2012年10月12日

折丁戻しと・・

今日の編集部は、朝から辻桃子氏の密着取材で編集長は国立へ直行し、残るスタッフは11月の折丁を校正して印刷所に戻す・・・これで校了である。

攝津ヲ読むvol.1

 ところで、明日、10月13日は攝津幸彦・南風忌(南国忌)だ。

    秋雲の同士と呼びてそのひとり    堀本吟

没後16年を迎える。

去る9月8日(土)、兵庫県・神戸文学館に於いて、その攝津幸彦に関してのシンポジウムが行われた。

そのパンフレットが堀本吟氏から送られてきた。

タイトルは「1970-80年代 俳句ニューウエーブ〈攝津幸彦〉を読む」というもので、

パネリストは、大橋愛由等・岡村知昭・中村安伸・堀本吟各氏。

世代の異なる俳人たちによるシンポジウムで、具体的に、以下の攝津作品をめぐって論議がかわされたらしい。

攝幸彦は1947年兵庫県生まれ。母・よしこは桂信子主宰「草苑」の俳人だった。1996年に没した。享年49。

   ひとみ元消化器なりし冬青空      第二句集『鳥子』

   抛らばすぐに器となる猫大切に      第三句集『與野情話』

   ほとけおどけよる十一月のホットケエキ      〃

   幾千代も散るは美し明日は三越         『鳥子』

   きりぎりす不在ののちもうつむきぬ        〃

   露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな      第六句集『陸々集』

   比類なく優しく生きて春の地震(なゐ)    第七句集『鹿々集』

中村安伸は20歳代前半で攝津作品に出会ったが、回りの人に見せると分らないといわれ、その「わからない」ということに対する違和感を解消することが、大きな課題だったと述べている。

大橋愛由等は1984年に編まれた『俳句・1984』(南方社)の「あとがき」に富岡和秀が「マルクスは、世界を変革せよ、といった。ランボーは、生を変革せよ、といった。われわれは、俳句の変革を目指したいと思う」と記された、「われわれ」にいまだにこだわっているという。

わかろうとわかるまいと、攝津幸彦の作品は、それまでの俳句作品と似ていながら確実に新らしかったのだ、と言えよう。少なくとも、生前に現在のような名声はなかった(知る人が少なかった)。

ともあれ、愚生は、今回のシンポジウムでは話されなかった、評価の割れた句、

   国家よりワタクシ大事さくらんぼ

   祈りとは膝美しく折る晩夏

   チェルノブイリの無口の人と卵食ふ

   南国に死して御恩のみなみかぜ

などの句が好きである。

10月7日上野vol.2

| コメント(2)

コメント(2)

  

大井様。
かのイベントについて、言及をありがとう。やってみてよかったと思っています。選句の偏向(!?)については、私の責任大ですが、m(_ _)m・・・。あえて、いままであまり言われなかった句をとり上げました。次の機会には、ポピュラーなものを、なぜこれがポピュラーになったか?というような視点でやってみましょう。新世代が、どういうクをこのむのか、というのも知りたいですよ。わたしは。
改めて、思いましたが、やはり、彼は、いろいろ魅力ある俳句を残してくれています。吟

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