2012年11月 9日

百閒の眼鏡・・・

百閒の眼鏡vol.1

 多仁竝氏が来社された。

百鬼園主人こと内田百閒風の眼鏡をかけて(写真上)・・・。

   橋と橋の間の道の小春かな     百閒

   菊村に石橋多き日和かな

百閒内田は、『百鬼園俳句』を上梓した頃は、まだ「百閒」ではなく「百間」だった。

明治22年、岡山県岡山市に生まれた。生家は造り酒屋で本名は栄造という。

旧制六高を経て、東大仏文科卒。俳句は志田素琴(義秀)に学んだ。

号は故郷の百閒川に因んだ。

夏目漱石主催「木曜会」にて、芥川龍之介とも交流する。

   河童忌に食い残したる魚骨かな

昭和42年、芸術院会員に推挙されたが辞退した。

その理由は「いやだからいやだ」。

昭和46年没、享年82。

ツバキ↓

ツバキvol.1

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