模様が入っていたことだ。

さすが、本の町だ。少しお値段もいい。俳句の専門の文献書院&ブンケンロックサイドに久しぶりに足を踏み入れたが、さすがに句集はいい値段を付けている。安井浩司の『密母集』は13000円だった。他の安井本も8000円。

しかし、今は、文献書院主人の娘さんがやっているブンケンロックサイドが繁盛していて、文献書院の俳句本は圧倒的に少なくなった。ただ、先日、早稲田の古本屋の百円コーナーに鈴木六林男『悪霊』、角川源義『幻の赦免船』があって、思わず買ったが、さすがに、文献では『幻の赦免船』には1050円の値がつけられていた。

懐かしい武道具店vol.1

 またまた、懐かしい武道具店↑に入った。

古武道に使われる各流派の木刀が置いてあり、柳生新陰流の木刀もあった。けっこうな値段で、30年前には、愚生もこの店で新陰流の稽古に使う木刀を求めたことがある。もちろんそのとき袋竹刀(ヒキハダ竹刀ともいう)も合わせて買った記憶が甦った。

防具はつけないから、現代剣道ほど装備にお金はかからないが、木刀の値段は当時(30年前)の3倍くらいの値段になっているように思った。

これで、あっと言う間に時間を費やして、立ち食い蕎麦をかきこんで帰社することになった。

センニチコウ↓

センニチコウvol.1

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2012年10月 4日

取次ぎ廻りと印刷所入稿・・

フウセンカズラ

 フウセンカズラ↑

 本誌11月号の仕入れ部数を決める交渉を、今日と明日で行う。

朝は曇りだったが、台風が去るにしたがって青空が広がり、外廻りもなかかな気分がいい気候となった。

11月号の目玉は、別冊付録の「俳句ダイアリー」だ。弊社では初めての「俳句手帳」である。

それでも、仕入れ部数増には、一直線には結びつかない(俳句に限らず、文芸誌苦戦の状況は続いている)。

今日の編集部は、松本が佐高信「甘口でコンニチハ!」の取材で出かけている。

他は、編集長以下、11月号の印刷所への入稿日なので、ラストスパートがかかっている。

あとは、印刷所から戻ってきた校正ゲラの校正の日々が待ち受けている。

名月と花vol.1

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2012年10月 3日

久松久子句集『松の尾』・・・

『松の尾』

   神の縁句の縁深く初詣     久子

巻尾の句、その神社が松尾大社。

「あとがき」の冒頭に「阪急嵐山線の松尾駅に降り立つと、正面の大鳥居がゆったりとした風情で迎えてくれる」という。そして、

  鳥居を潜った私は、二ノ井の石橋で必ず佇み、暫く流れに見入る。神域から流れ落ちる水音に禊を受 

 け、俳人としての欲が洗われて無心になり、心が鎮まってゆく。ここで生まれた句は作るいうより授か

 った句だと感じざるを得ない。

と、記す。つまり、この句集一本すべての俳句が句集名にあるように、松尾大社に奉げられているのである。

それは、傘寿の記念でもある。表紙絵も松の尾の古地図であり、本文中に納められた写真も松尾大社からの提供であり、画も女神の神影と磐座の滝を描いたものだ。

 松尾の山頂の巨石磐座から湧く霊水は亀の水として醸造業の守り神として信仰されている。茨城県の実家が「亀甲鳳」という醤油の蔵元だったというから縁も深いのである。

句はいずれも清澄の趣を湛えている。

    勅額の金泥光る青葉風

    山笑ふ亀の口より水湧きぬ

    酒樽に預けておきぬ梅雨の傘

    神称へ水を讃へて小鳥くる

    予後の身に月見の酒の沁みゆけり

    月に舞ふ袍衣の金糸銀糸かな

    参道を抜ける間の初時雨

    大絵馬を真正面に年用意

キキョウ↓

キキョウvol.1

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2012年10月 2日

髙橋亜紀彦句集『闌春』・・・

『闌春』

 句集名は次の巻末の句から、

     いづくかで母闌春に憩ふらむ     亜紀彦

句集扉には「景子へ、亡き母へ」の献辞がある。

景子は、亜紀彦氏の妻、田付賢一氏が懇切な序文に「お二人は『偕老同穴』」と記しておられるが、

むしろ、それ以上の深い関係ではないかとも思われる。

跋の五十嵐秀彦氏も愛情に溢れた、救いを求める心情を述べておられる。

   炉心溶融して桜咲にけり

   敗戦忌あとは余生と云ひし父

   八月へ「きけわだつみのこえ」再読す

などの社会的なまなざしの句も意外と多くある。

しかし、ここでは、月と星の句を挙げてみたい。

   三日月に腰掛けたいな二人して

   火宅かも知れぬ吾が家を照らす月

   星たちが梢揺らせば秋の声

   三日月がポッケの中で光つてゐる

   星月夜秘密結社の帰り道

   犬けふは人恋しいか月を見よ

   星たちのささやき声や黄落期

   水割りのグラスに透かす春の月

   月おぼろ来世の雌雄問はれけり

   月より眺める地球も朧かしら

 「三日月がポッケの中」の句には、思わず、稲垣足穂を思い浮かべたほどだ。

ずいぶん昔のことだから、ほとんど覚えていないが、確か、足穂に「星を食べた話」とか「ポケットの中の三日月」といったような、星と月のお話があったように思う。ずいぶん清澄な感じがしたように思う。

「一千一秒物語」だったような????

あらためて読んでみるのも悪くないかも知れない。

ともあれ、亜紀彦氏の生きて在る証のような句集だ。

ハナトラノオ↓

ハナトラノオvol.1

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2012年10月 1日

志鎌猛「時の箱庭」展・・・

志鎌猛プラチナプリントvol.1

 一昨日、「軸」45周年記念祝賀会を終えたのち、高野ムツオ、山﨑十生両氏と、柏駅近くでお茶をしたあと、案内をいただいていた志鎌猛個展「時の箱庭」(恵比寿駅近く)に足を運んだ。

ふうせんかずらと志鎌氏 001.jpg

志鎌氏には本誌「文字のないエッセイ」にも一度お願いしたことがある。

プラチナプリントの手法で和紙に印画されている作品だが、今回は小品ばかりを一同に納めていた。

8月末からオランダに招聘、滞在されていて、帰国されたばかり、とのことだった。

台風一過の中秋の名月vol.1

台風一過の中秋の名月↑

閑話休題・・

昨日は台風一過で午前0時ころ、中秋の名月を見ることができた(仲秋ともいうが、正しくは中秋の名月)。

最初は金色に輝く環状の輪があった。

とにかく、今年の中秋の名月は、正真正銘の満月なのだそうだ。

普通は満月といっても、地球と月の関係からすると十五夜も完全な満月にならないことが多いらしい。

ダリヤvol.1

 ↑ 南浦和のダリヤを仮のあはれとす    攝津幸彦

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