2012年10月11日

渡辺過雁句集『鷹柱』・・・

句集『鷹柱』

 句集名は次の句から、

     底抜けの天に立ちたる鷹柱     過雁

 著者は大正14年三重県生まれ。本名、渡邉瞳。

 『鷹柱』は『天日』に続く第二句集である。

 俳号「過雁(かがん)」は、山口誓子の命名によるというから、それだけでも羨ましい。

 俳号のもとになった誓子の句は、「わたる雁河原を天に横切りたり」からだそうである。

 誓子の『激浪』にはほかにも「雁わたる海なき県を海に出で」の渡雁の句がある。

 著者はかつて国立結核三重療養所で長い療養生活を送っている。

 一時期、結核の治療に、肋骨を切ってピンポン玉くらいの合成樹脂玉(ブロンベ)を入れる手術が行われた。

 のちにそれはよくないと、再びそのピンポン玉様のものを取り出す再手術も行われた。石田波郷もそうした手術を受けていたと思う。

 10個入れたその玉が摘出手術のとき、ついに最後の一個が残って今も著者の体内に残っているという。

 掲出の句の鷹柱は、秋、南方に渡る鷹の類(とくにサシバ)が上昇気流をとらえて登っていく様子を捉えた秋の季語だが、 柱状に集まった多数の鳥のこともいう。

   雲の間を寒三日月の刃が移動  

   潰(つい)えざるものなし大蓮田

   秋の富士林武の雲が飛ぶ

   信長の城夜桜に炎上す

   土手歩く誓子の羽織るインバネス

   よく動く十指老師の松手入

   アメンボの水上スキー休みがち

いずれの句も誓子に師事というだけあって、いわゆる「写生」によってもたらされた現実の景に、「構成」という操作を経て世界を創造しているのである。それを誓子は「写生構成」の方法と考えていた。また、『激浪』は戦争直後の誓子が句の求心的傾向を深めた時期でもある。

ともあれ、著者・過雁は誓子の門をたたいて65年の句歴を重ねてきた。

長い句歴のなかで、異色の作もある。阪神淡路大震災の時の句である。

   寒昴被災母子に灯を下さい

   被災者に命の寒の水賜はる

最後に小生の感銘句をいくつか挙げておこう。

   月下美人この世の白を闇に解く

   踏み入るをためらふ寒天小屋の湯気

   枯蓮田金輪際の枯れ世界

枯蓮田金輪際の枯れ世界

| コメント(0)

コメントする